ビッグブックのスタディ (82) 私たち不可知論者は 9

ビッグブックを読めてますか?

第四章の二番目のパート(神を信じるべき理由の説明)の続きです。今回はp.74の最終行からです。

 私たちが生きるこの世界はこの百年ほどの間に、それに先立つ歴史が始まって以来の何千年に相当する以上の物質的な進歩をとげた。理由はたいがいの人が知っている。古代史の研究家たちは、昔の人間の知性は、現代の最高レベルの知性と同じだと言う。だが古代の物質的な進歩は切ないほどゆっくりしていた。現代のような科学的研究、調査、発明の精神のようなものはなかった。人間の心は迷信やしきたりや、いろいろなややこしい観念にしばられていた。コロンブスの時代には、地球が丸いなどという主張はばかげていると考えている人が多かった。天動説に対して地動説を唱えたガリレオは、もうちょっとで殺されるところだった。1)

この段落をよく読んでいただいて、次の問題にチャレンジしてください。

問1:人類の歴史が始まってから何千年もの間、物質的な進歩はとてもゆっくりとしていた。しかし、この百年ほどの間に急速に進歩したのはなぜか。次の四つの選択肢から一つを選びなさい。

① 昔の人間の知性は現代の人たちより低かったから
② ガリレオが天動説を唱えたから
③ コロンブスの時代には地球が丸いと考えている人が多かったから
④ 迷信やしきたりやややこしい観念に縛られなくなったから

これは、ビッグブックの著者たちビル・Wら)がこの段落で読者に伝えたかったことを、読者がきちんと読み取れているかを確かめる問題です。実はこの問題は、①②③は常識で誤りだと分かるはずなので、消去法で④という正解にたどり着くことができます。しかし、①②③について知らなかったとしても、文章の読解力があれば④が正解だと分かります。

この段落は長いので、もっと短い問題を出してみましょう。こちらも、チャレンジしてみて下さい。

問2:次の文章を読みなさい。

火星には生命が存在する可能性がある。かつて大量の水があった証拠が見つかっており、現在も地下には水がある可能性がある。

以下の文の空欄に当てはまる最も適切なものを一つ選びなさい。

かつて大量の水があった証拠が見つかっているのは(  )である。

① 火星 ② 可能性 ③ 地下 ④ 生命 2)

僕は以前ある回復施設で、12ステッププログラムをその施設の利用者さんに提供する仕事をしていました。その時にテキストとして使ったのはもちろんビックブックでした。ところが始めてすぐに、多くの人がビッグブックを読めていないことに気がつきました。

もちろん、たいていの人はビッグブックをきちんと音読できます。漢字が難しくて読めないということはありません(たまに読めない漢字があってもそれは問題ではありません)。しかし、文章を読めている人が、意味もくみ取れているとは限りません。「ビッグブックに書いてあることの意味が分からない」と言われることは珍しくありませんでした。

伝える側も、受け取る側も文章の読解力があるならば、ビッグブックをテキストとして使って12ステップを伝達することは容易です。しかし、受け取る側の読解力が弱い場合に、ビッグブックだけを使っていたのでは、伝えることができなくなってしまいます。そこで、要点だけをまとめた資料を別に作ったり、PowerPointのスライドを使って視覚情報として提供することで補っていました。

人工知能「東ロボくん」

東ロボくん は、国立情報学研究所 が作った人工知能(AI)の名前です。東京大学に合格できるだけの知能を備えたAIを作ることを目標に2011年から開発が始まりました。多くの研究者が参加したことで次第に能力が向上し、2016年には進研の模試で950点満点のところ525点を獲得するまでになりました。これは偏差値 にして57.1、MARCH関関同立 に合格できる学力レベルです。

このまま能力が向上すればいずれ東大合格も可能だと思われましたが、プロジェクトはここで壁にぶちあたりました。深層学習 (ディープラーニング)を使った手法ではこれ以上の成長は難しく、何らかの技術革新が起きない限り東大に合格できるAIは作れないことが明らかになりました(もともとこのプロジェクトの目的は東大に合格できるAIを作ることよりも、当時の人工知能技術の限界を確かめることにありました)。

東ロボくんと読解力について伝えるニュース
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

ビッグデータ やディープラーニングという技術はAIに革新をもたらしましたが、これらはもっと前のAI技術のように意味解析を行なっていません。つまり、膨大な知識を集積してはいるものの、意味は分かっておらず、一番もっともらしい答えを選んでいるだけです(つまり今のAIは「考えている」とは言えないのですが、しかしそれでもSiri は実用になっています)。実は東ロボくんも読解力は備えていないのです。

そこで、AIの読解力の限界を見極めるために作られたのがリーディング・スキル・テスト (RST)という読解力のテストです。このテストを人間にやらせてみると、学生でも社会人でも結果は結構ボロボロなのでした。

実は先ほどの問2は、東ロボくんやRSTのプロジェクトリーダーを務めている新井紀子 教授の著書に掲載されている例題を、ほぼそのまま掲載しています。正解は①(火星)ですが、皆さんは正解できたでしょうか?

読解力は生きるための力でもある

読解力がないと、試験の問題の意味をくみ取れず、答えを出すことができません。社会人になっても、書類に書かれていることの意味が分からなければオフィスワークはできませんし、私生活でも役所や企業から届いた書類の意味がわからなければ不利益を被ってしまいます。読解力は生きていくために必要な力なのですが、現在の教育システムでは、それを伸ばすことは重要視されていないようです。

先日も大きな書店に行ったついでに中学生・高校生用の学習参考書の棚を眺めましたが、国語のコーナーに読解力についての参考書はありませんでした(読解力を向上させる方法を本を使って伝えるのは無理があるのかもしれませんが)。小学校で英語やコンピュータープログラミングを教えるよりも、他に教えるべきことがあるはずです――いまの僕は英語とプログラミング言語を使って仕事をしていますが、どちらも成人してから身に付けた能力です

意味が分からない文章を読むのは辛いものです。ビッグブックから12ステップを学ぼうと思っても、多くの人が挫折する理由の一つが、ビッグブックが読者にある程度の読解力を要求する本であるからです。

このブログはなるべく読解力が要らないような平易な書き方を選んでいます。それでも、末尾に「今回のまとめ」を追加しているのは(そのまとめが良い要約になっているかは自信がありませんが)読後の満足感を与えるための工夫でもあります。

読解力が十分にある人ならば、ビッグブックを読むことで12ステップについての十分な情報を手に入れることができるでしょう。しかし、読解力が弱い人はそうもいきません。そこでビッグブックに書かれていることをスポンサーがスポンシーに一対一で教えるというやり方が役に立ちます。スポンシーは疑問に思ったことをスポンサーに質問することができますし、スポンサーにとっても「誰かに教えることが最高の学びになる」のですから(cf. ラーニングピラミッド

関心のある方のために、新井紀子教授のRSTについての雑誌記事をリンクしておきます。雑誌の記事なので必要以上にキャッチーな見出しが付いていますが、内容は真面目なものです。

読解力の話はこれぐらいにして、本題に戻ります。

物質世界の進歩を妨げたもの

p.74の最終行からの段落は、何を主張しているのでしょうか?

現代に生きる私たちは、子どもの頃から、常に科学技術が進歩する世の中で生きてきました。僕らのまわりは子どもの頃にはなかったもので溢れかえっています。パソコン、スマートフォン、デジタルテレビ、コピー機、電子レンジ、ハイブリッドカー、電子マネー、ポータブルゲーム機、カーナビなどなど。この先も様々な新しいものが登場してくるでしょう。私たちは進歩が当たり前の世界で生きています

しかし、そのような急速な進歩が始まったのは、どこの国でも概ね産業革命 が起きた後です(アメリカにおける産業革命は1870年代以降)メソポタミア で人類最古の文明が興ってから産業革命までの数千年間、人類の進歩はとてもゆっくりとしたものでした。特にヨーロッパの中世は停滞の時期でした。

なぜ中近世までの科学技術の進歩は遅かったのか・・・それは人間の精神が「迷信やしきたりや様々な固定観念」に縛られていたからだとビル・Wは書いています。当時の人たちがいかに迷信に縛られていたか、ということをコロンブスとガリレオという二人の人物を登場させて説明しています。

コロンブスの航海

Christopher Columbus
from Wikimedia Commons, PD

クリストファー・コロンブス (1451-1506)は、アメリカ新大陸 を「発見」した航海者として知られています。15世紀には、インドなどのアジアで生産された香辛料や絹がヨーロッパと交易されるようになっていました。しかし、その中間を支配していたオスマン帝国 が高い関税をかけたため、そのぶんヨーロッパの商人たちの利益は小さくなっていました。イスラムの商人たちを抜きにして、インドと直接交易ができれば、ヨーロッパの商人たちの儲けは大きくなる、と考えられました。

オスマン帝国
オスマン帝国、左にスペインとポルトガル、右にインドがある―from by SikSok, from Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

そこで、レコンキスタ を終えたポルトガルは、アフリカ南端周りの航路を開発しようとしました。それはポルトガル王の命を受けたヴァスコ・ダ・ガマ (1460?-1524)が1498年に喜望峰 周りでインドに到達したことで実現し、大航海時代 が始まりました。ポルトガルはインドとの香辛料貿易を独占し、大いに繁栄しました。

大航海時代の探検航路
インドに達しているのがダ・ガマの航路―by Universalis, from Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0

しかし、レコンキスタに手間取って出遅れたスペインは、ポルトガルの後塵を拝していました。そこへ現れたのがコロンブスでした。彼は大西洋を西に航海するというアイデアを売り込んできました。当時、すでに知識人の間では地球は丸いということが知られていました。そこで、アフリカ大陸を回って東へ航海するよりも、西へ航海すれば地球を反対回りしてインドに着け、直接交易できるとコロンブスは主張したのでした。

実はコロンブスは先にポルトガルにこのアイデアを売り込みに行ったのですが、ポルトガルは喜望峰ルートに期待をかけていたことや、強欲なコロンブスが報酬をふっかけすぎたことで断られてしまい、やむなくそのアイデアをスペインに持ち込んできたのでした。

スペインの女王からの援助を受けたコロンブスは、1492年に船団を組織して大西洋を西に向かい、バハマ諸島 へと到達しました。コロンブスは地球の大きさを勘違いしていた(実際よりもずいぶん小さく見積もっていた)ことと、さらには彼の予想しなかったアメリカ大陸という障害物が途中にあったために、インドに達するという目的は達成できませんでした。しかし、彼の航海はスペインが新大陸に広大な植民地を作る礎を築きました。

地球平面説
from Is Earth Actually Flat?

ところで、先ほど当時すでに地球が丸いことは知られていたと書きましたが、それは知識層に限ったことで、一般庶民はそんなことは知らず、昔ながらに世界は平面だと信じていました地球平面説 、現在でも地球平面説を信じる人たちはいる)。当然コロンブスが雇い入れた水夫たちも平民でしたから世界は平面だと信じている人たちでした。水夫たちは、世界の端は滝になっており、落ちると二度と帰って来られないと考えていました。そのため、どんどん西へと進むコロンブスに対して水夫たちは不安を募らせていき、ついに暴動を起こしました。コロンブスが譲歩しなければ、彼らはコロンブスを海に投げ捨ててスペインに帰投するつもりでした。コロンブスは「あと3日で陸地が見つからなければ引き返す」と約束せざるを得ず、サン・サルバドル島 を発見して上陸したのは、ちょうどその期限の日だったのです。

ガリレオの地動説

天動説と地動説
天動説と地動説(図は宇宙開発事業団によるもの)
ガリレオ・ガリレイ
from Wikimedia Commons, PD

ガリレオ・ガリレイ (1564-1642)は、イタリアの天文学者で異端審問 にかけられたことで知られています。彼は出版した『天文対話 』のなかで、ニコラウス・コペルニクス (1473-1543)地動説 を支持しました。これが異端として告発され、その結果彼は地動説を撤回するように要求され、実際に撤回しました。彼は地位を剥奪され、著作はすべて禁書 とされました。

ただし、天動説 がカトリックの正式な教義だったことはなく、17世紀に科学と宗教が対立関係にあったとするのは19世紀の科学者による創作です。ビル・Wはそれをもとに記述したのでしょうが、ガリレオは教会内部の権力争いに巻き込まれて、異端を口実として失脚させられたというのが真相です。異端として断罪されたわけではなく、投獄されたわけでもありません(軟禁はされた)。「それでも地球は動く 」という有名な言葉も、後代の伝記作家による創作です。

第80回のプラグマティズムの説明で述べたように、実際に科学と宗教の対立関係が生じるのは19世紀後半になってからです。それ以前の中近世に宗教家と科学者の闘争があったとか、宗教が科学を弾圧したという説は現在の科学史家によって否定されています。地動説は科学が宗教的迷信に打ち勝った代表例として語られることが多いのですが、それは実際に対立関係が生じた19世紀に科学者側が自分たちを正義とする科学史観を作り上げたことによるものです。3)

中世に存在したのは、宗教と科学の間の対立ではなく、知識層と民衆の間の断絶でした。そして民衆の蒙昧さが進歩の足枷になっているとして、その蒙昧さを理性によって啓こうとする啓蒙思想 が登場しました。啓蒙思想の最盛期は18世紀でしたが、決して過去のものではなく、現在の私たちが義務教育によって教育を受けられるのも、大学や研究機関に国費が注がれるのも、啓蒙思想のおかげだと言えます。

ビル・Wは中世の停滞期を例に挙げて、迷信やしきたりや様々な固定観念に縛られていてはいけない、それは進歩を妨げると強調しているわけです。

物質領域と霊的領域

私たちは自分に尋ねてみた。「古代人たちが物質界について偏見と理屈に合わない考えを持っていたように、私たちも霊的なことに対して同じ態度をとっていないだろうか」。4)


We asked ourselves this: Are not some of us just as biased and unreasonable about the realm of the spirit as were the ancients about the realm of the material?5)

昔の人たちは偏見や不合理な考えを持っていたと言っています。これは前の段落の「迷信やしきたりや様々な固定観念」のことです。

中世の人たちが、物質界(the realm of the material=物質領域)に対して偏見や不合理な考えを持っていたのと同じように、現代の私たちも霊的なこと(the realm of the spirit=霊的領域)に対して同じような偏見や不合理な考えを持っているのではないか? という問いかけです。

これは、ビル・Wたちが、かつて不可知論者で会った頃の経験として語られています。それは同時に、現在も不可知論者である読者に対して、あなたも同じではないかという問いかけでもあります。あなたは自分の知性を頼りに生きているかもしれないが、実は教育を受けていない中世の民衆と同じような偏見と不合理な考えに支配されているのではないか。その偏見の対象が物質領域であるか、霊的領域であるかの違いにすぎないのではないか・・・と。

物質領域(the realm of the material)と霊的領域(the realm of the spirit)がそれぞれ何を指すのか説明はありませんが、物質領域は科学が対象とする領域であることは文脈から明らかです。それに対して霊的領域は、私たちが神と直接触れ合う領域を指すようです。

わきみちそれぞれ何と訳すかは悩ましいところです。物質界という言葉は使いやすいですが、どうしてもその対語として精神界というのが思い浮かんでしまいます。霊界と訳すと死後の世界になっちゃいますし。ここでは物質領域・霊的領域というつまらない訳語に落ち着きました。ちなみにキャピタライズされている the Realm of Spirit という言葉がp.68にあり「魂の世界」と訳されています(旧訳では霊の国)。

ライト兄弟 vs. スミソニアン協会

ライト兄弟は、世界で初めて飛行機を飛ばした人たちとして知られています。正確に言えば、初めて人間を乗せた飛行機を動力飛行させました(すでに気球や飛行船やグライダーは存在していました)

1903年12月17日、ライト兄弟は彼らが作ったライトフライヤー 号の飛行を成功させました。それは歴史に残る画期的な出来事であったにもかかわらず、その成功は信用されず、報道もされませんでした。

サミュエル・ラングレー
from Wikimedia Commons, PD

そのわずか9日前の12月8日に、サミュエル・ラングレー 教授(1834-1906)の作った飛行機エアロドローム 号がポトマック川に墜落していました。ラングレーはスミソニアン学術協会 の長官で、スミソニアン天体物理観測所 を設立した天文学者にして発明家でした。晩年の彼は陸軍の予算で飛行機の開発を行なっていました。1896年には蒸気式の無人機の飛行を成功させました。そこでエンジンを積んだ有人機の開発に取り掛かり、1903年10月7日と12月8日に飛行試験が行なわれましたが、結果は二回とも発射台からそのまま川面に墜落する鳥人間コンテストでよくあるパターン)という大失敗に終わりました。

川面に墜落したエアロドローム号
発射台からそのまま川面に墜落したエアロドローム号―from flickr, CC BY 2.0

実験の行なわれたポトマック川 は首都ワシントンD.C.のすぐ近くであり、その失敗は多くの人に目撃され、報道されました。軍の予算を使い、国の研究機関が作った飛行機が失敗したことは、多くの人々に「人間は空を飛べない」という印象を与えました。

ライト兄弟
from Encyclopedia of Alabama

一方、ライト兄弟 は牧師の息子として生れ、オハイオ州デイトンで自転車屋を営んでいました。二人はドイツのグライダー飛行家オットー・リリエンタール のファンでしたが、1896年にリリエンタールが墜落死したことを知ったライト兄弟は、自分たちで飛行機を作ることにしました。そして7年後に初飛行を成功させたのです。

二人が気象条件が良いという理由で初飛行の場所に選んだのは、ノースカロライナ州キティーホーク近くの砂丘でした。この実験は特に注目も受けず、観客はわずか5人でした。

ライト兄弟の初飛行
ライトフライヤー号の初飛行――from Wikimedia Commons, PD

ライトフライヤー号の成功は、報道機関からはほぼ無視されました。わずか一週間ほど前にラングレー教授の飛行機が墜落したたことが大々的に報道されたばかりでしたし、ライト兄弟には何の実績もなかったのですから、それは無理のないことでした。

ところが二人の初飛行は信用されないだけでなく、反発を受けることになりました。それまでスミソニアン協会以外にも数多くの研究者が有人動力飛行の発明に取り組んできましたが、どれも成功できずにいました。それを大学に行っていない田舎の自転車屋が成功させたということになれば、研究機関の面目は丸つぶれになり、能力や権威を疑われることになりかねません。そこで、多くの科学者がライト兄弟の飛行成功を虚報として否定し、「空を飛ぶ動力機械を作ることは科学的に不可能だ」という声明を出しました。そのなかでもジョンホプキンス大学 の数学教授だったサイモン・ニューカム (1835-1909)が最も有名な人物でしょう。6)

軍が予算を投入していたことから分かるように、飛行機には兵器としての価値がありました。ライト兄弟は特許紛争に巻き込まれましたが、幸いにも彼らの特許は認められました。ラングレー教授は予算を無駄に使ったと批判され引退を余儀なくされました。しかし、スミソニアン協会はその功績を讃えて航空技術に貢献した発明・研究を表彰するラングレーメダルを創設し、その第一回目の受賞者にライト兄弟を選びました。

ビル・Wがビッグブックを書いた1930年代後半には、すでに飛行機は移動手段として実用化されつつありました(もちろん、まだ裕福な人たちしか利用できないものでしたが)。この初飛行にまつわるエピソードはビッグブックが書かれるより三十数年前の出来事でしたが、次のことを教えてくれます。つまり、偏見や不合理な考えを持つのは、なにも教育を受けていない中世の民衆に限ったことではなく、高い知性を持ち高度な教育を受けたはずの現代の科学者たちでさえ、偏見を持たずにいられるわけではないということです。

神が人間の諸問題アルコホリズムとか)を解決すると聞いても信用しないあなたは、ライト兄弟の飛行成功を聞いてもそれを虚報と決めつけた科学者たちと同じ態度を取っているのではないか? と問いかけているのです。

(もちろんこの話は、p.77の「自分たちはまるでライト兄弟は決して飛ぶことはできないと言い張った人たちと同じではないか、と感じ始めた」という記述や、p.80の「霊的に解放されている人を見ていながら、そんなことはうそだと自分に言い聞かせたかった」という記述につながっています)。

わきみち

ラングリーの後を継いでスミソニアン協会の長官となったチャールズ・ウォルコット (1850-1927)は、ライト兄弟の業績を認めず、ライトフライヤー号をスミソニアン博物館に展示することを拒否しました。1914年にはエアロドローム号を復元して飛行実験を成功させ、それを最初の飛行機として博物館に展示しました。つまり、たまたま最初にライト兄弟が飛行に成功しただけであって、ラングリーのエアロドローム号は飛行可能なものであったという主張を行なったのです。しかし、後の調査でこの機体には様々な改造が施されラングリーのオリジナルとは別物になっていたことが分かっており、ライト兄弟の業績を否定し、それを横取する意図があったことは明らかです。それを信じる人も増えていきました。

こうして世間から忘れ去られつつあったライトフライヤー号に光を当てたのは、イギリスの国立科学産業博物館でした。1928年に機体はロンドンに移送され展示されました。

イギリスに旅行に来たアメリカ人たちは、自分の国の偉大な業績の象徴がロンドンの博物館に展示されていることをいぶかしく思い、次第ににそのことが知られるようになっていきました。ウォルコットは1928年に死去し、その後を継いで長官になったチャールズ・アボット(1872-1973)は、ライト兄弟のうちまだ存命だった弟のオーヴィル・ライトにライトフライヤー号をアメリカに戻すように交渉しました。しかしオーヴィルは「歴史を正しく修正する」という条件を出し、その点は譲りませんでした。

1942年になって、ようやくスミソニアン協会はライト兄弟の業績を認め、1914年の実験結果を否定し、兄弟に謝罪する声明を発表しました。戦争の影響もあって、実際に機体が戻されワシントンD.C.のスミソニアン国立航空宇宙博物館に展示されたのは1948年になってのことです。すでにオーヴィルも亡くなった後でした。

1903 Wright Flyer
ライトフライヤー号の展示―from National Air and Space Museum, CC0 1.0

ビル・Wがこの文章を書いたのは、まだスミソニアン協会が主張を改めず、ライトフライヤー号がイギリスに展示されたままの時期だったのです。

なぜ科学者たちは明らかに不合理な主張を行ない、それを撤回しなかったのでしょうか? それは彼らとて人間である以上、人間としての限界を超えられないからです。人間の知性や理性は無限ではなく、明らかな限界を持っていることをこのエピソードは示してくれます。

今回は話があっちにいったり、こっちにいったりでした。

今回のまとめ
  • 偏見や不合理な考えを持つのは、教育を受けていない中世の民衆に限ったことではない。
  • 高い知性を持ち、高度な現代教育を受けた人たちでさえ、偏見を持たずにいられるわけではない。
  • 神が人間の諸問題(アルコホリズムなど)を解決すると聞いても信用しないのは、ライト兄弟の飛行成功を聞いてそれを全力で否定しようとした科学者たちと同じ態度ではないか。
  • 人間の知性や理性には限界があることは明らかである。

  1. BB, pp.74-75 []
  2. 新井紀子,『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』, 東洋経済新聞社, 2018, pp.190-191 []
  3. ローレンス・M・プリンチペ(菅谷暁他訳)『科学革命』, 丸善出版, 第2章・第3章 []
  4. BB, p.75 []
  5. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.51 []
  6. ただしニューカムが批判していたのはラングレーの挑戦であって、後にライト兄弟の成功を聞いたニューカムはすぐにそれを受け入れたと言う説もある。 []