ビッグブックのスタディ (26) 医師の意見 17

「医師の意見」の続き

ビッグブックに戻り、p.xxxvii (37)の真ん中の段落から再開します。

アルコホリズムがあくまでも精神のコントロールの問題だという立場には、私は同意しかねる。1)

シルクワース医師は、アルコホリズムが完全にメンタルな問題だという立場には反対しています。いままで説明してきたように、彼はアルコホリズムが身体的アレルギーでもあるという説を唱えているからです。

ビッグブックにこのような記述があると言うことは、当時は、アルコホーリクが酒を飲みすぎるのは純粋に精神的な問題であり、その問題を克服すればアルコホーリクはまた普通に酒が飲めるようになるという説があったことを示します。

ウィリアム・ホワイト(William L. White, 1947-)は『米国アディクション列伝』で、ジークムント・フロイト (Sigmund Freud, 1856-1939)の始めた精神分析 がアメリカでどのようにアルコホリズムと関わったかについて、ページ数を割いて説明しています。2) 精神分析的な見方では、アルコホリズム(や薬物のアディクション)は根源的な病気(primary disease)ではなく、神経症的葛藤や下地になっている精神病、あるいは人格の問題などの兆候であるとしていました。なので、精神分析ではそれらを治療することで、飲酒を正常化することを治療目標に置いていました。

当然のことながら、そうした治療目標が達成されることはなく、またアルコホーリクは大変扱いづらい患者であったために精神分析医から避けられ、アルコホーリクの側では治療費を払い続けることが難しいという事情もあって、20世紀の後半になると、精神分析はアルコホリズムや他の薬物のアディクションには効果が無いことが明らかになっていきました。

シルクワース医師が唱えたアルコホリズムは身体的な病気でもあるので、精神を治療しても普通に飲めるようにはならないという説は、精神分析医たちが年月をかけて実証してしまったわけです。

アルコホリズムは原発性疾患である

精神分析医たちの失敗は、アルコホリズムが原発性疾患(primary disease)だとは考えず、何か別の原因がアルコホリズムという症候を引き起こしている(つまり二次性の疾患である)と考えたことです。現在でもその考えを引き継いでいる人たちはおり、アルコホリズム(あるいはアディクション)は何か別の原因が引き起こしていると考えています。例えば孤独や孤立が依存症の原因であるとか、発達障害が原因であるとか、子供の頃に受けた虐待が原因であるとか・・・、それらは発症の可能性を高める誘因であるかもしれませんが、そうした条件が一切なくてもアルコホリズム(あるいは何らかのアディクション)になった人がたくさんいる以上、それらを原因として捉えてはいけません。

僕はアメリカの二つの回復施設で短期間の研修を受けたことがありますが、どちらでも「アディクションはprimary diseaseプライマリー・ディズィーズだ」と口を酸っぱくして言われました。何か別の原因がアディクションを引き起こしているという考えには不思議な魅力があり、職業人でさえついついその罠にはまってしまいがちなのですが、アディクションに関わる上では、それが原発性疾患だという考えを堅持しなければなりません。もし発達障害や虐待や孤立という問題がこの世の中から消えてなくなったとしても、それによってアディクションがなくなることはありません。

アルコホーリクを分類する

さて彼は、アルコホーリクを分類することはビッグブックの目的ではない、と言いながらも p.xxxvii (37) では彼自身が分類を始めています:

    1. 情緒不安定な精神病者psychopathsサイコパス
    2. 飲んではいけないことを認めたがらないタイプ
    3. しばらくの間まったく酒を口にしなければ、あとは心配なしに飲めるようになると信じているタイプ
    4. 躁うつ型
    5. どこから見てもふつうの人と変わらないタイプ
    6. その他さまざまなタイプ

とこのような、タイプ分けを行った上で、すべてのタイプに「一つだけ共通する症候がある」と述べています。その症候が渇望現象であり、それは「アルコホーリク特有のアレルギーの症候」であり、アルコホーリクとノン・アルコホーリクを分けるものだと言っています。(じゃあ、何のためのタイプ分けだったんだろう・・・)。

私たちの知るかぎり、これまでにこの症候を根治できる治療法はなかった。唯一の解決法は、まったく飲まないことしかないと言わざるをえないのである。3)


It has never been, by any treatment with which we are familiar, permanently eradicated. The only relief we have to suggest is entire abstinence.4)

この文章が書かれてから80年以上の年月が経過しましたが、アルコホーリクが酒を飲んでも渇望が起きてこないようにする治療法は未だに完成していません。それを踏まえると、ビッグブックを読んだ人はこう考えるはずです。「もし自分がアルコホーリクなら、解決法はまったく飲まないことしかない」と。

わきみちところで、「飲まないこと」という言葉の元の英語は abstinenceアブスティネンス です。これは禁欲という意味の言葉で、アルコールならば禁酒あるいは断酒という訳語を使うのが普通でしょう。しかしAAではテキストに断酒という言葉は使わない習慣がある(おそらく断酒会との違いを示すため)ので、「まったく飲まないこと」という回りくどい表現になっています。
ちなみに、断酒会の英名は Abstinence Association で、略語がAAになります(全日本断酒連盟はAll Nippon Abstinence Association)。なので、ニューヨークのGSOのスタッフが日本を訪れると、「もう一つのAAは活発に活動していますか?」という質問をしてきたりするそうです。

アルコホーリクは断酒するしかない、ということについては「賛否両論がある」とシルクワース医師は書いています。先ほど述べたように、飲酒の正常化を治療目標にしていた人たちもいたので、そこには議論があったのでしょう。しかし同時に彼はこう述べています:

医師の間の通説と思われるのは、慢性のアルコホーリクは大方死んでいく、というものだ。3)

飲酒の正常化を治療目標にする医師たちでさえ、慢性に推移する大方のアルコホーリクが死んでいくという事実に同意していたわけです。

このブログでも度々書いていますが、20年ほど前から早期発見・早期治療の取り組みが広がって、早期の段階で治療導入される人が増えてきました。それによって助かる人も増えたのですが、やはり重度にまで進行し、死んでいってしまう人たちも未だ多く存在します。「慢性のアルコホーリクは大方死んでいく」というのは21世紀においても現実であり、異論を差し挟む余地はありません。

このように、シルクワース医師も絶望を描き出しています。第2回で書いたようにステップ1の「無力」は「絶望」を意味するのですから、ここで絶望が提示されるのはまったく適切です。

ステップ1で私たちは正しく絶望する必要があります。絶望的な現実から目を背けてはならないのです。だが同時に、人は絶望だけを見ながら生きていくことはできません。必ず希望が必要です。そして、シルクワース医師はすでに希望を私たちに伝えてくれています。第17回で説明したように、人間の知恵を超えた何か(ハイヤー・パワーあるいは神)が私たちにもたらしてくれる霊的変化が、その答であると彼は明言しています。

そしてさらに、その実例を二つ紹介してこの手紙を締めくくっています。それについては次回。

今回のまとめ
  • アルコホーリクを分類することもできるが、渇望現象という症候はすべてのタイプに共通している。
  • 渇望現象を根治する治療法はいまだにできていない。
  • 渇望現象の唯一の解決法は「まったく飲まないこと」(断酒)しかない。
  • 慢性のアルコホーリクは大方死んでいく、という現実は21世紀になっても変わっていない。
  • シルクワース医師は、解決は霊的変化にあると述べている。
わきみちところで、ヴァーノン・E・ジョンソン(Vernon E. Johnson, 1920-1999) は『明日こそ止めるさ』の中で、アディクションの形成には罪悪感の存在が必要で、サイコパス はアルコホーリクにはならないという説を唱えています。5) 一方で、シルクワース医師はサイコパスもアルコホーリクになり得るとしています。

  1. BB, xxxvii (37) []
  2. ウィリアム・L・ホワイト(鈴木美保子他訳)『米国アディクション列伝 アメリカにおけるアディクション治療と回復の歴史』, ジャパンマック, 2007, pp.94-97[]
  3. BB, xxxviii (38) [][]
  4. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.xxx[]
  5. ヴァーノン・E・ジョンソン(滝口直子訳)『明日こそ止めるさ』, 琉球ガイア出版部, 2010, p.103[]

2024-03-25

Posted by ragi