心の家路

断酒ができないという精神の病気
In mind rather than in body

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2005/06/22 

<唯一の解決法。それは断酒>

<断酒ができないという精神の病気>

一杯飲んだら必ず総崩れが始まり、大変な苦しさと恥ずかしさとに苦しむことを本人は百も承知なのに、なぜ最初のその一杯に手を出してしまうのか。なぜ飲まずにはいられないのだろう。他のことについて示すことができている常識と意思の力は、一体どうなってしまったのか。

(中略)

アルコホーリクも数ヶ月か数年、酒を止めることがあるが、たしかに酒を飲まずにいる限りは、大体普通の人と同じようにふるまえる。同様に、どんな種類のアルコールであれ、少しでも身体に入ったら最後、肉体と精神の両方に何かが起こり、飲まずにいられなくなってしまうこともまた確かである。どんなアルコホーリクもこの体験を豊富に持っていて、このことを立証してくれる。

しかし、もしもアルコホーリクが最初の一杯を口にしなければ、そうして、恐ろしい悪循環がはじまらなければ、今まで書いてきた観察は実際的でない、的外れなものに終わる。だから今度は、問題は身体ではなく精神に向けられる。

(『アルコホーリクス・アノニマス』 第二章・解決はある p34-35・文庫版 p66-67)

AAワールド・サービス社の許可のもとに再録。

さて、酒のせいでトラブルが起きて、医者に「酒を止めないと命の保証はできない」と言われたり、奥さんに「酒をほどほどにしないと離婚する」と言われれば、さすがに本人も酒を断つか、控えるかするでしょう。正常な精神の持ち主ならば、酒と命を引き換えにしたり、酒と家族を引き換えにしたりはしないはずです。

そしてその努力が実を結んで、残りの一生をトラブルなしに過ごせれば、誰も彼を「アル中」と呼んだりはしないのです。しかしそれができないからこそ、依存症という病気なのです。

いつか本人も家族も、原因がアルコールそのものにあることに気づきます。何度も節酒や禁酒の誓いがたてられ、そのたびに約束は破られます。それが病気の症状なのですが、本人も家族も「意志が弱いから」とか「悪いことが重なったから」などと理由をつけて、次に期待します。時には意志の力だけで、何年も酒を止め続ける人もいます。傾いた家庭生活を見事に立て直してみせる人もいます。

でも、最初の一杯に手を出す日が、いつかは訪れます。それが禁酒の3日後かもしれませんし、3週間後、3ヵ月後、3年後かもしれません。どれだけ時間がたっていても結果は同じです。飲み始めれば、遠からず悪夢の日々が戻ってきます。もうその人は、適量を飲むことも、ずっと止めることもできない病気になってしまっているのです。

彼らには、何とかして、いつかこの勝負に勝つという強迫観念がある。けれども、いつかはきっとノックアウトされるだろうということもうすうす感じている。

真実を知っている人はほとんどいない。家族や友人は、ふつうでないことを薄々感じてはいるものの、いつの日か彼らが無気力から立ち上がって、意思の力を使い始めることを期待して待っているのだ。

もし、彼が本物のアルコホーリクなら、そんな日は決して来ないというのが悲しい真実だ。彼はコントロールを失ってしまったのだ。どのアルコホーリクも酒を飲み続けているある時に、どんなに止めようと強く決意してもまったくどうにもならなくなる状態に入ってしまう。そしてふつう、この悲劇的状況は、それが疑われるずっと前に起こっているのだ。

まだ理由ははっきりしていないのだが、ほとんどのアルコホーリクは飲酒についての選択能力を失ってしまっている。いわゆる意思の力というものも、事実上、存在しなくなる。たった一週間前の、あるいはひと月前の飲酒が自分にもたらした苦悩と屈辱の記憶を思い出して意識にのぼらせることさえもどうしてもできなくなってしまう。だから私たちは最初の一杯に対してまったく無防備になる。

(『アルコホーリクス・アノニマス』 第二章・解決はある p37-38・文庫版 p67-68)

AAワールド・サービス社の許可のもとに再録。

いったんアルコールを身体に入れたら酒が止まらなくなる衝動が「身体の病気」ならば、二度と飲まないという固い誓いを簡単に破ってしまうのは「精神の病気」です。

<否認の病気>