ビル・Wに問う (17) すべてビル・Wの経験からきたのか

『ビル・Wに問う』の第17回です。


Q17:AAはすべてがあなたの経験をもとにしたものなのか?

A17:よく見ましょう。ドクター・ボブが回復しました。そして私たち二人はアクロンでアルコホーリクへの働きかけを始めました。そう、説教をしてしまう例の傾向もまた現われましたし、何か特定のやり方で成し遂げられるはずだという感覚も、そして落胆も戻ってきました。だから私たちの進歩は遅いものでした。しかし少しずつ、自分たちの(失敗の)経験を分析せざるを得なくなり、こう言うようになりました、「彼にはこのアプローチではうまく行かないようだ。なぜだろうか? 彼の立場に立って考えてみて、こんな説教をするのをやめて、もし私たちが彼だったら、どんなふうにアプローチされるのが良いか想像してみようじゃないか」 こうした経験が、AAは固定した考えの集合ではなく、成長するもの、私たちの経験によって成長するものであるべきだ、という考えに私たちを導きました。しばらくすると私たちはこう考えるようになりました。「私たちに与えられたこの神の恵みは、いったい何が発端だったのか?」と。それは艱難かんなんがもたらした霊的な目覚めでした。それからの私たちは、修正するために、また活用するために、自分たちの間違いをよく調べるようになりました。私たちは少しずつ成長するようになり、一年目の終わりには5人、二年目の終わりには15人、三年目の終わりには40人、そして四年目の終わりには100人になりました。

この最初の四年間には、私たちのほとんどは別の形での狭量さを示していました。私たちは多少なりとも成功し始めると、すぐにプライドが高くなり、友人たちのことを忘れてしまう傾向があるようです。私たちもこう言ってしました。「医者たちは、私たちに何もしてくれなかったではないか。そうさ、あの連中ときたら、実情を何も知らないのだ」と。私たちは鼻持ちならない、見下す態度を取るようになりました。

やがて私たちはドクター・カレルの『人間 この未知なるもの』1) を読みました。その本が引き起こした議論は、いま私たちのシステムの一部となっています。ドクター・カレルはおよそのところ、こう書いています――この世界は分析者たちで溢れている。私たちは精神の中にたくさんの原石を抱えており、地上はそれを実現するありとあらゆる材料がそろっている。これの専門家がおり、あれの専門家がおり、別のものには別の誰かがいる。現代社会は、素晴らしい分析者と深掘りをする者で溢れているが、手間をかけて総合し、違った材料を組み合わせ、新しいものを作ろうとする者はほとんどいない。私たちは総合して考えることをためらうのだ――それは、新しい何かを生み出すために、ここにあるもの、そこにあるものに手を伸ばそうと考え方です。

この本を読んだことで、私たちの何人かは、これまで模索し続けてきたことを理解しました。それまで私たちは自分たちの経験から作り上げようとしてきました。ここに至って私たちは、こう考えました。「他の人たちの経験にも手を伸ばそう。私たちの友人である医師たちのところに戻り、また私たちの友人である牧師たちのところへ、ソーシャルワーカーのところへ、私たちに関わってくれるすべての人のところへ戻ろう。彼らがこの地上にもたらしたものをもう一度見直して、それを総合してみようじゃないか。そして、それが適合するところに当てはめてみようじゃないか」 そうやって私たちのトライアル・アンド・エラー(試行錯誤)が始まり、四年目の終わりには、そうした材料が『アルコホーリクス・アノニマス』という本としてできあがりました(イェール・サマー・スクール・オフ・アルコール・スタディ、1945年6月)


  1. アレキシス・カレル(江藤裕之編)『改訂新版 人間 この未知なるもの』, 三笠書房, 2020 []