ビル・Wに問う (22) さらにビッグブックについて

『ビル・Wに問う』の第22回です。


Q22:ビッグブックを書くのは大変な仕事でしたか?

A22:私は下書きを何章か書き上げたので、それを持ってニューヨークのAAミーティングに行きました。それはダイヤの原石ではなかったようで、誰もそれを最後まで読みたがりませんでした。しかも私はいきなり大きな議論の渦に巻き込まれていることに気がつきました。私がその審判役でした。結局私はこう言う決まりを作るしかありませんでした。「なあ君たち。一方には、この本に昔ながらの話を詰め込まなくちゃならないと大声でまくしたてる人たちがいる。もう一方では、私たちに必要なのは心理学の本で、病気を治したり、伝道所がやるようなことはしないと言う人たちもいる。だから、君たちは私を審判役にするべきだと思う。私は書いた下書きを君たちに見せるから、それにコメントを付けたまえ」 だから、その後の私たちは、一章一章について、戦い、血を流し、死ぬほどの議論をすることになりました。原稿はアクロンも送りましたから、そちらでも、何をこの本に入れて、何を入れないか、ひどい口論がありました。

それと同時に、その本の後ろに掲載するために、アルコホーリクたちに自分の物語を書いてもらうか、あるいは新聞の仕事をしていた人たちに代わりに書いてもらう手はずを整えました。私たちは教科書が欲しかったわけですが、さらにしらふで生きているアルコホーリクの物語も欲しかったのです。(1954年、テキサス州フォートワースでの録音テープから)