ビッグブックのスタディ(27) 医師の意見 18

肉眼で見える彗星(ネオワイズ彗星)がやってきています。一生に何度もないチャンスですので、晴れ間があればぜひご覧になって下さい。

霊的変化が起きた事例 その1

シルクワース医師は、「医師の意見」の最後で、12ステップ(の原型)に取り組むことで霊的変化を得て助かった二人の事例を紹介しています。

p.xxxviii (38)の後ろから3行目からには、「慢性アルコホリズムの治療のために連れてこられた男」の事例が紹介されています。彼は:

彼は率直に、自分にはもう何の見込みもないことを認め、そう信じていた。1)


He frankly admitted and believed that for him there was no hope. 2)

ステップ1の無力(powerless)絶望(hopeless)を意味します(第2回参照)。この人物も「自分はもう助からない、見込みがない(no hope = hopeless)」と認めています。つまり彼は、ここでステップ1を行っています。無力を認めた彼は、その先のステップへ進んでいます:

そして彼は、本書に書かれている回復するためのプランを受け入れた。3)

「本書に書かれている回復するためのプラン」とは12ステップのことです。彼はそのプランを受け入れ、それに取り組んで回復しました。一年後に彼と再会したシルクワース医師は、これが同じ人物かと思うぐらい変わった姿を見て、「以前の彼とは似ても似つかぬ人」「自信と満足であふれんばかりの男」になっていることに驚いたのでした。それが、シルクワース医師の言う霊的変化です。

霊的変化が起きた事例 その2

さらに次の段落には、「ニューヨークのある有名な医師に託されたケース」が紹介されています。

その患者は自己診断をして、自分にはもう見込みがないと決め・・・3)


The patient had made his own diagnosis and deciding his situation hopeless . . .2)

こちらの人物も「自分はもう見込みがない(hopeless)」と自己診断をしています。ステップ1は(医者の診断を受け入れることではなく)自分で選び取るものだということを思い出してください。彼は、治療をすれば意思の力で酒を克服できるようなる、と断言されない限り治療をしても無駄だと言い張りました。もちろん、それを請け合う医者は誰もいませんでした。

唯一望みがあるとすれば、それは当時「道徳心理学」と呼ばれたものしかない・・・3)

「道徳心理学」については第13回で説明しました。それは「神という概念を使ったやり方」すなわち後の12ステップのことです。それも、これだけ重度のアルコホーリクには大して効果が無さそうだ、と医師たちは思ったようですが、彼はそれを信じました:

しかし彼は本書に書かれている内容を信じた。4)

「本書に書かれている内容」とは、12ステップのことです。彼も12ステップを受け入れ、それに取り組んで回復しました。シルクワース医師は何年もの間、ときどき彼に会っているけれど、一滴も飲まなくなっており、「彼は誰もが出会うことを望むような、素晴らしい人間の見本のような人物」になったと述べています。霊的変化が起きたことを、そのような言葉で表しているわけです。

二つの事例の共通点

この二つの事例の共通点を挙げてみます。

  • 自分の力ではアルコホリズムを解決できない、自分はもう絶望だと認める・・・問題
  • 12ステップを受け入れる。すなわち、人間の知恵を超えた何か(ハイヤー・パワーあるいは神)がもたらしてくれる霊的変化が自分に起きれば助かると信じる・・・解決
  • 12ステップに取り組むことで、霊的な変化が起き、回復する・・・行動

現在地・目的地・道程

問題・解決・行動のセットが、ここでも表現されています。

手紙は「すべてのアルコホーリクに本書を通読されることを心から勧める」という賛辞で締めくくられています。この二人の事例のように助かる人がもっと増えて欲しいというシルクワース医師の願いが読み取れます。

ところで、この二人の人物はいったい誰なのでしょうか? 数年前まで、僕はこの二人についてほとんど関心を持っていませんでした。だが、調べてみると、この二人はAAビッグブックの成立に重要な役割を果たしたことが分かりました。たいへん興味深く、また人間味溢れる話なので、ここで紹介しましょう。

元無神論者のヘンリー・P

事例その1はヘンリー・P(Henry Parkhurst, 1895-1954)です。愛称は Hankハンク です。

ビル・Wは1935年5月にドクター・ボブと会い、そのまま8月末までアクロンに滞在しました。ビルは企業買収の現地滞在員としてアクロンに出張していたのですが、その買収は失敗に終わり、資金も尽きたのでニューヨークに引き上げてきたのでした。だが、その滞在のあいだのビルとボブの活動によって、AA第三の男ビル・D(Bill D., -1954)やアーニー・G(Ernie G., -1971)といった人たちが酒をやめ、アクロンで最初のAAグループができあがっていました。

ニューヨークに戻ったビルは、さっそくシルクワース医師に頼んで、タウンズ病院に入院中の患者を紹介してもらいます。そのなかで最初に酒をやめたのがヘンリーでした。

彼は以前はスタンダード・オイル という石油会社で販売副部長を務めていた敏腕の営業マンでした。彼自身によればそれは10回目の入院で、最初の数回は会社が費用を出してくれたものの、やがて飲酒が理由でクビになり、ビルと会った頃は無職になっていました。5)

彼の体験記 Unbeliever(不信心者)は、ビッグブック初版のドクター・ボブの話のすぐ次に掲載されました。彼は無神論者であることを公言していましたが、ビルの話を聞いてスピリチュアルな解決法を受け入れました:

Told him it sounded like self hypnotism to me and he said what of it . . . didn’t care if it was yogi-ism, self-hypnotism, or anything else . . . four of them were well.6)


それはなんだか自己催眠のように聞こえる、と彼に言った。すると彼は、それがどうかしたかと答えた。・・私はそれがヨーガ教だろうが、自己催眠だろうが、他の何だろうと気にしないことにした・・彼ら4人はそれで良くなったのだから。(拙訳)

この4人というのは、おそらくビル・W、ドクター・ボブ、ビル・D、アーニー・Gのことでしょう。酒をやめたヘンリーはニューヨーク州に隣接したニュージャージー州 でAAグループを始めました。

1937年の末ごろにアクロンでビルとドクター・ボブらが話し合いを行って、プログラムを広く伝えるために本を出版することに決めました(第7回参照)。ビルは当時無職になっていましたが、仕事を探すのをやめ、メッセージを伝えることに専念すると決めたのもこの時期でした。しかしそのための資金集めはうまくいかず、ビルは妻のロイスの稼ぎで暮らしていました。

ビルの苦境を救ったのがヘンリーでした。ヘンリーは自分をクビにしたスタンダード・オイル社に復帰することを目指していました。そのためには石油製品を売る実績を積まねばなりません。そこでヘンリーはオーナー・ディーラー(Honor Dealers)という会社を設立しました。ガソリンや車の消耗品を共同購入することで、指定のスタンドで安価にガソリンを購入できると宣伝して会員を集めました。そして、ビルはその会社の事務員としてヘンリーに雇われたのでした。7)

ヘンリーがいなければビッグブックはなかった?

だが実際にはガソリン事業はほとんど行われず、二人は本(のちのビッグブック)の出版にかかりっきりになりました。ビルはそれまで一度も本を書いたことがなかったのですが、そんなビルをせっついて執筆に取り掛からせたのはヘンリーでした。会社の秘書としてルース・ホック(Ruth Hook, ?-1986)という若い女性が雇われており、執筆はビルの口述をルースがタイプして行われました(ルースの写真も第7回を参照)。しかし第10章の「雇用者たちへ」はビルではなくヘンリーが書いたとされています。

ヘンリーの活躍は『AA成年に達する』のあちこちに書かれています。本を出版するというアイデアは、アルコホーリク財団(後の常任理事会)の支持が得られず、ビルたちは独力で出版を行う必要がありました。そこで、ヘンリーはワークス出版(Works Publishing)という実体のない出版社を作り、その株券をメンバーたちに売りつけました。メンバーたちも破産状態で金がなかったのですが、将来の配当を期待して分割払いで株を購入しました。ヘンリーの役目はその支払いを毎月集め、新たな株を売って資金を集めることでした。そうやって集めた資金は、オーナー・ディーラー社の事務所の家賃と、ビル、ロイス、ルース、ヘンリーらの食費に消えていきましたが、ヘンリーのその資金集めがなければ、ビルは執筆に専念できず、ビッグブックも存在しなかったかもしれません。8) 9)

スピリチュアルなものはオーケー、でも宗教は駄目

ヘンリーの貢献はもう一つあります。AAはオックスフォード・グループの分派であり、初期の頃はキリスト教の影響を強く受けていました。ところがヘンリーは元無神論者であり、スピリチュアルなものを受け入れて「宇宙的な力」のようなものを信じるようにはなっていたものの、宗教的なものは一切お断りという立場でした。

『成年に達する』の253ページには、ヘンリーがビルを脅したりすかしたりしながら、「神」というものをビッグブックから取り除かせようとする様子が描かれています。ビルは最初は頑固に抵抗していたのですが、最終的には妥協し、神という言葉は残す代わりに、ステップ2は自分を超えた大きな力に、ステップ3では自分なりに理解した神という表現に変えられ、ステップ7からは「ひざまずいて」という言葉が削られました。そして12ステップ全体は提案であることが明確にされました。

このことはAAのプログラムがオックスフォード・グループの教義から離れ、宗教的なものが苦手な(たいていのアルコホーリクはそうですが)人も12ステップに取り組めるように「入り口を広げる」効果がありました。こんにちのAAの成功はヘンリーのおかげだといっても過言ではありません。10)

恨みはアルコホーリクを破滅させる

彼らの努力の甲斐があって、1939年4月にはビッグブックが出版されました。しかしヘンリーの奮闘にも関わらず、最初の半年ほどはまったく売れず収入ほぼゼロでした。その間に彼らの資金も尽き、ヘンリーは職を探してニュージャージー州で働くことになりました。ビルとヘンリーの間にいさかいが起こったのはその頃だったようです。『成年に達する』には「重苦しい問題」(p.273)としか書かれていませんが、その中身はいかにもAAメンバーらしいものです。

ヘンリーにはキャサリンという妻と、二人の息子がいました。だがヘンリーは妻と別れて、秘書のルース・ホックと結婚すると言い出しました。さらに、ルースが彼のプロポーズを拒んだのは、ビルが邪魔したからだとビルに食ってかかったのです。9月にはヘンリーは酒を飲み出してしまい、AAのメンバーを動揺させました。翌年ビッグブックの販売が好調になったころ、酔ったヘンリーが事務所に現れて、そこの家具は元々は自分のものだったのだと騒ぎ立てました。ビルは何度か金を渡しましたが、最終的にはヘンリーの持っていたワークス出版の株式を買い取って、縁を切ることになりました。

ヘンリーのビルに対する恨みはその後も晴れることはなく、彼は二度と長期的なソブラエティを得ることはありませんでした。それでも、一時期はクリーブランドのAAメンバーであるクラレンス・S(Clarence Snyder, 1902-1984)の妻の妹と結婚し、クラレンスの会社で優秀な営業マンとしての手腕を発揮した時期もあったそうです。

ヘンリーは、ヒューストン の石油相続人と三度目の結婚をし、その相手が財産を残して亡くなったので、彼はその金を使って最初の妻キャサリンと再婚し、故郷のニュージャージー州に養鶏場を購入しました。1954年にはその鶏舎が火事になり、新聞にはそのニュースと一緒にヘンリーの死亡記事も掲載されました。ロイスによれば、ヘンリーの死は飲酒によるものでした。11)

恨みはアルコホーリクを破滅させるBB, p.93)という言葉の実例のようなヘンリーの後半生ですが、彼のAAへの貢献は『成年に達する』で詳しく述べられています。もし彼がいなかったなら、ビッグブックもできあがらず、12のステップは宗教的(キリスト教的)なプログラムになり、AAは一部の人にしか受け入れられない運動で終わったかも知れません。それほどまでに、世界中のアルコホーリクが神を拒んでいるのです。僕自身、ヘンリーがAAから宗教色を取り除いてくれたからこそ、AAに加われて助かったと言えます。

今回のまとめ
  • シルクワース医師は、霊的変化が起きて助かった二人の事例を紹介している。
  • 二人とも、自分が絶望的(hopeless)であることを認め、プログラムに取り組んで回復した。
  • 最初の一人であるヘンリー・Pは、元無神論者であり、彼の存在があったからこそ、AAから宗教的なものが取り除かれた。

次回はヘンリーのスポンシーのジミー・Bと、もう一人の事例フィッツ・Mを取り上げようと思います。


  1. BB, pp.xxxviii (38)-xxxix (39)  []
  2. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.xxix [] []
  3. BB, p.xxxix (39)  [] [] []
  4. BB, p.xl (40)  []
  5. AA, Alcoholics Anonymous Facsimile First Printing of the First Edition, AAWS, 2014, p.194 []
  6. ibid., p.202 []
  7. The Big Book Study Group of South Orange, New Jersey, Henry (Hank) P., Northern New Jersey A.A. (nnjaa.org), 2009  []
  8. AACA, pp.236-243 []
  9. ビッグブックの執筆中にビルはロイスにデパートの仕事を辞めるように促していた—AACA, p.268 []
  10. AACA, pp.249, 253-255 []
  11. The Big Book Study Group of South Orange, New Jersey, op. cit. []