心の家路
アルコール中毒という病気 (2.警戒警報)
DRINKER OR DRUNKARD - Warning Signals on the Way to Alcoholism (3/6)

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2008/02/02 

DRINKER OR DRUNKARD - Warning Signals on the Way to Alcoholism

アルコール中毒という病気

―― アルコホリズムにいたる警告のシグナル ――


2.警戒警報

酸素の欠乏による記憶喪失によく似た状態が突然起こる。これがアルコール中毒の警戒段階の始まりである。
純粋のアルコールにしたら50〜60グラム(※)以上は飲んでいないと思われる、酔った様子も見せない、あたりまえに話し、ていねいな態度である、この人が翌日何もおぼえていない。時として一つ二つのことをおぼろげに思い出す程度である。

※編注:アルコールの比重は約0.8。日本酒の度数を15%とすると、50÷0.15÷0.8=416ml。日本酒なら二合半、ビールなら二本程度。

この、意識喪失を伴わない健忘症は、古代ローマの写本で、もとの文章をよく消さないで重ね書きしたものになぞらえてアルコールによる二重写し (Alcoholic Palimpsests) (※)と呼ばれているものである。

※編注:現在はパリンプセストという言葉は使われずブラックアウト(アルコール性記憶喪失)と呼ばれる。詳しくは文末を参照。

この二重写しは、普通の人が、肉体的、精神的に疲れ切ったような時、酔っぱらうまで飲んだ場合には、めったに起こらない。もちろん中毒者でない大酒家が二重写しを体験することが皆無だとは云えない。しかしそれは極めて稀で、大抵ひどく泥酔した後に限っている。それ故に、節度をもってアルコールを飲んだ後でこのような記憶喪失がしばしば起こるならば、それはこれからアルコール中毒者になる人の特徴である。
これは、アルコールに対する感受性が、この人のうちに高まって来ていることを示すものである。この感受性は、心理学的また生理学的に測定されるものである。
この記憶喪失が、酸素の欠乏に起因するそれに類似している事実は興味深い。もちろん、酸素の不足が原因だと断定はできないけれども、酸素の活用がうまくいっていないことが含まれていることはあり得る。アルコール中毒についての現在の知識では漠然とした推測しかできないが、それでも実験的仮説の基礎にはなるであろう。

アルコールによる二重写しが始まると、それに続いて(時にはその前から)常習的飲酒が始まる。それは、この人にとって、ビール、ワインあるいはもっと強い酒が、すでに飲み物ではなく、欠くことのできないくすり、になったことを意味する。
これらの習慣は、この人に自分が他の人とはちがった飲み方をしていることに漠然と気づかせることになる。
かくれて飲むのはその一つである。ある社交的な集まりで、この人は、他人に気づかれないで二、三杯飲むチャンスをうかがう。それは、他の人よりたくさん飲むと思われ、誤解されるのを恐れるからである。ただの社会的習慣として、またちょっとした楽しみとして酒をたしなむ人間に、自分がその人たちとは違うこと、大酒呑みではないが自分にはアルコールが必需品なのだということが理解できる筈がない、と思うからである。
アルコールが、単なる飲み物ではなく欠くべからざるものになっていることが一層明らかになるしるしはアルコールの先取りである。何かの社交的な集まりに行こうとしている時、この人がまず考えるのは、その場所で自分に必要なだけのアルコールが出されるかどうか、ということである。そして、足りなかった場合のために、前もって何杯か入れておく、ということになるのである。 このようなアルコールに対する依存が強くなってくるために、この頃から渇酒症(※)が現われる。はじめの一杯か二杯を一気に飲むようになるのである。

※編注:この渇酒症という用語は、おそらく異常なアルコール摂取(alcoholphilia)のことで、禁酒や節酒の時期と大量飲酒時期を繰り返す周期性アルコール症(dispomania)ではないと思われる。

本人が、自分の酒が普通ではないことに、少なくともうすうす感付くと、飲むことに罪悪感を持つようになり、そのため、話が酒のことにふれるのを避けたがるようになる。

これらの行動は、だんだんひどくなって行く記憶喪失と共に、アルコール中毒の進行を暗示している。それは警告の信号である。それでこの時期を警戒警報の段階と呼んでいるのである。この段階では、必ずしも公然と泥酔するほど顕著ではないにしても、酒の量は相当なものになっている。
その結果中毒になる人は、感情的麻酔状態とでもいうべき夕暮に近づいている。それでもなお、通常の用途に外ずれた酒を、この状態が要求する。この種の飲酒は、記憶喪失がしばしば起きることでもわかるように、新陳代謝と神経の働らきを防害する程度にまでなっている。

この段階にある酒呑みが見せる隠れ飲みは、酒がその人間を社会からひきなすようになることの、最初のあらわれである。たとえそれが、対面を重んじるというような、社会的配慮から起ったものであったとしても、このことに変わりはない。

この警戒段階では。飲むことへの理由づけは余り強力ではない。また起るかも知れない結果に対する恐れと、それを洞察する力もまだあるので、すでに始まっている中毒の進行を、この段階で止めることが可能である。アメリカでは、これらの徴候があらわれたら、その人を専門のクリニックとAAグループに連れて行くことが常識になっている。
この段階でも、考えられる唯一つの道は完全に酒をやめることであるのは云うまでもない。

警戒警報の段階は、その人の肉体的・心理的構造と家族関係、職業上の人間関係と全般的利害関係などと関連して、6ヵ月から4〜5年続く。
この段階が終って、重大な急性の段階が、アルコール中毒の決定的徴候であるコントール喪失のはじまりをもって、やって来る。

編注:二重写し・記憶喪失と呼ばれる症状は、現在ではブラックアウト(blackout)と呼ばれることが多い。意識は失っていないのに、飲酒中や直後の出来事を忘れてしまう。昨日の晩のことを思い出せない。これは疲労しているときなどにアルコール依存症でない人にも起こることがあるが、依存症になる人に特有の症状だと考えられている。

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