心の家路

ソブラエティのための道具90 (11)
90 tools for sobriety (11)

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2006/01/11 

90 TOOLS FOR SOBRIETY

ソブラエティのための道具 90

11) 「平安の祈り」を利用しなさい。
Use the Serenity Prayer.


神さま、私にお与えください。
God grant me

自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを
the serenity to accespt the things I cannot change,

変えられるものは変えていく勇気を
courage to change the things I can,

そして二つのものを見分ける賢さを
and wisdom to know the difference.

私の意思ではなく、あなたの意思がかなえられますように。
Thy will, not mine, be done.


仲間からこんな言葉をいただきました。

「手放すことは苦手だが、放り出すことは得意」

自分で自分のことを変えていくのは、実はとても難しいことだと思います。
例えばアルコールの離脱症状ひとつとってみても、「自分で」それを早く解決することはできないのです。手が震え、上半身から激しく汗をかき、幻聴のような耳鳴りを聞き、悪寒を感じ、抑うつのなかで、ひたすら「この苦しさ」からの解放を求めたものです。過去の経験からすれば、3日も経てばたいていの症状は治まり、一週間もすれば、不眠と抑うつが残るぐらいになり、(先を行く仲間の経験によれば)それすらもいつかは消えていくといいます。
しかし、「この苦しさを<一刻も早く>取り去って欲しい」と願ってしまうのです。理性では理解していることを、感情が拒むのです。そして一杯のアルコールで離脱の苦しさから解放されることも、経験から知っているのです。だから「こんなに苦しいのは自分だけだ」と言い訳をしながら、自分流の断酒に失敗したことは数知れません。
自分でできることは「酒に逃げること」であり、自分でできないことは「助けを求めること」でした。しかし、最後の最後まで僕は自分の判断を信じつづけたのです。でも、いつも最後の判断は理性ではなくて感情が支配しているのでした。

お酒が止まってからも、生き方にそれほど変化はありませんでした。「簡単に解決できない苦しい事態」に陥れば、いつだって「すべてを放り出す」誘惑に駆られ、時にはそれを実行に移していました。仕事は休み、AAはサボり、家庭からは逃げ出せば、問題を先延ばしにすることはできます。でも、それを続けていたら、いつかはまた酒に逃げざるをえなくなってしまうのだと、仲間の間で気づかされました。

生きていけば苦しいことも多いけれど、それが神の意志ならば、それが正しいことなのでしょう。苦し紛れに誰かに問題を押し付けて、自分に言い訳してみても、最奥の自分まではだますことはできません。ただ苦しさをひとつ増やすだけのことです。こつこつやっていれば、時間だけが解決できる問題もあるのでしょう。

でも、正しい生き方を100%実行できる人間なんていないから、この祈りが存在するに違いありません。自我は時には巧妙で、他人の責任まで負って見せることで、自分の責任から逃れていたりするのです。自我というのはアルコールと同じで本当に巧妙なものです。残念なことに、霊的な成長が遅い僕では、祈りからの導きが十分に得られません。悩みや心情を吐露できて、共に祈り、より具体的なアドバイスをくれる仲間が、僕にはまだまだ必要なようです。

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