アルコール中毒という病気

この『アルコール中毒という病気』は、日本のAAがかつて発行していたものの後に廃止した冊子の一つです。末尾に「AA東京グループ」とあるところから、おそらく日本のAAの最初期のものなのだと思われます。二十数年前、県立病院のケースワーカー室の本棚で見つけ、自分用に一冊入手したいと思い、AAのオフィスに問い合わせてみましたが、すでに扱っていないという返事でした。そこで、ワーカーさんに許可をいただいてコピーをとりました。

原著は、WHO(世界保健機関)の顧問を務めたE・M・ジェリネク博士(E. Morton Jellinek, 1890-1963)の DRINKER OR DRUNKARD – Warning Signals on the Way to Alcoholism (正常飲酒と異常飲酒――アルコホリズムにいたる警告のシグナル)。訳者はピート田中神父で、彼はビッグブックの初版を訳した人でもあります。

原文を見つけることができなかったので、ピーターの訳のまま、明らかな誤字・脱字のみを修正し、送りがなの違いはそのまま残すことにしました。(原文を見つけたので、そのうちに訳してウィキに掲載する予定)。

この病気がどのように進行していくか、また自分がどこで正常と病気の境を踏み越えたのか、飲み続ければどうなっていくのか、理解の一助にしていただければ幸いです。


アルコール中毒という病気
―― アルコホリズムにいたる警告のシグナル ――
DRINKER OR DRUNKARD — Warning Signals on the Way to Alcoholism


はしがき

 アルコール中毒という病気がある。人類の歴史と共に古いもの、といわれながら、今日特に世界的問題となったのは、それが治療すれば回復できる病気と認められたからであろう。

 わが国ではまだ、多くの人がアルコール中毒を意志の問題と考え、アルコール中毒になる人は人間として欠陥があると考えている。従って本人も家族も、恥ずかしいことだから、認めたがらないし、かくそうと努める。一旦アルコール中毒になると、進行性の病気であるから、ますます悪化して、苦しい生とみじめな死を招くことになる。

 わが国でアル中と呼ばれる人々に、あたかもその人の人間的評価のように与えられている特性は、ほんとうは肉体が受け付けなくなったものを、悪戦苦闘しながら入れ続けなければならない病気の、ほとんど必然的な症状なのである。はじめ見分けがつかなかったので“こんなはずはない”と思っているうちに、人間の意志力ではどうにもならない病気になっているのである。アルコール中毒者の酒の問題を意志の問題だというのは、肺炎になった人に、熱が出るのは意志が弱いからだ、というようなものである。

 それでも意志は大事である。何とかしたいと考えること、治療を受けようという意志である。これがなければ、誰も何もしてやれない。そういう病気である。

 この小冊子は、国連の機関である WORLD HEALTH ORGANIZATION のニューズレターをカリフォルニア州政府がパンフレットにしたものから翻訳した。

 原著者は、E. M. Jellinek博士で、W.H.O.の専門書シリーズの一つとして、1952年8月に発表された論文である。ジェリネク博士は3000人にのぼる回復したアルコール中毒者(AAメンバー)に会ってこれを書いた。

 アルコール中毒は、誰でもかかり得る病気であり、治療出来る病気であることを知ってもらうのに、役に立てば幸いである。

1976年9月 ニューヨークにて 訳者


始まり

 初めてアルコール飲料を口にするとき、後にアルコール中毒者になる人とそうでない人の間に区別はない。みんな何かあたりまえの理由で飲み始める。
 しかし、後のアルコール中毒者(時々異常に飲過ぎる人も)は、大方の社会的なドリンカーとは対照的に、間もなく酒による際立った開放感を味わう。この解放が際立っているのは、彼の緊張が、その社会のほかの人々よりはるかに強いか、あるいは彼が、ほかの人たちのようにその緊張をうまく調節する方法を学んでいないか、どちらかの理由による。

 はじめのうち、この人は、自分の解放感を酒よりむしろコンディションのせいにする。だから彼は、偶然にも飲酒と重なった、そのような条件を探すのである。もちろん彼も、おそかれ早かれ、解放感と酒との相関に気づくようになるけれども。
 最初のうちは、この解放を時たま、何かの機会があったときにだけ求めるが、半年から2年くらいの間に、緊張に対する耐性が低下するので、実際にはほとんど毎日、アルコールによる解放を求めるようになっている。

 それでも、その酒は、まだ明らかな泥酔までは行かない。しかし夕方になると、感情的ストレスを酒で解放しなければいられない段階に来ている。泥酔はしなくても、それはかなり深酒であることを意味する。特別に同じ社会の他の人たちと比べるとそうである。しかしまだ友人たちから見ても彼自身にも、さほど問題になってはいない。
 ある程度時が過ぎると、この人は、落ち着くために、以前よりいくらか多量のアルコールを必要とするようになる。

 この型の飲酒が、環境に応じて、数ヶ月から2年くらい続く。たぶん前アルコール中毒の段階ともいうべきもので、機会的解放飲酒と常習的解放飲酒に分けることができる。

警戒警報

 酸素の欠乏による記憶喪失によく似た状態が突然起こる。これがアルコール中毒の警戒段階の始まりである。
 純粋のアルコールにしたら50~60グラム(※)以上は飲んでいないと思われる、酔った様子も見せない、あたりまえに話し、ていねいな態度である、この人が翌日何もおぼえていない。時として一つ二つのことをおぼろげに思い出す程度である。

※編注:アルコールの比重は約0.8。日本酒の度数を15%とすると、50÷0.15÷0.8=416ml。日本酒なら二合半、ビールなら二本程度。

 この、意識喪失を伴わない健忘症は、古代ローマの写本で、もとの文章をよく消さないで重ね書きしたものになぞらえてアルコールによる二重写し (Alcoholic Palimpsests) と呼ばれているものである。

 この二重写しは、普通の人が、肉体的、精神的に疲れ切ったような時、酔っぱらうまで飲んだ場合には、めったに起こらない。もちろん中毒者でない大酒家が二重写しを体験することが皆無だとは云えない。しかしそれは極めて稀で、大抵ひどく泥酔した後に限っている。それ故に、節度をもってアルコールを飲んだ後でこのような記憶喪失がしばしば起こるならば、それはこれからアルコール中毒者になる人の特徴である。
 これは、アルコールに対する感受性が、この人のうちに高まって来ていることを示すものである。この感受性は、心理学的また生理学的に測定されるものである。
 この記憶喪失が、酸素の欠乏に起因するそれに類似している事実は興味深い。もちろん、酸素の不足が原因だと断定はできないけれども、酸素の活用がうまくいっていないことが含まれていることはあり得る。アルコール中毒についての現在の知識では漠然とした推測しかできないが、それでも実験的仮説の基礎にはなるであろう。

 アルコールによる二重写しが始まると、それに続いて(時にはその前から)常習的飲酒が始まる。それは、この人にとって、ビール、ワインあるいはもっと強い酒が、すでに飲み物ではなく、欠くことのできないくすり、になったことを意味する。
 これらの習慣は、この人に自分が他の人とはちがった飲み方をしていることに漠然と気づかせることになる。
 かくれて飲むのはその一つである。ある社交的な集まりで、この人は、他人に気づかれないで二、三杯飲むチャンスをうかがう。それは、他の人よりたくさん飲むと思われ、誤解されるのを恐れるからである。ただの社会的習慣として、またちょっとした楽しみとして酒をたしなむ人間に、自分がその人たちとは違うこと、大酒呑みではないが自分にはアルコールが必需品なのだということが理解できる筈がない、と思うからである。
 アルコールが、単なる飲み物ではなく欠くべからざるものになっていることが一層明らかになるしるしはアルコールの先取りである。何かの社交的な集まりに行こうとしている時、この人がまず考えるのは、その場所で自分に必要なだけのアルコールが出されるかどうか、ということである。そして、足りなかった場合のために、前もって何杯か入れておく、ということになるのである。
 このようなアルコールに対する依存が強くなってくるために、この頃から渇酒症が現われる。はじめの一杯か二杯を一気に飲むようになるのである。

 本人が、自分の酒が普通ではないことに、少なくともうすうす感付くと、飲むことに罪悪感を持つようになり、そのため、話が酒のことにふれるのを避けたがるようになる。

 これらの行動は、だんだんひどくなって行く記憶喪失と共に、アルコール中毒の進行を暗示している。それは警告の信号である。それでこの時期を警戒警報の段階と呼んでいるのである。この段階では、必ずしも公然と泥酔するほど顕著ではないにしても、酒の量は相当なものになっている。
 その結果中毒になる人は、感情的麻酔状態とでもいうべき夕暮に近づいている。それでもなお、通常の用途に外ずれた酒を、この状態が要求する。この種の飲酒は、記憶喪失がしばしば起きることでもわかるように、新陳代謝と神経の働らきを防害する程度にまでなっている。

 この段階にある酒呑みが見せる隠れ飲みは、酒がその人間を社会からひきなすようになることの、最初のあらわれである。たとえそれが、対面を重んじるというような、社会的配慮から起ったものであったとしても、このことに変わりはない。

 この警戒段階では。飲むことへの理由づけは余り強力ではない。また起るかも知れない結果に対する恐れと、それを洞察する力もまだあるので、すでに始まっている中毒の進行を、この段階で止めることが可能である。アメリカでは、これらの徴候があらわれたら、その人を専門のクリニックとAAグループに連れて行くことが常識になっている。
 この段階でも、考えられる唯一つの道は完全に酒をやめることであるのは云うまでもない。

 警戒警報の段階は、その人の肉体的・心理的構造と家族関係、職業上の人間関係と全般的利害関係などと関連して、6ヵ月から4~5年続く。
 この段階が終って、重大な急性の段階が、アルコール中毒の決定的徴候であるコントール喪失のはじまりをもって、やって来る。


重大な危機の段階

 コントロール喪失とは、どんなに小量でもアルコールを入れたが最後、それ以上のアルコールヘの要求が起り、その人にとって、何とかして転化したい限り、あたかも肉体的至上命令のように感じられるものである。

 この要求は、その人が完全に酔いつぶれるか、それ以上飲めないほど加減が悪くなるまで続く。飲むことによって、この人の目的と正反対の肉体的不快がひき起されるが、それもこの人には何かおかしいとしか感じられない。実際問題として、飲み始めるのは、目下の個人的要求からというより、何かの社交的一杯によって始まるであろう。
 酔いが醒めた後で、そう思うだけか、あるいは実際にそうなのか――肉体的要求が起る。それが、何日か何週間か後の新たな酒宴の起爆材になる。これはまだコントロール喪失ではない。また飲み始めるのは、新たな心理的葛藤か、あるいは単に、飲むことが含まれている社会的状況によるものである。

 コントロール喪失というのは、新たに飲み始めるきっかけを与えるものをいうのではなく、その人間が飲み始めたあとに作用するものをいうのである。
 この酒呑みは、一旦飲み始めると、その量をコントロールする能力を失っている。しかし機会が与えられた時、飲むか飲まないかというコントロールは、まだできるのである。このことは、コントロールを喪失した酒呑みが、ある期間、自分の意志で禁酒できる事実を見れば明らかである。

 しばしば提出される疑問は、この酒呑みが何回も悲惨な経験をくり返しながら、どうしてまた飲み始めるのか?ということである。
 本人は認めないだろうが、アルコール中毒者は自分が意志の力を失くしたのだと思っている。それを取り戻さなければならない、そして取り戻すことができる、と信じているのだ。彼は、アルコール摂取をコントロールすることが全く不可能になったプロセスに、自分が入ってしまっていることに気付いていないのである。
 自分の意志を支配することが、彼にとって最大の重要課題になる。緊張が起る時、一杯の酒は彼にとって自然の妙薬である。そして、今回は一杯か二杯だけにする自信があるのである。

 実際には、コントロール喪失のはじまりと時を同じくして、アルコール中毒の人は、自分の酒に理由づけをしはじめる。即ち、かの有名なアルコール中毒者のアリバイ=云いわけを生産しはじめているのである。
「自分はコントロールを失くしたのではない。酔っぱらうまで飲む十分な理由があったのだ」と、また「もしその理由のようなことがなかったたら、自分は他の誰もがするように、ちゃんとコントロールできたのだ」と、自分を説得するための説明を見つけるのである。
 こういう理由付けは、家族や友人向けでもあるがそれは二の次で、まず自分自身を納得させるために必要なのである。
 この理由づけは、彼が飲み続けることを可能にする。そしてこれこそ、問題をコントロールすること以上に、彼にとって最も重要なことなのだ。そして彼はそれを知っているのである。

 これが理由づけの体系(システム)全体のはじまりで、それは次第に彼の人生のあらゆる面に拡がって行く。
 このシステムは大部分内的必要から生じたものであるから、それは、コントロール喪失に際して起る社会的圧力に対抗するためにも働らく。もちろんこの頃には、飲むのがひどくなっているので、両親や妻や友人、使用者などが、彼を非難したり警告したりするようになるからである。
 あらゆる理由づけにもかかわらず、そこには明らかな自尊心の喪失が見られ、それが代償作用を要求する。その代償行為の一つは、この時期に中毒者がとり始める大げさな態度である。途方もないお金の浪費をしてみたり、大言壮語したりするのは、彼が時たま考えるほどには、悪くはないと自分に納得させることなのである。

 理由づけの体系は、もうひとつの体系を生み出す。名付けて孤立のシステムという。理由づけをしていると、ごく自然に、誤まりは彼自身の内にではなく、他人の側にあるのだ、という考えになる。その結果、次第に周囲の者から離れて行く。こういう状態の最初のあらわれは、目立って攻撃的な行動に出ることである。
 この態度は必らず罪悪感を生む。警戒段階でも、時がたつほどに良心の呵責はあったが、今は絶え間のない呵責が起り、それがまた、もっと飲む原因になる緊張をひき起す。

 社会的圧力に屈して、アルコール中毒者が一時期完全に酒をやめたとする。しかしそこに、酒をコントロールするという、中毒者にとってのもう一つの抜け道がある。これが中毒者の理由づけの中から頭をもたげて来る。
 彼は、飲んだ酒の種類がいけなかった、あるいは、飲み方か悪かった、と信じる。そこで酒のパターンを変えてみる。たとえば一日の中で決まった時より前には飲まない、とか、一定の場所でしか飲まないとか、自分の問題をコントロールするために、似たようなルールを決めるなどのことをやってみる。
 このあがきの緊張は、彼の周囲に対する敵対を進行させ、彼は友人を捨て、職場をやめるなどのことを始める。それは当然友だちに見はなされ、職場をやめさせられるようになることを意味するが、中毒者は、自己防衛のために、それよりもしばしば先手をとりに行くのである。

 孤独、ひとりぼっちであること――は更に進んで、彼の全行動がアルコール中心になるほどまで決定的になる。即ち彼は、酒が彼の行動に如何に影響するか、ということよりも、如何なる行動が彼の酒のじゃまになるか、ということの方に関心をはらうのである。これはもちろん、彼が一層目立って自己中心的になることを含むもので、それがまた彼に一層の理由づけをさせ、一層孤独にさせるのである。
 それと共に、外部のことへの興味を失くし、自己憐びんが目立ち、人とのつき合いをきらうようになる。
 この頃から、孤独と理由づけは一層ひどくなり、空想的にかまたは現実にか、どちらかの地理的逃亡の欲求が表われるようになる。

 このようなできごとの影響で、家庭の習慣に変化が起る。これまでは、恐らくちゃんとした社会的行動をとって来た妻や子供たちが、恐れと困惑のためにひっこみ思案になるか、あるいは逆に、家庭環境から逃避するために、急に外部の活動に熱中しはじめたりする。このことは、他の出来事と相乗して、アルコール中毒者の内部に不合理な恨みを発生させることになる。
 目下最大の関心事はアルコールにあるので、中毒者は、その補給について考える必要がある、と思う。即ち、アルコール飲科を大量に、最も考えられない場所に隠匿するのである。彼にとって、生きるのに最も必要なものが欠乏することへの恐れが、アルコール中毒者をこうした行動に駆り立てるのである。
 ほんとうの栄養を無視して飲み続けた結果が身体の組織に現われはじめ、アルコール中毒者が、はじめての入院を経験するのも、多くこの場合、この時期である。

 身体機能への影響でしばしば見られるのが性的能力の減退である。そのことが妻に対する敵意を増大させ、しかもそれは妻の浮気が原因だという理由づけをするので、ここにあの有名なアルコール中毒者の嫉妬なるものが登場することになる。

 この時期に、自責、恨み、アルコール中毒的必要と責任の衝突、自尊心の喪失、疑心暗鬼と見せかけの慰めなどが、すっかりアルコール中毒者を破壊しているので、朝、起きた直後か、時には起き上る前に寝床の中で、アルコールで元気づけないことには一日が始められないようになっている。
 このような行動が出て来ると、もはや重大な危機の段階を通り越して、慢性アルコール中毒の段階が始まっていることをあらわす。

 危機の段階までは、泥酔が常習的になっているとはいえ、まだ夕方に限られている。ほとんどの場合、この段階では、午後から飲み始めて夕方には酔っぱらっている、というパターンである。
 コントロール喪失に含まれている肉体の命令が、ひっきりなしに飲まずにはいられなくしていることは注目すべきことである。特に、危機の段階の末期にあらわれる朝酒はのべつ幕なし、のバターンをあらわしている。起きる時に、云うならば朝の7時に始まって、恐らく10時か11時に次の、1時にその次の、と云った具合で、5時前にはもう出来上っている。
 この重大な危機の時期の間、アルコール中毒者は、完全に自分の社会的立場を失うことを避けるために悪戦苦闘する。時には、夕方泥酔することが、結果として時間のロスを招くことはあるが、全般的に見て、家庭は顧みなくても、仕事の方はどうにか続けることができている。彼は「日中には酔っばらわない」ことに努力を集中するのである。
 しかし彼の社会的自覚も進行的に弱くなり、朝の一杯が、職業上の責任を果そうとする努力を危うくすることになる。実はこの努力が、アルコールに向う肉体の命令に対する、彼の意識的低抗を支えていたのだが…。
 コントロール喪失のはじまりは、アルコール中毒という病気のプロセスのはじまりであり、飲み過ぎの徴候とダブっている。この病気のプロセスは、中毒者の人間的、身体的抵抗を、進行的に弱めて行くのである。

慢性中毒の段階

 日増しに強くなるアルコールの支配力と、朝酒によって発進したその命令に対する悪戦苦闘が、遂に中毒者の抵抗を打ち負かし。はじめて週日の真昼間に泥酔している自分を発見する日が来る。そして完全に参るまで何日かその状態が続く。これで、英語で俗にベンダーと呼ばれている(日本語のアル中はこれに近い)酒びたりの人間ができあがるのである。

 このような酒呑みの行動は、あたかもそれ自体が大きな社会的危険をもっているように社会一般の一致した指弾に会う。生まれつきの精神病質者かあるいは中途から選択のきかない病気のプロセスに入った人間でなければ、このような危険に好んで身を曝す者はあるまい。

 こういうのべつ幕なしの酒は、目に見えて人間的堕落と考え方の歪曲をもたらす。それはしかし、まだ逆転不能にはなっていない。
 アルコールによる真正の重い精神病もこの時期に現われるが、それは全アルコール中毒者の一割にもならない。

 中毒者は、彼のこれまでの仲間よりもはるかに低いレベルの人と一緒に飲むのを好むようになり――恐らくそれは彼の優越感を満足させる機会になるからであろう――品性はますます失われて行く。そして他に方法がない場合には、頭髪や皮口用のアルコールを含んだ化粧水のような化学製品にまで手を出す。
 この時期には、アルコール耐性が失われていることも周知の通りである。もうろうとした状態になるのに、かつての半分の量のアルコールも要らない。
 説明することのできない恐れと震えが持続的なことになる。これらの徴候は、散発的には危機の段階でも起る。しかし慢性中毒の段階になると、アルコールが体の組織から切れるやいなや、それがやって来る。そのため、中毒者はこの徴候をアルコールによってコントロールしようとする。心理的機能障害についても同じことが云える。彼は、アルコールの切れた状態では――たとえば時計のネジを捲くというような――簡単な機械的行動すら始めることができない。

 これらの徴候を酒でコントロールする必要性の方が、前からの徴候である性格上の葛藤を鎮める要求を越えるようになり、飲むことが更に妄想的性格の上ぬりをすることになる。
 多くの中毒者(約60パーセント)が、理由づけが弱まって来ると、莫然とした宗教的願望を抱くようになる。泥酔のくりかえし、酒びたりのコースで、理由づけの全システムが遂に崩壊するまで、彼の理由づけが一つ一つ容赦のない現実によって打ち破られて行き、ここまで来てはじめて、多くのアルコール中毒者は敗北を認める(即ち自分はアルコールをコントロールすることはできない、と認める)。これでやっと、彼が自発的に治療を受ける可能性が生れる。しかも彼は、まだ飲み続けざるを得ないのだ。解決の道が見つかったわけではないからである。

 かつては、アルコール中毒者が有効な治療を受けるようになるには、このどん底の体験が不可決だ、と思われた。しかし専門の治療機関とAAの経験によれば、アルコール中毒者はいつもどん底であり、完全な敗北は、押しかけて来るのを待たず、早い時期に受けいれることができるものである。

 このことが容易に認められるようになれば、この問題に、予防の立場からアプローチする道も開けるであろう。

訳者あとがき

 アルコール中毒の治療は酒をやめる以外に道はない。やめればいいのだからある意味では簡単である。ところが、酒をやめただけでは解決しない問題が残るのである。

 やめるというのは何もしないことである。しかし人間は何もしないわけにはいかない。食べなければならず、眠らなければならず、働かなければならない。嫌な人間ともつき合わねばならぬ。これらすべてがストレスの元であり、アルコール中毒者の肉体は、そういうストレスに出会えば、必らず飲むように条件づけられているのだ(あたかもパブロフの犬みたいに)。それを意志の力で我慢するのは、もう一つ新たな、そして最大のストレスを加えることを意味する。
 アルコール中毒者が、飲んでいたときと同じ考え方をしながら、ただ酒だけをやめようとしたら、人生のあらゆるものが敵にまわったように感じるだろう。アルコール中毒者は、何ものとも戦わないのがよいのである。
 ここに、こうすればどんなアルコール中毒者でも回復できる、というプログラムがある。AA、すなわちアルコホーリクス・アノニマスのプログラムである。
 最も絶望的と思われた人々が、それによって回復したのである。この人たちは、ただ酒をやめただけでなく何をすればいいのか?の答えを見つけた。それは考え方を変えることであり、生れ変わることだった。今全世界に、こうやって新らしい生命によみがえった人々が約80万いる。生きていてよかった、とほんとうに感じ、喜びと心の平和をもって生きているのである。ただしこればかりは、やってみなければわからないだろう。
 アメリカ合衆国では、アルコール中毒者のためのあらゆる設備が行き渡っているが、それらはほとんどすべて、AAとの協力において治療効果をあげている。お互いに干渉することなく実によく助け合っているのである。
 残念なことに、わが国では、AAグループがまだ多くない。それでも、アルコールの問題で苦じんでいる人、できるものなら何とかしたい、と思われる方は、下記に連絡されるようおすすめしたい。

〒100-91
東京中央郵便局私書箱916
AA東京グループ

※編注:現在のAAの連絡先はこちら

神様、私にお与え下さい。
自分に変えられないものを 受け入れる落着きを!
変えられるものは、 変えてゆく勇気を!
そして二つのものを 見わける賢こさを!

原題 WORLD HEALTH ORGANIZATION:
DRINKER OR DRUNKARD
Warning Signals on the Way to Alcoholism

田中道雄訳


書影

アルコール中毒という病気
書影(コピー)

人物

(初掲載:2008-2-2)

2019-11-11

Posted by ragi