ビル・Wに問う (32) AAは宗教なのか?

『ビル・Wに問う』の第32回です。


Q32:アルコホーリクス・アノニマスは新しい宗教なのか? 教会は競争相手なのか?

A32:もしそうした心配が現実のものだとしたら、それはゆゆしき事態だろう。だが、アルコホーリクス・アノニマスが宗教だと見なされることはまったくない。私たちの12ステップには神学的な内容は一切含まれておらず、ただ「自分なりに理解した神」と言っているだけだ。このことは、一人ひとりのAAメンバーが神をなんであれその人の持つ信仰あるいは信条に従って定義して良いということを意味している。それゆえに、どんなメンバーの持つ宗教的見解とも一切衝突しないのだ。12ステップの残りの部分は、道徳的な態度と役に立つ実践を定義しているが、そのすべてはキリスト教のものを正確に反映している。であるから、12ステップのその部分について言えば、ステップとはキリスト教の優れた実践であり、なかでもカトリックの優れた実践であって、これまでに幾度もカトリックの著述家による支持を受けてきた。

AAはメンバーに対して宗教的な権力を振るうことはまったくない。誰も何かを信じるように強制されない。メンバーになるための条件を満たすよう強制されることもない。何かの支払いの義務もない。それゆえに私たちは、スピリチュアルな、あるいは世俗的な権力の体制をまったく持っていないところが、教会と対比できる点であり、ゆえに教会とは競合しえないのだ。私たちの団体の中心には常任理事会がある。常任理事会は選挙で選ばれた評議員に対し毎年の評議会で説明責任を負う。評議員は実務あるいはサービスに関する事柄についてのAAの良心と希望を代弁する。私たちの「伝統」は常任理事会が政府の役割をすることを禁じる項目がある。常任理事会は、単にAAが全体として機能し続けられるようにある種のサービスを提供しているだけなのだ。同じ原理が、地域でも、グループのレベルでも適用される。

私とともに共同創始者であったドクター・ボブは、彼自身の宗教的見解を持っていた。だが彼の見解にどんな価値があったとしても、私には私の見解がある。その上で、私たち二人は、そのような個人的見解や好みは、どのような条件下においても、AAプログラムの基礎部分に注入することは決してできない、という趣旨の公言をしてきた。AAはある種のスピリチュアルな幼稚園であって、それ以上のものではない。宗教と呼ばれるべきものでは決してない。(Blue Book, Vol.12, N.C.A.A.1) ), 1960)。


A:アルコホーリクス・アノニマスは宗教団体ではありませんし、何の教義もありません。神学的命題のひとつが「自分を越えた偉大な力」ですが、この概念でさえ、誰にも強制しません。新しい人は単にこの共同体に熱中し、できる限り(12ステップ)プログラムを試してみるだけです。それだけで、やがてその人は変容の体験(a transforming experience)がゆっくりと始まったことを報告するでしょう。それをその人が何と呼ぶかはともかく。かつてAAは宗教的影響を受けやすい人たちだけを惹きつけると評されていました。しかし、AAのメンバーには、アメリカ無神論者協会の元会員や、その人と同じぐらい頑固な約2万人の人たちが含まれているのです。死に瀕した人たちは、時にたいへんオープンマインドになりうるのです。もちろん、今日では私たちは回心(conversion)についてほとんど話しません。なぜなら、とても多くの人たちが神に捕まることを本当に恐れているからです。しかし(ウィリアム・)ジェームズによって幅広く記述された回心こそが私たちの基本的なプロセスのようです。他のすべての仕掛けは土台作りに過ぎません。一人のアルコホーリクがもう一人のアルコホーリクに働きかけるとき、その人はこの本質的な体験を強化し、維持するのです。(アメリカ精神医学ジャーナル、106巻、1949年)。


  1. National Clergy Conference on Alcoholism — 1960年代に聖職者がアルコホリズムに焦点を当てて開いていた協議会。 []