心の家路
禁煙について

Abstrain from smoking

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2005-05-20 

最近禁煙をはじめたAAメンバーや、これからはじめたいという話を聞くことがありました。そこで、禁煙の話について需要があるかもしれないので追加することにしました。


僕がはじめてAAにつながった頃に行った会場は、どこも禁煙ではありませんでした。ミーティングの最中もタバコが吸われ、部屋に煙がもうもうと立ちこめて、タバコを吸わないメンバーが我慢できなくなって、換気をすることもたびたびありました。

酒を飲んでいた頃は、飲む酒の確保と同じぐらいに吸うタバコの確保は重要な課題でした。けれど、お金のない時には、もちろんタバコよりお酒が優先でした。タバコは灰皿にたまったシケモクにもう一度火をつけ直して吸うことができるからであります。

体全体がアルコールを求めている時に、ドライ・ジンをコップになみなみと注ぎ、それを飲んで胃がカーっと暖まってきた後に、セブンスターを深く吸い込んで一服すると「この上もない上等な気分になれる」というのが僕の口癖でした。
でも、次第にアルコールが入っていればどんな酒でも良くなり、タバコも安いECHOや「しんせい」を吸っていることが増えました。

連続飲酒をしていた頃、母が僕の部屋を覗くたびに「タバコを吸って換気をしないので空気が悪い。これじゃ体にいいわけない」と口癖のように言っていました。僕の部屋にあった本も音楽CDもパソコンも、みんなタバコのヤニにまみれて茶色くなってしまうのでした。ガラス窓も茶色く染まって、「そのうち肉眼で太陽の黒点観察ができるさ」というのが僕の言い分でした。

さて、新婚早々に精神病院にアルコールで4回目の入院をしたという話は別に書きました。退院後最初の半年ぐらいは、妻も一緒にAAのオープンミーティングに来ていることがありました。その妻が言うには、

「あなたは、ミーティングで人の話を聞いている時は、コーヒーを飲んでいるか、タバコを吸っているかどちらかで、静かにおとなしくしている時はまるでない

ということでありました。妻の育った家庭にはタバコを吸う人間がいなかったので、そこへ婿入りした僕は、当然のようにホタル族となってベランダでタバコを吸うことになりました。酒に対しては(僕の飲んでいる現場を見たことがないので)理解のできない義父母も、タバコについては止めたほうがいいという持論をチクチクと僕に言うのでありました。

妻も、

「お酒と一緒にタバコも止めればいいじゃない」

ということを何度も口にするようになりました。妊婦である彼女には清潔な空気が必要であることや、タバコは主流煙(本人が吸う煙)より副流煙(周囲の人が吸う煙)のほうが害が大きいことなど、僕がタバコを止めるべき理由を様々に持ち出してきました。

それがうるさくてたまらなくなったので、僕は反撃に出ることにしました。
ビッグブック(『アルコホーリクス・アノニマス』)の196ページ(文庫版は228ページ)に、酒をやめた上にタバコとコーヒーを一度に止めることを妻に要求され、結局は酔っぱらってしまった男の話がでてきます。それを一緒に読み、「第一のことは第一に」というAAのスローガンをとりだして、「酒を止めていくことが第一、そのほかのことは2番目・3番目」と諭しました。彼女は「第一のことは第一に」ということは理解してくれましたが、まだ完全に納得したわけではなさそうでした。

そこで僕は、「もし無事に3年酒を止め続けられたら、そのときにタバコも止めよう」というその場しのぎの空手形を発行しました。彼女はそれで納得したらしく、その後は僕もパソコンを置いた部屋に限って屋内でタバコを吸うことを許されて、タバコについての話はそれで決着がついたかのように日々は過ぎていきました。

不注意で床に置きっぱなしだった灰皿から、たばこの吸い殻を赤ちゃんが食べてしまったというありがちなトラブルにもありました(幸い大したことにはなりませんでしたが)。

僕の最初のホームグループは女性が増えて過半数に達し、多数決で会場は禁煙に決まりました。新しいホームグループの会場は、部屋の中は禁煙という決まりで、どっちにしろAAミーティングの最中にタバコを吸うことはなくなりました。

ある時東京のほうから肺ガンを患ったという年季の入ったAAメンバーが長野を訪れてくれました。彼は余命はいくばくもないと医者に宣言され、最後にできるだけAAのメッセージを伝えるために長野県のミーティングを訪問してくれたのでした。彼は、酒で酷かった自分がAAで救われた年月について感謝を言ったあと、「自分はもうすぐ肺ガンで死ぬ運命にあるが、そのことにいささかの不満もない」と付け加えました。
死を目の前にして「何の不満もない」と言わしめるだけのものが、AAプログラムにはあるんだなぁと、僕は感動を覚えました。この話をAAメンバー以外の人にすると、「それはきっと強がりの言葉だ」と言われるのですが、僕は確かに彼はそのときそうした気持ちだったのだろうと信じています。
数ヶ月後に、「まだ死んでねえよ」ともう一度長野を訪問してくれたのですが、明らかに体が弱っていて別人かと思いました。それ以来その人とは会えていません。

僕は自分が振り出した空手形のことなどすっかり忘れていたのですが、3年のバースディミーティングから帰った僕を迎えた妻の言葉は、「さて、3年経ったわよ」でした。

運悪く、そのとき会社でやってくれた健康診断の胸部レントゲンで、肺に影が出て病院で再検査を受けるように指示が出ていました。さらに運の悪いことに、近所の総合病院が「禁煙外来」というタバコを止める専門の科目を作ったと盛んに宣伝していた時期とも重なっていました。僕が再検査を受けに行く病院は、反論の余地なくその病院に決まってしまいました。

胸部のCTスキャンを受けた結果は、異常なしでした。子供の頃に肺炎に罹って高熱を出した人は、肺が肋膜と部分的に癒着してしまっている場合があり、それが影となってレントゲンに写る場合もあるのだそうです。母は僕が肺炎にかかった記憶はないと言うのですが、医者に言わせると親がただの重い風邪だと思っていても、実際には肺炎という場合はいくらでもあるのだそうです。
そんなわけで、再検査の件はすぐに片づいてしまいました。
しかし医者は、「これを機にタバコを止めたらいかがですか」とかなり強い語調で迫ってきました。僕も何か抗いがたい運命のようなものを感じて、禁煙外来に毎週通うことに同意してしまいました。

禁煙外来の第一回目は、院長でもある内科医の先生の講義でありました。
「ニコチンは習慣性のある薬物です。たまに宴会なんかでもらいタバコをして吸うだけという人もいますが、大多数のタバコ吸いは実は<薬物中毒>・<薬物依存症>なんですよ。あなたは、依存症について何か知っていますか?」
と問われたので、アル中歴十数年であった僕は、

「ええ、詳しく知っています」

と自信を持って答えたのでありました。

本来医師の講義を一時間聞くはずであったのが、僕のほうがアルコールについての体験や、AAについての説明をする時間になってしまいました。先生は「AAというものがあることは知っていたが、この街にもあるとは知らなかった」とおっしゃいました。

内科医である先生は、アルコール性肝炎の患者さんをたくさん抱えていること、しかし彼らは入院して「また飲める体」に戻してもらうと、家でまた大酒を飲むようなること、家族からは「体を治してくれるだけで、病気をちっとも治してくれない」と責められることなどを話してくれました。
しかし、そういう家族に限って精神科への紹介状を書いても、実際に精神科を受診することはないのだと嘆いておられました。
地元の断酒会に紹介したこともあったそうですが、断酒会では酔っぱらってニワトリの首を切ったというような壮絶な話をしており、患者も家族も通いたがらないのだという話も聞きました。
「AAならもっとソフトな話だろうから、紹介してみるよ」と言われたので、僕はAAのほうが断酒会よりソフトである自信はまったくなかったのですが、ともかく医療機関向けのAAのパンフレットを次回持ってくることを約束して、その日の講義はおしまいとなりました。

二回目は、いよいよ禁煙実現に向けての計画が作られました。
僕は当時タバコを一日に20本〜30本吸っていたのですが、「まずこれをだんだん減らしていって、10本にするのを目標にしましょう。それができたら、また少しずつ減らしていきましょう」という指示を受けました。

一週間、自分なりに努力してみましたが、20本に抑えるのが関の山でした。三回目の受診の時に正直にその話をすると、「あなたはだんだん減らしていくというやり方は無理だね。日付を決めてその日から完全に止めましょう」と方針が変わりました。
「いよいよその日が来たら、記念にワインでも飲みながら最後の一本を吸って、それでタバコはお終いにしましょう」と言う言葉の後に長い沈黙が訪れ、「いや、あなたはおいしいジュースにしてください」と訂正が入りました。

ニコチンパッチという貼り薬を処方されました。ソフトボール大の丸いパッチで、皮膚から少しずつニコチンを吸収させて、禁断症状を緩和してくれるのだそうです。禁煙治療は健康保険の対象外なので全額自費になり、最初の一週間は9千円を支払った記憶があります。
パッチだけでは我慢しきれない人には、吸収の速いニコチンガムを追加処方するのだそうですが、とりあえずパッチだけで様子を見ることにしました。

僕が禁煙を実行に移して、一番驚いたのは職場の同僚たちでした。一番のヘビースモーカーであった僕が、一番最初に禁煙に踏み切るとは誰も思っていなかったからでしょう。「お手並み拝見」とばかりにからかわれました。

当時僕を雇ってくれていた社長も禁煙をした人でした。仕事に忙しく、ろくにお母さんとの会話もしない日々が続いているうちに、いきなりお母さんが亡くなってしまったのだそうです。その葬式の時に、立て続けにタバコを吸ってばかりいる社長を心配して、奥さんが「体に悪いので節制したら」と助言したのが「母の遺言のように感じた」ので、自力で禁煙に踏み切ったという経験の持ち主でした。
「あれだけ酷かった酒を止められた君だから、タバコについても心配はしていないよ」と励ましてくれました(あまりうれしくない励まし方でしたが)。

カートンで買ったタバコはまだ残っていたけれど捨てることにしました。灰皿は目につかないところに片づけました。カロチンは体内のニコチンの排出を促進する効果があります。ニンジンはカロチンが多いから当分食べないという宣言をしました。

ニコチンパッチは、朝と晩に貼り替えます。さすがに毒物だけあって、貼った後は赤く痕が残ります。左腕に貼ったのを、今度は右腕に、背中に、胸に、太ももにと、全身が丸いソフトボール大の痕だらけの人になっていきました。

最初の数日間は、手がしびれるという症状が出ました。禁煙パイポは本物のタバコを吸いたくなるだけなのでやめました。タバコが吸いたいという気持ちはとても強かったのですが、お酒の禁断症状に比べれば、桁違いに楽でした。なにしろその間も仕事は続けていたのですから。しかし、それまでタバコを吸うことで、仕事を中断して休みを入れることを習慣としてきたので、それを止めてしまうと、休みを入れるタイミングがつかめず、また休もうとしても何していいのか分からないことにも悩みました。
喫煙所で交わされる会話に参加できなくなったのも、なんだか社交?からはじき出されたみたいで寂しく感じられました(今は吸わなくても喫煙所に行くことで解消しています)。

朝起きた時、食事の後、お茶の時、トイレの後、何かを待っている時・・・、肉体の依存はパッチによって和らげることはできても、精神の依存と十数年の習慣はそう簡単には壊せません。

AA会場の喫煙所に顔をだして、「すっげータバコが吸いたい」「吸えばいいじゃない」「だって禁煙中だもーん」「チョー嫌みー」などと会話したことも覚えています。

毎週禁煙外来に通うたびにパッチのサイズが小さくなっていき、同時にパッチの値段も安くなっていきました。毎回呼気の検査を受けました。一酸化炭素濃度でタバコを吸っているかどうか分かるのだそうです。
4週間経つとパッチともお別れでした。総額は4万円ぐらいでした。毎月タバコ代に6千円〜1万円使っていたので、半年で元は取れたはずです。

「タバコが吸いたい気持ち」という精神依存はゆっくりとしか抜けていきませんでした。唇に二本の指を当てて、タバコを吸うまねをするだけでも、なんとなく安心するから不思議なものです(口唇期というのはフロイトでしたっけ?。

あるAAの会議の昼食の席で、依存症に詳しい医師の話を伺うことができました。

「覚醒剤や麻薬は法律で禁止されてるだろう。酒とたばこは成人するまでは禁止。コーヒーは別に禁止していないけれど、赤ん坊にほ乳瓶でコーヒーを飲ませる親はいないよね。人類は昔からどれがどれぐらい危険な物質なのか、経験的に分かっていたはずなんだ」

それから

「薬は刑務所だろ、アルコールは精神病院だろ、タバコは入院はしないけど、タバコのせいでとーちゃんかーちゃんが寝室が別って家はたくさんあるだろう。依存物質は家族を分断するんだけど、分断の強さと依存の強さも比例してるんだよ」

僕も持ちネタのひとつにさせて頂いています。

1年経過した時に、体の不調があるかどうか再度禁煙外来を受診する約束だったのですが、仕事にかまけて行かなかったら、病院から電話がかかってきました。禁煙は順調だと伝えると、大変喜んでくれました。禁煙外来の看板を掲げているものの、どうやら成功率ははかばかしくないらしいのです。
「成功した人の体験談を集めているので一文書いてくれないか」と頼まれましたが、「僕の場合はアルコールの問題があった後なので、特殊例と思ってください」と言って断ってしまいました。

初めのうちは、出張で同僚と一緒に列車の喫煙車に乗っていても煙さが気になりませんでした。しかし、次第にタバコの煙が「煙たいもの」に変わっていき、AAのイベントに行って帰ったあと風呂に入ると、髪の毛までたばこ臭いのにびっくりしたりするようになりました。

タバコを止めて太ったと言うことはありません。なぜか周囲では酒を止めたことよりも、タバコを止めたことに対する評価が高いです(これは不満だ)。自分で進んでやめたのではなく、なんだか陥れられたような気がしているので、「僕は健康のためにやめたのではありません。経済の問題でやめただけです」とうそぶいています。

AAは「お酒の問題」を扱うところだから、「タバコもやめたら」なんていう助言をするつもりはありません。でも「金がなくてさぁ」という話を聞くと、「タバコをやめればそのぶん確実に浮くよ」と答えています(嫌みなヤツだ)。

タバコをやめたら、歯医者に行って、歯石を取ってもらうついでにヤニもきれいに取り去ってもらいたいと思っていたのですが、禁煙後一度も歯医者に行っていません。

お酒には機会的飲酒があり、常習的飲酒があり、そして依存症という病気との境界を越えると問題飲酒ということになります。しかし、タバコの場合には機会的喫煙という人はほとんどいなくて、吸う人のほとんどが実はニコチンという薬物の依存症になっているのです。そして、依存の問題すべてにあてはまるように「まだ時間があるうちにやめたいと思う依存症者はほとんどいない」のが真実でありましょう。