親父の小言

火は粗末にするな   朝きげんをよくしろ
神仏をよく拝ませ   不浄を見るな
人には腹を立てるな  身の出世を願え
人に馬鹿にされていよ 年寄りをいたわれ
恩は遠くからかくせ  万事油断するな
女房のいうこと半分  子のいうこと八九はきくな
家業は精を出せ    何事もかまわずしろ
たんと儲けてつかえ  借りては使うな
人には貸してやれ   女郎を買うな
女房は早く持て    難渋な人にほどこせ
生物を殺すな     年忌法事をしろ
義理は必ず欠くな   ばくちは決して打つな
大酒は呑むな     大めしを喰うな
判事はきつく断れ   世話焼になるな
貧乏を苦にするな   火事の覚悟をしておけ
風吹きに遠出するな  水はたやさぬようにしろ
塩もたやすな     戸締まりに気をつけろ
怪我と災は恥と思え  物を拾わば身につけるな
小商ものを値切るな  何事も身分相応にしろ
産前産後を大切に   小便は小便所へしろ
泣きごとは必ず云うな 病気は仰山にしろ
人の苦労を助けてやれ 不吉は云うべからず
家内は笑ふて暮らせ

親父生前中の小言を思い出して書き並べました
今にして考えればなるほどと思うことばかりです

大聖寺 暁仙 (福島県大聖寺 昭和三年)1)


付記

12ステップ の教える「謙虚」とは何だろうか、と考えている頃に「親父の小言」という文章に出会いました。小言の七番目に「人に馬鹿にされていよ」とあるのを見つけ、片意地を張らず無駄なプライドを捨て、人に馬鹿にされながら暮らすのが謙虚の実践なのかもしれない、と思いました。

この「親父の小言」もたくさんのバリエーションがあり、どれがオリジナルなのか分りませんでした。Googleで探すうちに見つけたのが、青田暁知『親父の小言―大聖寺暁仙和尚のことば』という書籍でした。

それによると、福島県の大聖寺の住職であった暁仙という方が、戦前に書き印刷して人々に配っていたものが原典だそうです。一般に流布するのは昭和30年代に入ってからで、商店が売り出したものが評判となって全国に広がりました。その過程で様々な派生を生んでいったのだと思われます。

大聖寺のある福島県浪江村は原発事故の避難指示のため、町内全域が立ち入りが禁止されていましたが、2017年3月末に大聖寺付近を含めた一部の避難指示が解除されました。震災前に比べると人口・事業者とも一割ほどに減ったものの、人の営みが戻ってきているそうです。

そんな話を紹介してから八年後、江戸時代の庶民文化を研究されている方から、「親父の小言」は少なくとも江戸時代には既に存在していたことを示す和本が見つかっている、というお知らせをいただきました。嘉永年間に神田の篤志家が配ったものだそうです。ご教示いただいた、法政大学文学部講師の小泉吉永氏には、貴重な情報を提供していただき、この場にてお礼を申し上げます。

詳しくは下記のサイトをご参照ください。大聖寺版と嘉永版の差異についても説明があります。

なかなか守れぬからこその「親父の小言」。中には意味のくみ取りにくいものもありますが、その解題は青田氏・小泉氏の本に譲ります。


書籍

(初掲載:2005-05-04)


  1. 青田暁知『親父の小言―大聖寺暁仙和尚のことば』, 阪急コミュニケーションズ, 2003, amazon.jp[]

2019-11-11

Posted by ragi