プラグマティズムと12ステップ

(あまりにもWordPressが遅いので、丸一日費やしてサーバーを移転しました)

さて、産業革命以後、科学サイエンスは急速な進歩を遂げました。自然科学にはいくつかの特徴がありますが、その一つは現象の背後にある機序メカニズムの解明です。観察や実験を繰り返して、「それ」がどのようにして起きているのか客観的法則を解き明かそうとします。

もう一つはエビデンス、つまり科学では統計的な証明が求められます。「それ」が一回だけ起きたのではなく、繰り返し起きることが必要です。例えば医薬品ならば、一人だけに効くのではなく、多数の人に効果がなければ薬として認められません。

古来からの宗教的な考えのなかには、科学の進歩によって否定されたものがありました

地球が宇宙の中心にあるという天動説に対して、コペルニクス(1473-1543)が唱えた地動説は「異端」とされ、ガリレオ(1564-1642)は有罪判決を受けました。ただ、聖書は地球が宇宙の中心にあるとは言っていませんし、そもそもコペルニクスはカトリックの司祭でしたから、これは宗教内部での争いでした。

時代が下って19世紀、ダーウィン(1809-1882)が『種の起源』(1859)を発表すると、大きな論争を巻き起こしました。進化論は聖書に書かれた神による天地創造を否定するからです。宗教は神こそ真理と主張し、科学は自分たちが真理を発見していくと主張し、お互い譲りませんでした。いわば宗教というコンサバと、科学というラジカルの対立ですね。

こうした対立が激しかったのは19世紀後半のアメリカで、加えて南北戦争(1861-65)を挟んで保守的な南部と進歩的な北部の対立も深まっていました。

そんな時代に登場したのが、アメリカ心理学の父と呼ばれるウィリアム・ジェームズ(William James, 1842-1910)です。彼には『プラグマティズム』1)(1907)という代表的著作があり、岩波文庫で読むことができます。

プラグマティズムは「実用主義」と訳されます。ジェームズによれば、ある観念が真理かどうかは、それが有用な結果をもたらすかどうかです。例えば、神を信じることによって勇気を持て、それによって恐れを乗り越えて何かを成し遂げられたのなら、それが神という観念の意味であり、そうした有用な結果をもたらす限りにおいて、真理なのです。

逆のケースとして、例えば、帰宅した僕に妻が「ご飯は食べてきたのですか?」と尋ね、僕が「ぼくは長野県出身です」と答えたとします。僕の言葉は事実ですが、食事を用意すべきか判断したい妻には何の役にもたたないので、これは真理とは呼べないのです。(たぶん妻はむーんと不機嫌になってしまうでしょう)。

ジェームズの意図は、有用かどうかに重点を置くことで、宗教と科学の対立を調停することでした。プラグマティズムは受け入れられ、アメリカの文化に深く根付いていきました。

当然1930年代に成立したAAもジェームズの考えに影響を受けています。アルコホリズムという病気を扱っていながら、その病気のメカニズムには関心を持っていません。シルクワース医師の仮説に納得しながらも、その内容には「しろうとの私たちが意見を述べても、大して重要性はないだろう」と距離を取っていますし、2) なぜ飲酒のコントロールが取り戻せないのかという疑問に対しても「私たちはこの謎に答えられない」と突き放しています。3)

さらには、なぜ12ステップに効果があるのかを自分たちで調べようともしません。多くの人が回復して効果があるんだから、メカニズムなんて分からなくてもいいじゃないか、という態度を取っています。4) 調べるのは科学者たちに任せておけばいいことだし、普遍的な神を探求するのは宗教家たちに任せておけば良い。AAは科学でもないし宗教でもないのですから。

話は変わって、医学は科学に基盤を置いています。ですから、医師が診察室で神を語ることもないし、呪術を使ったり、護摩を焚いたりしません。エビデンスが大事なのです。医療では有効性が統計的に実証されている治療方法が使われます。薬も治験などで「○割の人に有効だった」というデータがあります。

しかしながら、治療薬は100%有効とは限りません。効かないこともあり得るのです。その逆で科学的に有効という証拠がなくても、ある個人には有効な処方というのもあり得ます。いろんな薬を試してどれも効かず、エビデンスがある候補がなくなったとき「科学的手続き」にこだわっていたのでは治療はできません。そういう意味では、医学は科学ですが、臨床経験豊富な医師は意外とプラグマティストなのだと、いろんなドクターを見ながら思います。5)(もちろん彼らも論文を書くときにはサイエンティストになるでしょうが)。

このように、プラグマティズムは、限定的真理を認めることで、たとえそれが科学的事実に反する観念であっても(有用であるならば)それを信じる権利を万人に与えてくれます。

AAの共同創始者ビル・Wは、カール・ユングに宛てた手紙の中で、「科学と神学の間にある緩衝地帯こそが、私たちの多くが自分自身を見いだした場所」だと書いています。6) その緩衝地帯を作ってくれたのは、ウィリアム・ジェームズではないかと思われるわけです。

プラグマティズムを踏まえておくと、12ステップが理解しやすくなると思います。


プラグマティズムについて、図解されているものを挙げておきます。まずこれは、これは朝日新聞の記事から。本文は有料記事ですが。7)

(文化の扉)プラグマティズム 異なる信念の共生へ試行錯誤
(文化の扉)プラグマティズム 異なる信念の共生へ試行錯誤 – 朝日新聞デジタル (asahi.com)

こちらはプレジデントオンラインの記事。登録は必要ですが、無料で読めます。8)

超大国アメリカを支える思想「プラグマティズム」入門
超大国アメリカを支える思想「プラグマティズム」入門 – PRESIDENT Online (president.jp)

  1. ウィリアム・ジェイムズ(桝田啓三郎訳)『プラグマティズム』, 岩波書店, 1957 []
  2. BB, p.xxxiii []
  3. BB, p.34 []
  4. AAのアディクション哲学については、ウィリアム・L・ホワイト(鈴木美保子他訳)『米国アディクション列伝 アメリカにおけるアディクション治療と回復の歴史』, ジャパンマック, 2007, p.153 を参照。 []
  5. ネット上の例を挙げるならば、Dr 林のこころと脳の相談室 (kokoro.squares.net) 精神科Q&Aの【3875】 []
  6. PIO, p.386 []
  7. (文化の扉)プラグマティズム 異なる信念の共生へ試行錯誤 – 朝日新聞デジタル (asahi.com), 2016-5-29 []
  8. 大賀祐樹, 超大国アメリカを支える思想「プラグマティズム」入門PRESIDENT Online (president.jp), 2016-11-14 []

日々雑記

Posted by ragi