「依存」からの回復 米国の試み 下

家族

朝日新聞 家庭面から (掲載日 2003年3月13日)

本来の自分 取り戻すまで

 野球王ベーブ・ルース誕生の地、メリーランド州ボルティモア。美しい港町は、一歩裏道に入れば、ひったくりや売春、殺人など犯罪が絶えない。
 古い町並みの一角にあるジョンズ・ホプキンス大学女性依存症治療センターには、約300人が通う。20代~30代が大半で、性感染症の感染率が7割以上、HIVも3割。治療はまずその対策から始まり、カウンセリングが続けられる。
 ラビディア(38)はセンターに通うようになって1年。「コカインと出会ったのは18歳の時。家も学校も何もかもうまく行かなくて。そんな時友人に教わったの。嫌なこと全部忘れられるよって。最初は、本当にそうだったんだけど……」
 今は週2回ミーティングに出る。
 「息子が3人いるの。孫ももうすぐ8カ月になる。学校にもう一度行って、看護婦になりたい」
 メアリー・マッコール所長は「体の病気は薬で治る。でも依存は、本人の考え方や行動を変えないといけない。それにはとても時間がかかる」という。
 女性には背景に様々な問題を抱えていて、治療も複雑になる。親や夫、恋人の問題飲酒や暴力、性的虐待などによる心的外傷ストレス障害(PTSD)、うつ病、パニック障害、摂食障害などを伴っている場合も多い。
 「依存は、本人を苦しめるだけでなく家族を巻き込み、傷つける。子どもの人間関係障害や問題行動に連鎖する」とコネティカット大学のミチエ・ヘッセルブロック教授(ソーシャルワーク)はいう。

 依存は「否認の病気」だ。家族も問題を隠し、抱え込もうとする。「家族は、原因は自分にあると考え、救えるのは自分だけだと思い、自分を追い込んでいく。気づかぬまま、依存を助けるイネーブラー(可能にする人)を演じてしまう」。ミネソタ州ミネアポリス郊外にあるヘーゼルデン財団の治療部門責任者ブルース・ラルソンさんはいう。
 49年にできたヘーゼルデンは依存治療の草分けで、国内はもとより世界中から酒や薬物、暴力、ギャンブル、摂食障害など様々な問題を抱えた人が来る。
 依存の本人と、その世話をしてしまう家族との関係は、「共依存」とも言われる。「でも、私たちはその言葉をあまり使わない。家族だったら、心配し、とまどうのは当然」と家族センターのローズマリー・ハートマン所長。
 大切なのは、本人と家族、それぞれが本来の自分を見つけることだ。治療では、家族もカウンセリングやグループ・ミーティングを通して、自己を取り戻していく。「家族は原因ではない。でも、家族が一番重要なかぎを握っている」

「少しでもよく」積み重ね

 ニューヨークに住むキャシー(39)の元に来週、4カ月ぶりに夫(44)が帰ってくる。
 建設会社勤務。仕事熱心だが、飲むと人が変わった。大声を出して、妻や息子をなぐる。キャシーは毎晩、「お酒をやめて」と泣いた。1週間、1カ月やめられたこともある。でも、必ず裏切られた。
 そんな生活が4年ほど続いて、夫は入院した。大量の吐血、肝硬変だった。医師から「君も救われる必要がある」といわれ、キャシーは家族の自助グループに通い始めた。そこで友人ができた。パートだが、仕事も見つけた。これまで考えられなかったことが考えられるようになった。自分のしたいこと、子どものこと、毎日の生活…。
 「もう私は泣かない」
 夫が治療所から戻る日は息子の9歳の誕生日だ。プレゼントの紙袋を抱え、「私たち、やり直せるかしら」とほほえんだ。

 依存からの回復。その定義はとてもむずかしいとハートマン所長はいう。暴力をやめること、ひきこもりをやめること、過食をやめること……。「みんな期待するわ。でも、そんなに簡単じゃない。以前より少しでもよいと感じられたら。それを積み重ねれば、必ず道はある」

(五十嵐道子)

イネーブラー 依存は、そばにそれを支える人がいる。1人では続けられない。酒による不始末のしりぬぐいをする妻、ギャンブルの借金を肩代わりする夫、子供の暴力に耐え続ける父、心配し、あれこれ世話を焼く母……。これらの行動すべてが、本人が現実と直面する機会を失わせ、結果的に依存を続けることを可能にしている、とされる。

[印刷用PDF]

(初掲載:2003-9-27)

2019-09-13

Posted by ragi