ビッグブックのスタディ (47) ビルの物語 18

時期 出来事 BBのページ
1931年 カール・ユング医師とローランド・Hの会話
pp.39-42
1934年11月終わり エビー・Tビル・Wを訪問 pp.13-19
1934年12月半ば タウンズ病院でのビル・Wの「霊的体験」と
ウィリアム・ジェームズの(書籍の)発見
p.21
1935年5月~6月 ビル・Wとドクター・ボブの交流 pp.223-227

第4回で、アーネスト・カーツ(Ernest Kurtz, 1935-2015)が、AAの「創始の時」を四つ挙げたことを紹介しました。1)「ビルの物語」にはこの表の②と③が描かれています。つまり、私たちは第一章を読みながら、AAの始まりを辿ってきたわけです。

アルコホーリクがアルコホーリクを助ける

タウンズ病院の病室で霊的体験をしたビル・Wは、ウィリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』を読み、自分の霊的な変化は、同じアルコホーリクであるエビーの働きかけなしには起き得なかったことを知りました。

ビルは、アルコホーリクは人間の力では助けられない(少なくともビル・Wはその状態に達していた)ことを、シルクワース医師から聞かされていましたBB, p.11)。それは、カール・ユング医師の言葉(p.40)によって裏付けられました。また、アルコホーリクが霊的体験によって回復し得るというユング医師の言葉は、ウィリアム・ジェームズによって裏付けられました。

エビーは、これらの情報をたらしてくれただけでなく、エビー自身が回復の実例として存在していました。またエビーは回復のプログラムを無償で手渡してくれました

ならば自分も、エビーと同じように、回復のプログラムを伝えることで、他のアルコホーリクの手助けができる、とビルは考えました。それによって、助かった人たちが、次の人たちに同じことをしていけば、アルコホーリクたちが回復のメッセージを運ぶ共同体ができあがります。ビルは病院のベッドの中で、AAの元になるアイデアを着想しました。

この回復のプログラムは、

    • シルクワース医師からの情報
    • カール・ユング医師からの情報
    • ウィリアム・ジェームズの『宗教的経験の諸相』から得られた情報
    • オックスフォード・グループのプログラムの一部

で構成されていました。そして、ビッグブックに書かれるときに、これらが12のステップとしてまとめられました。

行いを伴わない信仰は死んでいる

p.22からです:

友人がぼくにしたように、ぼくにもほかの人と一緒に取り組むことが特に欠かせない。行いを伴わない信仰は死んでいると、彼は言った。これはアルコホーリクにとって、ぞっとするほどの真実ではないか!2)


Particularly was it imperative to work with others as he had worked with me. Faith without works was dead, he said. And how appallingly true for the alcoholic!3)

work with others という節は、第七章のタイトルにもなっています。それを日本語のビッグブックは「仲間と共に」と訳しています(第七章の内容とはずれた訳になっています)。そして、第一章のこの部分では「ほかの人と一緒に取り組む」と訳しています。アルコホーリクの仲間と一緒に活動するという意味合いにするためにこのような訳を選んでいるのでしょうが、work with という言葉は「~に働きかける」という意味でもあります。第七章の内容は、まさに他のアルコホーリクに働きかける内容ですし、エビーがビルに働きかけてくれたからこそ、ビルは回復できたのでした。

「行いを伴わない信仰は死んでいる」は、新約聖書『ヤコブの手紙 』の一節です。ビッグブックができる前は、ドクター・ボブらアクロンのグループは『ヤコブの手紙』などを使っていました。自分たちのことをヤコブクラブ(The James Club)と呼ぶ人たちさえいました。ドクター・ボブの妻アンのお気に入りがこの「行いのない・・・」の一節でした。4) 新共同訳で見てみましょう:

02:14 わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。
02:15 もし、兄弟あるいは姉妹が、着る物もなく、その日の食べ物にも事欠いているとき、
02:16 あなたがたのだれかが、彼らに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹するまで食べなさい」と言うだけで、体に必要なものを何一つ与えないなら、何の役に立つでしょう。
02:17 信仰もこれと同じです。行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです。5)

信仰を持っていると言うだけで、苦難の状態にある人に何の助けもしないのなら、その信仰は口先だけのものにすぎません。この話は「魂のない肉体が死んだものであるように、行いを伴わない信仰は死んだものです」(2:28)と結ばれています。

「私は霊的に目覚めた」と言うだけで、苦しんでいるアルコホーリクに働きかけることをしないなら、その霊的な変化は口先だけのものにすぎません。

どのように手助けすればいいのか

では、どのように手助けすれば良いのでしょうか?

飲んでいるアルコホーリクに酒を与えても、何の解決にもなりません。金を与えればその金はすぐに酒に変わってしまうでしょう。(ずいぶん以前のこと、僕があるアルコホーリクに関わってAAミーティングに誘ったところ、ミーティングに行くための交通費がないと言われました。僕は5,000円のオレンジカード を彼に渡しました――当時は交通系ICカードはまだなく、磁気カードでした。もちろん、彼がそれを換金して酒を買うまでに時間はかかりませんでした。僕は5,000円で教訓を買うことができましたが、数ヶ月後に彼が自殺したと聞きました)。

ビルは霊的体験をした後、カルバリー伝道所やタウンズ病院でアルコホーリクを見つけては、酒をやめさせようとしましたが、うまくいきませんでした。その様子については第5回で少し紹介しました。ビルは自分の霊的体験の話ばかりしたものですから、酔っぱらいたちから返ってくるのは冷やかしの言葉ばかりでした。

ビルは最初の6ヶ月間、誰の酒もやめさせることはできませんでした。しかし注目すべきは、ビル自身はその間を飲まずに過ごせたということです。他のアルコホーリクを救おうとすることで(その相手は救えないかも知れないが)自分自身を救われる、というのがAAの原理の一つです。

失敗続きだったビルは、シルクワース医師に相談しました。すると医師はこんなアドバイスを与えました。

「君がまずしなければならないのは、彼らの自信をはがすことだ。医学的な事実を知らせることだ。とことん手加減せずに。飲まずにはいられなくなる強迫観念について、飲み続けていたら気が狂うか命を落とすことになる肉体的過敏性、または身体的アレルギーについて、しゃべりまくるんだ。一人のアルコホーリクから受け継いだことを次のアルコホーリクに話す。恐らくそうすることで、そういうやっかいな自我(エゴ)が激しく打ち破られていくだろう。そうなって初めて、君の薬を試すことができるんだ。あのオックスフォード・グループから学んだ倫理的な原理をね」6)

つまり、まずステップ1の情報(アレルギーと強迫観念)を伝えることから始めなさい、ということです。そして、ビルがそのやり方に切り替えて、最初に成功した相手がドクター・ボブでした。その様子は「ドクター・ボブの悪夢」に描かれています(pp.251-253)

そして彼らのやり方は12ステップとして完成し、ビッグブックに書かれました。つまりAAは、霊的体験(霊的目覚め)を得るための12ステップというやり方を伝えることによって、アルコホーリクを手助けし、自分自身も助かっていく集団だということです。「苦しんでいる仲間にメッセージを運ぶ」というAA独特の表現は、そのことを指しています。

自分が良くなってからではなく、自分が良くなるために

「まだ自分はメッセージを運べるほど回復していない」とか「まだ精神的に不安定だから、もっと良くなってからにしたい」と言うAAメンバーは少なくありません。しかし、自分が良くなりたければ、他の人の手助けをすべきなのです。ビルも、精神的に不安定な中で他のアルコホーリクの手助けを始めました。

ぼくは当時あまりいい状態ではなく、自分を哀れむ気持ちと恨みの感情に悩まされていた。そのために、もうちょっとでまた飲んでしまいそうなところまで行った・・・7)

そんな状況でも、他のアルコホーリクに働きかけていると、不思議と自分が元気づけられ、自分の足で立てるようになったという経験をビルはしました。

ジョー・マキューも、ソブラエテイの一年目にスポンサーをしない人は、その後もスポンサーをしない場合が多い、と述べています。8)

AAの中で「良いスポンサーを得ることの難しさ」についてはよく分かち合われています。しかし、スポンサーにとってみても、スポンシーを得るのは簡単なことではありません。ましてや回復の一年目からスポンシーを求めていくのは大変なことです。しかし、実際にスポンシーが得られるかどうかはともかく、得ようと努力をすることが、自分を助けてくれるでしょう。

それがつらいときにうまくいく生き方の処方だった。9)


It is a design for living that works in rough going.10)

誰かを手助けすることは、「つらいときにうまくいく生き方の処方デザイン・フォー・リビング」です。AAはつらいときにうまくいく生き方を扱っていたのに、それが酒をやめるだけの集まりになっていないか? とジョー・アンド・チャーリーでは問いかけています。11)

酒をやめてからの僕の人生にも、つらいときはたくさんありました。仕事を失ったことは何度もありました(自分で辞めたこともありましたし、勤め先が倒産したこともありました)。金がまったくないこともありました。家族が病気になったこともあったし、自分のうつ病が酷くなって休職せざるを得ないこともありました。AAのミーティングは役には立ってくれましたが、それだけではダメなときでも、スポンシーとビッグブックを分かち合う時間を過ごしていると、困難な時を切り抜けていこうというエネルギーがどこかから与えられ、助けられているのは相手ではなく自分であることに気づかされるのでした。

もしあなたが、アディクション以外の病気を抱えているとか、家族が病気であるとか、金がないとか、仕事がないとか、経営している会社が赤字続きであるとか、AAの中でのトラブルに悩まされているとか・・・諸々のことでつらい時期を過ごしているのなら、そんな時こそ、同じ問題を抱えた他の誰かを手助けするために時間を使ってみるべきです。それが、「つらいときにもうまくいく生き方の処方」です。あなたが救おうとした相手は助からないかも知れませんが、あなた自身は助けられるでしょう。

AAの始まり

p.23から先は、AAができあがっていった様子が描かれています。

アルコホーリクと関わるのは骨の折れることです。なぜならアルコホーリクは愛されない生き物(unlovely creature)――つまりアンラブリーなクリーチャー だからです。酔っ払っているときは、特にアンラブリー(かわいくない)ですが、しらふの時だって十分にアンラブリーです。ジョー・マキューも回復前のアルコホーリクは愛らしくはないと述べています。12)

ぼくたちの多くは、いまはユートピアを探す必要はもうないと感じている。それがいまここにあるからだ。13)

このユートピア(理想郷)という言葉が、AAのことを指していると考える人もいますが、そうではなく、これはこの世の中全体のことを指しているのでしょう。ハイヤー・パワーとの新しい関係性が作れているのであれば、AAの中で生きる喜びではなく、不完全な人間たちの作るこの世の中で生きる喜びを感じているはずです。

さて、「ビルの物語」はAAの共同創始者ビル・Wの回復の物語ですが、先ほど述べたように、AAの始まりを描いてもいます。そこに登場するアルコホーリクは、ビル・W、エビー・T、そしてローランド・Hです(ローランド・Hは第39回第40回で取り上げましたが、ビッグブックでは第二章で登場します)。またAAには、ドクター・ボブというもう一人の共同創始者がいます(ビルとドクター・ボブとの出会いはここでは省略されています)。スポンサーシップを軸にこの四人の関係を示すと、

ローランド・H → エビー・T → ビル・W → ドクター・ボブ

となります。この四人のアルコホーリクが、AAの創始に決定的に重要な役割を果たしました(ただし、ローランドはAAには加わっていません)。もし、後にエビーが酒に戻ってしまわなければ、AAの共同創始者はビルとボブではなく、エビーとビルだったことでしょう。

この四人は、似たような社会的・経済的背景を持っていました。四人とも、中流以上の家庭の出身であり、高い教育を受けることや、成人後は大きな会社を経営したり専門的な職業に就くことが期待されており、本人たちもそれを望んでいました。14) そして、アルコホリズムによって彼らはその地位を失うか、失いかけていました。

ビル・Wの書いたビッグブックは読みやすい本ではありません。このブログでは、読みにくさが、構造化や視覚化の不足や、訳語の揺らぎに起因しているという説明をしてきました。しかしながら、時代背景や、日本語への翻訳を考慮すれば、それはビッグブックだけに起きていることではありません。もっと大きな要因は、AAを始めた人たちが似たような社会的背景を持っていたために、ビッグブックは彼ら自身と同じような社会的背景を持つ人たちに向けて書かれていることです。すなわち、高等教育を受け、ある程度の教養を備えた人たちに向けて書かれたがために、そこにハードルがあるのです。アーネスト・カーツは、ビル・Wが、彼自身の深いニーズと、他の人たちのニーズの知覚にもとづいて、AAに知性的な体面を与えようと長年にわたって努力した、と述べています。15) その「AAよ知性的であれかし」というビルの努力の一つがビッグブックのやや難しい文章なのでしょう。

とはいえ、そんなに難しい本ではありません。比較するのもなんですが、僕の若い頃にはポスト・モダン という現代思想が流行った時期で、大学生たちはジャック・デリダ とか、ミシェル・フーコー とか、ジル・ドゥルーズ とかを競って読みながら「脱構築 とは何か」みたいな話を居酒屋でしていました。残念ながら僕はドゥルーズを読んでもさっぱり分かりませんでした(僕が大酒を飲んでいたのもあるでしょうが、ソーカル事件 を踏まえて考えると、一部の哲学者が過剰に衒学的な文章を書き散らし、それを大衆がもてはやしていたという構図にも見えます)。ともあれ、あの訳わからなさに比べれば、ビッグブックの文章は十分に明晰で了解可能です。

また、四人のアルコホーリクはいずれもアメリカのニューイングランド の出身という共通点がありました。特にローランド、エビー、ビルの三人はバーモント州 の南西隅のベニントン郡に縁を持っていました。また、ドクター・ボブもバーモント州出身で、いつまでもバーモント訛りが抜けなかったそうです。

このように、四人の社会的・経済的・地理的な背景が共通していたのが、単なる偶然だったにせよ、神の意志であったにせよ、そのおかげで彼らの人生が交わり、AAができあがっていったのです。

永続的な回復

p.25にはビルの没した日(1971年1月24日)が記載されています。これは、もちろん初版や第二版にはなく、1976年に出版された第三版で追加されました。それは、彼が最後の酒を飲んだ1934年12月11日から、亡くなるまでの36年余りを全く酒を飲まずに過ごしたことを明確にし、AAのプログラムが永続的な断酒を実現できることを表すためだ、とされています。

ビッグブックの初版は1939年4月に出版されましたが、その後半には29人のアルコホーリクの体験記が掲載されていました。ビル・Wは、16年後の1955年7月に出版された第二版で、初版に体験記を載せた29人のその後の経過を報告しています。そのうち22人はアルコホリズムからの明らかな回復を遂げており、その中でも15人は完全な断酒を続けてきたと述べています(7人は途中でスリップしたが、その後の経過は順調ということでしょう)。16) 残りの7人がどうなったのかは触れていませんが、おそらくまた酒の世界に戻っていってしまったということだと思われます。それでも、75%の人たちが最終的には回復できたというのは、喜ばしい限りです。――29人というサンプル数はあまりに少ないですが、これが初期のAAで行われた唯一の信頼できる追跡調査です。

回復の希望

21世紀の日本に生きる私たちが、「ビルの物語」を読んでビル・Wと自分を重ね合わせるのは、簡単ではありません。生きる時代も、場所も違うからです。しかし、もしあなたがアルコホーリクならば、アルコールの問題については、自分とビルを重ね合わせることはできるはずです。

ビルは、最初は酒を楽しんでおり、酒から癒やしを得ていました。やがて酒は必需品になり、最終的にはビルは酒に支配されるようになりました。酒のせいで大切なものを傷つけたり、失ったりしながらも、酒をやめられずにいました。そんな彼が回復できたのであれば、自分も回復できるかも知れない・・・。そのように考えることができたならば、それが回復への希望となります。

今回のまとめ
  • ビルは「回復のプログラムを伝えることで、他のアルコホーリクの手助けする」というアイデアを入院中に思いついた。
  • working with othersは「仲間と共に」と訳されているが、他の人に働きかけることである。
  • 誰かを手助けすることは、「つらいときにうまくいく生き方の処方」である。
  • 「ビルの物語」はAAができあがったことを描いて結ばれている。

  1. アーネスト・カーツ(葛西賢太他訳)『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』, 明石書店, 2020, pp.74-75 []
  2. BB, p.22 []
  3. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.14 []
  4. DBGO, p.102 []
  5. 共同訳聖書実行委員会『聖書 新共同訳』ヤコブの手紙, 日本聖書協会, 1987, 聖書本文検索 []
  6. AACA, p.102 []
  7. BB, pp.22-23 []
  8. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『ビッグブックのスポンサーシップ』, 依存症からの回復研究会, 2007, p.158 []
  9. BB, p.23 []
  10. AA, p.15 []
  11. Joe McQ. and Charlie P., Joe & Charlie: The Big Book Comes Alive, 2014, p.47 []
  12. ジョー・マキュー, p.36 []
  13. BB, p.24 []
  14. エビーは高校を中退した後は、それ以上の教育を受けることを望まなかったが、Mel B.のEbby T.によれば、エビーを直接知る人たちは、彼は高等教育こそ受けていないが知的で教養溢れる人物だと記憶されていた。 []
  15. アーネスト・カーツ, p.61 []
  16. AA, Alcoholics Anonymous:The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism: New and Revised Edition, AA Publishing Inc., 1955, p.169 []