ビッグブック翻訳改定に至るまで

1999年12月20日付けで12のステップと12の伝統の翻訳改訂がおこなわれました。これは1997年の第2回全国評議会がビッグブックの翻訳改訂を進めていくことを確認したことに基づいており、ビッグブックの第五章と巻未にそれぞれ掲げられている12のステッブと12の伝統も改訂の対象になったからです。

しかし12のステップと12の伝統はAAブログラムの根幹をなすものですから、翻訳改訂の対象となったビッグブックの各章とは切り離されて慎重な改訂作業が進められました。そしてビッグブックの翻訳改訂版出版(2000年2月)に先立ち、1999年の12月20日に新しい訳文の12のステップと12の伝統が発表されました。なお1997年の第2回評議会は、ビッグブックの翻訳改訂作業は常任理事会にゆだねること、この改訂はビッグブックを引用するすぺてのAA出版物に影讐が及ぷこと(旧訳のものを新訳に変えていく必要性が生じること)についても確認しています。

新しい訳文の12&12発表後、様々な声が全国から寄せられました。
新しい訳文になったのでステッブ1が認めやすくなった。そのため続けて2、3と進み、4、5のステップに早く取り組む仲間が多くなると思う、という声もあります。これは12&12のみならず、ビッグブック自体が翻訳改訂されたことによることが大きいと恩いますが、翻訳改訂の意図が生かされた嬉しい声です。
他方では、新しい訳語に対する異議や疑間の声もあがりました。そのなかには旧訳に戻すべしとの強硬な意見もありました。また評議会、常任理事会が進めてきた改訂作業は拙速であったとの声も聞かれました。

今年2月に開かれた第6回評議会は、アンケートによって12&12改訂に関する意見を全国的に集約することを決めました。一部の声だけでなく全国のグループの声をアンケートで直接聞こうということです。また第6回評諮会は、AA出版物の訳語を数年毎に見直しをする訳語見直し委員会(仮称)を設置することも決めています。


ビッグブック翻訳改定に至るまで

AA日本出版局

今年の2月にビッグブックの翻訳改訂版が発行された。おおむね好評ではあるが、以前のビッグブックを回復の支えとして、ここまでの道を歩んできた人たちに受け入れがたい気持ちがあるのは当然のことだろう。

常に原文のビッグプックに触れている者にとっては「何とか原文通りのニュアンスを伝える日本語翻訳版を出したい」という切なる思いがあっても、原文を読んでいない人にとっては、旧版のビッグブックがビッグブックそのものなのであって、その人たちにしてみれば、あれは違うのだと言われても、何を根拠に違うなどというのかという疑問が残りこそすれ、納得できないのだということに、つくづく思い知らされている次第である。

完ぺきな翻訳などありえない。ひとつの言葉を選ぶのに、何ヶ月もかかることがある。たとえぱステップ1の「思い通りに生きていけなくなっていたこと」だ。原文は”unmanageable”、つまりもうマネージできなくなってしまった、という用語の訳には、具体的な用語案を各地域の出版物発行に携わったことのあるメンバーや援助者、翻訳者に翻訳案を提出してもらってから、さらに既存の翻訳をすべてあたり、最終的な結論が出るまでに9ヶ月かかった。その間の意見交換は、重ねるほどに収拾がつかなくなるぱかりだった。

そもそもなぜ改訳案が出たかといえば、それは“先進国の圧力?”、いや、“先進国の熱意にあふれた提案”が今回の改訂に少なからず影響を与えたといえる。外国から来たAAメンバーが日本のAAに触れるたびに、何かほかの国のAAと違うという印象を持って本国に帰国し、そのうち、日本のAAがどこか違うのはビッグブックの翻訳にあるのではないかという話がかなり広まったようである。実際にアメリカにいる一般の日本人に読んでもらったところ、キリスト教の本だとか、難解で分からないという感想に、ニューヨークのGSOの関係者たちも頭を抱えていたらしい。世界中でこれほどまでに愛用されているビッグブックがなぜ日本では身近なものとして利用されていないのか。

だが、たとえ日本語のビッグプックが難解でキリスト教的だと言われようと、わが国では霊的で、格調の高い、崇高な訳文として認められていた。それを変えるなどということが、一体だれにできるだろうか? 1997年の評議会で、翻訳改訂が承認され、作業については常任理事会に一任された。そこで考えついたのが、「国際出版物基金」の援助を利用して、ニューヨークのGSOにビッグブックの翻訳から発行にいたるすべてを依頼し、それにかかった費用を出版基金に日本が献金するという案だった。それほどわが国で改訳することにはたれもが消極的であり、それほど日本のAAは従来の訳を大事にしていたのだと言える。

さて、実際にニューヨークのGSOに翻訳を依頗し、GSOでは翻訳会社に試訳を依頼した。翻訳会社の翻訳方針は、①全体のトーンが愛情や暖かみにあふれ、読者に感動を与えるものであること ②説教的で形式主義的で読者がうんざりするような表現ではないこと ③“超越した存在”については、歴史的にも文化的にも哲学的にも日本人に合ったものとして表現すること(神という表現は使わない) ④原本の精神、原本が伝える本来のメッセージを損なわず、それでもあらゆる社会層やあらゆる教育レベルの人が読めるものであること、というものだった。

そこまでは私たちも大いにに同意できた。彼らは、“霊的”を“精神的”に、“ハイヤーパワー”は“人力を超えた力”、“神”は“人間を超える存在”という表現にした。そしてできあがってきた試訳はどうしようもなかった。日本全国の出版関連のメンバーたちに読んてもらったところ、だれもがアルコホーリクのこともアルコホリズムの本質もまったく分からない人か訳したお話にならない翻訳文という手厳しい意見で、これではお金をかけて出版するほどの価値はないという指摘が圧倒的だった。

そこで再検討した結果、ニューヨーク経由の話は打ち切りとなった。ニューヨークからは試訳の実費の請求はなかったが、かなりの面倒と迷惑をかけてしまったことは否めない。この件についてGSO所長と直接話し合ったところ、彼から、経済的な問題点は今後どのようにでも話し合いができるのでそのことは二の次にして、今大切なことは、AAのビッグブックとして、日本語のビッグブックは原本どおりにとてもすぱらしいと言われるような、世界に恥じない、誇れるものに改訳してほしいという要望が伝えられた。

改訳案は白紙に戻り、常任理事会でまた方針案が出された。基本路線として、下訳ははプロの翻訳者に有料で依頗し、編集は出版局を中心に従来のやりかたで行うこととなった。たまたまAAメンバーでプロの翻訳者がいた。『AA成年に達する』の一部やボックス掲載のグレープバインの記事の翻訳を数多く手がけたメンバーで、彼の翻訳には定評があった。そのメンバーに正式に依頼し、そろそろ何章かの翻訳が届くと思われたころ、彼から肺の病気でもう仕事ができなくなったという連絡が入った。

また、白紙に戻った。今度はこの分野の翻訳で評判のよい翻訳者に当たってみることになった。そこでたどり着いたのが、今回のプロの翻訳者であり、その人の翻訳をもとに、AAのメンバーが推敲を重ねて発行にこぎつけた次第である。

発行直後にたまたまアメリカ・カナダ太平洋地域サーピス委員会に招かれた元常任理事が新しい日本語のビッグブックを持参し、その経過を発表した。その快挙に会場はどよめき、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。パイリンガルのメンバーからは、原本のビッグブックの内容を実によく伝えていると、わざわざ国際電話が人った。だが、それは日本のAAの評価とは違っていたことも付け加えなくてはならない。

冒頭でも述ぺたが、これまでのビッグブックを大切にしてきた人たちにとっては、それが否定され、回復の指針が強引にもぎとられてしまった感があるだろう。だとしたら、今度のものを、まったく新しいAAの回復の本としてとらえてほしい。AAの回復のプログラムを実践し、プログラムの希望を実現するための道員としてとらえてほしいと願っている。世界に誇れるすぱらしい日本語の“アルコホーリクス・アノニマス”を発行できたと信じているからだ。

(了)


付記

この文書は、2001年8月15日の日付で、AA日本常任理事会から、各グループに対して送られた「12&12アンケートのお願い――新しい訳文の12のステップと12の伝統について、あなたのグループの声をお聞かせください」というアンケートの一部を抜粋したものです。

『アルコーリクス・アノニマス』(通称ビッグブックと呼ばれるAAの基本テキスト)の翻訳改定の経緯と、その後の反響をうかがい知ることができます。

(初掲載:2002-2-27)

2019-11-11

Posted by ragi