アルコール依存・薬物依存の脳のSPECT画像
SPECT(単一光子放射断層撮影 )という技術を使うと、生きている脳の血流量を可視化することができます。微量の放射線を放出するガンマ線放射トレーサという物質を静脈注射すると、それが血流によって運ばれ、脳の組織に吸収されます。そこから放出されるガンマ線を検出器で捉え、(CT /MRI /PETと同様に)フーリエ変換 によって2次元・3次元の画像にします。これを脳機能イメージングと呼びます。
脳の中で活発に活動している部位は、代謝量が増えるので、血流も増えます。ですから、SPECT画像によって、脳のどの部分が活動している・いないかが分るのです。
この脳機能イメージングを精神疾患の治療に応用して有名になったのが、エイメン・クリニックのエイメン医師(Daniel G. Amen, 1954-)です。エイメン医師はSPECT画像によってADHD をいくつかのサブタイプに分類したことで知られ、本を出版したりテレビに出演するセレブリティ・ドクターとなっています。
WHY SPECT?というページには、2種類の画像の説明があります(この二つは健康な人のもの)。
まずActive Viewは、脳の活動の活発な部分の上位55%が青く描かれています。さらに活発に活動している上位15%が赤、最も活発な8%が白く表示されています。
Surface Viewは、同じく上位55%を描いていますが、脳の表面付近=大脳皮質の活動具合を見るためのものです。健康な脳では全体にわたって滑らかな穴のない映像になります。Surface Viewで凹んでいるところや、穴が空いているところは代謝が低い(=脳の活動が鈍っている)ことを示します。これは健康な人の脳なので、全体的につるんとしています。(おそらく見やすさのために着色しているだけなので、色に意味はないはず)。
健康な脳の画像
健康な人の画像をさらに見てみましょう。Healthy VS Unhealthyというページに健康な人の画像があります。
こちらの画像は、健康な人のSurface Viewです。上から見た図(図の上が後ろ頭、下が顔)。凸凹がなくなめらかになっていることに注目。
これは下から見た図。上が顔(前)。
(注意して欲しいのは、SPECT画像は脳の形状の画像ではないということです。以下の図の中には脳に穴が空いている画像がありますが、それは脳に実際に穴が空いているわけではなく、その部分の活動が鈍っているということです)。
脳梗塞
脳の左半球(画像では右側)の血管が詰まったことで、その先の血流が低下し機能が衰えています。(穴が開いていたり凹んでいる部分は、脳のその部分の活動が衰えていることを示す)。
実際この人は右半身が麻痺し、言葉を失っている。喫煙者でした。
認知症
MEMORY PROBLEMS AND DEMENTIAからアルツハイマー病 の人の画像。
70代男性。住んでいる場所や妻の名前、自分の名前も忘れた状態。
脳全体に機能低下が見られるが、特に前頭葉、頭頂葉、側頭葉に顕著な低下が見られます。
アルコール
ではお待ちかね、アルコール乱用の人の脳の画像。ADDICTIONから。
アルコール乱用の人の脳機能イメージ。17年間週末に大酒した37才男性の画像。穴(機能低下)だらけです。
もう一つ長期間のアルコール乱用の画像。
ページの内容を少し翻訳してみます。
私たちが物質乱用の結果だと見なしている脳のダメージには、様々な物質間で類似しているものもあれば、相違しているものもある。最も一般的な類似点は、全体的に毒物の影響を受けた印象を与えることだ。全体の活動が衰え、しわが寄り、不健康で波打った見かけ――波を打つ荒れた海のような表面画像となる。こうしたパターンは有毒ガスに曝されたり、酸素不足を経験した患者にも見られるものだ。それに対して、正常な脳のパターンでは大脳皮質が全体に渡って一様な活動を示す。
脳の表層のイメージには、使用物質に固有のパターンも現われる。
- コカインやメタンフェタミン(覚醒剤)の乱用者は、大脳皮質全体に機能低下を示す小さな領域が多数現われる。
- ヘロイン乱用者は大脳皮質全体に渡って機能低下が見られる。
- 重度のマリファナ乱用では両側の側頭葉と前頭葉で機能低下が見られる。
- 重度のアルコールの乱用では脳全体に機能低下が見られる。
こうしたSPECTの所見は断酒・断薬によって改善するが、長期にわたる使用による影響は数年断酒・断薬した後にも残存している。
薬物
25年間ヘロインをひんぱんに使ってきた39歳。全体的に機能低下が見られます。
28年間覚醒剤をひんぱんに使ってきた52歳。大脳皮質表面の複数の領域で血流を欠いています。
2年間マリファナを常用した16歳。
これらの画像はADDICTIONから。
断酒による改善
断酒を続けることで、どのように改善するか、という画像。
まず乱用時の画像。
1年間酒と薬を断った後、穴がふさがり、全体的にスムーズになっています。しかし、健康な脳と比べるとまだ凸凹が残っています。脳の機能の回復には年単位の時間が必要なのかも。
付記
2010年頃、発達障害について関心を持って調べている時に、ある方から、エイメン・クリニックではSPECTを使ってADHDをサブタイプに分類している、と教えていただきました。サイトを見てみると、発達障害以外にも様々な精神疾患のSPECT画像が紹介されており、「脳という臓器の病気」であることの視覚的なプレゼンテーションになっていました。2)
さて、アルコール依存症は、かつては慢性アルコール中毒という病名でした。中毒とは「毒に中る」ことを指すわけですが、SPECT画像はアルコール乱用者の脳がまさに毒に中っている様子を明らかにしてくれます。
人物
(初掲載:2010-12-17)
- SPECT GALLERY, ADDICTIONS – Amen Clinics (amenclinics.com) [↩]
- エイメン医師がSPECTをADHDの治療に用いていることには批判があります(ダニエル・エイメン )。SPECTは費用が高額で、有効性は追試を経ておらず、診断の目的に使うのは倫理的な問題があるとするものです。他の医師がSPECTを積極的に用いないがために、脳のSPECT画像はエイメンクリニックのサイトが最も参照しやすいという状況が作り出されています。[↩]
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