ビル・Wに問う (36) 聖職者とAA

『ビル・Wに問う』の第36回です。


Q36:AAがしばしばアルコホーリクを助けるのに成功しているのに対して、聖職者たちはしばしば失敗しています。これはAAが備える恩寵が教会のものより優れていることを示すのではないでしょうか?

A36:聖職者がアルコホーリクに恩寵を届けるチャンネルをたまたま持っていなかったからとて、自分の教会が恩寵を欠いていると感じる聖職者はいないだろう。それは実は恩寵の有無の問いではなく、誰が一番良く神の溢れる愛を伝えられるかという問いだ。私たちはアルコホリズムに苦しんだがゆえに、同じ苦しみを持つ者に深く自分を重ねることができ、それゆえにこの特有の仕事をするのに一番向いているというだけのことだ。自分がアルコホーリクでないことに劣等感を持つ聖職者はいないだろう。(Blue Book, Vol.12, N.C.C.A.1), 1960)


別の答え。

A36:その答えは実にシンプルだと考えます。教会には霊性(スピリチュアリティ)が備わっています。ですが、教会には飲んだくれにそれを伝える手段――一人のアルコホーリクが次のアルコホーリクに(神の)恩寵を伝えていくような手段がありません。教会には霊性があり、私たちのそれは借り物ですが、だが私たちにはそれを伝える手段があります。ですから、教会と争う必要はまったくありません。別々だったらできないことを、協力して行えばいいのです。(1960年ゼネラル・サービス評議会のテープより)


同じトピックの別の質問。

Q36:聖職者はどのようにAAに協力したら良いか?

A36:アルコホーリクへのアプローチの仕方がすべてです。私たちと同じやり方をすれば、牧師も同じうまくできるでしょう。まず、その事例についてできる限りのことを調べておきます。その人がどのように反応するか。その人が飲酒の問題を克服したがっているのかどうか。まだ飲みたいと思っている相手に何かの影響を与えるのはとても難しいことはご存じでしょう。ほとんどのアルコホーリクはそれまでの飲酒歴のどこかで(酒に)十分痛めつけられており、そのおかげで酒をやめたいと思っていますが、その頃には自力でやめるにはもう遅すぎるのです。

時に、アルコホーリクが病人である(あるいは潜在的に病人である)という事実によってその人に影響を与えることができる場合もあり、それによって底が引き上げられ、その人が落ちていく余分な年月を費やさずにすみます。(アルコホーリクが持つことができる)同情と理解に匹敵できる何かを、外部の人たちが持てるとは思えません。説教をせず、道徳的な話もせず、ただアルコホーリクが病人であるという考えを強調するのです。

言い換えれば、牧師はアルコホーリクに最初にこう言うべきでしょう。「私はこれまでずっとあなたたちを誤解してきた。私はあなたたちを、自ら道を外れた不道徳で、つむじ曲がりの、弱い人間だと思っていた。だが今は、いくぶんそうした要因があるにしても、もはやそれは重要ではありません。あなたは今や病人なのですから」 あなたは、丘の頂から彼を見下ろすのではなく、(少なくとも部分的には)同じ所まで降りて患者を理解することで、彼を納得させることができるでしょう。そうすれば、あなたはこれを致死的で進行性の病気として示し、さらに私たちのグループを、彼の意思に反して何かするわけではない、ただ単に助かりたいと思っている人を手助けする人のグループとして紹介することもできるでしょう。こうして基礎づくりができます。

私の考えでは、牧師は(アルコホーリクの)家族に対して多くのことができます。ご存じの通り、私たちアルコホーリクは副次的な効果を十分考えずにしゃべる傾向があります。例えば、どんな家族であれ、妻でも子でも、アルコホーリクと10年か15年一緒に暮らせば、かなり神経質で、歪んだ見方をするようにならざるを得ません。それは仕方のないことなのです。そして今度は、夫が毎夕家に帰ってくるようになると、むしろ消耗します。子供たちは歪んだものの見方を身に付けていますし、それは妻も同じです。もし彼らが、この人物(アルコホーリク)がひどい罪人であり、人でなしだと、面目を失わせるようなことを繰り返しあなたから聞かされるようなら、それは家族間の関係を改善する役にはまったく立ちません。なぜなら、家族がそれを信じ込むようになるにつれて、すでにアルコホーリクに対して我慢できなくなっている家族を、ますます不寛容にさせていくだけだからです。であるがゆえに、橋を架けるべき隔たりがますます広がってしまうのです。道徳的な観点からの話は、アルコホーリクに何かを提供すべき人たちを、むしろ遠ざけてしまうのです。だから、そうした話はすべきではないのです。(イェール・サマー・スクール・オブ・オブ・アルコール・スタディ、1945年7月)


  1. National Clergy Conference on Alcoholism — 1960年代に聖職者がアルコホリズムに焦点を当てて開いていた協議会。 []

ビル・Wに問う,日々雑記

Posted by ragi