渇望
渇望 — craving
AAにおいて、飲酒中のアルコホーリクにもっと(more)酒を飲みたいと感じさせる、異常に強い欲求を指して使われる用語。
AAの初期からの支持者であったシルクワース医師は、アルコホーリクはアルコールに対して身体的過敏性(アレルギー体質)を持っているため、アルコールが体内に入ると、より多くの酒を求める強い欲求(渇望)が生じると説明した。この渇望は身体的な現象であるため、意志の力で抑止することは難しく、アルコホーリクはより多くの酒を求め、結果として飲酒のコントロールが失われることになる。アルコホーリクはなんとか飲酒のコントロールを取り戻そうと努力しているが、渇望に対する治療法がないことを受け入れることで、その努力を諦め、目標を断酒へと変えることができる。
シルクワースの述べた渇望は、飲んだ後に起こる欲求のみを指している。彼は論文の中でこう述べた:
After the first drink, and only then, does he experience the physical phenomenon of craving.1)
最初の一杯を飲んだ後、もっぱらその後にだけ、彼は渇望という身体的現象を経験する。(拙訳)
AAではアルコホリズムを、身体的・精神的・霊的(スピリチュアル)という三つの側面を持つ病気として捉えているが、渇望現象は身体の病気の症候とされている。
他方、アディクション治療全般において、渇望という用語は、別の欲求を指して使われている。それは(アルコールを含む)薬物へのアディクションを持つ者が、薬物を使っていたときと似たような刺激(stimuli)にさらされると湧き上がってくる強い欲求である。これは、視覚・聴覚・嗅覚などの刺激によって起きる古典的条件づけ の一種であり、しばしば再発の引き金となる。したがって、ソブラエティ(クリーン)を続けていくためには、こちらのまた(again)酒を飲みたいという欲求を乗り越えていくことが大きな課題になる。アルコールの場合には飲酒欲求と呼ばれることも多い。
APA(アメリカ精神医学会 )のDSM-5では、この渇望を以下のように解説している:
渇望は,薬物に対する強烈な欲求または衝動となって現れ,それはいなかるときも出現することがあるが,特に出現しやすいのは,かつて薬物を獲得したり使用したりした環境においてである.渇望は古典的条件付けを伴うことが示されてきたが,脳内の特異的な報酬構造の活性化と関連している.ほかのことは何も考えられなくなるほどに薬物を摂取したいという強い衝動・・・ 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』2)
このように渇望という用語は多義的であるため、示す対象を明確にする場合には、
-
- 身体的渇望(physical craving) — 飲んだ後に起こる欲求
- キュー渇望(cue craving) — 飲む前に起こる欲求
という用語を使って区別することがある。しかしほとんどの場合、単に「渇望」という用語が、後者を指して、あるいは両者を区別せずに使われている。前者を指して使われるのは、AAのテキストや12ステップについての文献に限られる。
NAのテキストにおいては、craving(渇望)という用語は使われておらず、身体的渇望を指してcompulsion(強迫的欲求)という用語が使われている。3)
AA(およびNA)のテキストにおいて、キュー渇望は積極的に取り上げられていない。キュー渇望は酒を飲む前に起こる欲求であるから、身体のアレルギー反応によるものではない。このため精神の強迫観念の一部と見なされる。
参照:
・アレルギー
・付録A「アレルギーの徴候としてのアルコホリズム」W・D・シルクワース
・ビッグブックのスタディ(12) 医師の意見 3
・ビッグブックのスタディ(14) 医師の意見 5
・ビッグブックのスタディ(21) 医師の意見 12
・渇望
・依存症の診断基準(DSM-5)#渇望
外部リンク:
・Craving
- William D. Silkworth, “Alcoholism as a Manifestation of Allergy,“ Medical Record, March 17, 1937 ― 「アレルギーの徴候としてのアルコホリズム」[↩]
- APA, 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』, 医学書院, 2014, p.475[↩]
- 『なぜ どのように』ではcompulsionを強迫観念と翻訳している。[↩]
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