12ステップは自由に解釈して良いのか?

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  • #2042 返信
    ヘビスモ
    キーマスター

    先日ある本に、
    聖書は誰にでも読む人のレベルに応じた理解できる、とあり
    つまり、その人の理解のレベルがどうであれ
    理解しようとする気持ちがあれば誰にでも(子どもにでも)理解ができる
    という意味のことが書かれてあって、

    自由に解釈して良いのか?
    というのは、
    その人の理解のレベルに応じた受け取り方をすればよい
    といった感じかなと思いました。

    「ビッグブックのスタディ再版にあたって」
    は読み応えがありますね。

    「ビッグブック」が最初にあって、
    「再版にあたって」があって、
    ひいらぎさんの解釈で構成されているのですね。

    途切れ途切れだと頭に入らないので
    書籍になった段階で購読させていただきます。

    #2043 返信
    ragi
    キーマスター

    アメリカは反知性主義の国なのだそうです。だからトランプのような大統領も登場するのだと。
    初の女性大統領を目指したクリントン(妻のほう)は、エスタブリッシュメント(既存権力)の象徴と見なされて反発をくらい落選しました。
    反知性主義というのは、知性を否定するのではなく、反エリート・反権威ということなのでしょう。

    ところで信仰(宗教)の分野でも、エリートや権威は誕生します。どこの宗教でも教祖様が権威を帯びるのは当然としても、発生して二千年も経ったキリスト教では、教祖様の言ったことは聖書を通じて学ぶしかありません。

    聖書の解釈は人によってバラバラになるかもしれない。それで「どの解釈が正解か」という問いに対し、常に権力の側が「これが正解だ」と押しつける仕組みは良くないのじゃないか。

    だから、信仰は大事にしたいが、教会という権威は否定する、という人がでてきます。アメリカでは巡回宣教師という、あちこち巡回しながら、大衆に分かりやすい説教して回心させていく活動が行われました。わかりやすさを優先させたせいで、教義的な厳密さは失われたかもしれないが、退屈な説教を聞かされるより良いじゃないかというわけです。

    AAにおいても、ジョー・アンド・チャーリーや、ワリー・Pのような大衆の支持を得る存在は、常に権力(評議会)とは別の所から誕生してきました。

    権力に知性を独占させず、大衆の持つ素朴な知性を尊重することで、それに対抗していくという思想は、アメリカの持つバランス感覚なのだと思います。

    「日々雑記」は本になるかなあ。今のところそんな話は一切ありませんが・・・

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Posted by ragi