心の家路
アルコール中毒という病気 (4.慢性中毒の段階)
DRINKER OR DRUNKARD - Warning Signals on the Way to Alcoholism (5/6)

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2008/02/02 

DRINKER OR DRUNKARD - Warning Signals on the Way to Alcoholism

アルコール中毒という病気

―― アルコホリズムにいたる警告のシグナル ――


4.慢性中毒の段階

日増しに強くなるアルコールの支配力と、朝酒によって発進したその命令に対する悪戦苦闘が、遂に中毒者の抵抗を打ち負かし。はじめて週日の真昼間に泥酔している自分を発見する日が来る。そして完全に参るまで何日かその状態が続く。これで、英語で俗にベンダーと呼ばれている(日本語のアル中はこれに近い)酒びたりの人間ができあがるのである。

このような酒呑みの行動は、あたかもそれ自体が大きな社会的危険をもっているように社会一般の一致した指弾に会う。生まれつきの精神病質者かあるいは中途から選択のきかない病気のプロセスに入った人間でなければ、このような危険に好んで身を曝す者はあるまい。

こういうのべつ幕なしの酒は、目に見えて人間的堕落と考え方の歪曲をもたらす。それはしかし、まだ逆転不能にはなっていない。
アルコールによる真正の重い精神病もこの時期に現われるが、それは全アルコール中毒者の一割にもならない。

中毒者は、彼のこれまでの仲間よりもはるかに低いレベルの人と一緒に飲むのを好むようになり――恐らくそれは彼の優越感を満足させる機会になるからであろう――品性はますます失われて行く。そして他に方法がない場合には、頭髪や皮口用のアルコールを含んだ化粧水のような化学製品にまで手を出す。
この時期には、アルコール耐性が失われていることも周知の通りである。もうろうとした状態になるのに、かつての半分の量のアルコールも要らない。 説明することのできない恐れと震えが持続的なことになる。これらの徴候は、散発的には危機の段階でも起る。しかし慢性中毒の段階になると、アルコールが体の組織から切れるやいなや、それがやって来る。そのため、中毒者はこの徴候をアルコールによってコントロールしようとする。心理的機能障害についても同じことが云える。彼は、アルコールの切れた状態では――たとえば時計のネジを捲くというような――簡単な機械的行動すら始めることができない。

これらの徴候を酒でコントロールする必要性の方が、前からの徴候である性格上の葛藤を鎮める要求を越えるようになり、飲むことが更に妄想的性格の上ぬりをすることになる。
多くの中毒者(約60パーセント)が、理由づけが弱まって来ると、莫然とした宗教的願望を抱くようになる。泥酔のくりかえし、酒びたりのコースで、理由づけの全システムが遂に崩壊するまで、彼の理由づけが一つ一つ容赦のない現実によって打ち破られて行き、ここまで来てはじめて、多くのアルコール中毒者は敗北を認める(即ち自分はアルコールをコントロールすることはできない、と認める)。これでやっと、彼が自発的に治療を受ける可能性が生れる。しかも彼は、まだ飲み続けざるを得ないのだ。解決の道が見つかったわけではないからである。

かつては、アルコール中毒者が有効な治療を受けるようになるには、このどん底の体験が不可決だ、と思われた。しかし専門の治療機関とAAの経験によれば、アルコール中毒者はいつもどん底であり、完全な敗北は、押しかけて来るのを待たず、早い時期に受けいれることができるものである。

このことが容易に認められるようになれば、この問題に、予防の立場からアプローチする道も開けるであろう。

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