心の家路

ソブラエティのための道具90 (36)
90 tools for sobriety (36)

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2007/08/19 

90 TOOLS FOR SOBRIETY

ソブラエティのための道具 90

36) 手放して、あとは神に委ねなさい。
Let go and Let God.


ビートルズにレット・イット・ビー(Let It Be)という曲がありました。また、ある野球選手の座右の銘はイティズ・ホワット・イティズ(It is what it is)だそうです。このレット・ゴー・アンド・レット・ゴッドも含め、どれも中学校の英語の授業で習う単語が並んでいるだけなのですが、日本語にするとなると難しいものです。

「その問題は解決しますよ。あなたの望みどおりには解決しないでしょうが、でも、なんとかなるのです」

AAミーティングで悩み事を打ち明けると、それを聞いた人から、こんな提案をもらったりします。

ミーティングにやってくる人の多くは、境界線の問題を抱えています。

自分が関わるべきでない問題に首をつっこんで、一生懸命になってみたりします。あるいは、自分が取り組むべき問題を先送りして、誰か他の人に解決を押しつけてしまったりします。自分の問題と、他の人の問題の間に、ちゃんと境界線を引いて分けることができません。だからいつも、人との間に余計なトラブルを起こしていて、おまけに自分の義務を放り出す無責任な人間というレッテルを貼られることになります。生きづらい人生を、さらに生きづらくしてきたのは、自分自身だったのではないでしょうか?

自分の問題に取り組む作業は、心躍る楽しさを感じられないものです。例えば、歯磨きは楽しいでしょうか。毎日8時間働くことはどうでしょう。ステップ4の棚卸し表を書く作業は? 部屋の掃除は?
ところが、他の人の問題、とりわけ困っている人を手助けする機会が与えられると、「やっかいなことに巻き込まれた」と嘆きながら、どこか生き生きしていたりします。うまく解決できれば相手から感謝されて嬉しいし、自己犠牲の態度はまるで自分が成長した証のように感じます。

たくさんの責任を引き受けていれば、自分が有能で人に必要とされていると感じていられます。そうするのは実は、自分が無能で役立たずと感じる悩みが心の奥にあって、それから解放されたいのが本音かも知れません。
相手への愛から関わるのでなく、自分の恐れから逃れるため、あるいはつまらない日常から逃げ出すため、自分の責任を投げ出す口実を作るため・・・。そういう動機がまったく無いと、確信を持って断言できるでしょうか。

同僚の仕事を手伝うのに熱中して、自分の仕事が進まない人。試験で隣の席のクラスメートの答案用紙を埋めている生徒。隣家の庭を掃除して、自分の家はゴミ屋敷の人。責任を外されることを拒むうつ病患者。悩むべきでない問題を悩んでいると指摘されると、ついつい僕は「好きで悩んでいるワケじゃない」と反論したくなりますが、その時の僕は、こうした滑稽な人たちと同じになっているのです。

誰かを手助けしたかったら、まず自分の問題を解決する経験を積むのが先決です。アルコホーリクの手助けをしたかったら、まず自分がステップを使って回復することです。心配しても、悩んでも、相手のためにはなりません。

伝統4は、他のグループのやり方に口を挟んでいないで、自分のグループの問題に取り組みなさいと釘を刺してくれます。

時には僕らは、出てしまった結果を覆そうとあがいてみたり、失敗をごまかそうと言い訳をしてみたり、中途半端な事態に早く決着がついて欲しいと焦ったりします。それも、問題が境界線の外に去ってしまったか、あるいはまだ内側に入ってきていないのに、その問題を解決しようと空回りしているに過ぎません。他にやるべきことがあるのに関わらず。

私たちは「いろいろな状況」が自分を酒に駆り立てるのだと思い、その状況の修正に努めてみた。状況を変えることよりも、それに直面する自分自身を変える必要があるとは思ってもみなかった(12のステップと12の伝統 P64)。

僕は無力で、そのために情けない思いをすることもあります。けれど、神さまに任せておけば、きっと神さまは悪いようにはしないから、心配しないで、と自分に言い聞かせています。たとえ僕の望まない結果が出ても、それにもきっと意味があるのだと。私は私の人生を生きるほかないのです。

物事に捉われると生きるのが苦しくなる、という荘子の教えも中学の教科書に書いてありました。

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