ビッグブックのスタディ(1) 目次

では、ビッグブックの話を始めましょう。まず「目次」を開いていただきたい。

下の方に、各章のページ番号(ノンブル)が並んでいますが、序文や前書きにはローマ数字 (x,v,iなど)のページ番号が振られています。そして第一章からはアラビア数字 (1,2,3…)のページ番号が振られています。1)

このようにローマ数字とアラビア数字の二種類の番号が振られているのはなぜか?

僕も詳しいことは知りませんが、海外の出版物で、論文や学術書などの「カタい内容」の本では、「序文はローマ数字、本文はアラビア数字のノンブル」を振る場合が多いです。そして日本語訳でも、たいてい「序文はローマ数字、本文はアラビア数字のノンブル」になります。

だから私たちは、ビッグブックの目次にローマ数字のページ番号が載っているのを見て、この本が小説や随筆やコミックのような「とっつき易い」本ではなく、「カタい内容」の本であることを覚悟しなくちゃなりません。

さて、ビッグブックは12ステップの本ですが、各ステップごとに一章が割り当ててあるわけじゃありません。こんな感じになっています:

ステップ ページ範囲 ページ数 ページ数
医師の意見、
第一章、第二章、
第三章、第四章
1, 2 xxxi (31) – 83 93 93
第五章 3, 4 84-103 20 67
第六章 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11 104-127 24
第七章 12 128-150 23

ステップ1と2に93ページを使っているのに対して、残りの10個のステップには67ページしか費やしていません。なぜこんなにステップ1と2に偏っているのか? それは、ビッグブックを書いた人たちが、ステップ1と2が大変重要だと考えて、多くのページ数を割いたからにほかなりません。

ではステップ1と2は、なぜそんなに重要なのか?

僕は職場の近くの路上で、見知らぬ人から「駅はどちらですか?」と聞かれることがあります。その人は自分の目的地は分かっています(駅だ)。しかし、いま自分がどこにいるのか(現在地)が分からないのです。道迷いとはそういうものです。

例えば、僕らが東京の新宿にいるとします(現在地)。そして、目的地は浦安のディズニーランドだとします。現在地と目的地が分かれば、ルートを決めることができます。電車で行くのなら、中央線で東京駅に行って京葉線に乗り継ぐでしょう。自動車で行く人は首都高を使うでしょうし、バスターミナルからバスで行く人たちもいるでしょう。ひょっとしたら徒歩や自転車で向かう人もいるかもしれません。道程はバラバラですが、みんなおよそ東に向かって移動していくところは共通です。

細かなルートの違いが重要なのではなく、大事なことは皆で目的地に集合して楽しく過ごすことです。そのためにも、現在地と目的地がハッキリしなくてはなりません。

現在地・目的地・道程

ここで、現在地は何の例えなのか・・・。それはステップ1のことであり、問題の本質です。

僕の腹が減ったとき、問題は「空腹」であり、それが僕の現在地です。そして、空腹に対する解決は、誰でも知っています。「満腹」になればいいのです。それが僕の目指すべき目的地。問題が解決された状態です。

しかし、満腹になれば良いという知識だけでは、腹は満たされません。解決を得るためには、何らかの行動が必要です。僕は冷蔵庫を開け、コンビニで買っておいた弁当を取り出し、レンジでチンして食べるでしょう。あるいは実家の母から送られてきた米・ジャガイモ・たまねぎを使ってカレーライスを作って食べるかも知れません。細かな手段の違いはともかく、大事なことは解決に到達することです。

私たちが何らかの問題を抱えたとき、まずは問題の本質を見極めることができれば(ステップ1)、解決を知ることもでき(ステップ2)、その解決を得るための行動を取る(ステップ3~12)ことができるのです。世の中には様々な問題がありますが、解決に至るにはこの三つのステージが必要です。

例えばペスト という伝染病は、手足が先から黒く壊死してくることから「黒死病」と呼ばれて恐れられました。何度も大流行し、多くの人の命を奪ってきました。1894年に北里柴三郎(1853-1931)らが原因菌を発見したことで、問題の本質が明らかになりました(問題=ペスト菌)。問題が明らかになれば、解決もおのずと明らかになります(解決=患者の体からペスト菌が除去されれば良い)。

しかし解決が明らかになっても、それを実現するための手段が必要です。1943年にストレプトマイシン という抗生物質が発見され、これを患者に注射すること(行動)で、ペストという問題は解決可能になったのです。

12ステップもこの3ステージ構成になっていますが、特別なことではなく、問題解決の普遍的な構造を持っているにすぎません。この事実は、ジョー・マキューらがビッグブックを学ぶなかで見つけたことです。2) 3)

この三つの中で最も難しいのが、ステップ1の問題の本質をつかむことです。

AAにいると、入院中あるいは退院直後の多くのアルコホーリクと会えます。彼らはたいてい悩みを抱えています。入院で休職したことで職業的立場が危うくなっていたり、すでに退職して経済的困窮が迫っていたりします。奥さんが子供を連れて実家に帰ってしまったケースもありますし、住む場所を失った人もいます。彼らは、こうしたことが問題であり、すぐにでもそれを解決したいと考えてます。

ビッグブックでは、これらをトラブル(trouble)と呼んで、ステップ1の問題(problem)と区別していますが、現在の翻訳ではどちらも「問題」と訳されているので混同しやすいのです。

もちろんこうしたトラブルは無視できません。時には福祉や法律の専門家の手を借りながら対処する必要があります。しかし、これらのトラブルは病気の本質ではなく、病気の結果に過ぎませんから、仕事に戻り、家族と一緒に暮らせるようになったとしても、病気が再発すれば、再びそれらを危うくし、失うことになります。AAには、何度も再発を繰り返し、たくさんのものを失った人たちがおり、彼らはこういうメッセージを発してくれます。「こんなふうに色々失う前に回復できた方が良いに決まってる」と。

ビッグブックを書いた人たち(ビル・Wら)は、人間がものごとの本質には関心をもたず、もたらされた結果にばかり目が向いてしまうことをよく知っていたのでしょう。だからこそ、問題と解決、現在地と目的地、すなわちステップ1と2について、90ページ以上を割いて、くどいほど教えてくれます。

「依存症は否認の病気だ」という言葉がありますが、この言葉はアルコホーリクがなぜ否認に走るのかは説明してくれません。ものごとの本質に目を向けないのは、人間の持っている一般的な性質であり、アルコホーリクがそれを発揮している場面を捉えてそう言っているのであれば、「依存症は否認の病気だ」という言葉は、アルコホーリクも人間であるという当然の事実を述べているにすぎません。

ジョー・マキューは、1960年代までのAAメンバーは「ステップ1と2の案内に非常に長けていた」と述べています。4) AAが長く存続してきたことは素晴らしいことですが、長い年月の間に失われたものもあるはずです。彼はまた、私たちAAメンバーは、かつて習熟していたものをもう一度学ぶ必要に迫られている、とも言っています。5) それはステップを(特にステップ1と2を)手渡していくスキルです。彼はアメリカのAAについて言ったわけですが、それはいまの日本のAAについても当てはまるのではないでしょうか?

次回は「初版に寄せて」です。


  1. 私たち日本人は、ローマ数字にあまり馴染みがありません。xxxviii ページと言われても、それがどこにあるのか探すのが大変です。そこでビッグブックには、十数年前から xxxviii (38) というように、括弧の中にアラビア数字が添えられて、ノンブルが読みやすくなりました。 []
  2. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『ビッグブックのスポンサーシップ』, 依存症からの回復研究会, 2007, pp.10-11 []
  3. Joe McQ. and Charlie P., Joe & Charlie: The Big Book Comes Alive, 2014, pp.11-13 []
  4. ジョー・マキュー, op.cit., pp.10-11 []
  5. ジョー・マキュー, op.cit., p.12 []