雑感 (9) オンラインミーティングのコスト
オンラインミーティングのコスト
地方ではAAミーティングを再開させたグループが増えてきていますが、都内ではまだ休止中の会場が多く、再開できたところも利用人数を部屋の定員の半数にという制限を受けているところが目立ち、どのグループも直(in-person)のミーティングの運営には苦労しているようです。仕事の関係で、AA会場で新型コロナに罹患するリスクを許容できず、直のミーティングには行けないというメンバーの話もちらほら聞こえてきます。
右はAAの英語版の月刊誌 Grapevine の今月号の表紙ですが、スマホでオンラインミーティングに参加する様子が Grapevine の表紙になる時代が来たというのは、ちょっと感慨深いです。オンラインのミーティングは今後もAAに欠かせない存在になってきたと思われますが、データ通信には費用もかかります。今回はそのコストを取り上げます。
直のミーティングに行くにも金はかかる
旧来の直のミーティングに参加するにも費用がかかります。例えば僕はホームグループのミーティングに参加するのに、交通費が1,100~1,200円かかります。仮に週に2回出席していたとすると(そんなに顔を出してませんが)交通費はひと月あたり約1万円になります。東京近郊で熱心にミーティングに出ている人の交通費は2万円、3万円というケースも珍しくはないでしょう。
会社の支給してくれる定期券でその費用の一部をカバーできる人もいるでしょうし、自治体の中には生活保護受給者のAAミーティングへの交通費を通院移送費(医療扶助)として支給しているケースもありますが、そうでなければ交通費は全額自腹です。(東京都の場合には、生活保護受給者には都営交通無料乗車券が支給され、都営地下鉄や都バスは無料で使えるので、その沿線に会場を設けているグループもあります。僕の勤めていた施設も最寄り駅は都営線でした)。
長野に住んでいた頃は通勤もAAも自家用車を利用していましたが、ガソリン代や車の購入費や維持費を合算すると、ざっと年間100万円ぐらいかかってました。仮にその三分の一をAAに利用していたとして計算すれば、毎月3万円ぐらいをAAへの交通費に使っていたわけです。
AAのミーティングに参加するのは、時間も金もかかることなのです。それを「もったいない」と思うかどうかは人それぞれでしょう。
会場を借りるにも金はかかる
AAグループが、会場を用意するのにも費用がかかります。教会や回復施設や病院の部屋を会場として借りている場合は、そうした外部団体とAAグループが提携していない(伝統6)ことを明確にするために、使用料を払うべきだとされています。1)
公民館は社会教育法 に基づいて設置されており、市町村によっては社会教育団体に対する利用料の減免措置を設けています。AAグループが社会教育団体に相当するかどうかは市町村の判断になりますが、社会教育法第20条の「住民の・・健康の増進」とか「社会福祉の増進」には当てはまりそうです。100%減免してもらえれば、公民館の部屋を無料で使えますが、そうでない場合には、月に数千円から1万円ぐらいの使用料を払っているグループが多いと思われます。
減免を受けることは伝統7に反するのではないか(本来支払うべき使用料を割引してもらうのは、その金額をAAが受け取っているとも見なせるので、自治体から補助金をもらっていることになる)という議論がありました。これについては、他の団体も受けられる割引をAAが受けることは伝統7には反しない(AAだけが特例的に減免を受けるのでなければ良い)と解釈して、減免を受けることを選んでいるグループもあると思います。
グループの収入はAAメンバーが自発的に行う献金だけであり、グループは集まった献金から会場の部屋の使用料、ミーティングで提供する出版物や飲み物の費用、さらにはオフィスの維持費などの費用を支出します。献金はメンバーの義務ではないので強要はされませんが、献金できる人は献金できない人のぶんも献金する習慣があります。
上の写真は、ジョー・アンド・チャーリーの回で紹介したウォルフ・ストリート・センターの壁に掲げられているパネルです。ビル・Wの「ミーティング会場にはいくばくかの金がかかる」という言葉で、要するに献金してくれという意味です。
AAは「無料」だと表現される場合もありますが、それはグループやメンバーの活動が職業化されていない(伝統9)ために役務が無償で提供され、参加者が利用料を払う必要が無いこと、行政からの補助金も不要である(社会的なコストがかからない)ことを指しているのであって、AAに参加したりAAを運営するための費用は発生しています。
オンラインミーティングに参加するコスト
オンラインミーティングに参加するにはどれぐらいの費用がかかるのでしょうか。僕は、PCもスマホも持っていて、自宅にインターネットの回線も引いているので、追加のコストはかかりません(電気は無視します)。むしろ交通費がかからないので直よりもオンラインのほうが経済的負担は軽くなります。
しかしながら、インターネットの回線を引いていない人はどうでしょうか。最近では生活保護を受給している人もスマホを持っている割合が多いので、通信機器は持っているという前提で、通信のコストだけを取り上げます。そのためには、まずどれぐらいのデータ転送が発生するか見積もらなければなりません。
Zoomで試してみると、音声だけのミーティングに参加しているときに、下りのデータ量は250bytes/secぐらいなので、90分間のミーティングとすれば1.35Mbytes、上りのデータも合わせて1回のミーティングあたり約1.5Mbytesと見積もっておきます。これならば、毎日3回ミーティングに参加してもひと月のデータ量は「ギガ」の数分の一です。映像を使わず音声だけでミーティングに参加するならば、普段からスマホを使っている人にとっては、通信コストの増加は気にする必要のないレベルです。
ところが映像付きのミーティングになると様相が一変します。映像の転送に300~500Kbytes/secぐらいのデータが発生します。音声と違って話していない参加者の映像が送られてくるので、映像つきで参加している人数分だけ下りデータが増えるからです。90分のミーティングではギガバイトのオーダーに達するでしょう。これでは、携帯電話会社と通常の料金プランで契約している人は数回ミーティングに参加しただけで(ときには1回で)データ量の上限に達し、通信の速度制限を受けるようになってしまいます。(それでも音声だけでミーティングに参加するだけの帯域幅はあるけれど、他の通信に支障を来すでしょう)。スマホでオンラインミーティングに参加する人は、音声だけで参加するのが現実的な選択肢になります。(実際に音声だけの参加の人は珍しくありません)。
どうしても映像付きで参加したいのなら、データ量の制限のないインターネット回線を契約する必要があります。いまは、(ADSL のような)低速だけれど安価な接続はなくなってしまい、光ファイバーだと約7千円/月の接続料がかかります。もう少し安価な方法を探してみたところ、WiMax2+ で約4,300円/月というのが見つかりました。
僕は公的扶助に詳しくないのですが、生活扶助のなかに光熱費(電気・水道・ガス)は挙げられていますが、電話代という言葉は入っていません。つまり「健康で文化的な最低限度の生活」の中には電話は含まれていないという解釈のようです。いわんやネットをや。いまはスマホは贅沢品とは言えませんが、その費用は自己負担になります。つまりタバコを吸うのと同じで、食費などを節約してタバコ代やスマホ代を捻出するのは個人の裁量範囲内として認められているにすぎません。前述のように直のミーティングへの交通費を移送費として支給している自治体もありますが、オンラインのミーティングに参加する通信費が支給の対象になることは当面なさそうです。
電話でZoomミーティングに参加する
ところで、仕事帰りに電車や自動車の中からミーティングに参加するためにスマホを使ってZoomに接続している人もいるでしょう。移動中なので通信が不安定で、音声が途切れて聞き取りづらいことも多いでしょう。もし、電話が「かけ放題」というプランやオプションを契約しているのであれば、電話をかけることでZoomに接続できます。Zoomは日本国内に現在三つのアクセス番号を用意しています:
- 03 4578 1488
- 052 456 4439
- 03 6362 8317
電話からミーティングに参加する場合、発信者番号通知がONになっていると、自分の電話番号が参加者名として表示されてしまうので、電話番号の前に184をつけて番号非通知にしてダイアルするのがコツです(そうすると Call In Uesr-1 という表示になる)。
-
- 電話をかけると「Zoomにようこそ。あなたのミーティングID番号を入力してから、パウンド(#)を押してください」とアナウンスがあるので、9~11桁のミーティングID番号と#をダイアルします。
- 「参加者IDを入力してから、パウンドを押してください」というアナウンスがあるので、#だけをダイアルします。
- パスワードが設定されている場合は「ミーティングパスワードをを入力してから、パウンドを押してください」とアナウンスがあるので、パスワードと#をダイアルします。(電話から参加するためには数字だけのパスワードが必要になる)。
マイクのミュートは電話端末の機能を使っても良いですし、*6をダイアルすることでもミュートのON/OFFを切り替えられます。データ通信よりも通話のほうが通信の優先順位が高いので、移動中でも音声が途切れにくくなります。
この機能を使えば固定電話 からでもZoomのミーティングに参加できます(市内通話だったとしても90分で300円ぐらいかかるけど)。
Zoomのホストには費用がかかる
Zoomを使ってミーティングに参加するには通信料金以外の費用はかかりません。しかし、ミーティングを開くホストは費用がかかります。Zoomの無料プランでは、二人だけのミーティングには時間制限がありませんが、三人以上だと40分までに制限されてしまいます。それ以上の長さのミーティングを開くためには、有料プランを契約しなければなりません。
一番安いProというプランが月額2,000円(年額だと20,100円)。2) これで100人までのミーティングができます。グループメンバーの一人がクレジットカードを使って契約しているパターンが多いと思われますが、その結果としてミーティングの運用もその人に負担が集中してしまっているケースが多いのではないでしょうか。
直のミーティングが休止中だと、メンバーから献金を集めるチャンスが減るので、グループとしては収入を失います。ミーティング関係の支出がオンラインのホスト費用だけになるので、支出も減りますが、オフィスへ献金を渡せなくなります。オフィスは固定費があるので、グループからの献金が途絶えるのは死活問題となり、個人献金をするように呼びかけが行われました。日本のAAメンバーは真面目だなと思ったのは、緊急事態宣言期間中は個人献金が増え、オフィスの収入がむしろ増えたことです。その後、緊急事態宣言が解除されると、献金も減ってまた苦しくなってしまったようですが。直のミーティングに行く回数が減れば、そのぶん交通費がかからなくなるので、個人献金をオフィスにするのも良いことだと思います。
コスト以外の問題
オンラインミーティングの費用について見てきましたが、全般的にはコストの問題は大きくないと言えます(ただし、移送費の支給を受けていた一部の人たちや、通信機器を持っていなかった人ちはにとっては、費用負担が増している)。
むしろ、コスト以外の問題のほうが気になります。それは、ITリテラシー(デジタルリテラシー・情報リテラシー )の問題です。若い人たちは子供の頃から様々な情報機器を使いこなしてきているから良いのですが、年齢層が上がってくると通信機器に馴染みがなく、新しいことを記憶する力も衰えてきているので、新しいミーティング形態になかなか馴染めません。オンラインミーティングで小さなトラブルはいろいろ見聞きしましたが、だいたいが50代、60代のメンバーによるものです。
そういう人たちに対して、デジタル機器の使い方をサポートする必要があるのでしょうが、緊急事態宣言によっていきなりオンラインに移行しなければならなくなると、対面でサポートを行うチャンスが失われて、ミーティングに参加できないまま取り残されてしまう人がでてきます。
ITリテラシーは通信機器の使いこなしだけでなく、どんな契約をするかという点にもかかってきます。格安SIMを使って月々の料金を賢く節約している人もいれば、スマホに加えてタブレットやWiFiルーターまで契約させられて毎月2万円以上支払っている(しかも2年契約)というケースもあります。それだけ払っていても、ビデオミーティングに満足に参加できない契約だったりします。月々の支払いが大きすぎるからと解約しても、通信機器は分割払いなので、それを完済するまで支払いは続きます。こういう人たちが契約の時に適切なアドバイスを受ける機会はまずありません。
緊急事態宣言が解除されて、ミーティングが再開できて良かったね、という話で済ましてしまわずに、オンラインミーティングの存在をAAのなかにしっかり組み込んで、どうやってそれを活用していくか、経験を積み上げ、分かち合っていく必要があるのだと思います。ITリテラシーの問題は、AAだけではなく、社会全体のおっさん・おばさん・じいさん・ばあさんの問題であるだけに、AAだけで解決できるわけではありませんが、できることはやったほうが良いでしょう。そのための問題の洗い出しの一つとして、今回はコストを取り上げてみました。
新たなフロンティアとしてのオンライン
僕自身はオンラインミーティングにそれほど熱心ではありませんが、オンラインに取り組む人たちを心情的に応援しています。
1970年代に始まった日本のAAは、東京から地方へと地理的に拡大していきました。その時期には「まだAAのないところ」が開拓の最前線だったわけです。全国津々浦々までAAが広がったわけではありませんが、やがてAAの地理的拡大は頭打ちになりました。すると今度は、属性的にAAのメッセージが届いていない人たちに対するアプローチが盛んになりました。
その一つが、刑務所などの矯正施設にいる人たちに対するものです。病院に行って患者さん相手に話をするという活動は初期から行われていましたが、受刑経験のあるメンバーを中心に、刑務所や更生保護施設に行って同様のことをするという活動が始まりました。これがAAの中で委員会として組織化されたのは、法務省矯正局という行政機関と交渉する以上、AAの側も組織的な責任を持てる体制を作る必要があったからです。もう一つの動きは、女性に対するもので、これは1990年代からの女性クローズドミーティングの増加という形をとりました。このように、属性的なフロンティアの開拓が、それまでの地理的フロンティアに取って代わったというのが、20年ほど前の特徴だったと言えます。
僕も加わっているビッグブックの12ステップのムーブメントは、(その本質はリバイバルであるにしても)質的なフロンティアを開拓する運動であると言えますし、2000年代の代議員オリエンテーションやサービスフォーラムの開催はサービス活動という新領域の充実を目指したものでした。
このようにAAの開拓精神は、常に新しいフロンティアを求め続けてきたわけですが、2010年代の10年間は目立った新しい運動が展開されなかった停滞期と言えるのではないでしょうか。既存の枠組みを維持することに時間とエネルギーを費した時期でした。
そこに降って湧いたコロナ禍は厄災ではあるのですが、それによってAAがオンラインミーティングに取り組まざるを得なくなったことは天佑であるのかも知れません。オンラインミーティングに取り組む人たちを、個人的に応援したいと思っている理由は、それが常に新しい領域を開拓してメッセージを運んでいくというAAらしさの実現であるからです。
否定的な意見は何に対しても存在します。矯正施設に対しても、女性クローズドに対しても、ビッグブックに対しても、そしてサービス活動に対してさえも、否定的な意見は常に存在しました。オンラインに対しても否定的な意見があるのは当然だろうと思われます。開拓者たちはそのようなノイズを気にはしないでしょうけれど。
次回は、ビッグブックのスタディに戻って、第一章に取り掛かります。お楽しみに。
ディスカッション
コメント一覧
派閥と新たな階級が出来ないと良いですね。
伝統7に沿えば公民館等の公共施設利用料減免を受けること(正規の使用料やを支払って借りるべき)、生活保護費受給者から献金をいただくこと(AAへの献金ではなく、行政へ返納すべき)、いずれも国や自治体からの扶助を受けていることになると解釈しています。
どのあたりに線を引くかは、各グループの判断で良いと思っています。
たとえば、他機関からの出席証明には一切応じないというグループについても、それがそのグループの方針ならばとやかう言うことではないと思っています。
こういう問題は、意外と些細な部分でもあるもので「二つの帽子」は僕個人は受け入れておりますし、あれはあれで絶対に必要なダブルクローズドだと思ってます
しかし、女性クローズドに関しては、昨今クロスアディクトがものすごい勢いで増えて性の問題なども男性も必要になってきていたりします
かといって男性クローズド昔作ろうと発言したら、「それはアルコールの問題では無いからA.A.に持ち込むべきで無い」と一蹴された苦い記憶があります
まあ、心の中で「お前はサービスマニュアルと概念100回読み直してからものを言え」と思いました(笑)が、その人や当時の大勢にとってそれは違う問題だったのだと理解しております
しかし、そういった問題も段々とアルコールの問題と紐付いてしまっている事がある現状、どこまでダブルクローズドいるのか?
そもそもダブルクローズドにしなければ、話を受け入れてもらえないものなのか?という根本に話が戻るものと思いますね
とはいえ、男性の性的なお話を嫌がる方がいらっしゃるのも事実で、女性の生理的な問題を男性の前で話す事が出来ない方がいるのもこれまた仕方のない事なのかな?とも思います
伝統、概念、サービスマニュアルに従えばあっても良いが本来は「全てその場に置いておく話」ですから、その後感情論を持ち込むのは本意ではなくとも、「我々は聖人ではありません」から簡単にはダブルクローズドのお話は解決し難いなあと思っております
他にも書きたい事ありましたが、またいつの機会にか♂️
Paulさん、こんばんは
AAがそれらをどのように位置づけようとも、女性限定、ゲイ限定、重複障害限定などのミーティングは世界中のAAで作られ続けています。ニーズがあるからでしょう。おそらくAAは今後とも、それらに対して白黒はっきり決着を付けずに、存在を受け入れ続けると予想します。
最近の書評
https://ieji.org/2020/5257
で紹介した 『アルコホーリクス・アノニマスの歴史』には、補遺Bに、1970年代にアメリカのAAで、特別グループや特別ミーティングについて評議会で検討したことについて4ページほど割いています。