スポンサー
スポンサー — sponsor
AAにおけるスポンサーシップ(sposorship)とは、新しい人がアルコールを飲まずに生きていけるようになるために、他のAAメンバーが基本的に一対一で手助けする仕組みである。スポンサーシップを提供するAAメンバーをスポンサー(sponsor)、スポンサーシップを受ける新しい人をスポンシー(sponsee, sponsoree)と呼ぶ。
辞書には sponsor という言葉の意味が三つ載っている。1)
-
- キリスト教で使われる言葉で、非信徒が洗礼 を受けて信徒となる際に、受洗者がふさわしい宗教教育を受ける責任を引受け、受洗者の霊的な父母(godparent)として儀式に立ち会う者を指す。日本語では代父・代母と訳される。
- 1.が転じて、何らかの結社 や友愛会に加入する際に、その者が入会にふさわしいことを保証する既会員を指して使われるようになった。つまり保証人という意味である。例えばフリーメイソン に入会するためには、会員2名からの推薦を得る必要がある。また、京都のお茶屋 のような一見さん お断りの店に入るには、常連客に連れて行ってもらう必要があるが、その常連客が sponsor である。紹介された客が代金を払わなかった場合は、紹介した常連客が代わって払う義務を負う。
- 2.がさらに転じて、何らかの活動を行うに際して、その費用を負担する者を指すようになった。特にテレビやラジオの広告枠と引き換えに番組制作費用を負担する者を指す。
AAにおけるスポンサーシップは、このどの意味でもない。AAのプログラムは「一人のアルコホーリクがもう一人のアルコホーリクに話をする(one alcoholic talks to another)」2)ことを基本にしている。AAのパンフレット『スポンサーシップQ&A』では、巻頭にAAの共同創始者ビル・Wが、もう一人の共同創始者ドクター・ボブに会いに行ったことをスポンサーシップの始まりとして挙げている(つまり、ビル・Wがスポンサー、ドクター・ボブがビルのスポンシーである)。
実際には、ビルはドクター・ボブと出会う半年前にエビー・Tというアルコホーリクから12ステップの原型となるプログラムを受け取っており、エビーはローランド・Hという人物からプログラムを伝えられていた。そのようにアルコホーリクからもう一人のアルコホーリクと回復のプログラムが受け渡されていくことによって、多くの人たちが回復していった。
この関係をスポンサーシップと呼ぶようになったのは、1939年終わりもしくは1940年初めのクリーブランドにおいてだと考えられている。3) ドクター・ボブはアクロンにおいて無償でアルコホーリクの治療にあたったが、患者に対してアクロン市立病院(Akron City Hospital)に一週間前後入院することを要求した。当時、アルコホーリクを入院させてくれる病院は極めて少なかったが、それはアルコホリズムが病気ではなく道徳的悪癖だと見なされていたという理由だけでなく、アルコホーリクが入院費を払わないことが多かったからであった。アクロン市立病院でも、アルコホーリクによる治療費の未払いが合計5,000ドルに達し4)、その結果、ドクター・ボブたちはアルコホーリクを入院させることができなくなった。5)
困ったドクター・ボブが頼ったのがセント・トーマス病院(St. Thomas Hospital)のシスター・イグナチア(Sister Ignatia, 1889-1966)だった。シスターは事情を知っていたので、患者を連れてくるAAメンバーに対し、患者の保証人となり、患者が治療費を払わなかった場合には代わりに払うことを要求した。スポンサーはスポンシーの入院中には他のAAメンバーと一緒に面会に行って話をし、患者がふさわしい状態に達したと判断したら、そこでようやくその人をAAミーティングに連れて行った。さらに、その人に対して回復のプログラムを受け渡す責任を負った。6) 7) したがって、当時のスポンサーシップは上記 1. 2. 3. のすべての意味を含んでいたと言える。
しかし1940年にクリーブランドでAAメンバー数の急増が起こるとこのような仕組みを維持することができなくなり、そのような習慣はすぐに廃れた。AAに加わるためにメンバーによる審査を受ける必要はなくなり、入院が必須とされなくなった結果としてスポンサーが経済的責任を負うこともなくなった。最終的に、回復のプログラムを手渡すことで新しい人を手助けするという役割だけが残った。8)
このようにスポンサーシップ同様の取り組みはAA成立以前から行われていたが、スポンサーシップという言葉が使われるようになったのはビッグブックの初版の出版以降であるので、ビッグブックの前半(第十一章まで)にはスポンサーという言葉は登場しない。しかし、スポンサーが行うべきことはその第七章に詳述されている。
AAにはスポンサーを行える上級クラスや認定制度といったものはなく、誰でもスポンサーを引き受けることができる。新しい人にはスポンサーを選ぶ自由や別の人に変更する自由が与えられている。ただし、選ぶ余地があるだけの規模があるならば、スポンサーとスポンシーは同性であるのが望ましいとされている。それはスポンサーもスポンシーも生身の人間である以上、一対一の関係の中でしばしば本来の目的からそれてしまうことがあるからである。
スポンシーの側には、ソブラエティを得るための手助けが得られるというメリットがある。一方、スポンサーの側には、スポンサーシップを通じて新しい人の手助けをする(ステップ12)ことで、自らのソブラエティを強化できるというメリットがある。スポンサーシップから受け取る恩恵は、スポンサーの方がのほうが(スポンシーが受け取る恩恵よりも)大きいとされている。スポンサーとスポンシーは対等の関係であるが、このように手助けの内容は対称ではない。
この一対一の相互支援関係は外部からは見えにくいために、AAを紹介する文章の中にはほとんど登場しないが、AAミーティングと並ぶAAにおける実践の主要かつ重要な構成要素の一つである。
他の12ステップグループにおいてもスポンサーシップはAA同様に重要な実践だとされている。
外部リンク:
・P-15 Questions and Answers on Sponsorship (aa.org)
- Merriam-Webster, Merriam-Webster Dictionary (m-w.com), 2024.[↩]
- BB, p.xxxviii.[↩]
- アーネスト・カーツ(葛西賢太他訳)『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』, 明石書店, 2020, pp. 82, 155-156.[↩]
- 現在の日本円に換算すると1,000万円以上。[↩]
- カーツ, p.147.[↩]
- Wally P., Back to Basics of Sponsorship: Missing Link to Recovery, workshop leaded by Wally P., 2013.[↩]
- Arthur S. et al, Alcoholics Anonymous Recovery Outcome Rates — Contemporary Myth and Misinterpretation, Hindsfoot Foundation, 2008.[↩]
- DBGO, 第15章.[↩]
最近のコメント