心の家路
アルコール中毒という病気 (1.始まり)
DRINKER OR DRUNKARD - Warning Signals on the Way to Alcoholism (2/6)

ホーム > 書庫・資料置き場> アルコール中毒という病気> 1.始まり (2/6)

2008/02/01 

DRINKER OR DRUNKARD - Warning Signals on the Way to Alcoholism

アルコール中毒という病気

―― アルコホリズムにいたる警告のシグナル ――


1.始まり

初めてアルコール飲料を口にするとき、後にアルコール中毒者になる人とそうでない人の間に区別はない。みんな何かあたりまえの理由で飲み始める。
しかし、後のアルコール中毒者(時々異常に飲過ぎる人も)は、大方の社会的なドリンカーとは対照的に、間もなく酒による際立った開放感を味わう。この解放が際立っているのは、彼の緊張が、その社会のほかの人々よりはるかに強いか、あるいは彼が、ほかの人たちのようにその緊張をうまく調節する方法を学んでいないか、どちらかの理由による。

はじめのうち、この人は、自分の解放感を酒よりむしろコンディションのせいにする。だから彼は、偶然にも飲酒と重なった、そのような条件を探すのである。もちろん彼も、おそかれ早かれ、解放感と酒との相関に気づくようになるけれども。
最初のうちは、この解放を時たま、何かの機会があったときにだけ求めるが、半年から2年くらいの間に、緊張に対する耐性が低下するので、実際にはほとんど毎日、アルコールによる解放を求めるようになっている。

それでも、その酒は、まだ明らかな泥酔までは行かない。しかし夕方になると、感情的ストレスを酒で解放しなければいられない段階に来ている。泥酔はしなくても、それはかなり深酒であることを意味する。特別に同じ社会の他の人たちと比べるとそうである。しかしまだ友人たちから見ても彼自身にも、さほど問題になってはいない。
ある程度時が過ぎると、この人は、落ち着くために、以前よりいくらか多量のアルコールを必要とするようになる。

この型の飲酒が、環境に応じて、数ヶ月から2年くらい続く。たぶん前アルコール中毒の段階ともいうべきもので、機会的解放飲酒と常習的解放飲酒に分けることができる。

次へ