ビッグブックのスタディ (118) 仲間と共に
いよいよステップ12にたどり着きました。今回はそのなかでも「このメッセージをアルコホーリクに伝え」の部分の説明になります。第七章全体がそのために割かれています。
このメッセージ
まず、ステップ12はこうなっています:
十二 これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、このメッセージ(this message)をアルコホーリクに伝え、そして私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力した。1)
ではステップ12の「このメッセージ(this message)」は何を意味しているのでしょうか? それは、その前の「これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め」を指しています。ステップ1から11に取り組んだ結果として私たちに霊的目覚めが起きました。それが私たちAAメンバーが運ぶ回復のメッセージです。
ここで、霊的目覚めとは何かをもう一度考えてみましょう。私たちはステップ2で「自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心(正気)に戻してくれる」ことを信じました。つまり、ハイヤーパワー(神)が、私たちの強迫観念を取り除いてくれ、私たちがアルコールから解放されることを信じたのでした。
不可知論者だった私たちは、この時点ではハイヤー・パワーが何であるかはまったく分かっていませんでした。ただそれが存在することと、それが自分を助けてくれることを信じて、ともかく自分なりの神の概念を掴み取ってスタートを切りました。ステップ2の説明で使った上の図では、その時の私たちは、一番下の「信じる(believing)」のところにいました(第78回・第79回・第81回・第83回)。
そして、ステップ3の決心を経て、ステップ4から11の行動をとった結果、私たちは霊的な目覚めという結果を得ました。私たちは上の図の一番上へと到達し、今や神の存在を「経験から知って(knowing)」います。それは伝聞情報でもなければ、理論でもなく、強い思い込みでもありません。実際の経験なのです――だからもう不可知論者ではなくなっています。
霊的な目覚め(霊的体験)を経た人たちは、自分のソブラエティや回復が自分の努力によって勝ち取ったものではなく、神が与えてくれたものであることを経験から知っています。
他の手段で回復した人たちは、自分が努力したことで回復できたと考えるでしょうから、「私のように回復したければ、あなたも私のように努力しなさい」と言うでしょう。一方で、12ステップによって回復した人たちは「私は神様に助けてもらったから、あなたも神様に助けてもらったらどうですか?」と言います。もしあなたがステップで回復したいなら、どちらの人をスポンサーに選べば良いかは自ずと明らかでしょう。
実際のところ、ステップをやっていないのに(あるいはやっても効果が出ていないのに)ステップをやったフリをしたい人がAAのなかにはたくさんいます(他の12ステップグループのなかにもいるでしょう)。そういう人をスポンサーに選んでしまうと「あなたも私のように努力しなさい」という押しつけに苦労させられます。そういう人たちはまだ自分の努力(つまり自分自身)を神として信じているのです。
そうは言っても、「ステップ4から11という行動をとる、その努力がアルコホーリクを回復させるのではないだろうか?」と疑問に思う人も少なくないでしょう。少し説明を加えることにします。
お湯を沸かすことを例に取ります。あなたはお湯を沸かすときにどうするでしょうか? 僕だったら、ヤカンに水を入れてガス台に載せて火を付けます。僕にとっては「お湯を沸かす」とは「ヤカンに水を入れてガス台に載せて火を付ける」ことなのです。しかし実際にお湯を沸かしているのは僕ではなくガスの燃焼です。だから、料金未払いでガスを止められていたら、同じことをやってもお湯は沸きません。僕が行動し、僕が努力しているのですが、そのことがお湯を沸かしているわけではありません。電気ポットでお湯を沸かすときにも電気が要りますし、ソーラークッカーだったらガスも電気も要りませんが、夜中にお湯を沸かすことはできません。
このガスや電気や太陽がハイヤー・パワーであり、お湯を沸かすために僕が取る行動がステップに相当するのです。お湯を沸かす人が熱の存在を感じ取るように、霊的に目覚めた人は神の存在を(五感以外で)感じ取っています。だからこそ、回復を維持し、回復をより確かなものにするためにステップ10から12の行動によって神との繋がりを保ち続けようとするのです。
私たちはお湯の沸かし方を知っていますが、ガスなしでお湯が沸かないことも、実際にお湯を沸かしているのはガスの燃焼であることも知っています。それは経験から学んだことです。霊的に目覚めた人は、ステップのやり方を知っているだけでなく、回復をもたらしたのはハイヤー・パワーであることも経験から知っているのです。
もちろん行動は必要です。ガスや電気が来ていても、僕がお湯を沸かすための行動を取らねばお湯は沸きません。しかし、私たちの努力がお湯を沸かしているわけではありません。回復も同じことです。
他の人に働きかける
実際の経験によれば、他のアルコホーリクと徹底的にかかわっていく(work with other alcoholics)ことほど、再飲酒を防ぐ保障になる行動はない。ほかのことがみんなうまくいかなくても、これには効果がある。それが私たちの十二番目の提案である。つまりこのメッセージ(this message)を、他のアルコホーリクに伝えることだ!2)
第七章には「仲間と共に」というタイトルがついているため、ステップ12は他のアルコホーリクと一緒にミーティングをやったり、AA共同体を運営していくことだと考える人もいます。しかし第七章に書かれているのは、酒をやめられずに悩み苦しんでいる人に霊的なメッセージを伝えることです。こうした食い違いが生じてくる原因は、第七章のタイトル work with others という言葉の翻訳が間違っているからです。
work with には「一緒に働く」「使う」「連携する」などいろいろな意味がありますが、ここでは「働きかける」という意味です。つまり第七章のタイトルは「他の人に働きかける」という意味であり、先頭の段落の「他のアルコホーリクにかかわっていく」という訳が正しいのです。第七章はまだ飲んでいるアルコホーリクを見つけて、回復のメッセージを伝える方法を説明しています。
ビッグブックは、周囲にAAメンバーがいない(もちろんステップを伝えてくれるスポンサーもいない)孤立したアルコホーリクに本を使ってメッセージを伝え、読者が自らステップに取り組んで回復し、その地方の最初のAAメンバーとなることを期待して書かれたものです。そして実際にそのとおりのことが1940年代に起きて北米のAAは急激に成長しました。3) 読者には近くにAAグループもなければ、一緒にミーティングをやってくれる仲間もいないのですから、他のアルコホーリクを見つけて回復を促すことで仲間を増やしていくしかありません。
現在私たちAAメンバーが置かれている状況はビッグブックが書かれた当時とは大きく違っています。アルコール依存症という病気の存在が社会に周知され、酒の問題を抱えた人の多くが医療機関で診断を受けてからAAにやってきます。AAメンバーの側は新しい人をミーティングで待ち構えているというスタンスになっています。もし私たちがAA以外のところで未診断のアルコホーリクと関わったとしたら、その人をAAに連れてくるのではなく、医者に行くように勧める場合が多いでしょう。
AAそのものも大きく変わりました。初期のAAでは、AAに加わりながら「ステップをやらない」という選択はあり得ませんでした。4) だが現在では、ステップに取り組むかどうかはその人の自発的な意志にまかされており、強制はされません。プログラムに取り組まない人をグループから放り出したら、そのほうが問題視されるでしょう。
だから、ビギナーがステップに取り組むときには、すでにAAに来てから少々時間が経過し、ある程度安定した断酒が続いている場合が多いのです。それはつまり、AAメンバーが12ステップ(霊的変化)以外の方法に頼るようになったことを意味します。結果としてステップに関心を示さないメンバーも増え、霊的な目覚めを得ないまま、ミーティングに通うだけでAAで長く酒をやめ続ける人も増えてきました。それは必ずしも悪いことだとは言えませんが、ビギナーがステップに取り組む意欲を持ったときに、霊的解決を携えたスポンサーを見つけるのに苦労するという状況を作り出しました(つまり「私と同じ努力をしなさい」というスポンサーが増えてしまった)。
このように、AAもAAを取り巻く状況も変わったおかげで、第七章の内容をそのまま現状に当てはめることは難しくなっています。それでも、そのなかには現在の私たちにも有効な考えや実践がたくさんありますから、そのいくつかを紹介していきましょう。
アウトリーチ
多分あなたはまだ、回復したがっている酒飲みを一人も知らないかもしれない。2)
128ページの最終行から132ページの真ん中までは、いわゆるアウトリーチ について説明しています。辞書によればアウトリーチとは「援助が必要であるにもかかわらず、自発的に申し出をしない人々に対して・・・積極的に働きかけて支援の実現をめざすこと」ですから、まさにステップ12そのものです。5)
ビッグブックでは、医師や牧師など、職業上アルコホーリクと接触する機会のある人にまだ飲んでいる人を紹介してもらう方法を説明しています。現在の日本のAAメンバーの多くはアウトリーチを行っておらず、その代わりにAAの広報活動を行ってアルコホーリクをまずAAミーティングに誘導し、会場で新しい人を迎えるようになっています。しかし、アメリカではAAに連絡を取ってきた人をメンバーが訪問する活動が現在でもわりと多く行われているそうです。
本人が少しでも酒をやめたがっていることがわかったときは・・・6)
If there is any indication that he wants to stop, …7)
アウトリーチの対象になる人は、まだ酒を飲んでている人です(例えやめていたとしても、まだしっかりやめられてはいない状態)。飲んでいても、できれば酒をやめたいという何らかの兆候(indication)があるならば、見込みがあると言えます。しかし・・・
相手がまだ酒をやめたくないときは、説得に無駄な時間をかけないことだ。6)
僕はアウトリーチの経験は少ないのですが、その少ない経験からでも空振りが多いことがわかります。そもそも大酒を飲んでいる人がアルコホーリクだとは限らず、他の病気であることも少なくありません。またアルコホーリクだったとしても(アルコホーリクであればなおさら)酒をやめたいとは思っていないことが多いものです。そんな人を無理に説得しようとすれば「将来のチャンスまで台無しにする」ことになりかねません。
ときには、本人がもういっぺんめちゃくちゃに飲む(binge)まで待つほうがよい場合もある。8)
逆に自分で断酒が続けられるという自信を持っている人に関わるのも無駄なことです。馬鹿は死ななきゃ治らないという言葉がありますが、アル中は飲まなきゃ分からない(飲んで初めて分かる)生き物です。アル中を飲ませないように苦労するよりも、いったん大酒を飲んでもらったほうが良いことも少なくありません。
むちゃ飲み(spree)が終わるまで、あるいは少なくとも、一時的におさまっている状態がくるまで待とう。8)
しかし、酒をやめてからあまり時間が経ってからではいけません。
本人がまだいらいらしている時に訪問することにしよう。落ち込んでいる時のほうが、ものごとを受け入れやすくなっているからである。9)
これまで12ステップを学んできたとおり、人間が変わるチャンスは成功しているときではなく、失敗したときに訪れます。順調に酒をやめられているときには人は変わる必要性を感じませんし、ましてや「アルコールに対する無力」を認めようとはしないでしょう。むちゃ飲み(binge=大酒・drinking bout=飲酒発作)という失敗からあまり時間が経たず、いらいらして落ち込んでいるときの方が「役に立たなくなった信念」を捨てやすいのです。
ビギナー向けの12ステップミーティングを勧めているワリー・P(Wally P., 1946-)は、window of opportunity という言葉を使ってそのことを強調しています。直訳すれば「機会の窓」ですが、これは「絶好のチャンス」という意味です。酒を飲んでいた過去も辛かったけれど、酒をやめている現在のほうがさらに辛い。だからまた酒に戻りたい気持ちが強く出てしまう。その時期こそ私たちが関わるべきチャンスなのです。この変化のチャンスの時期はそんなに長く続きません。酒をやめられたことへの感謝など口にするようになったらもう手遅れなのです。10)
AAミーティングに初めてやってきた人は、いらいらして落ち込んでいる時期であることが多いものです。つまり彼ら自身にとって「絶好のチャンス」の状態にあるわけです。そのタイミングで彼らにステップ1の絶望を伝えてあげることが大切です。「ステップを勧めるのはもっと状態が良くなってからにしよう」などと考えてはいけません。このタイミングを逃したならば、次のチャンスは酒をやめていったん楽になった彼らがまた「生きているのが辛くなって飲みたくなる」時期までやってこないのですから。
ステップ1を伝える
あなたが飲酒の駆け引きにかけての裏も表も、とことん知り尽くしている人だということが彼に通じたら、自分がアルコホーリクだと伝える。どんなに自分を不可解だと思っていたか、どうしてそれが病気だとわかったかも伝える。飲むのをやめようとしてどれほど奮闘したか話し、最初の一杯の前に頭の中がねじくれてしまうことも示す。アルコホリズムの章で私たちがしたように、あなたが提案(説明)するのだ。11)
これはステップ1を伝えることの説明です。「最初の一杯の前に頭の中がねじくれてしまう」のは強迫観念のことです。つまり、シルクワース医師がビル・Wにアレルギーと強迫観念について教えたように、私たちが「医師の意見」や第三章で学んだことを相手に説明します。なによりも私たちには酒飲みとしての経験があります。酒の量をコントロールしようとしながらできなかった経験(アレルギー)や、もう飲むまいと固く決心してやめていたのにまた飲んでしまった経験(強迫観念)を話してあげます。相手と自分にはほとんど似たところがなく、まったく別の種類の人間かもしれませんが、相手がアルコホーリクであればアレルギーと強迫観念を持っているはずで、その部分は共通だと相手も気づいてもらえるでしょう。
・・・もし相手がアルコホーリクなら、彼はすぐにピンとくるはずだ。あなたの心にあったゆがみを、彼は自分のそれと重ね合わせることだろう。
彼が正真正銘のアルコホーリクだとあなたが納得できたときは、この病気の絶望的(hopeless)な面に話を持っていこう。最初の一杯にまつわる奇妙な心の動きがどれほどふだんの意志の力の働き(normal functioning of the will power=意志の力の正常な機能)を妨げてしまうかを、自分の体験から話してあげよう。12)
強迫観念は意志の力を超えたものです。どう頑張っても、自分の力では克服できません。私たちがステップ1で自分の置かれた絶望的(hopeless)状況を認めたように、相手にもそれを促します。
ステップ2を伝える
あなたの弟子はまだ自分の状態を完全には認めていないとしても、あなたがどうやって良くなったのかには、興味津々のはずだ。できることなら本人の口から尋ねさせたい。13)
「できることなら本人の口から尋ねさせたい」とありますが、これが大事なところです。ジョー・マキューは、彼が最初にAAメンバーの話を聞いたときのことを語っています。ジョーが入院している病院を訪れたAAメンバーは、その人自身のかつてのアルコールの問題(つまりステップ1)しか語りませんでした。その様子をこう述べています:
彼は、私については何も言わなかった。彼が話したのは、徹頭徹尾、かつて彼が抱えていた問題だった。彼の問題は、私の問題よりもはるかに深刻に感じられたが、聞いているうちに私は自分自身の問題がはっきりしてきたように思えた。彼の問題をとおして、私は自分の問題を見たのだ。彼の物語のなかに私自身を見出したのだった。 14)
その続きです:
ミーティングの後、彼に尋ねた。「私はどうしたらいいと思いますか?」(ビッグブックが言うところの「本人から尋ねさせよう」というのはこれだ)15)
すると相手はこう答えました:
「正直なところ、あなたがどうするかは私にはどうでもいいことです。あなたの問題はあなたの問題だし、私の問題は私の問題なんだから。でも、私がどういうふうにしたかを知りたいのなら、教えてあげますよ」15)
こらえ性のないアルコホーリクである私たちは、この人のような「相手が尋ねてくるまで待つ」ということができません。どうしても、自分が何をやったか、何が起きたかを話したくなってしまうのです。僕はいろいろなアウトリーチや病院でのメッセージ活動の場で、一緒に行ったAAメンバーが、自分がどれだけ努力してAAミーティングに通ったかや、棚卸しをして自分自身の誤りに気づいて埋め合わせをして・・・といった話をするのを脇で聞いてきました。すると相手の顔から関心がすっと消えていくのでした。
ましてや霊的な目覚めや、ハイヤー・パワーが助けてくれたという話を聞きたいアルコホーリクはいません。そういう話は相手が「どうやったら回復できるのか」という関心を持ってから語るべきです。
私たちには自己顕示欲があります(共存の本能の一部)。いくら「ハイヤー・パワーが助けてくれた」と思っていても、自分が頑張ったから回復できたのだという考えを拭い去るのは難しいことです。するとどうしても「私はこれだけ努力したのだ」という説明をしてしまうようになります。しかしそれは聞く側からすれば「私が酒をやめられたのは、私がこれだけ努力したからだ」という意味に聞こえ、さらに「あなたが酒をやめられないのは努力が足りないからだ」というニュアンスを帯びてしまいます。「努力が足りない」という言葉は、酒がやめられないで悩んでいるアルコホーリクが最も聞きたくない言葉の一つです。
私たちが伝えるべきことは、「あなたが私と同じ病気を抱えているならば、それは絶望的な状況に置かれているということです」というメッセージです。自分の力ではどうやっても酒をやめられないことが相手に伝わって初めて「でもあなたは飲んでいないようですが、どうやって酒をやめているのですか?」という質問が相手から発せられるのです。
ビッグブックに戻ります:
あなたは自分に何が起こったのか(霊的目覚め)を、ありのままに話す。霊的な部分のいろいろなことをはばかることなく強調する。13)
霊的なことやプログラムについて説明するのはそれからです。自分の力で酒をやめているわけではないことを率直に伝えれば良いのです。ハイヤー・パワーが私たちの強迫観念を解決してくれ、そのおかげで酒をやめられているという事実を伝えましょう。
もし彼が不可知論者や無神論者なら、彼はあなたの神についての考えに同意しなくてもよいことを強調しよう。それが彼にとって意味のあるものでありさえするのならば、どんな考え(conception=(神)概念)を彼は選んでもいいのだ。大切なことは、彼に自分より偉大な力を信じる気持ち(willing=意欲)があり、そして霊的原理に従って生きよう(live by=頼って生きる)とすることである。13)
第四章の第74回から第79回で説明したように、AAは特定の神概念を押しつけません。誰もが自分なりの神の概念を使って12ステップを始めることができます。必要なのは自分より偉大な力を信じようという意欲を持ち、霊的な原理(神)を頼って生きようとすることだけです。
彼がほかの方法を使ってやめてみるとか、別の霊的なやり方がいいというのなら、彼が自分の良心に従ってやってみるように勧めよう。神の独占権は私たちにはないのだ。私たちは単に、自分たちにはうまくいった一つのやり方を持っているだけなのだから。16)
相手には選ぶ権利があることを忘れてはいけません。12ステップは決して「唯一の解決」ではありません(第9回)。私たちは自発的にそれを選び取ったにすぎません。もし私たちに霊的な解決を強制するものがあるとしたら、それはアルコールだけです。すなわちアルコホリズムという病気が私たちに12ステップを選ばせるのです。その人が他のやり方でうまくいくならそれで良いし、戻ってきて「やっぱり12ステップを試してみようと思います」と言うときには、ずっといろいろなことを受け入れやすくなっているでしょう。12ステップの有効性を証明しようと焦る必要はありません。
さらには、相手が無神論者の場合や、むしろ相手の方が宗教に熱心である場合などの説明が続きます。
ステップ1と2を伝える腕を磨く
ジョー・マキューによれば、1960年代までのAAメンバーは、ステップ1と2を伝える優れたスキルを持っていたといいます。しかしながらアメリカでは1960年代後半から70年代にかけて回復施設が各地に作られ、それによってAAのスポンサーの役割は、ステップを教えることから、スポンシーを施設に連れて行くことへと変化しました。そして、多くの人が施設でステップ1と2に取り組むようになった結果、AAメンバーの多くは新しい人にステップ1と2を伝える技術を失ってしまったというのです。もう一度そのスキルを取り戻そうという試みが、20世紀終わりに始まったビッグブック・ムーブメントの発端の一つでした。17)
私たちもステップ1と2を伝える技術を身に付けなければなりません。私たちはなぜアルコールに無力なのか(アレルギーと強迫観念)、思いどおりに生きていけないとはどういう意味か、自分を超えた偉大な力が正気に戻してくれるとはどういうことか、自分なりに理解した神とは・・・そういったことを相手に教え、そしてさらに神に救われた自分を生きた証拠として相手に提示するというやり方を学ばなければなりません。
そのようにして、現在地(問題・ステップ1)と目的地(解決・ステップ2)が定まれば、あとはその2点をつなぐ道程を進んでいくだけです(第1回)。現在地と目的地がはっきり分かっていれば、人は道に迷うことはありません。人によって進む道が多少違っていても、同じ目的に着ければ良いのです。だから、細かなステップのやり方はあまり気にする必要はありません(第81回)。
大事なことは目的地に到達することです。霊的目覚めを得た人は、神が自分を救ってくれたことを経験から知っています。だから必要があれば、ためらいなくそれを相手に伝えられます。またステップに取り組む上で、そうした結果を得ることの大切さも知っています。だから、方法よりも結果を大切にします。
しかし、霊的目覚めを得ていない人は棚卸しや埋め合わせの方法にこだわってしまいます。彼らは「やることさえやっていれば、結果は後からついてくる」と考えたいのでしょうが、残念ながら結果はあとからついてはきません(第89回・第104回・第113回)。なぜなら、目的地を目指して進まなければ、別の場所に着いてしまうからです。
ジョーたちが作った回復施設向けの12ステッププログラムであるリカバリー・ダイナミクス(RD)は、その研修さえ受ければプログラムを提供するプロバイダー(カウンセラー)資格を取得できます。しかし、研修で身に付けられるのは知識と理論だけで、霊的目覚めという体験が得られるわけではありません。だから、RDカウンセラーを名乗る人のほとんどは「私は神によって救われた」という経験を語ることはできず、クライアントから霊的目覚めとは何かと質問されたときに曖昧なことしか答えられません。もちろん、ジョーたちはこの資格制度のそうした限界を承知しており、RDカウンセラーの仕事はあくまでもビッグブックに書かれた12のステップをクライアントに対して案内することだと割り切っているのです。18) それも必要とされている仕事であるのは確かです。けれどRDの資格を手に入れることは、霊的目覚めを得る代わりにはならないのです。
ドクター・ボブは何年も酒をやめられずに苦しんでいました。家族も友人たちも彼を助けようとしていましたが、役に立っていませんでした。しかし、1935年5月にニューヨークからビル・Wがやってきて話をすると、そのままドクター・ボブは酒をやめてしまいました(後で一度スリップしますが)。ではその時ビルは、ドクター・ボブに何を伝えたのでしょうか? ドクター・ボブは「彼は他の人と何か違ったことをしたのか、あるいは言ったのか」という疑問にこう答えています。
彼はすべての答え(answers=解決)を知っていたが、それは本から得た知識ではなかったのだ。19)
ビルは当然ドクター・ボブの求めに応じて自らの霊的体験について話しました。神によって救われたというビルの話は、もちろん本から読んだ知識でもなければ、伝聞でもなく、理論でもありません。それはビル・W自身の経験でした。
私たちにはビルと同じように伝えるべき霊的な目覚めの経験があります。それこそが私たちがステップ12で伝える「このメッセージ」です。けれどアルコホーリクは霊的な体験など望んではいません。酒をやめるべきかどうかも迷っているものです。だから私たちは何よりもまず問題(ステップ1)を相手に伝え、そして求めに応じて解決(ステップ2)を伝えます。この二つのステップを伝える腕を磨かなければなりません。
ステップ3から先
あなたが実際にどうやって自分を評価し、どうやって過去を正し、いまなぜその人の助けになろうとしているのかを説明しながら、行動のプログラムについてざっと話す。あなたが彼にそうやってこの話を伝えていくことが、実はあなた自身の回復にとってたいへん重要であることを、彼に知ってもらう、そのことが大切なのだ。事実、あなたは彼を助けようとしているが、実はあなたのほうがもっと彼に助けられているのかもしれない。・・・彼がもう会いたくないと言ったとしても、あなたは気分を害する必要はない。彼を助けようとした以上に、あなたが彼に助けられたのだから。20)
ステップ12は「助けようとする側が助けられる」というステップです。スポンサーシップによって助かっているのはスポンシーの側ではなく、スポンサーの側です。プログラムがうまく受け渡されずにスポンシーは飲んで死んでしまうかもしれません。しかし、手渡そうとしたスポンサーの側は飲まずに生き残ることができます。
スポンサーとしての経験を積んでいけば、あなたはきっと「人を助ける行為に含まれる本質的な醜さ」に気づくでしょう。スポンシーよりも知識も経験も持っているスポンサーは、優位に立つ自分に喜びを覚えるでしょう(序列)。人の役に立っているということが他の人から褒められることもあるでしょう(承認)。いずれも共存の本能(第78回)が満たされる喜びであり、自己肯定感が得られますが、その欲に駆り立てられてスポンサーをやってるようにしか見えない人もいます。また、スポンサーとして相手を支配しコントロールしたくなってしまい、取り仕切りたがる役者に戻ってしまうこともあります。しかも自分が良いことをしているかのように勘違いしてしまうのです。
そのように、スポンサーシップには落し穴がたくさんあり、その落し穴に一つひとつ落ちながら、その失敗を通じて私たちは、相手を助けているのは自分ではなく、神であることを思い知らされるのです。
私たちの提供するスポンサーシップは、ソーシャルワーカー の仕事とも違いますし、心理カウンセラーの仕事とも違います。彼らには提供できない霊的なサービスを提供しているのですし、何よりもそれを自分自身のために(無償で)行っているという違いを意識しておきましょう。
古い生き方を捨てる
つまるところ、この問題は私たちが自分で自分にもたらしたもの(own making=自家製)だ。ボトルはほんの象徴にすぎなかった。そうして、私たちは誰に対しても、何に対しても闘いをやめることにした。そうしなくてはならないのだ。21)
戦う生き方については第104回で説明しました。「戦う(闘う)」というのは人と争うことを意味しているのではありません。それは、ショー全体を取り仕切りたがる役者の生き方のことです。
古い生き方をやめるには、その元になっている古い考えを捨てなければなりません。古い考えとは「自分の問題は自分で解決できる(self-sufficiency)」でした。それに対して、新しい考えは「神に頼ればうまくいく(God-sufficiency)」です(第83回・第90回)。ステップ2や3のときにそう聞かされても私たちは信じずに、古い考えにしがみついて、人間の問題は人間が解決するしかないのだ、と思い込んできました。
けれど私たちは霊的な目覚めを得たことで、アルコールの問題を神が解決してくれたことを知りました。私たちの手に余る問題は神にまかせ、私たちは神が私たちに望まれていることをすればよいのです。なのに私たちは、自分のことだけでなく、他の人の抱えることにまで口を出して、ショー全体を取り仕切る演出家を気取っていました。その結果として、私たちの生活はトラブルまみれになり、酒へと引き戻されてきたのでした。
ステップ3で、私たちのトラブルは根本的に自家製であることを学びました(p.90, 第100回)が、人間関係や物質的なトラブルばかりでなく、そもそもアルコールの問題も自家製だったことがわかります。自分で解決しようとしていたからこそアルコールの泥沼から抜け出せなかったのでした。私たちは回復しましたが、私たち自身は依然としてアルコールに対して無力なままです。私たちはこの先も常に神を必要としています。
終わりに
さらに、第七章から第十章は家族や雇用者に向けての章になっています。そして第十一章ではビル・Wとドクター・ボブの出会いとアクロンでの最初のグループの始まり、そして1939年初頭までのAAの発展の様子が書かれています。そして、こう続けています:
このように、私たちはしだいに大きくなっている。あなたもできるはずだ。たとえあなたがいま、この本を手にしたばかりだとしても。あなたが始めるに当たって必要なことは、何もかもこの本の中に書かれていると信じており、また、そう願っている。22)
ビッグブックは、読者がその地方の最初のAAメンバーとなって、AAグループを作っていって欲しいという願いをこめて書かれています(第7回)。そのためにまず自分が回復するための方法が示され、次にその方法を他の人たちに伝えていく方法が書かれています。そして第十一章はこのように結ばれています:
あなたが理解している神にあなた自身をゆだねるように。神に、そしてあなたの仲間に対して自分の欠点を認めるように。過去の残がいをきちんと片づけるように。あなたが見つけたものを惜しまずに存分に人に分け与えるように……。私たちの仲間になってほしい。この霊的な共同体のなかで私たちはいつもあなたと共にある。あなたが幸せな運命への道をきりひらきながら一歩ずつ歩みを進めるとき、必ず私たちの仲間と出会うことだろう。
その時まで、神の祝福と守りが、いつもあなたにありますように。23)
先ほど述べたように、私たちには自己顕示欲があるので、誇りたいという気持ちでステップを伝えようとする人もいます。また、「私の言うとおりにしなさい」と相手を支配しコントロールを試みる共依存まっさかりのスポンサーもいます。それは避けることはできません。なぜなら、私たちは誰もが不完全であり、スポンサーとしてまったく不慣れな初心者として始め、失敗を繰り返し、痛みを味わいながら成長していくしかないからです。速いスピードで成長する人もいれば、とてもゆっくりの人もいます。何であれ、伝える側にならなければ見えてこないことがあるのも確かです。
でも、伝えるためには相手が必要です。誰かが言ったように「私たちは常に私たちを必要とする人を必要とする」のです。霊的な目覚めを経験した人は、それを伝えたい気持ちになると言います。ビル・Wたちが書いたこの結びからは、何とかこれを伝えたいという彼らの情熱が伝わってくるような気がするのは僕だけでしょうか。
僕もこれを伝えたいという気持ちに駆られてこのブログでの連載を始め、4年もかかってしまいましたが、なんとか終わりまでたどり着きました。これほど長くなるとは僕自身思っていませんでしたが、最後までお付き合いいただいたことは大変感謝しています。
最後に、ビッグブックの中で僕が最も好きな言葉を引いておきます:
奇跡の時代は私たちの間ではまだ終わってはいない。私たち自身の回復がそれを証明している。24)
The age of miracles is still with us. Our own recovery proves that!25)
奇跡については第41回を参照してください。次回はあとがきになります。
- ステップ12で私たちが伝えるべき「このメッセージ」とは、ステップ1から11に取り組んだ結果として私たちに霊的目覚めが起き、ハイヤー・パワーにアルコールの問題を解決して貰えた、という事実である。
- 霊的な目覚めを経験した人は、自分の努力が自分を回復させたわけではないことを知っている。
- ステップ12は、他のアルコホーリクに働きかけること。
- まずはステップ1を伝え、相手が解決を知りたがったらステップ2を伝える。
- 相手が別のやり方を望むのなら、12ステップを押しつけてはいけない。
- 私たちはステップ1と2を伝えるスキルを取り戻さないといけない。
- スポンサーシップはスポンサーが助けられる仕組みである。
- 私たちは古い生き方を捨てなくてはならない。そのためには古い考え(自分の問題は自分で解決できる)を捨て、新しい考え(神を頼ればうまくいく)を身に付けていく。
- BB, p.86[↩]
- BB, p.128[↩][↩]
- アーネスト・カーツ(葛西賢太他訳)『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』, 明石書店, 2020, 第四章[↩]
- DBGO, 第21章[↩]
- 松村明監修『デジタル大辞泉』, 小学館, 2001 from コトバンク[↩]
- BB, p.129[↩][↩]
- AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.90[↩]
- BB, p.130[↩][↩]
- BB, p.131[↩]
- Wally P., The Window of Opportunity[pdf], from aabacktobasics.org[↩]
- BB, p.132[↩]
- BB, pp.132-133[↩]
- BB, p.134[↩][↩][↩]
- ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『ビッグブックのスポンサーシップ』, 依存症からの回復研究会, 2007, p.46[↩]
- loc. cit.[↩][↩]
- BB, p.138[↩]
- ジョー・マキュー, pp.10-11 — 文中では step 1 and 2 が「ステップ1・2・3」と訳されている。この誤訳が増刷時にも訂正されていない。[↩]
- The Kelly Foundation, Recovery Dynamics Counselor’s Manual 2nd edition, 1989, p.14[↩]
- BB, p.253[↩]
- BB, pp.135-136[↩]
- BB, pp.149-150[↩]
- BB, p.237[↩]
- BB, p.240[↩]
- BB, pp.222-223[↩]
- AA, p.153[↩]
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