ビッグブックのスタディ (11) 医師の意見 2
異常というキーワード
いよいよ、というかやっとステップ1の話に入ります。
「医師の意見」の p.xxxii (32) から xxxiii (33) にかけての段落は、ビル・Wが書いた文章です。ここでは、シルクワース医師の話が初期のAAメンバーたちにどんな意味を持っていたか述べています。
p.xxxii (32) の後ろから3行目には、こういう文があります:
・・・アルコホーリクの肉体が、精神と同様に異常だ・・1)
the body of the alcoholic is quite as abnormal as his mind.2)
アルコホーリクは精神が異常だが、肉体も異常だなんて、ヒドいことをさらりと言ってのけています。異常(abnormal)というのは嫌な言葉です。誰だって、異常とか、アブノーマルとは言われたくないでしょう。
異常とは少数派のこと
しかしながらアブノーマルという言葉は、悪いとか、劣っているとか、間違っているという意味ではありません。3) 4)
英語の辞書を引くと、abnormal とは
とあります。5)
では何をもって正常とするのでしょうか? それは多数派を正常とし、少数派を異常とするのです。例えば、花粉症の有病率は15.6%だそうですから 6)、 花粉症になる人たちは少数派(つまり異常)です。ならない人たちが多数派(つまり正常)です。ところで花粉症になる人は年々増えているそうですから、将来的には少数派・多数派が逆転する可能性があります。将来8割の人が花粉症にるようになったら、その時には花粉症にならない人が「異常」と呼ばれるようになっているでしょう。
飲酒をコントロールできない
さて、正常と異常は同じではなく、両者のあいだには何かの違いが必ずあります。
つまり、私たちアルコホーリクは、正常な人たち(ノン・アルコホーリク)とは違っているということです。しかしながら「自分の肉体や精神が、まわりにいる人たちとは違うなどということを、喜んで認める人間がいるわけはない」(BB, p.45)とあるように、私たちは違いを認めたくない(=フツーでありたい)ものなのです。
アルコホリズムは病気です。病気ならば、健康な人とまったく同じということはあり得ません。必ず違いがあります。自分がアルコホリズムという病気にかかっていることを「認める」ためには、健康な人とどこが違っているのかを知らねばなりません。
では、その差異を見つけるために、読み進めていきましょう。p.xxxii (32) の最後の行に、「飲酒をコントロールできない(we could not control our drinking)」という言葉があります。
アルコホーリクは飲酒をコントロールできません。酒を飲む量が多すぎ、それが生活に悪影響を与えます。また、酒を飲んではいけないときにも飲んでしまいます。
2013年公開の『フライト』という映画では、旅客機のパイロットである主人公が、搭乗前夜に泥酔し、操縦席でも酒を飲んでいるシーンが出てきます。もちろんアルコホーリクという設定です。AAメンバーにお勧めの映画です。
精神的要因だけではない
なぜそんなに酒をたくさん飲むのでしょうか? 飲酒行動の背後には「酒を飲みたい」という欲求――いわゆる飲酒欲求と言われるもの――があるのは確かです。その欲求が私たちを酒に駆り立てます。
シルクワース医師の功績は、飲酒欲求を「身体に起因するもの」と「精神に起因するもの」の二つに分けたことでしょう。
- 身体に起因する飲酒欲求
- 精神に起因する飲酒欲求
アルコホーリクが酒をたくさん飲むのには、精神的な(あるいは心理的な)要因があると捉える人が多いのです。p.xxxii (32) の終わりの2行では、
(1) 人生にうまく適応できない
(2) 現実から完全に逃れたい
(3) 精神がまったくおかしい
といった要因が例として挙げられています。
一番目の「人生にうまく適応できない」というのは、いわば適応障害です。つまりストレスに対処するために酒を飲んでいるというもの。
二番目の「現実から完全に逃れたい」というのは、辛い現実(例えば大切な家族を失ったとか)を一時的にでも忘れるために酒を飲んでいるというもの。
三番目の「精神がおかしい」というのは、鬱や不眠のような精神的失調を緩和するために酒を飲むというもの。
どれも精神に起因するものです。しかしビルたちは、そうした精神的な要因で「飲酒をコントロールできないのだと言われても、納得できなかった」と言っています(p.xxxii 最終行)。その続きです:
それは事実だし、かなりのところまで言い当ててもいる。だが、私たちは自分の肉体もまた病んでいる、と確信している。この肉体的な面を抜きにしてアルコホリズムを語ろうとするのは片手落ちだと、私たちは信じている。7)
精神的な要因で飲酒をコントロールできないのは本当だ。だがそれだけではない。他の要素が必ずあるはずだ、と言うのです。確かにそのとおり。ストレスが原因で飲み始めたのは本当だとしても、アルコホーリクになってしまえば、ストレスから解放されても大酒を飲み続けるでしょう。精神的な要因だけでは、飲酒をコントロールできない現実を説明できないのです。
精神でないとするならば、身体的な要因があるに違いない。シルクワース医師はそれを「アレルギー」という言葉で表現しました。それについては次回扱います。
まとめです。今回は、異常(abnormal)という言葉を扱いました。それは悪いとか劣っているという意味ではなく、単に少数派であることを示しているにすぎません。でも、私たちアルコホーリクは、正常な人(ノン・アルコホーリク)とは違いがあることを信じなければなりません。
その違いとは、飲酒をコントロールできないことです。コントロールできないのには、精神的な要因ばかりでなく、身体的な要因があるというところまで進みました。では次回をお楽しみに。
- 異常(abnormal)というキーワードが登場。
- 異常とは、悪いとか劣っているという意味ではなく、単に少数派であること。
- アルコホーリクは、正常な人(ノン・アルコホーリク)とは違いがある。
- その違いとは、飲酒をコントロールできないこと。
- コントロールできないのには、精神的な要因ばかりでなく、身体的な要因がある。
- BB, p.xxxii (32).[↩]
- AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.xxvi.[↩]
- PFY, p.39[↩]
- BBCA, p.22.[↩]
- deviating from the normal or average — Merriam-Webster, Merriam-Webster Dictionary (m-w.com).[↩]
- 大久保公裕「はじめに ~花粉症の疫学と治療そしてセルフケア~」 (mhlw.go.jp), 厚生労働省, 2018/6/2.[↩]
- BB, p.xxxiii (33).[↩]
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