ビッグブックのスタディ (67) さらにアルコホリズムについて 2

健康な心と狂気

ビッグブックの第三章ではアルコホリズムの狂気(insanity)について詳しく説明されています。しかしビッグブックを読んでいない人は、12ステップで使われている「健康な心(正気)」と「狂気」の意味をだいたい誤解しています。

ステップ2は「自分を超えた大きな力(a Power greater than ourselves)が、私たちを健康な心に戻してくれる(restore us to sanityと信じるようになった」となっています。私たちが健康な心(sanity, 正気)を取り戻すということは、少なくとも現在の私たちの心は健康ではない、つまり狂っているということです。

この話を持ち出すと、たいていのアルコホーリクは気分を害します。狂気という言葉から、酒を飲んでいた頃に酔っ払ってしでかした馬鹿げた行ないを思い出し、「でもいまの自分は酒をやめて素面しらふでいるからそんなことはやらない、普通の人と同じぐらい正気になっているはずだ」と主張します。つまり、飲んでいた頃にやった馬鹿げたことを狂気だと考えているのです。

アルコールによって酩酊していたり、あるいは他の薬物によって興奮していると、私たちは自己抑制や判断力が低下して、様々な気違いじみたことやってしまいます。しかし、ステップで使われている「狂気」はそのことを指しているわけではありません。(強迫的ギャンブルに応用するならば、ギャンブラーが作ったたくさんの借金のことを指しているわけでも、パチンコをやっていて仕事を欠勤したことを指しているわけでもないのです)

第三章で解説されている「狂気」は、アルコホーリクが最初の一杯を飲む前に生じる狂気、つまり強迫観念のことです。最初の一杯を飲む前に、私たちの精神は正常な働きを失い、最初の一杯を飲むゴーサインを出してしまいます。つまり、この「狂気」はしらふのときに起こるのです。

もちろん、私たちの精神がしらふの時に常にこの狂気に支配されているわけではありません。正常に機能しているときのほうがずっと多いのです。私たちは理性を持っており、欲求に左右されずに、物事を道理にもとづいて判断しています。酒を飲んだらどうなるかを承知していて、飲まないように気をつけています。だから、意志の力である程度の期間、飲まないでいることができます。

しかし、第四章には、理性ではこの狂気に勝てないことが説明されています。論理というのは、精神が正常に機能しているときには正しい結論を出しますが、正常に機能しなくなれば狂った結論を出してしまいます。結果として、アルコホーリクはこの狂気によって再飲酒してしまうのです。

この狂気は、しらふのアルコホーリクの精神のなかに潜んでいて、いつかは私たちの精神を圧倒する瞬間がやってくるのです。

アルコホーリクの精神に巣くっている狂気

第三章の最初のページには、アルコホーリクの精神に巣くっている狂気について、三つの表現があります。。

    • 何とかなるだろうという考え、いつかは飲むのを楽しむことができるようになるという大きな妄想(obsession)
    • このおそろしい妄想(illusion)を、たくさんの病的酒飲みは・・・
    • 自分はふつうの酒飲みと同じだという、あるいはいまにそうなれるかもしれないという妄想(delusion)1)

現在のビッグブックの翻訳ではこの三つはすべて「妄想」と訳されていますが、英文はそれぞれ obsession・illusion・delusion です。古い訳では「強迫観念」「錯覚」「妄想」と訳されていました。様々な言葉が使われていますが、その真意は、真実ではない虚偽を信じてしまうことです。

わきみち「何とかなるだろうという考え」というのは、けっこう珍訳です。原文は The idea that somehow, someday he will control and enjoy his drinking なので、「いつかは、どうにかして、酒をコントロールしながら楽しめるようになる」という意味です。

ジョー・マキューらは私たちの持っている強迫観念(狂気)について、こう説明しています。

「狂気」とは、精神が全体性もしくはバランスを欠いており、真実が見えない、あるいは見えたとしても真実に即して行動することができない状態である。とはいえ、常に荒れ狂っていて病院に隔離する必要があるわけではない。ただ、現実から乖離かいりしている状態である。アルコールのことになると、私たちアルコホーリクは明らかに現実から離れて真実を見失ってしまう。普段は思慮深く健全な生活をしているかもしれないし、アルコール以外のことでは正しい判断と行動ができているかもしれない。しかしアルコールがからむと、真実を見て行動することが難しくなる。飲酒すれば深刻な問題を起こすのに、安全に飲めると信じ込むのだ。2)

第三章では、普段は思慮深く健全な生活をしていて、アルコール以外のことでは正しい判断と行動ができているアルコホーリクが、いきなり酒を飲み出してしまうという例が三つ紹介されています。第二章に登場したアメリカの実業家ローランド・ハザードのことを思い出してください。彼は「他のことに関しては非常に理性的で、バランスがうまくとれている」(pp.39-40)という人間であるのに、あっさりと再飲酒をしてしまいました。

僕は、アルコホーリクの再飲酒を防ぐために、アルコホーリクを真面まともな人間にさせようとする人たちを多く見てきました。彼らは、アルコホーリクはいい加減な人間で、そのいい加減さのせいで安易に再飲酒してしまうのだと考え、アルコホーリクを「ちゃんとした」人間に鍛えれば、酒も止まるだろうという発想でアルコホーリクと関っていました。しかし、もしいい加減さを取り除いて「ちゃんとした」人間にさせたとしても、アルコホーリクはやっぱり酒を飲むでしょう。それが病気というものです。

同じような狂気を抱えている人たち

アルコホーリクではなくとも、アルコホーリクと同じような狂気(強迫観念)を持っている人もいます。その狂気に駆られて何かを始めてしまうと、アルコホーリクが酒を飲み始めたのと同じようなトラブルを起こすことになります。その何かは、薬物やギャンブルやセックスや食べ物であったり、誰かの酒をやめさせるための口論であったり、人をコントロールすることであったりと、様々です。

AAから派生した12ステップを使っている団体は、小さいものも含めれば100以上あるのだそうです(日本では10あまりの団体が活動している)。僕はそのすべてを詳しく知っているわけではありませんが、主要なものについては共通性があることが分かっています。

12ステップは、自分の内にある問題を解決するためのものです。そして、その問題の中核には狂気(真実ではない虚偽を信じてしまうこと、強迫観念)が存在しいます。残念なことに、私たちはその狂気を自分で解決することはできません。これをステップ1で「無力」と表現しています。

問題は自分の外側ではなく、内側にあるということを心に留めておいてください。自分の外側にある問題を解決するために12ステップに取り組んでも効果はないでしょう。飲酒の問題を抱える夫を持つ妻が、家族のグループに通って12ステップに取り組んでも、夫の酒が止まるとは限りません。それどころか、「私はこんなにがんばっているのに、夫は何もしない」と腹を立ててしまったりします。これは冗談ではなく、よくある話なのです。

12ステップは私たちの生き方の問題を解決するものだと言う人もいます。たしかに、12ステップは私たちの生き方を扱っていますが、ステップ1は私たちの生き方が問題だとは言っていません。問題は、あくまで私たちの内にある狂気なのです。自分は狂ってはいないが、生き方の問題を抱えているのでステップをやっている、という人は、ステップ1が抜けているのです。

今回のまとめ
  • 私たちが健康な心(正気)を取り戻すということは、少なくとも現在の私たちの心は狂っているということ。
  • その狂気は、私たちがしらふの時に起きて、最初の一杯を飲ませる。
  • 私たちは自分の内にある狂気を、自分の力では解決できない(無力である)
  • アルコホーリクではなくとも、同じような狂気を抱えている人たちがおり、同じように12ステップに取り組んでいる。

  1. BB, p.45.[]
  2. PFY, p.69.[]

2024-04-16

Posted by ragi