ビッグブックのスタディ (72) さらにアルコホリズムについて 7

ギャップは常にある

僕が県立の精神病院に入院していたとき、毎月一回地元のAAメンバーが病院を訪れ、入院中の同病の患者を集めて話をしてくれました。同じような活動は現在も全国の多くの病院で行なわれています――ただ現在は新型コロナの影響で、休止になったり、リモートに切り替わったところもあるそうです。この活動は日本国内では「病院メッセージ活動」と呼ばれていますが、海外のAAにも同じような活動があるのかどうかは知りません。自分が患者として彼らの話を聞いていた頃は、まさか自分が病院を訪問する側になるとは考えもしませんでした。ところがその後、あちこちの病院にお邪魔した回数を合わせると300回を超えます。

やり方は病院によって違いますが、AAメンバーの話を聞いた後で、患者さんたちが質問や感想を話してくれることもあります。あるとき、僕の話を聞いた高齢のご婦人から「大変な苦労をなさいましたね、さぞお辛かったことでしょう」と言われました。彼女は、自分も僕と同じ病気に罹っているとは考えなかったのでしょう。

もっとありふれた反応は、「貴重な話を聞かせてくれてありがとう。おかげでこの病気のことがよく理解できました。あなたのような辛い体験をしなくてすみように、退院したら酒を飲まないように気をつけようと思います」という感想です。こういった人たちは、自分がアルコホーリクだとは認めていないのです。(むしろ、不機嫌に押し黙ったままの人のほうが、こちらの伝えたいことがしっかり伝わっていることが多い)。

ビッグブックを書いたAAメンバーたちも、これと似たような反応にたくさん出会ったはずです。第52回で、大酒飲み(hard drinker・大量飲酒者)と本物のアルコホーリク(real alcoholic)の違いを説明しました。その人が大酒飲みの範疇にいるならば、退院後は自分の意志で酒をやめていくこともできるでしょう。しかし、もしその人が本物のアルコホーリクだったらどうなるでしょうか?

だが潜在的な人もふくめて、本物のアルコホーリクは、ほとんど例外なしに、知識としてはちゃんとわかっていても決して酒をやめることはできない。ここが、私たちが何度でも繰り返して強調したいポイントである。1)

前々回に取り上げたジムは、アルコホリズムによって仕事も家族も失っていました(前回の無謀横断の男も、仕事と家族を失っている)。AAは「回復には底つき(bottom hitting=底打ち)が必要だ」と主張しています2)が、ジムのように仕事や家族を失ってから回復が始まるケースを low-bottom caseロー・ボトム・ケース(どん底のケース)と呼びます。

ロー・ボトムの人の経験談を、まだ仕事も家族も失っていない人に聞かせても、聞き手が話の内容に自分を重ね合わせることが難しく、アルコホリズムは自分には関係ないと思ってしまいがちです。しかし、そういう人たちの中にも本物のアルコホーリクが混じっているはずです。そのままにしておいたのでは、その人たちはその後も再飲酒を繰り返し、やがて仕事や家族を失うことになるでしょう。そうなる彼らを回復に導くにはどうすれば良いのでしょうか?

そこで、ビッグブックを書いた人たちは、仕事も家族も失っていない high-bottom caseハイ・ボトム・ケース(底が高いケース)を紹介することで、強迫観念こそが問題の本質であることを伝えようとしました。

AAにおける底つきの概念について、そしてロー・ボトムとハイ・ボトムについては、こちらのエントリでまとめてあります。ぜひご一読下さい。

会計士のフレッド

Professional accountant at work in vintage office
Professional accountant at work in vintage office, licensed from CrushPixel

第三章最後の事例はフレッド(仮名)ですBB, pp.58-63)。フレッドは有名な会計事務所の共同経営者で、仕事の面で成功しているだけでなく、家庭も円満で、どこから見ても安定した、バランスの取れた人物でした。だが彼はアルコホーリクだったのです。

わきみちこのフレッドの例は、アルコホリズムやアディクションが虐待などの過酷な生育環境がもたらすものことを示しています。機能不全の家庭で育っても、多くの人はアルコホーリクやアディクトになりまませんし、恵まれた家庭で育ってもアルコホーリクになる人がいます。アルコホーリクになるのは、アルコールに対するアレルギー体質を持っている人たちであるというのがAAの説明です。もちろん、他の精神疾患と同様に、アルコホリズムも遺伝要因と環境要因の組み合わせによって生じるわけで、環境要因の中に生育環境も含まれるのはもちろんですが、近年の行動遺伝学の成果は、共有環境(つまり親の子育て)の影響がアルコホリズムに与える影響が小さいことを示しています。3) 虐待がアルコホリズムやアディクションの原因と捉えるよりも、虐待の影響が回復を難しくしている(回復の阻害要因となっている)と捉えた方が現実に即しているでしょう。さらに言えば、虐待だけでなく、遺伝・環境の両面で様々な回復阻害要因があり得るわけです。

フレッドがAAメンバーと会ったのは、離脱の神経過敏状態から回復するために入院しているときでした。そのような経験は彼にとって初めてで、彼はそのことをとても恥じていました。医者はフレッドがすでにアルコホーリクになっていると判断していましたが、フレッドは自分ではそう思っていませんでした。それでも彼は、酒は二度と飲まないと決意しました。

私たちは彼に、アルコホリズムについて自分たちが知っているかぎりのことを話した。4)

ビッグブックにおいて「アルコホリズムについて(about alcoholism)」という言葉はステップ1の情報を指します。つまり、AAメンバーたちはフレッドにステップ1の情報を伝えました。しかし、彼は自分にもいくぶん似たところがあるとは認めたものの、自分がアルコホーリクであるとは信じませんでした。ステップ1に取り組めなかったのですから、当然彼はステップ2(霊的な解決)を求めもしませんでした。

彼はこの恥にまみれた経験と、そこから学んだ知識によって、一生飲まずに過ごせると信じていた。自覚こそが、問題を解決するのだと。4)

病院に入院中の患者さんたちも、よく同じようなことをおっしゃいます。

自覚(self-knowledge=自分を知ること)によって酒をやめ続けることができると考えたのはフレッドだけではありません。第一章ではビル・W(p.11)、第二章ではローランド・ハザード(p.39)、同じように自分を知ることによって問題が解決できると信じました。結果としては、三人ともまもなく再飲酒したのですが・・・。

フレッドは「やめなくてはならないことを十分すぎるほど承知しており、まったく飲むも理由ない」という状態でした。また、あらゆることに優れた判断力と決断力を発揮している人物でもありました。そんな彼が、実にあっさりと酒を飲んでしまったのです。彼が再飲酒に至るまでの道筋を辿ってみましょう。

彼はAAメンバーが伝えてくれた「最初の一杯を始めてしまう時の何とも言いようのない狂った考え(your ideas about the subtle insanity which precedes the first drink=最初の一杯を飲む前の捉えがたい狂気についてのAAの考え方)」について十分に理解していました。だからこそ、それについての知識さえあれば自分はそれを防げる、と信じていました。実際、彼の断酒はあまりにも順調だったので、こんな簡単なことを難しく考えすぎていたのではないか、と思うほどでした。

そんなある日、彼は政府機関に会計報告書を提出するために首都ワシントンD.C. へ行きました。その仕事は上首尾に終わり、彼は喜んでホテルに向かいました。体調も良く、仕事も順調で、心配事は何ひとつありませんでした――毎日こんな日ばっかりだったら、きっと人生楽しいでしょう。そういう意味では、フレッドのこの一日は非日常的だったのかもしれません。

その日の夜、彼が夕食を摂りにダイニングルームに入ったとき、彼の頭の中に「ディナーを食べながらカクテル を二杯ほど飲んだら素晴らしいだろう」という考えが浮かびました。そうすれば、素晴らしい気分ががもっと素晴らしくなるはず・・・。彼はそれ以上のことは考えず、その通りに実行しました。5)

フレッドはアルコホーリクでしたから、アルコールを摂取したことで身体のアレルギー反応が起き、渇望のスイッチが入り、コントロールできない飲酒が始まりました。彼はその晩ホテルのバーでハイボール を何杯か飲み、翌朝にはさらに多くの酒を飲みました。なんとかニューヨーク行きの飛行機に乗り込んだものの、迎えに来た妻とは顔を合わせず、タクシーに乗り込んで数日間失踪してしまいました。その間、どこで何をしていたのか彼自身憶えておらず、気がつくと心身ともにボロボロの状態で病院に入院していたのでした。

会いに来たAAメンバーたちに向かって彼はこう言いました:

私は油断していたばかりか、最初の一杯に対してまったく抵抗すらしなかった。飲んだらどうなるかなんて思いもしませんでした。6)

強迫観念が生じたとき、アルコホーリクは酒を飲んだらどうなるかを考えることができなくなります。こうしてフレッドは、かつてAAメンバーに言われた言葉を思い出しました。

「私にアルコホリズムの傾向(alcoholic mind=アルコホーリク的精神)があるなら、その時と機会は必ずくるし、だから必ずまた飲むだろうと。防御を固めていても、それはある日、酒を一杯飲むための取るに足らない言い訳の前に崩れ去るだろうと言われましたね。まったくそのとおりになってしまって……」6)

だから私たちもメッセージを運ぶときに、こう言わなければなりません。「もしあなたがアルコホーリクなら、強迫観念は必ずやってくるし、だからあなたは必ずまた飲むだろう」と。相手にとっては実に嫌な話でしょう。ですが、ステップ1は「アルコホーリクは自分でこの問題を解決できない」という絶望のメッセージなのです。

その時私は、自分の頭がアルコホーリク独特なもの(alcoholic mind)だっていうことがわかったんです。意志の力や自覚は、不思議な心の空白から私を救えないことも。勝ち目はなかった、と言っていた人たちの話が理解できないでいた私も、この時はピンときた。ガンと一発くらわされた感じでした。7)

フレッドは、強迫観念の体験を不思議な心の空白(strange mental blank spots)の瞬間と表現しています。僕にも同じような瞬間があり、ジムやフレッドと同じようにあっさり再飲酒した経験があります。その瞬間が二度とやってこないという保証はどこにもありません。もしその時が来れば、僕は必ずまた飲むでしょう。実に恐ろしい、実に嫌な情報です。だが、それこそがステップ1の情報なのです。

ステップ1は「完全な敗北を認めること」だといいます。8) 完全な敗北を認めるために、コテンパンにやられる必要はありません。仕事や家族を失って「どん底」に落ちる必要もありません。完全な敗北とは「何度勝負しても決して勝てない」ということです。有能なフレッドは、その事実をあっさりと認めました――もう一度勝負したら違う結果が出るかもしれないとは考えませんでした。

そのおかげで、彼は(ジムとは違って)家族や仕事を失う前に回復することができました。謙虚さを必要とする行動のプログラム(ステップ3~12)は彼にとっては相当な荒療治だったようですが、そのおかげで彼は、以前の生き方よりもずっと有益な生き方ができるようになったと述べています(p.63)

わきみちフレッドは初期AAメンバーのハリー・B(Harry Brick)であろうとされています。ハリーの体験記 A Different Slant(別の見方)はビッグブックの初版に掲載されていました。彼はビッグブックの出版費用をAAに貸し、その金を返してもらうために訴訟を起こしたと言われています。9) 10) 11)
わきみちp.62の「行動のプログラムなんですが、理解できていても、徹底的にやらないと駄目ということで」の部分は明らかな誤訳です。古い訳では But the program of action, though entirely sensible, was pretty drastic. を「行動のプログラムは全く常識的ではあったが、相当な荒療治でした」と訳していますが、このほうがずっと原意を伝えてくれます。日本の依存症回復施設には、頭で理解するよりもともかく行動なんだ、という文化がありますが、それ(つまりAA外部の文化)がビッグブックの翻訳にまで影響を与えた例として挙げておきます。

回復の底上げ

ビッグブックを書いたAAメンバーたちは、フレッドの話が、彼と似たような立場にある人たち(つまり、まだ仕事も家族もある人たち)の心に刺さることを期待しました。底つき(底打ち)とは、仕事や家族を失って社会の底辺に落ちることではなく、強迫観念には決して勝てないという結論を自分自身で出していくことです。ビッグブックの出版以降、フレッドのような人たちがAAで酒をやめるようになり、女性や若者の比率が上がり12)、メンバーの半分が軽症例で占められるようになりました。13) このように、アレルギーと強迫観念を新しい人たちに伝えていくことで、AAは回復の底上げを成し遂げたのです。

今回のまとめ
  • ジムのような、仕事も家族も失ったロー・ボトムの人の体験を聞いても、まだそれを失っていない人たちは共感することが難しい。
  • そこで、ビッグブックでは、フレッドのように、仕事も家族も失う前に回復したハイ・ボトムの人たちの体験を掲載することで、失う前に敗北を認められるように配慮している。
  • 回復には「底つき」が欠かせない。だが底つきとは仕事や家族を失って社会の底辺に落ちること、強迫観念には意思の力では打ち勝てないことを認めることである。
  • このようなやりかたが効果をもたらし、AAは回復の底上げに成功した。

最後にもう一度、大事なメッセージを繰り返します。

もしあなたがアルコホーリクなら、
強迫観念は必ずやってくるし、
だからあなたは必ずまた飲むだろう

これがステップ1の情報です。

次回は、第三章のまとめ、ステップ1の最後の回になります。


  1. BB, pp.57-58 []
  2. 12&12, p.33 []
  3. 安藤寿康『遺伝マインド――遺伝子が織り成す行動と文化』, 有斐閣, 2011, 第3章 — 行動遺伝学では普遍的な知見であるという。 []
  4. BB, p.59 [] []
  5. 嫌な気分になったときだけでなく、良い気分になったときも飲んでしまうのがアルコホーリクの厄介なところである、と説明される。 []
  6. BB, p.61 [] []
  7. BB, p.62 []
  8. 12&12, p.29 []
  9. Anonymous, A Big Book Trivia of Some Missing FactsBarefoot’s World (barefootsworld.org)  []
  10. Glenn Chesnut, Names & Events in the A.A. Big Book: From the members of the AA History LoversHindsfoot Foundation (hindsfoot.org), 2014, p.6 []
  11. ビッグブックの個人の物語の著者についての調査は、AA History Loves のモデレータだった Nancy O. が編集したものがある。それによると、アルコホーリク財団(後の常任理事会)の最初の理事会のアルコホーリク理事の一人が飲んでしまったため、代わってハリーが理事に就任した。だがその後ハリーも飲んでしまったという――Nancy O., Harry B. – New York, “A Different Slant” – 1st edition Big Book., Silkworh.net (silkworth.net)。初期の理事会メンバーの交代については AACA, pp.232-233 にも記述がある。AA History Lovers については付録B2の脚注1を参照のこと。 []
  12. BB, p.50の柱註。 []
  13. Bill W., Alcoholics Anonymous — beginnings and growth, Presented to the New York City Medical Society on Alcoholism April 28, 1958 []