ビッグブックのスタディ (97) どうやればうまくいくのか 9

いまこのスタディは、ビッグブックのステップ3と4でひんぱんに使われている自己(self)という用語の示すところを知るために、12&12で本能について学んでいるところです。前回は、

    • ビル・Wは、本能という用語を欲求(欲望)という意味で使っている。
    • 本能は、学習して得るものではなく生得的 なもの。すなわち、人間が生まれつき持っているものであり、言い換えれば神が私たちに与えたものである。
    • だから基本的には本能は善なるものである。
    • しかし私たち人間の本能は、しばしば枠を外れて暴走してしまう。
    • すると私たちにトラブル(悩みや苦しみ)がもたらされる。

という話でした。さらに安全本能について、

    • 安全本能は、個体を生存させるためのもの。
    • 食欲などのより基本的な欲求には、自動的なブレーキシステムが備わっていて、暴走しないようになっている。
    • 貨幣経済のなかで生きる人間にとっては、安全本能とは金銭欲(および財産欲)である。
    • 金銭欲には自動的なブレーキシステムまだ備わっていないために、暴走しやすい。
    • 私たちはもっと豊かに暮らしたいのにそれができないと不満を持つし、将来貧しくなることが予見されると不安になる。

ということを学びました。

人間の性の特徴

次は性本能についてです。

すべての生物には寿命がありますから、生殖 を行なわなければそのは死に絶えてしまいます。つまりどの動物でも性行動 は生殖のために行なわれています。その点では人間ヒト も例外ではありません。

しかし他の動物(特に哺乳類 と比べてみると、ヒトの生殖や性行動は三つの点で主流から大きく外れています。一つは明らかに生殖を目的としないセックスが行なわれることです。私たちは快楽を目的とした娯楽的なセックスを行ないます。他の動物には発情期繁殖期 があり、メスは受胎 可能になるとそれを何らかの方法(鳴き声や匂いや身体の変化など)を通じてオスに伝えます。オスもその時期に合わせて発情して交尾をしますが、その他の時期に交尾はしません。

ヒトのメス(女性)が受胎可能なのは排卵期ですが、いつ排卵 したのかは外見上はわかりません。基礎体温を測ったり生理周期から予測することはできますが、正確な排卵期はご本人にもわかりません。このようにメスの排卵期が隠された代わりに一年中性交可能となりました。オス(男性)の側としてはいつセックスしたら相手が受胎する(しない)か分からないので、一年中発情して「セックスしてぇ」という状態に置かれることになりました。その結果がセックスの娯楽化であり、妊娠中や閉経 後など受胎が不可能なときでもセックスが行なわれるようになっています。

二つ目の特徴は、セックスする相手の選択です。多くの哺乳類の動物は乱婚 です。集団で暮らす種ではオスもメスも発情期に集団内の複数の相手と交尾をします。結果として生れてきた子の父親が誰なのかは分からなくなります。自分の子なのか分からない子育てにオスが参加することはなく、メスだけが子育てをします。(単独で暮らしている種では発情期に出会った相手と行き当たりばったりに交尾するのでこれも乱婚と呼ばれる。やはりオスは子育てには参加しない)。

それに対して人間の場合、大半の女性は一つの生理周期の間には一人の男性としかセックスをしません(もう少し長い期間で見ればパートナーを替える人も少なくありませんが)。だから男性は生れてきた子が自分の子であるかどうかが、かなり高い確度でわかります。

三つ目の特徴は、ほとんどの哺乳類のオスは子育てに何の役割も持たないのに対して、人間は単婚 を長く維持して男性も子育てに貢献します。1)

これらの一つひとつの特徴は他の動物にも見られます。例えばボノボ は生殖を目的としない交尾をしますし、キタキツネ テナガザル は単婚でオスが子育てに加わります。しかし、この三つの特徴をすべて持っている種は人類だけです。

人類がこのような繁殖 システムを持つようになったのは、他の哺乳類と比べて新生児がたいへん未熟な状態で生れてきて、成熟するまで長期間にわたって親の養育を受ける必要が生じたからだと説明されます。

生まれたての子鹿
生まれたての子鹿でもすぐに立って歩けるようになる, from いらすとや

女性たちは子宮内で胎児を産める限界の大きさまで育ててから出産しているのですが、それでも他の哺乳類の新生児とくらべれば、人間の新生児はきわめて未熟な状態で生れてきます(生理的早産)。他の哺乳類(e.g. シカ は出生直後から歩行可能なのに対して、人間の赤ちゃんが歩けるようになるまで約1年かかりますし、チンパンジーの新生児と同じだけの活動ができるようになるまで4年かかるという説もあります。2) しかし、人間の脳はその後も成長を続け、20年ほどかけて1,200ミリリットルの容積と高度な認知能力を持つようになります(二次的晩成)

だがそのような長期間の単独での子育ては、メスにとって大きな負担となります。他の哺乳類では新生児は十分成熟して生れてくるので、授乳期間はたいてい数週間、子育ても数ヶ月で終わりますが、ヒトの場合にはそれが20年にも及ぶのです。もし人間の子育ても数ヶ月で完了するなら、女性たちも「男性も子育てを」とは主張しなかったかもしれませんが、実際には少なくとも十数年を要しますから、現代社会においてもシングルマザーは大変な苦難を強いられているわけです。旧石器時代 だと、メス単独では衣食住が確保できずに母子ともに死んでしまう確率が高くなります。それは生殖そのものの失敗を意味しますから、オスを引き留めて育児に参加させる仕組みが必要になりました。

そのためヒトのメスは排卵期を隠し、年中交尾可能という特徴を進化的に獲得したと考えられます。排卵時期が分からないということは、オスにとってはいつセックスすれば相手を妊娠させられるか分からないということです。だから自分の子を残すためには繰り返し交尾を行なわなければなりません。おまけにヒトの脳はセックスすることで快感を得る仕組みが備わっています(そのことは脳スキャン(fMRI )で報酬系が活動していることから確かめられますが、そんな説明をしなくても多くの人は経験から知っているはずです)。そのことは、メスがセックスの快楽を報酬としてオスに与えることで、子供たちの父親を子育てに参加させることに役だったはずです。3) 4)

つまり、年中セックスが可能で、単婚で、父親が長期的に子育てに関与するという人間の特殊な繁殖システムは、巨大で成長の遅い脳を持った結果であると考えられます(とはいえ、ここで言う「子育て」は現代のイクメンが行なう育児ではなく、子を抱えたメスには困難な衣食住の確保と危険からの保護を提供することである)。ともあれ、現生人類が現れた20万年前から、セックスをエンジョイし続けてきたことは間違いありません。

相手の選択

ヒトのオス(男性)はメス(女性)のどんなところに性的な魅力を感じるでしょうか・・・大きなおっぱい乳房 は発達した乳腺 からたくさんの母乳 が出せる可能性が高いので育児に有利です。5) 大きなお尻は発達した骨盤を示し、そのなかで胎児を十分に成長させることや安産が期待できます。6) ではくびれた腰はどうなのか? 農薬が普及するまでは、人間の消化器官に寄生虫 がいるのは珍しくありませんでした。寄生虫に感染して栄養失調になると腹部が膨満します。だから、くびれた腰は寄生虫に感染していない健康の証しだったのです。だから、世の男たちが「ボン、キュ、ボン」という体型の女性を好むのは、それが生殖の有利さを示す外見的特徴であり、旧石器時代にそういう体型を好むオスたちが有利に遺伝子を残してきた(つまり性淘汰 の)結果だと考えられます。

また、単婚では、より若いメスを獲得した方が、閉経までに自分の子をよりたくさん産んで貰える確率が高くなります。だからより若いメス(特に初潮前後)が好まれたはずであり、実際に未接触部族 における婚姻年齢は先進諸国より低くなります。

乱婚であればより多くのメスと交尾して精子をばらまくことで自分の遺伝子を次世代に残す確率を最大化できましたが、単婚のもとでは相手の選択を重視する戦略に変化したと考えられます。

では、メス(女性)にとってはどんなオス(男性)が魅力があるのでしょうか? そもそもヒトが単婚を採用するようになったのは子の養育のためだったことを踏まえれば、衣食住と安全の確保を十分に提供できる、力の強い、集団内での地位が高いオスが好まれたことは容易に想像できます。そのようなオスを好んだメスたちが有利に遺伝子を残した結果として、現代の女性たちも、収入の多い、社会的な地位の高い男性を好みます。

現在では婚活産業が盛んになっていますが、婚活パーティで男性たちは不釣り合いなほど若い女性を求め、女性たちは高学歴・高収入の男性ばかり求めるので、マッチングがなかなかうまくいかないのだそうです。文明化が進んで体型や収入が繁殖にそれほど影響を与えなくなり、そもそも結婚の目的が子孫を残すことに限られなくなっても、私たちは旧石器時代やそれ以前に獲得した遺伝的プログラムに駆動ドライブされ続けているのです。

動物の性と人間の性

人間の生殖の話ばかりしてきましたが、人間以外の動物はどうなのでしょうか? 例えば、動物は浮気をしないのでしょうか?

多数派である乱婚の動物にとっては浮気という概念は意味を成しません。浮気が起こるのは少数派の単婚の動物のみです。単婚の哺乳類(e.g. タヌキ では、オスとメスが常に一緒に行動します。これは、メスにありつけなかった「はぐれオス」にメスを奪われるのを避けるためにオスが監視をしていると考えられます。鳥類はオスとメスが共同して子育てをしますが、エサや巣材を採りに行くときは別行動です。なので、たいへんに浮気が多く、巣の中に父親が違うヒナが混じっているのは珍しいことではありません。そもそも単婚でも、次の繁殖期には別の個体とペアを作る種が多く、残念ながら鴛鴦の契りオシドリ の夫婦には存在しないのです。

単婚においてなぜ浮気が起こるのでしょうか? オスは乱婚のときと同じように自分の遺伝子を広くばら撒くためであり、メスは現在のパートナーよりも優秀な遺伝子を持ったオスとの子を残すためだと考えられます。どちらも自分の遺伝子を次世代に残す可能性を最大化する行動です。(人間の場合に、男性の浮気は「あんな素敵な奥さんがいるのに、なんでこんな女性と」というケースが多いのに対し、女性の浮気は旦那さんが備えていない魅力を持った男性に惹かれるというのもこれで説明できるかもしれない)。7) 生殖は遺伝子を次世代に残していく手段であり、淘汰の対象となるのもやはり遺伝子です。8) 浮気をしない性質よりも浮気をする性質のほうが次世代に受け継がれやすく広がりやすいのです。

では売春はどうか。貨幣を使わない動物には売春はなさそうに思えますが、鳥類のメスのなかにはエサや巣材と交換にオスに交尾をオファーする例が観察されています動物の売春

同性愛も、様々な種で見られます動物の同性愛 。繁殖期以外に行なわれるオス同士・メス同士の性行動は、繁殖期に異性と行なう「本番」のための練習やマウンティング だとも考えられますが、もっと継続的に同性のペアが作られる種も少なくありません。ペンギン がオス同士のペアを作ることはよく知られています(これは動物園など人口飼育下のみだと考えられていたが、南極の自然環境下でも見られることがわかった)が、ハワイのコアホウドリ の繁殖コロニーでは実に3割のカップルがメス同士だったことが報告されています。9) コアホウドリのメスの一部は交尾の相手のオスとはつがいを作らず、他のメスとつがいを作ってそれぞれ卵を産み、共同して子育てをします(これはコアホウドリの性比が偏っていてメスが多いためであるようだ)。哺乳類でも野生のイルカ ライオン ヒツジ でオス同士のペアが生じることが分かっています。同性愛は自然界で自由に頻繁に生じていることなのです。10)

この他にも、オナニー オーラルセックス アナルセックス ペドフィリア 屍姦 強姦 ・異種間性交なども、人間以外の動物での観察例があります。11)

私たちは、人間が子作りを目的としないセックスをするようになったために、この種の「特殊な」性行動を取るようになったと考えがちですが、実はこうした性行動は人間だけのものではなく、他の多くの動物でも見られるものなのです。(動物もするからといって強姦などを正当化することはできないが、これらの性行動が人間に特有なものだと考えるのは正しくない。文明の影響によって生じたのではなく本能的な行動なのである)。

むしろ人間の性(性本能)を特徴づけているのは、先ほど述べたように、①発情期がなく年中セックス可能であること、②単婚、③オスが子育てに関与すること、そしてこれらによって長期間(ときには一生)続く男女の間の情緒的結びつきが生じることなのです。

これ以降の説明は、男と女の関係、つまり異性愛 について述べていますが、同じことは同性のカップルについてもほぼ当てはまります。ただ同性のカップルを考慮すると説明が回りくどくなってしまうので、ここでは異性のカップルについてのみ述べることにします。

恋愛とセックス

恋愛初期の恋人に熱中している状態の人に、恋人の写真を見せながら脳スキャンを行なった実験によると、やはり脳の報酬系 (特に腹側被蓋野 とその標的領域)が活性化していることが分かりました。報酬系は恋の喜びにも関わっていたわけです。そして同時に、その状態では前頭前皮質 など脳の一部の領域が非活性化することも観察されました。「恋は盲目」と言いますが、実際に判断や社会的認知を担う部分の活動が不活発になるわけです。(この状態は数ヶ月から数年すると生じなくなり、恋人と会ってもドキドキしなくなる代わりに、もっと安定した恋愛関係へと移行する)。12)

同じように、男女が性的行為を行なっている写真を見せながら脳スキャンを行なうという実験も行なわれています(そういう写真には興奮しないと自己申告した人は対象から除外された)。結果はやはり、腹側被蓋野や側坐核 などが激しく活性化しました。ただ恋愛感情と違っていたのは、判断や社会的認知を担う領域の不活性化は起こらず、むしろ皮質が広範囲に活性化しました。13)

これは私たちの経験と一致します。恋愛感情と性的興奮には、一部共通しているところもあるけれど、やはり別物なのです。だから、恋愛感情を伴わないセックスもあり得るし、セックスを伴わない恋愛も存在するのです。

とは言え、私たちのほとんどが性的に成熟するティーンエイジに本格的な恋愛を始めることや、なによりも恋愛の相手とセックスをしたいと感じることからして、恋愛感情も性欲も「性の本能」に含まれると見なしてかまわないでしょう。人間が季節に関係なく恋に落ちるのは、発情期がない(逆に言えば年中発情している)からだと考えられます。

南米にいるドウイロティティCoppery titi monkeyという小型のサルは、人間と同じようにオス・メスが生涯連れ添い、オスも熱心に育児を行ないます。このオスに、パートナーのメスが他のオスと一緒にいる映像を見せるという実験がありました(対照群には関係ないつがいの映像を見せた)。結果、メスの(模擬的な)浮気現場を見せられたオスたちの血液では性的興奮に関係するテストステロン とストレスに関係するコルチゾール の濃度が高まっていることが、また脳スキャンからは攻撃性を司る海馬 などの活動が活発になっていることが分かりました。これを人間に当てはめて考えれば、長期間続く男女の間の情緒的結びつきや嫉妬の感情も「性の本能」の一部であると見なしてよさそうです。14)

暴走する本能

人間は数十万年の進化のなかで単婚生活を定着させ、男女の間で長期間続く情緒的結びつきを発達させてきました。脳が巨大化した人間にとって、それが自分の遺伝子を次世代に残す可能性を最大化するのに最適な戦略でした。だから、私たち人間はそのようにプログラムされていると言えます。

その一方で、複数の異性と交尾する(単婚の場合には浮気)することで自分の遺伝子を次世代に残す可能性を最大化するという動物全般に見られる戦略も、私たちのなかにしっかり残っています。これは乱婚の動物にとってはなんら問題にならないことですし、人間以外の単婚の場合にも大きな問題にはなりません。(確かに、オスにとってみれば他のオスの子を育てさせられるのは負担でしかないが、自分も他のメスに子を産ませているのだから「お互いさま」だし、なにより次の繁殖期には別のメスとつがいになるのである。それはメスも同じだ。だから人間以外の動物で不倫のいざこざはあまり生じないのである)。

ところが人間の場合には、男女の間で長く続く情緒的な結びつきが生じるために、浮気は許せないということになってしまうのでありましょう。

ほとんどの動物には発情期があり、それが終われば性的行為はなくなってしまいます。発情期の終わりがブレーキになっているわけです。これは食欲のブレーキのようにネガティブフィードバック機構 によるものではありませんが、繁殖期の終わりでセックスを打ち切って過剰を防いでくれる効果的なブレーキシステムです。

人間は発情期をなくしてしまったことで、同時に「発情期の終わり」というブレーキも失ってしまいました。だから私たちは、固定したパートナーがいる状況でも、いつでも恋に落ちうるし、セックスしたくなるのです。私たちの性の本能は容易に暴走しうるのです。とはいえ、恋もセックスも相手がいなければできません。だから、チャンスがないから暴走したくてもなかなかできないという状況に置かれている――だから暴走しないでいるだけという人は少なくないのでしょう。

ところで恋愛感情も性行為も私たちに大きな喜び(快の感覚)をもたらしてくれます。つまり恋やセックスは脳の報酬系を活性化させる報酬刺激だということです。そして前回安全本能の時に説明したように、性の本能においても、同じ報酬刺激を得続けていると次第にその喜びが小さくなっていく馴化 、サリエンスの減少)ように私たちはできています。

だから最初のデートの時にはとってもドキドキしたのに、何度もデートを繰り返していくと(決してデートが嬉しくないわけではないけれど)最初の頃のほどのドキドキ感はなくなってしまいます。最初のセックスのときにはあんなに興奮したのに、しょっちゅう同じ相手とセックスしていると(決して興奮しなくなったわけではないけれど)最初の頃の無我夢中な感じは薄れてしまいます。

そんな時に別の異性が現れ、チャンスが与えられると、そこで踏みとどまるのはなかなか難しいものです。なぜなら、新しい相手によってももたらされる報酬刺激のほうがずっと大きいからです。だが浮気は男女の情緒的な結びつきを傷つけるために恋人から非難されることになります。

結婚している場合には婚外セックスは不貞行為 とされ非難されます。なぜなら、結婚はお互いにそういうことをしないという約束を含んでいるのに、それを破ったからです。そのことに弁護の余地はありませんが、そもそもルールで人の行動を制約するのはたいへん難しいことなのです。

このように性の本能はたいへん暴走しやすいものなのです。「私は性の本能を暴走させたりしない」と主張する人もいるでしょうが、僕の見立てでは、それは次の二つのパターンに限られるようです:

    1. チャンスがないから暴走しようがない
    2. 現在のパートナーとの間に、関係を維持継続しようとする絶え間ない努力がお互いに行なわれている

性本能と自己中心性

不適切な教育や不幸な出来事によって性への関心を失ってしまう人もいますが、すべての人が性の本能を持って生れてきます。どうやってその欲求を満たしたら良いかは、子供から大人になる過程で、社会が私たちに教えてくれます。

テレビを見ながらごろ寝をしているだけでは性本能は満たせません。なにぶんこの本能を満たすには相手が必要です。自分にも選ぶ権利がありますが、相手にも選ぶ権利があります。ということは、私たちはこの本能を満たすためには「相手に選んでもらわなくてはならない」のです。

だから私たちは、教えられたことに従って何らかの目標を定め、それに向かって努力をします。男として、女として、自分を少しでも魅力的に仕上げます。これはすべて相手に自分を選んでもらうための努力です。つまり、性本能を満たすためには、なんらかの犠牲が必要なのです。

初めて誰かを好きになり、デートに誘ったときにはたいへんドキドキしたでしょう。そして、相手がそれを承諾してくれたときには、天に昇るような喜びを感じたでしょう。それが脳にとっての報酬というものです。相手をセックスにさそって、それを承諾してくれたときも嬉しかったでしょう。さらにセックスそのものも喜び(快の感覚)をもたらします。

だが残念ながら、その喜びは食欲や金銭欲が満たされたときの喜びと同じように長続きしません(特にセックスの快楽はすぐに消えてしまう)。そこで私たちは、再びそれを得ようと努力を続けていきます。

こうして私たちはさらに相手と結ばれたいと思い、努力を続けていくのですが、その願いがいつも叶うとは限りません。普通に努力していただけでは、欲しいだけのセックスが手に入らないときには、私たちは「あんなに頑張ったのに、これっぽっちか」という不満を感じます。そのような不満が生じてきたとき、私たちは「自分に必要な」(と自分が考える)セックスを確保するために、安易な方法(short­cut)を取ります。つまり、相手の同意のないセックスや、別の相手とのセックスです。ジョー・マキューの表現を借りれば「間違ったときに、間違ったやり方で、間違った相手とする」ことです。15)

それは自分のパートナーを傷つけようという意図があってのことではなく、単に自分の目標を達成しようと努力しているだけなのです。だがその努力が、他の人に苦しみや痛みを与えることになります。するとその人たちは報復をしてきて、私たちに苦しみをもたらします。パートナーの言い分はこうです。「私だって、あなたに選んでもらうために、努力をし、犠牲を払ってきたのに、あなたはあまりにも不誠実ではないか」と。つまりその非難は報復ではなく、パートナーも目標を達成しようと努力しているだけである場合がほとんどです。いずれにせよ、私たちは自分の本能が発端となって、他の人とのトラブルに巻き込まれ、感情的な問題を抱えるようになります。

本能(欲望)から自由になれるのか?

では、性の本能が暴走しないように上手にコントロールする方法はないのでしょうか? 残念ながらそのような方法はありません。「どんな人間でも、どんなに立派であっても、その問題からまぬがれることはできない」16)とあるように、自分で自分をコントロールすることができる人はいないのです。

確かに、平穏な日々が続いているときには、一見したところバランスが取れて、欲求をコントロールできているように見えることもあります。毎月安定した十分な収入がある人は、自分に金銭欲があることすら感じないでしょう(なぜならそれが満たされているからです)。だが、今より貧しくなる未来が予見されるとその人も不安になって、収入を維持する手段を考えるようになるでしょう。同じように、安定した夫婦生活が続いていれば、自分には性の問題はないと思い込む人はたくさんいます。だがいったん夫婦の間に何かのすれ違いが生じ、バランスが崩れたところへ、外乱(この場合はチャンス)が訪れると、性の本能は簡単に結婚の枠をはみ出します。

もちろん、社会的な圧力やその人が身に付けた道徳観念がそれを防ぐケースはたくさんあるでしょう。だがもっと大きくバランスが崩れ、もっと魅力的なチャンスが訪れれば、そういった防壁は乗り越えられてしまいます。人によって性の本能が多少強かったり弱かったりという違いもありますし、置かれた状況によってそれが強まったり弱まったりという変化はあるものの、人は自分の本能をコントロールできない、というのが真実なのです。

また、自分のパートナーが自分以外の人とデートしたりセックスしているのではないかと考えただけで――それが事実であろうとなかろうと――私たちは不安や不満を持つようになります。これも、性本能によって作られた男女の情緒的な結びつきが脅かされているから生じてくる不安・不満です。

結婚をゴールインと表現するのは不適切だと思います。それは終わりではなく、情緒的な結びつきを作り上げて維持するというお互いの努力の始まりなのですから。浮気を弁護するつもりはありませんが、浮気が起こるときには、その前に情緒的な結びつきは弱まっているものです。

私たちが幸せに人生を生きるためには、性の本能がある程度適切にコントロールされている必要があります。しかし私たちの性の本能はたやすく暴走してしまいます。どうやら、神に自己(本能)をコントロールしてもらう以外に私たちが幸せになる方法はなさそうです。

以下次回

性の本能だけで一回分使ってしまいました。次回は共存の本能ですが、それも長くなりそうな予感がしています。

今回のまとめ
  • 性本能は人間というを次世代に残すためのもの。
  • 人間の生殖には、①年中セックス可能、②単婚、③父親が子育てに関与するという特殊性がある。
  • この特殊性が、パートナー間の情緒的な結びつきを作り出す。
  • 一方で人間は、他の異性とチャンスがあればセックスするという動物全般に見られる性質も受け継いでいる。
  • 結果として人間の性の本能はたいへん暴走しやすくなった。
  • 私たちは自分のしたいだけのセックスができないと不満になるし、自分のパートナーが他の人とデートしたりセックスしたりしていると考えただけで不安になる。

  1. 歴史的・地域的に他の婚姻形態(一夫多妻など)も見られるが数としては少数派である。[]
  2. Liam Mannix, “When will my child outsmart a chimp? Not until they’re four or more, scientists say”The Sydney Morning Herald (smh.com.au), 2017[]
  3. 排卵が隠ぺいされたことによって、非常に多くの女性が望まぬ妊娠をする状況が作り出されたが、旧石器時代にはデメリットよりもメリットのほうが大きかったと考えられる。[]
  4. ヘレン・E・フィッシャー(吉田利子訳)『愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史』, 1993, 草思社, pp. 139-150, 171-187[]
  5. ibid., pp.176-177[]
  6. 帝王切開 ができず経膣分娩するしかなかった時代には、出産時の母子の安全は骨盤の形に大きく影響されざるを得なかった。[]
  7. ヴィンチェンツォ・ヴェヌート(安野亜矢子訳)『生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰』, 2021, ハーパーコリンズ・ジャパン, pp.136-141[]
  8. リチャード・ドーキンス(日高敏隆他訳)『利己的な遺伝子 <増補新装版>』, 2006, 紀伊國屋書店[]
  9. Carl Zimmer, “Same-Sex Mothers: Letting Albatrosses Be Albatrosses”National Geographic (nationalgiographic.com), 2013, National Geographic Partners.[]
  10. Bruce Bagemihl, Biological Exuberance: Animal Homosexuality and Natural Diversity, 1998, St Martins Press[]
  11. 浮気や売春はともかく、繁殖に直接有利に働くとは思えない性行動がなぜ生じるかについては科学者たちが様々な説を唱えていて、まだ結論がでていないようだ。[]
  12. D・J・リンデン(岩坂彰訳)『快感回路 なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか』, 河出文庫, 2012, pp.138-140[]
  13. ibid., pp.140-141[]
  14. ヴェヌート, pp.182-183[]
  15. Joe McQ. and Charlie P., Joe & Charlie: The Big Book Comes Alive, 2014, p.90[]
  16. 12&12, p.59[]

2024-05-16

Posted by ragi