心の家路

ソブラエティのための道具90 (5)
90 tools for sobriety (5)

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2006/01/11 

90 TOOLS FOR SOBRIETY

ソブラエティのための道具 90

5 ) あなたの病気は、治ることがなく、進行性で、致命的だということを忘れないで。
Remember, your disease is incurable, progressive and fatal.


たしかに僕にも、飲むことが楽しみであった時代がありました。
ですが、「楽しみすぎたのが病気の原因」という考え方は、間違っていると思います。
この病気になろうと思って努力したわけではありません。
知らないうちに病気になっていたことすら知らず、飲み続けていたのです。

さて、その病気の治療法は、酒を飲まないでいることしかありません。
苦労して「酒を手放さなければならない」と自分自身に納得させても、(それで治るわけではないから)また飲んでしまえば元の木阿弥(もとのもくあみ)です。それどころか、もっと悪くなって、命を落としてしまうかもしれません。 そして、自分の再飲酒の可能性は「とっても」高く感じられたのです。 断酒なんて所詮水の泡のように消える空しい努力で、やるだけ無駄なことだしか思えませんでした。
そんなことより、悪い事実から目をそむけて、酒に酔っ払っていたほうが、よほど楽に生きていけるのじゃないか、というのが当時の心境でした。しかし、いくら飲んでも不安を完全に消し去ることはできませんでした。

「気が付いた時には酔っ払っていた」 という真に恐ろしい経験は僕にはありません。
再飲酒するときには、いつも確信犯です。 心の奥底には「不治・進行性・致死性」という事実を覚えているのですが、それを「思い出さないように」努力している部分もあります。 さらに、思い出してしまっても「忘れたふり」の演技を強いる気持ちもあります。
酒によるトラブルが起きてから、「なぜあの瞬間に、この重大な事実を思い出さなかったのか」と自問してみても、結局は「思い出したくない自分」が見つかるだけの話です。

これを忘れない人、忘れたいと思わない人は、一人で酒を止めていけるのだと思います。

でも僕は忘れたいのです。
お酒が悪いわけではありません。 お酒が僕と相性が悪かっただけの話です。 決してお酒が嫌いになったわけではありませんし、もし正常に飲めるものなら飲みたいです。 強い衝動としての飲酒欲求は消えましたが、静かな願望としての飲酒欲求は決して僕からなくならないでしょう。

(正常な飲酒ができないか)もう一度試してみたい」

という気持ちがいつ起きても不思議じゃありません。 でも、それを実行に移すには、病気という事実を(表面上だけでも)忘れていないと理性が納得しないのです。 だから忘れたいのです。 でも、忘れると一番困るのは自分自身なのです。

いろんな方法を試してみましたが、自分自身に緊張を強いるような方法は自分には合わないことを知りました。

「一緒にやろう」

そう、この人たちと一緒に居ると、病気と言う事実も、そう悪いものではないように思えてきます。
本当は飲みたい自分を必死になって否定する必要もありません。
妙に自罰的に感じる必要も無いし、率直なのが一番だと教えてもらえるし、なにより「飲まないでいることしかない」という事実を気楽に受け止めることができるのです。

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