底つきとは何か

回復には底つきが欠かせない

回復には底をつく(hit bottom)ことが必要です。ビッグブックには底つきという言葉は出てきませんが、12&12『AA成年に達する』には、底つきが必要だとはっきりと書かれています。

AAの誰もが、まず底をつかなければならないというのはなぜだろうか。底つきを経験してからでないと、真剣にAAプログラムをやってみようと思う人はほとんどいない、というのが答えだ。1)

支援者たちの底つき不要論

ところが、最近では依存症の支援者と呼ばれる人たち、つまり医療や福祉の関係者が「底つきは必要ない」ということを主張するようになりました。例えば、検索エンジンで「依存症+底つき」で検索してみると、様々な人たちが「底つきは必要ない」とか「底つきを待つべきではない」という意見を表明しています。

AAは回復には底つきが不可欠だと言い、他の人たちは底つきは不要でありむしろ底つきを待つのは有害だと言います。この違いを私たちはどう考えれば良いのでしょうか?

結論から言ってしまうと、日本の依存症支援者が30年以上にわたって使ってきた「底つき」という言葉と、AAが70年以上使い続けてきた「底つき」という言葉は、全く違うものを指しています。

支援者たちが使う「底つき」は、酒で仕事や家族や住む場所など「すべてを失う」ことであったり、「もうこれ以上失うものはない」という状態を指して底つき体験と呼んでいる場合が多いのです。そこまで深刻化してしまうと様々なものを再獲得するのも大変ですし、重症化していることも多いので死亡のリスクや身体的なダメージも大きくなります。だから、そうなる前に治療や回復を始めたほうが良い、という意味で「底つきは必要ない」とか「底つきを待つ必要は無い」と主張してます。

AAは底つきが必要だと主張していますが、「すべてを失う」という意味での底つきが必要だとは主張して。メンバーの中には(支援者から与えられた情報によって)誤解をしている人もいますが、AAの公式の見解として、底つきをするのに何かを失う必要があると主張したことはありません。むしろ、何かを失う前に回復すべきだと、ビッグブックは主張していますBB, pp.57, 63)

AAの主張する底つきとは何か

では、AAメンバーにとって必要な底つきとは何でしょうか? 先ほどの12&12のステップ1のところに解説があります。

スポンサーになってくれた人たちは、私たちが人間の意志の力ではどうしても打ち破ることができない、言いようのないほど強力な精神的とらわれ(obsession)の犠牲者になっていたのだと断言した。自分の意志の力だけで、この強迫観念と戦って勝つ方法はなかったとも言った。2)

これは、精神の強迫観念について述べています。その続きは:

私たちのとまどいにもかかわらず、その人たちは、アルコールに対する私たちの感覚がますます過敏になっていることを指摘し、それは一種のアレルギーだとも言った。2)

こちらは、身体のアレルギーについて述べています。新しい人にこの二つの情報を教えるのはスポンサーの役割だということです。12&12にはアレルギーと強迫観念についてこれ以上の情報はないので、ビッグブックを読まねばわかりません)。

この「ビッグブックのスタディ」で延々説明してきたように、身体のアレルギーと精神の強迫観念の組み合わせには、私たちは太刀打ちできません。ごく一部の例外を除けば、私たちアルコホーリクは必ず酒に負けてしまいます。そのことを12&12では「この戦いで孤軍奮闘して勝利を得た者はほとんどいない。アルコホーリクが自分の力で回復できたことはほとんどない」(p.31)と表現しています。

AAは底上げに1940年代から取り組んできた

AAができたばかりのころは、もっともひどい状態の人たちしか、この苦い真理を飲み込み、消化することができなかった。3)

AAができたばかりの頃は、どん底のケース(low-bottom cases)の人たちしか苦い真理(アレルギーと強迫観念)を認めることができませんでした。しかし「それから数年で、事情がすっかり変わり」、まだ健康で、家族も仕事も財産も失っていない人たち(=底が高いケース)も、アレルギーと強迫観念を認めるようになっていきました。

もちろん、それを実現するためには「底つきを、その人たちのために引き上げる必要」12&12, p.32)がありました。ではAAはどうやってそれを達成したのでしょうか?

一人のアルコホーリクの心に、もう一人のアルコホーリクがその病気の本質を植えつけたなら、その人はもう以前と同じではありえない。4)

つまり、新しい人たちにアレルギーと強迫観念の概念をしっかりと伝えれば良いのです。それに納得した人たちは、すぐに12ステップに取り組んでハイヤー・パワーを探し始めるでしょう。納得してくれない人たちはAAを去って行くでしょうが、無理に引き留める必要はありません(AAは誰も引き留めないという前回の話を思い出して下さい)。しかし、その人にしっかりと病気の本質(アレルギーと強迫観念)が植え付けられたなら、その人は飲む度に「AAの連中の言う通りかも」と考えて、やがて納得してAAに戻ってきます。

ビル・Wは、『AA成年に達する』でこう書いています:

飲まずにいられなくなる精神的強迫と、狂気か死を運命づける身体的アレルギーという……。これは絶対に必要なキーワードである。5)

アレルギーと強迫観念という概念の重要性を彼はたびたび強調しました:

自分がどうにもならなくなったことを認めるのに、あらゆる面で底をつく必要は彼らにはなかった。そこで「底上げ」をし、比較的高い底つきで済むような意識的な方法を展開していった。このような軽症の人にとっても、自分にアルコホリズムの主な症状が現れたと納得できた時、それでもう十分だった。その時点で「底をついた」のであり、何年もの苦しみを味わわずに済んだわけである。6)

その仕組みがきちんと動いていた時代のAAは、AAを去って行った人たちの3分の2は数年のうちにAAに戻ってきたとありますBB, p.xxv)。これがAA流の「底上げ」のやり方であり、1940年代から取り組まれてきたことです。

僕が懸念しているのは、日本のAAのガラパゴス化 が進んだ結果、アレルギーや強迫観念という重要な情報の価値が軽んじられ、新しい人たちにこの病気の本質が伝えられなくなってしまっているのではないか、ということです。そのことは、新しい人たちの底つきと回復を困難にしているのではないでしょうか。

ともあれ、こうして見ると、AAでの「底つき」の意味は明確です:

底つきとは、身体のアレルギーと精神の強迫観念を理解し、アルコールに対する無力を認めること

です。これには何かを失うことは含まれていません。

どん底タイプと底が高いタイプ

AAは、どん底のケース(low bottom cases)と、底が高いケース(high bottom cases)の両方を常に提示してきました。ビッグブックの第三章には、ジムというどん底タイプのケースと、フレッドという底が高いタイプが提示されています。ジムは酒で仕事も家族も失ってから回復が始まったのに対し、フレッドは何も失っていないのに回復を始めています。

ビッグブックの後ろには、「個人の物語」と呼ばれる回復の体験記が収録されていますが、英語版のビッグブックの体験記は三部構成になっています。第1部は「AAのパイオニアたち」という初期メンバーの話です。第2部は「時間があるうちに酒をやめた人たち」でこれは高い底つきをして回復した人の話を集めています。そして第3部は「ほとんどすべてを失った人たち」で、これはどん底タイプの話です。英語版の個人の物語は『アルコホーリクス・アノニマス 回復の物語』というタイトルで分冊で日本語訳の刊行が続いています。(各分冊に5~6話が収録され、今年第6巻が出版された)。

AAはこのようにロー・ボトムとハイ・ボトムを並べて提示してきました。何かを失う体験をしなければ回復できないとは主張していません。


どん底のケース
low bottom cases
底の高いケース
high bottom cases
ビッグブック
第三章 (1939)
ジム フレッド
12&12
ステップ1 (1952)
「死にかけた」人たち まだ元気で、家族もいて、
仕事も失わず…
ビッグブック
第2版 (1955)
「ほとんどすべてを失った人たち」 「時間があるうちに酒をやめた人たち」

AAの底上げ(raising the bottom)への取り組みは1940年代に始まり、70年以上の実績があります。このアレルギーと強迫観念という概念を利用した底上げの手法は、日本のAAではあまり活用されてこなかったのは残念なことではありますが。

どん底必要論の起源

ではなぜ、日本の依存症支援者たちは、すべてを失うことが底つき体験だと考えてきたのでしょうか? 1980年代に出版されたアルコール依存症の医学書には、「どん底」や「生きるか死ぬかを選択する形での底つき」という言葉が見られ、専門家の役割として「底をつかせる作業」を紹介しています。7) この「底をつかせる援助」のさらなる起源はわかりませんが、おそらくこのあたり(1980年代)から依存症の支援者のあいだで「すべてを失うどん底体験が必要だ」という考えが浸透していったのでしょう。

当時は精神病院での長期の入院治療が主流であり、対象となる患者も病気が進行した人たちが多かったため、こうした手法に利点があったのでしょう。しかしながら、この病気にも早期発見・早期治療が進み、21世紀になってクリニックでの外来治療が増えてくると、対象となる患者層も変わってきました。それによって「底をつかせる援助」の限界が明らかになってきた、というコンテキストで解釈するとわかりやすいと思います。

この「底つき体験」は、AAの言う底つきとは全く違った内容なのですが、同じ言葉であるがために同じことを指しているとされています。そして、AAメンバーでさえ、この種の「すべてを失うどん底体験」が回復に必要だと信じるようになっていたのです(僕も実際にそういう時期がありました。だってビッグブックを学ぶまで分かんないでしょ)。

おそらく20年から30年にわたって、「どん底必要論」が依存症支援の業界の主流を占めていました。そして近年になり、この「どん底必要論」を否定する人たちが「底つきは必要ない」と言っているわけです。

「どん底必要論」の起源がわからない以上、それがAAの底つき概念を誤解したものだと断じることはできません。しかし、「どん底必要論」を主張する人たちのなかには、AAのテキストに底つきが必要だと書かれていることを根拠の一つに使う人がいますし、底つきを不要だと主張する人たちは、AAの底つきについての考え方を古くさいものだと断じます。しかし、底つきの意味するものが違うのですから、どちらの主張も誤解に基づいたものです。

底つきが必要だ、と堂々と言えば良い

では、AAメンバーはこの底つき不要論にどう対処すれば良いのでしょうか?

支援者の人たちが、底つき(どん底必要論)を発明して、30年ほど愛用した挙げ句、役に立たないからそれを捨てる、というプロセスにAAがお付き合いする必要はまったくありません。8) なので、AAはこれからも「回復には底つきが必要」と堂々と主張していけば良いでしょう。

なかには、底つきなんて古いですよとか得意げに言ってくる人もいるでしょうが、そういう(無知な)支援者に対しては、アレルギーと強迫観念の話をじっくりと聞かせて、AAの底つきとは何を指しているのかを教えてあげましょう。なにぶんにも、彼らを啓発しないことには、助かるアルコホーリクが増えてくれないのですから。

この話は、もう少し早く書きたかったのですが、「ビッグブックのスタディ」でのアレルギーと強迫観念の話が一段落してからのが良いだろうと思って、このタイミングになりました。

今回のまとめ
  • 回復には底つきが欠かせない。
  • 底つきとは、アレルギーと強迫観念を理解し、それによってアルコールに対する無力を認めること。
  • AAの底上げへの取り組みは1940年代に始まり、70年以上の実績がある。
  • 日本の依存症支援者の間では、1980年代に「どん底必要論」が広がった。
  • 近年では「どん底必要論」を否定する支援者たちが「底つきは必要ない」と主張し始めた。
  • AAの使う「底つき」と、支援たちの使う「底つき(どん底)」は意味がまったく異なる。
  • 支援者たちが彼らの底つきの概念を否定するからといって、AAメンバーがAAの底つきの概念を否定する必要は無い。
  • AAメンバーは、回復には底つきが必要だと堂々と主張していけば良い。

  1. 12&12, p.33 []
  2. 12&12, p.30 [] []
  3. 12&12, p.31 []
  4. 12&12, p.33 []
  5. AACA, p.19 []
  6. AACA, p.301 []
  7. 斎藤学『アルコール依存症の精神病理』, 金剛出版, 1985, pp. 196-197, 200-204 []
  8. それに、AAの主張するのとは違った種類の底つきについての必要・不要の議論は、AAにとっては「外部の問題」であり、どちらかに与(くみ)することは避けるのが賢明です。 []