やさしい医学リポート「依存症者の心の癒やし」

朝日新聞 Beワーク (掲載日 2009年12月28日)

筆者はかつて大量飲酒者だったが、約十年前、苦しい状況で思わず祈りの言葉を口にした時、急に世界が明るく開けて感じる一種の神秘体験をし、以来アルコールを全く口にしていない。それ以前にも意志の力で酒を止めようと何度か試みたことがあるが、2カ月と続かなかった。だから自分の意志以外の力が働きかけたとしか思えなかった。

自分の身に起きたことを理解しようと文献に当たるうちに出会ったのが「依存症と|恩寵《おんちょう》」(2007年刊)だ。著者ジェラルド・メイ(40~05年)は米国のクリスチャンの精神科医。ベトナム戦争従軍時には武器の携行を拒否して患者の治療に当たったという。その後臨床を離れ、禅を含む超教派の立場で霊的指導と著作に専念した。

本書の中に一人のアルコール依存症の男性の話が出てくる。「ある日雑貨屋に行くのに道を歩いていたんだ。そしてそこの歩道のところで、心の平静さを見いだしたんだ」
男性は長年アルコール依存症を患い、その日も他の日と変わりはなかった。けれどもそのシンプルで不思議な瞬間に男性は変えられ、それ以来酒を飲むのを止めたという。

男性自身はこの体験を宗教的な言葉で語らない。しかしメイの臨床経験によれば依存症患者でまれにこうした特別な癒やしが生じる。「神の愛が奇跡のように私たちを突き抜けることがある」という。

筆者の飲酒癖が精神科的に依存症の診断がつくものだったかどうかは分らない。けれどもこの男性の話を読んだ時、自分の身に生じたことがよく分った気がした。

メイは各種の依存症(酒、薬物、仕事、家族、人間関係など)を、神ならぬものを自分の神としてあがめる偶像崇拝になぞらえ「現代人の聖なる病」と呼ぶ。依存症の癒やしには、薬物や心理的な治療にとどまらず、神の恩寵が必要な時がある。むしろ、人は依存症の経験を通し、人智を越えた神の愛の恵みに触れることがあると彼は主張する。

心の癒やしは、通常の医療とは別の形で生ずる場合がある。そのことは、患者には希望を、医療者には謙虚さを、もたらすものだろう。

(東北大学教授 坪野吉孝)

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付記

坪野吉孝氏(医学博士)は、この記事を書かれた当時は東北大学の教授(疫学・公衆衛生学)でした。新聞の連載やブログで、海外の医学論文を素人にわかりやすく紹介されていたので、毎回楽しみに読んでいましたが、あるときご自身の神秘体験についてコラムに書かれていたので驚きました。

ビッグブックの第二章に、ユング医師が患者のローランド・Hに向かって、彼のアルコホリズムは全く治る見込みがないと告げたあとで、回復には霊的体験が必要だと伝える場面があります。

君のようなケースでの例外は、ずっと以前からあった。ときどき、あちこちの場所で、アルコホーリクがいわゆる決定的な霊的体験を経験している。ふつうとは言えない現象なのだが。それはいままでの情緒が大きく変わって、新しくなるといったことのようだ。1)

しかし、このような突然の霊的体験(spiritual experience)を得る者は少数です。ほとんどの場合は、12のステップを通じて「時間をかけてゆっくりと」、霊的目覚め(spiritual awakening)の獲得を目指すほかありません。ですが、この二つの間に質的な違いはないとされています。2)

突然の霊的体験という神秘性を帯びた現象は、その実在性を疑われることもありますし、オカルト的な関心を呼ぶこともあります。だからそれが、国立大学の教授という立場の人によって新聞紙上で述べられたことが新鮮でした。僕の送ったメールへの返信として、坪野氏からは、このコラムを書いて以後数人から自分も似たような体験があるとメールや手紙をもらった、と教えて頂きました。氏はその後、長く活躍された教育と基礎研究の職から離れ、精神科の臨床に携わられています。

コラム中で紹介されたジェラルド・メイ(Gerald G. May, 1940-2005)の Addiction and Grace: Love and Spirituality in the Healing of Addictions については、その内容をいずれどこかでご紹介したいと思っています。

書籍

人物

(初掲載:2010-2-9)


  1. BB, p.41 []
  2. BB, pp.266-267/570-571 []

2019-11-11

Posted by ragi