雑感(8) コロナのその後
8月29日に福岡で開催予定だったBig Bookスタディは中止になりました。もちろん理由は最近の新型コロナウイルスの感染再拡大によるものです。僕はいつもキャンセルや変更不可の格安チケットを手配するのですが、今回はANAが無手数料でのキャンセルに応じてくれて助かりました。
AAの関東甲信越の秋のラウンドアップも中止になったと知らせがありました。
なぜウイルスが深刻な問題なのか
新型コロナウイルス感染症 での死亡者数は現時点で989人です。1) 昨年の総死者数は136万人でしたから、それに比べれば0.1%にもなりません。昨年は自殺が19,415人、交通事故死が4,295人でした。2) 2018年のデータですが、結核で2,204人、普通のインフルエンザでも3,325人が死亡している3) ので、相対的に新型コロナの死亡者数は少ないと言えます。なのに、なぜこれほど大騒ぎするのでしょうか。
感染症は感染者がねずみ算 式に増えていく特徴があります。DT(Doubling Time)は何らかの数字が倍になる期間を示す指標ですが、例えばDT=1w(一週間で倍になる)という状況だった場合に、その状況が継続すれば、4週間後には16倍、8週間後には256倍、12週間後には約4千倍になります。無策であれば、毎日100人の新規感染者であったものが、3ヶ月後には毎日4万人という状況になってしまうわけです。
現実の東京では、検査陽性者数の移動平均線を見ると、25人/日→50人/日に14日間、50人/日→100人/日に7日間、100人/日→200人/日に11日間ですから、この三つの数字を単純に平均すれば、最近のDTは10日余りではないかと思われます。
(追記:もちろん、結核やインフルエンザには治療薬があることも大きな違いの一つです)。
超過死亡
新型コロナによる死者が千人に満たなくても、実際にはもっと多くの人が亡くなっている可能性があります。それを調べるためには、過去数年間の死亡者数の平均と、今年の死亡者数を比較して、突出して増えていれば、それがコロナの影響による増加であろうと考えられるわけです。これを超過死亡(excess deaths)と呼びます。
この図は、Financial Timesが集計している各国の超過死亡のグラフ(の一部)です。国によっては超過死亡がハッキリと現れています。日本では統計の数字が出てくるのが遅いので、超過死亡の議論はこれから始まるところですが、東京では4月の死亡数が約千人増加しており、これは同じ期間の新型コロナの死者数104人の約10倍です。大阪府でも3月・4月は死亡数が増加しています。一方で、僕の地元埼玉では4月の超過死亡は見られなかったという報道もありました。
普段だったら、多少具合が悪い程度でも医療機関を受診する人が、新型コロナの感染が拡大によって受診を控えるようになり、そのために通常時だったら発見される不調がそのまま悪化して亡くなるケースが増えるという説もありますし、医療資源が新型コロナに消費されるので、他の病気の手術などが延期されて死者数を押し上げるという説もあります。
超過死亡については、もう少しデータの推移を見守る必要があります。5月の速報値は来週には発表されると思います。
緊急事態宣言下では自殺は減少した
警察庁の発表している自殺者数の速報値によると、今年の4月・5月の自殺者数は、昨年同月より2割近く減少していました(6月は減少幅が減って1割弱)。なぜ減少したのか、その理由はこの数字だけでは説明できませんが、4月・5月の緊急事態宣言下では在宅になる人が増え、学校や職場の人間関係から切り離されたことで、人間関係のストレスが減ったのが一つの原因かもしれません。
新型コロナはどこから来たか
インフルエンザも含めて、新しい感染症は動物から人間に感染することで発生してきます。AIDS はチンパンジー、SARS はコウモリ、MERS はヒトコブラクダからヒトに感染したとされています。また2009年の新型インフルエンザは豚インフルエンザ がヒトに感染したものです。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)については、早々と1月12日にゲノム(RNA配列)が公表されたおかげで解析が進み、中国の雲南省墨江の洞窟でキクガシラコウモリ の糞から分離されたウィルス(BatCoV RaTG13)が最も近縁だということが分かっています(ゲノムの一致率が96.2%)。4) ただし、コウモリから直接ヒトに感染したわけではなく、中間宿主 になった動物がいるはずですが、それは特定されていません。
近年になって新しい感染症が増えてきたのは、航空輸送の発達によって、人の国際移動が増えたからです。世界の航空国際旅客数は30年前の7倍以上に増えています。5) 6)
AIDSは元はチンパンジーの病気だったものが、アフリカで森林開発が進んでチンパンジーを食用にするようになったことで1920年頃にヒトに感染し、その後数十年間はアフリカの一部の国の風土病として存在してきました。それが人の国際移動の増加によって1980年代以降世界的に感染が拡大し、2,900万人が死亡するという大流行を引き起こしました。7) (現在では複数の薬剤を組み合わせて使うことで、非感染者と同じ平均余命が得られている)もし飛行機による人の移動がなければ、いまでもAIDSは――SARSもMERSも、そしてCOVID-19 も――一地域の風土病にすぎなかったことでしょう。
世界が変わってしまったのは、今年の春からではなく、実は何十年も前からのことです。私たちの身の回りに影響が及んで来なかったから気にしていなかっただけにすぎません。もし、この新型コロナウイルスがうまく解決できて、マスクの要らない生活に戻れたとしても、人類はこの先も新しい感染症にたびたび悩まされることになるでしょう。
4月の流行はどこから来たのか?
3月の下旬から5月の連休明けまでの「第一波」はどこからやってきたのでしょうか。新型コロナウイルスの流行は中国の武漢 から始まり、1月・2月の国内での感染者は武漢関係の人たちばかりでした。政府が入国制限をしたのは中国の湖北省 からだけで、中国全土を対象にしたのは3月9日からでした。この遅れがその後の感染拡大を招いたのではないか、と僕は疑っていました。
しかし4月27日の国立感染症研究所の研究発表によると、ゲノム解析の結果、武漢発のウィルスは3月にはほぼ抑え込めていたことが分かりました。代わりに国内で感染を広げたのは、ヨーロッパで変異したタイプでした。8)
このタイプは2月にはアメリカにも感染を広げていたので、3月の欧米からの旅行者や帰国者によって4月の流行がもたらされたと考えられます。欧米からの入国制限が行われたのは3月下旬でした。それが功を奏して、4月7日に安倍首相が緊急事態宣言を発した頃には、すでに新規の感染はピークアウトしていたと考えられます。(その後みんなで様々な自粛をしたことよりも、国境封鎖のほうが効果が大きかったということ)。
ちなみに、国際的な感染拡大の様子はオープンソースのゲノムデータベース Nextstrain で視覚化されたものを見ることができます。
重症化と死亡のメカニズム
新型コロナの重症化や死亡のメカニズムは、基本的にSARSのときと同じです。ウィルスが細胞に侵入すると炎症が起こり、炎症性サイトカイン という物質が分泌されます。新型コロナの場合には重症化した人の血中でインターロイキン-6 (IL-6)というサイトカインの濃度が上昇することが分かっています。9)
インターロイキンは液性免疫 を活性化させ、マクロファージ が感染した細胞を食べて破壊します。しかしながら、重症化する人の場合、サイトカインが大量に分泌されるサイトカインストームという現象が起こります。(サイトカインストームは他の感染症でも起こりうる)。これによって感染していない健康な細胞まで破壊されるようになり、肺の機能が失われていきます。なお悪いことに、血液の凝固が起こるので、肺の血管が血栓で詰まり、ガス交換 ができなくなっていきます。人工心肺やECMOが必要とされるのは、その状況を乗り切るためにはガス交換を体外で代替する必要があるからです。(だが血栓でECMOまで詰まってしまうとか)。
このように新型コロナの重症化は、免疫系の異常によって引き起こされます。ヒトの免疫系は20代が最も強力で、加齢とともに弱っていくことが知られています。新型コロナの重傷者・死亡者が高齢者に偏っているのも、免疫系の弱まりと関係がありそうです。
追記:重症化と死亡が高齢者に偏っているのは周知と思われますが、念のため年代別致死率のグラフを載せておきます。
(ちなみに、免疫系の機能を高めるにはどうすれば良いかというと、・・・規則正しい生活と、バランスの取れた食生活と、適度な運動という聞き飽きた話であります)
軽症化は進んでいるのか
一般に新型のウィルスは時間の経過とともに軽症化が進んでいきます。スペインかぜ も香港かぜ もいまや普通のインフルエンザになっています。これは重症化した患者は行動力が失われるため、ウィルスはそれ以上感染を広げられず、軽症のウィルスが卓越するようになっていくから、と説明されます。
ところが、今回の新型コロナウイルスの場合、発症前から(あるいは不顕性感染でも)感染力があるために、重症のウィルスがそのまま広がりうるということが分かっています。これでは軽症化が進んでいきません。
しかし、現在日本で拡大している感染は、4月・5月での流行と比べて重傷者も死亡者もぐっと少ないのが特徴です。これは今回は感染者が20代・30代に集中していることで説明できます。重症化が高齢者に偏っていることは周知されているので、高齢者は活動の自粛を続け、自分のリスクが低いと見た若い世代の活動が活発になっているからでしょう。軽症化は世界的な現象ですが、ウィルスそのものが軽症化しているというよりも、感染が若い世代にシフトしているために表面的な軽症化が起きているだけと考えた方が良さそうです。
経済活動との両立の難しさ
日本は「経済活動を再開させたたら、感染も再拡大してしまった」という状況の真っ只中にいるわけですが、他の国でも経済活動と感染拡大防止の両立はなかなかできていません。
内閣府の高齢社会白書によると、日本では20~40代は貯蓄より負債のほうが多く(か同程度)、世帯収入が最大になるのは50代です。60代以降は収入は年金を頼るようになるので減りますが、貯蓄額が増えています。こうしてみると、日本では若い世代は貧乏で、年寄りは金持ちであるというのは否定しようのない現実です。(もちろん、高齢者世帯の経済状況は様々なので、貧乏な年寄りも少なからずいますが)。日本の年齢の中央値は年々上昇し50歳に近づいています。いまや人口の半分近くが50歳以上であり、これが比較的裕福な世代でもあります。50代以上が外に出て金を使うようにならなければ、経済のV字回復は望めません。そのためには感染の不安を取り除かなければなりません。
感染再拡大の要因
今回の新規感染者増には三つの要因があると思われます。
a) 東京から地方への伝搬
今回突出して感染者が増加しているのが東京ですが、東京との往来によってウィルスが地方に伝搬したケースが報道されています。
b) 地方での残存
一ヶ月以上新規感染者がゼロが続いた県が多くある一方で、北海道のように地方においても感染を終息できていなかったところがありました。
c) 外国からの入国者からの感染拡大
毎月400万人以上が入国・出国していた状況から一変して、4月はそれぞれ約4万人、5月は約4千人にまで減少しました。10) ところが6月は8千人以上と倍に増えています。おそらく7月はさらに増えているでしょう。
このa)とb)を踏まえて考えると、5月25日の緊急事態宣言の解除は余りにも早すぎたと言わざるを得ません。また、日本は入国後の隔離を義務づける法律がなく「お願い」しかできない以上、入国者の増加は感染の再拡大を招きます。詳しいことはゲノム解析の結果を待たねばなりませんが、東京における感染再拡大には海外からの流入分が含まれていることでしょう。
「新しい日常」の名の下に、マスクをして、消毒をまめにして、ソーシャルディスタンス を保ち、3つの密 を避けて暮らしていれば、やがて感染者数がゼロになって新型コロナの心配をせずに暮らしていける日が来る、という期待は裏切られつつあります。もはや第二波が来る・来ないという話ではなく、はたして再び緊急事態宣言が発せられるかどうか、されるのならそれはいつか、という点に人びとの関心は移っています。
今後の見通し
WHOによれば、現在200種以上の治療薬やワクチンの開発が進められているそうです。それらがどれほど期待が持てるのかは分かりません。治療薬やワクチンがいつかは完成して欲しいと願うものの、少なくともすぐに入手可能にはなりそうもありません。
世界の中で、比較的うまく感染を抑え込めている国を挙げるなら、ベトナム、ニュージーランド、台湾です。いずれも早期に入国を制限して流入を防ぎ、国内では新規感染者がほぼゼロになるまで対策を続けました。下図は Financial Times のグラフで、これらの国の人口100万人あたりの新規感染者数の推移です。(中国も100万人あたりの新規感染者数は少ないのですが、いかんせん人口が多いので実数では毎日100人以上の感染者が出てしまっています。また、各国とも完全にゼロにならないのは、帰国者のなかに感染者がいるからです)。日本でもいったんは陽性者数を継続的にゼロにできた県はたくさんありました。日本全体でいったんそのような状態を実現した上で、入国制限を続け、経済活動を安心して再開できるようにするのが最善の策であったし、今後もそうであろうと思うのです。
ただ、日本の政治制度ではそのような極端な政策はなかなか選択できないかもしれません。結果として、感染を抑え込むこともできず、年寄りの財布の紐は緩まず、経済は回復しないまま、という中途半端な状態が続くのではないかと恐れています。そして企業の9月決算が発表された後は、リーマン・ショック の時のように、年末あたりからリストラという名の正社員の解雇が始まって、来年には本格的な不景気風が吹き荒れる・・・という相変わらず暗い予測ばかり立てています。
感染を抑え込めた国同士で人の往来を再開させる交渉が始まっています。上に上げた三カ国の他に、中国や韓国などが対象ですが、悪くすると日本はそこから外されて、経済の回復が立ち後れることになりかねません。
今後を予測するのに明るい材料は見当たりませんが、そもそも未来を予測すること自体が難しいことです。4月の時も、僕には見えていなかった要因によって感染のピークアウトが起きました。今回もいきなり減少に転じないとも限りませんし、意外と早く治療薬が登場するかも知れません。
考えてみても自分にできることは限られていて、せいぜい目の前のこと、僕にとっては今の仕事をクビにならないように一生懸命やることが大事なのでしょうが、それが容易なことでないのはいつものことであります。
- 厚生労働省, オープンデータ – 厚生労働省 (mhlw.go.jp), 厚生労働省, 2020-7-24[↩]
- 厚生労働省人口動態・保健社会統計室, 令和元年(2019)人口動態統計の年間推計 – (mhlw.go.jp), 厚生労働省, 2020-7-24[↩]
- 厚生労働省人口動態・保健社会統計室, 感染症による死亡数,性・死因(感染症分類)・死亡月別 – 人口動態調査 / 人口動態統計 確定数 保管統計表(報告書非掲載表)– e-Stat 政府統計の総合窓口 (estat.go.jp), 総務省統計局, 2020-7-24) [↩]
- Zhou, P., Yang, X., Wang, X. et al. A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin. – Nature 579, 270-273 (2020) [↩]
- 国土交通省, 航空輸送の現状 – 国土交通省 (mlit.go.jp), 国土交通省[↩]
- ICAO, Annual Report of the Council 2018 (icao.int), ICAO[↩]
- ジャック・ペパン(山本太郎訳)『エイズの起源』みすず書房, 2013[↩]
- ⿊⽥誠, 「新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査」 – 国立感染症研究所 (niid.go.jp), 国立感染症研究所[↩]
- 平野俊夫, 「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はサイトカインストーム症候群である」 – 日本医師会 COVID-19有識者会議 (covid19-jma-medical-expert-meeting.jp), 日本医師会 COVID-19有識者会議[↩]
- 法務省, 「出入(帰)国者数速報値」 – 法務省 (moj.go.jp), 法務省, 2020-7-24[↩]
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