ビル・Wに問う (19) ビル・Wの霊的体験

Q19:あなたの霊的体験と、何が起きたのかというあなたの理解を説明していただけますか?

A19:1934年の12月にニューヨークのタウンズ病院に入院しました。以前からの友人であるシルクワース医師が、首を振っていました。やがて鎮静剤とアルコールの効果が切れてくると、私はひどい鬱に見舞われました。友人のエビーがひょっこりやってきました。彼に会えてうれしかったのですが、私はかなり縮み上がりました。伝道が始まるのではと恐れたのですが、彼はそんな話は一切しませんでした。少し世間話をした後で、私のほうから彼のシンプルに整えられた回復の手段についてもう一度教えてくれと頼みました。彼はまったくプレッシャーをかけずに、静かに落ち着いて教えてくれました。そして彼は帰っていきました。

葛藤のなかで横たわっていた私は、それまで経験したことのない真っ黒な絶望に落ち込みました。瞬間的に私の高慢な抑うつが砕け散り、私は叫んでいました。「友人のエビーが持っているものを受け取るためだったら、私は何でもする、何でもするから」 実際のところ何かを期待していたわけではありませんが、私は必死で訴えました。「もし神が存在するのなら、姿を見せてくれ!」 結果は瞬時に現れ、それは説明できないほど電撃的なものでした。その場所が白い光で目がくらむほど明るく照らされました。私は恍惚となり、山の頂に立っているように感じました。大きな風が私を包み込み、貫いていきました。私にとってそれは空気ではなく、スピリットでした。燃え上がるように大きな考えが湧いてきました。「お前は解放されたのだ」 すると恍惚感は静まっていきました。私はベッドにいたままでしたが、その「存在」によって満たされた新しい意識の世界に自分がいることに気がつきました。宇宙と一体になり、私の上に大きな平和が訪れました。「これが宣教師たちの言う神、偉大なる実在なのだろう」と思いました。だがすぐに理性と呼ばれるものが戻ってきて、私が受けた現代的な教育が優位になりました。私は自分が狂ったに違いないと思い、ひどく怯えました。

シルクワース医師、もし医療に聖人がいるのなら彼ですが、彼が私のところにやってきて、私が先ほどの現象を震えながら話すのを聞きました。慎重に幾つかの質問をした後、彼は私が狂ってはいないと断言し、おそらく私は心霊体験をしたのであり、それが私の問題を解決してくれるだろう言いました。科学の徒として懐疑論者だった彼にしてみれば、これは最大限親切で、明敏な言葉でした。もし彼が「それは幻覚だ」と言っていたとしたら、おそらく私はもう死んでいたでしょう。彼には永遠に感謝しなければなりません。

さらに幸運が続きました。エビーが『宗教的経験の諸相』という題のついた本を持ってきたので、私はそれをむさぼるように読みました。心理学者のウィリアム・ジェームズ によって書かれたこの本は、回心の体験が客観的実在性を持ちうることを示唆しています。回心の体験は、人の動機を変え、半自動的に以前のその人には不可能だったあり方と行いを可能にするのです。ここで重要なのは、明白な回心の体験の大部分は、人生の主要な領域において完全な敗北を経た人に起きているということでした。確かにこの本はそうした経験が多様であることを示しているものの、それが明るいものであれ、暗いものであれ、あるいは大変動であれ、穏やかものであれ、あるいは神学的なものであれ、理知的なものであれ、そうした回心には共通の特徴があります。それはそうした経験は敗北した人々を完全に変えてしまうことです。現代現代心理学の父であるウィリアム・ジェームズがそう宣言しました。その靴は私にぴったり合ったので、それ以来、私はその靴を履くように努めています。

酔っ払いにとっては、最奥での収縮(deflation at depth)――あるいはそれ以上の何か――が答であることは明らかでした。それは極めて明白であるように思えました。私はエンジニアとしての教育を受けましたから、この権威ある心理学者からの情報は極めて重要でした。精神についての著名な科学者がユング 医師の言ったことのすべてを裏付けてくれ、彼の主張を広範囲に立証する本を書いてくれたのです。ですから、ウィリアム・ジェームズは、私や他の多くの人たちがその後ずっと立っている基盤を固めてくれたのでした。私はあの1934年以来アルコールを飲んでいません。(ニューヨーク市アルコホリズム医学会, 1958年4月28日)

Posted by ragi