ビッグブックのスタディ (90) どうやればうまくいくのか 2

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いつもどんなふうで、何が起き、いまどうなっているか

第五章のp.84の続きです。

私たちは、自分たちがいつもどんなふうだったか、そして何が起こっていまどうなっているのか、おおよそのところをはっきりさせる。あなたが、私たちの持っているものを欲しいと思い、それを手に入れるためなら何でもするという気持ちになったのなら、あなたはもうステップを着実に踏む準備ができたのだ。1)


Our stories disclose in a general way what we used to be like, what happened, and what we are like now. If you have decided you want what we have and are willing to go to any length to get it — then you are ready to take certain steps.2)

最初の文の主語は our stories(私たちの物語)ですが、ビッグブックで stories という単語は、本の後半の「個人の体験記パーソナル・ストーリー」を指しています(pp. xxx (30), 43, 73)。そして、それらの体験記では、書き手がどのように神との関係を作っていったかが書かれています第65回第81回。そのことを踏まえると、「何が起こって(what happened)」で起きたことが霊的体験(あるいは霊的目覚め)を指していることは明らかです。ですから、「いつもどんなふうだったか、そして何が起こって、いまどうなっているのか」は、霊的体験前はどのようであったか、どのような霊的体験をしたのか、そいて霊的体験後はどのようであるか、という意味です。

であれば「私たちの持っているもの」は、霊的体験、あるいはそれによって得られる神との関係のこと以外にはありえません。つまり、神との関係を欲し、それを手に入れるためなら何でもするという気持ちになったのなら、ステップ3へと進む準備ができているのです。「初版に寄せて」から第四章まで読んでこられた方は、このように解釈するのが自然だということはお分かりいただけるでしょう。ステップ1、ステップ2と順番に取り組んできた人は、自分の抱える問題を解決してくれる存在(神)を見つけたいと願っているはずだからです。

ところが、この「いつもどんなふうで、何が起き、いまどうなっているか」を、AAにつながる前の飲酒生活・AAにつながるきっかけ・現在のAAライフ、と解釈する人たちがいます。その人たちにとっては「私たちの持っているもの」は神との関係ではなく、断酒生活であることが多いようです。なぜそのような理解になってしまうでしょうか。その原因は、いきなり第五章を読むからです。

ミーティング用パンフレット
『ミーティングハンドブック』

ジョー・マキューは、ビッグブックをいきなり第五章から読み始めるのは重大な間違いであると指摘しています。3) 4) ビッグブックの第四章までには、ステップ1と2についての説明があります。この二つのステップは、問題と解決、現在地と目的地という重要な情報を与えてくれます。ですから、第五章から読み始めるのは、現在地も目的地も分からないまま車を走らせるのと同じことで、すぐに道に迷うことになります。

日本のAAで使われている『ミーティング・ハンドブック』という薄い冊子には、ビッグブックの第三章と第五章それぞれの冒頭が抜き書きされています。ミーティングの始まりにその文章を読むことにしているグループもたくさんあります。その結果として日本の多くのAAメンバーは、いきなり第五章の文章(の一部)に触れることになり、そのせいで混乱してしまうのです。その混乱を解決する手段はただ一つ、ビッグブックを先頭から読んでいくことです。

徹底して=手抜きはするな

続きには、ビッグブックを書いたAAメンバーたちが、ステップに取り組むことをためらって「もっとやさしい楽なやり方」を探したと述べています。

なぜ、ためらうのでしょうか? 前回述べたように、12ステップは私たちに現実を直視し、それを受けとめることを要求します。自分の弱さや醜さと向き合えば、誰だって惨めな気分にならざるを得ません。ステップ1で私たちは自分には酒をやめる力が無いことを認めました。他の人たちは自由に酒を飲んだり止めたりできるのに、自分はそれができないことを認めるのは悔しくて惨めなことだったでしょう(少なくとも最初のうちは)。だがそれが現実なのですから、それを受けとめるほかなかったのです。ステップ2では、神が自分の問題を解決してくれると信じるようになりました。自力で解決することにこだわっていた私たちにとって、それを諦めて神を頼る必要があることを認めることには屈辱感を味わったはずです(少なくとも最初のうちは)。だが、それが現実なのですから、それを受けとめるほかなかったのです。

ステップ3から先も同じことで、何かしら私たちに惨めな気分を味あわせてくれるようになっているです。それが分かっているからこそ、先へ進むのがためらわれるのです。5)

ビル・Wたちは、自分たちの経験からそのことが十分に分かっていたからこそ、「最初から思い切って、徹底してやるように」と助言しているのです。徹底するというのは、各ステップを完璧に仕上げるという意味ではなく――そんなことは不可能だとすぐ後(pp.86-87)に書かれています――手抜きをしてはいけない、という意味です。

自分の古い考え

私たちのなかには自分の古い考えにしがみつこうとしている仲間もいたが、完全にその考えを捨てないうちは結果は何も生まれなかった。6)

この「自分の古い考え」って何ですか? という質問をこれまでに何度受けたか数えられません。でもそれは12ステップの核心を突いた非常に良い質問だと思います。第四章には「古い考え」の説明がありました。p.77の「自分の問題は自分で解決できるという考え」がそれです。対して新しい考えは「神に頼ればうまくいく(God-sufficiency)」です第83回

言い換えれば、自分の古い考えとは「自分で何とかしなくちゃならない」であり、新しい考えは「神の意志に従ってみる」です。

謄写版印刷のビッグブック

ビッグブックの初版が出版されたのは1939年4月のことでしたが、その二ヶ月ほど前に謄写版 印刷の原稿が配布されたことはあまり知られていません。AAとAAの12のステップは、当時の最新の医学的情報と歴史ある宗教的手法を組み合わせて、最終的に医学でも宗教でもないものとしてできあがりました。しかし、AAが発展するためには、引き続き医学および宗教関係者の協力が欠かせないことも認識されていました。もし、ビッグブックのなかに医学的誤りや何らかの宗教への攻撃とみなされる記述があれば、将来に禍根を残しかねません。そこで、ビル・Wたちは一日でも早く出版したいという気持ちをぐっとこらえて、タイプした原稿のコピーを謄写版で400部作り、医学・宗教その他の各方面の関係者に貸し出しました。7) 8) これはAAでは「オリジナル原稿(original manuscript)」と呼ばれています。

このオリジナル原稿は、いまではネットで読むことができます。9) 10)

返ってきたフィードバックの中で、もっともインパクトがあったのが、ニュージャージー州の精神科医ハワード医師11) からの指摘でした。それは、この本にはあまりにも「あなたは・・ねばならない(you must)」が多すぎるという指摘でした。

一般的にアルコホーリクは「酒を飲みすぎないようにしなさい」とか「もう酒を飲んではいけない」とかなどという助言(あるいは命令)を受け続けてきているものです。しかし病気ゆえに、飲み過ぎてしまったり、断酒できなかったりと、助言に従おうとしても従うことができない体験を積み重ねてきています。だから、助言に従ったほうが良いことも分かっており、そのような助言が自分のことを思って親切心から発せられていることも理解していてもなお、助言であれ命令であれ、何らかの強制のニュアンスを感じさせる言葉を向けられると、反発を感じるようになっているのです。

ハワード医師は、そのようなアルコホーリクの心情をよく理解していたからこそ、「あなたは・・ねばならない(you must)」を、「わたしたちは~すべきだ(we should)」に変えるべきだ、という理にかなった提案をしてきました。

しかし、そのように全文に渡って書き換えるのは大変な作業です。ビルは抵抗したのですが、ハワード医師の意見が正しいのは明白で、他のメンバーの意見に押されて、ビルはやむなく書き換えを承諾しました。そんなわけで、ビッグブックの文章は「私たち(we)」を主語にして、経験として語られる文体になったわけです。12)

ところが、ビルは must を取り除くつもりはあまりなかったようで、第五章の中ほど以降では must がたくさん残ったままになっています(ビッグブックは意外と must だらけなのです)。

最終的に400部のオリジナル原稿のなかから一部を選び、ビルや、字が綺麗だったハンク・Pがそれに修正点を赤や黒の鉛筆で細かく書き入れました。びっしりと訂正が書き加えられたので、あまりに読みにくくなり、全面的にタイプしなおすように要求されたものの、なんとかハンクが印刷会社を説き伏せて入稿したのでした。13)

オリジナル原稿のその後

この時に入稿に使われた、びっしりと訂正が入っているオリジナル原稿は、その後はビル・Wの手元にありました。1971年にビルが亡くなったあとは妻ロイスのもとにあったはずですが、その後、この原稿は行方不明になってしまうのです。

実は、ロイスはその原稿を1978年にウィルソン夫妻の友人であったバリー・リーチ(Barry Leach)という人物に譲りました。リーチは翌年に、その原稿をAAワールドサービス(AAWS、ニューヨークのAAオフィスを運営している法人)に譲渡する公正証書にサインしました。その対価として、ただ一つ、自分が生きている間は原稿を手元に置いておきたいという条件を付けました。ところが、この1979年からリーチが亡くなる1985年までの間に、AAWS側ではすっかりそのことを忘れ去ってしまいました。リーチの遺言を執行したリーチの兄弟は「価値のある動産はない」と宣言しました。原稿の行方が判明したのは2004年になってからで、ジョセフ・B(Joseph B.)なる人物がオークションハウスで原稿を150万ドルで売却しました。さらに3年後には、ふたたびオークションに99万ドルで売却されました。このころになって、ようやくAAWSはリーチの公正証書を発見し、原稿の所有権を主張して提訴しました。しかし、AAが訴訟の主体となることにはメンバーからも批判があり、AAWSは結局所有権を放棄しました。原稿は2018年にさらにオークションにかけられ、インディアナポリス・コルツ というNFL チームのオーナーが、240万ドルで落札したと報じられました。このオーナー、ジム・アーセイJim Irsay, 1959-)は、自らが25年前に初めてAAミーティングに出席したアルコホーリクであることを明かしています。14)

アーセイがその原稿をどうするつもりなのかは分かりません。ただ、私たちはその複製を入手することができます。2010年に解説付きの複製本が ヘイゼルデンから出版されています。15)

Original manuscript of A.A.
オリジナル原稿の複製本の第五章の先頭ページ

ずっしりと思いその本を開くと、ビルやハンクが赤や緑や黒の鉛筆で書き込んだ訂正を見ることができ、彼らがビッグブックを作るにあたって行なった議論を知ることができます。

あなたも神を見つけ出しますように!

私たちが相手にしているのはアルコール――巧妙で、不可解で、強力なもの――であることを、忘れないでほしい。それは、助けなしには手に余るものなのだ。だがここに一つどんな力でも持っているものがある。それは神である。あなたがいま、神を見つけ出しますように!6)

私たちはステップ1で、アルコールの問題を自分では解決できないことを認めました。自分では手に余る問題であるからこそ、ステップ2で、何らかの大きな力(神)がその問題を解決してくれると信じるようになりました。そして、12ステップは神を見つけるためのものであることも学びました。

ここまでビッグブックを読んできた人は、自分がなぜ神を見つけなければならないのか理解できているでしょう。また、ビッグブックの著者であるビル・Wたちが、読者の私たちも神を見つけられるように応援してくれている気持ちを嬉しく感じるでしょう。しかし、ミーティングハンドブックなどでいきなり第五章を読まされた人たちは、「あなたも神を見つけ出しますように!」と唐突に言われて、それが酒をやめることと何の関係があるのか理解できずに戸惑ってしまうのです。

どんな本であれ、いきなり第五章から読み始めるのは良いやり方ではありません(第三章からでも同じこと)です。まして、ビッグブックは第一章より前に配置されている「医師の意見」や「初版に寄せて」などにも重要な情報が含まれていて、読み飛ばすわけにはいかないのです。

分岐点に立たされている

中途半端ではどこにも行き着けなかった。私たちは転機に立たされていた。私たちは思いきって神に保護と配慮を願った。6)


Half measures availed us nothing. We stood at the turning point. We asked His protection and care with complete abandon.16)

half measures は中途半端とか不徹底という意味です。avail nothing は、何の役にも立たないという意味です。中途半端は何の役にも立たない・・・なぜ役に立たないのでしょうか? 私たちは転機(turning pointターニングポイント)に立たされていたと、ありますが、ターニングポイントとは分岐点のことです。私たちは岐路に立たされているのです。

from gettyimages.

では、この分かれ道は、それぞれどこにつながっているのでしょうか? すでにそれについては、第二章のpp.38-39第59回に説明がありました。私たちに残された道は二つしかありません。片方は「耐えられない状態に目をつぶって行き着くところ(狂気や死)まで突き進む」という選択肢であり、もう一方は「霊的な助けを受け入れる」という選択肢でした。

また、第四章の最初のページ第74回でも同じ選択が示されていました。片方は「酒で死ぬ」であり、もう一方は「霊的な救いを求めて生きる(live on a spiritual basis=霊的な基盤の上で生きる)」でした。

多くのアルコホーリクは、自分が酒で死ぬ未来をなんとなく予測しています。まして、AAにやってきて仲間の死を経験すれば、それが自分にも起こりうることを意識せざるを得なくなります――それも自分に正直になることの一つですが。だから、酒で死ぬ運命は避けたいと思っているのですが、だからとて、霊的な生き方――神様を信じて助けてもらうという生き方も選びたくないのです。

それゆえに、どちらの道を選ぶのも嫌で、神を頼らずに酒をやめるという第三の道を探し求め、そのせいで分岐点から先に進めずにいる人は多いのです。

「ミーティングによる回復」と「霊的な回復」

第二章の先頭でAAの共同体について述べたとき第49回、ミーティングや仲間の集まりには何らかの力があって、独りでは酒をやめられない人が、AAミーティングに出続けることで酒をやめ続けられるようなるという事例がたくさんあることを説明しました。この「集団の力」はAAだけに特別に備わっているものではなく、この世の中に普遍的に存在しています。神という概念を用いない断酒会やTwitter断酒部にもその力はあって、そこで酒をやめ続けている人たちがいます。

ミーティングから力を借りることで、酒で死ぬという運命を避けつつ、なおかつ霊的な助けも受けずに、酒をやめ続けることが可能になっています。AAメンバーにもそのようにして酒をやめている人は少なくありません(むしろそのほうが多数派だと言えるでしょう)。僕はそうした酒のやめ方にも価値はあると考えていますし、そこに何らかの回復があることも否定しません。だから、スポンシーさんにはミーティングに出席することを必ず要求しています。

しかし、明確にしておかねばならないのは、そうした回復は12ステップによる霊的な回復とは別のものだということです。12ステップという道程においては、その人たちは、相変わらずに分岐点に立ち止まったままで先へ進めていないのです。こればっかりは、ごまかしのきかないことなのです。

しかし、第四章を読んで、ステップ2を済ませた人たちは、神に助けてもらうという生き方を選びたくなっているはずです。だから、神に保護と配慮(careケア)を求めることができるでしょう。

問題のなかで生きるのをやめ、解決のなかで生きる

日本のAAが care を配慮と訳したので、それを受け継いで他の12ステップグループも配慮という言葉を使っています。しかしケアは世話と訳すのが一般的です。ですから、神に配慮を求めるとは、神様に私の世話をして下さいと頼むことです。

私たちアルコホーリクは、自分で酒の問題を解決し、自分で人生(生活)を立て直そうとしてきました。しかし、そのどちらにも自分の力が役に立たないことを認め、自分で何とかするという戦略を潔く諦めて(with complete abandon)、私の世話をして下さいと率直に頼む(ask)ことにするのです。

それが、問題の中で生きるのをやめ、解決(answer)の中で生きることを選ぶということなのです。

今回のまとめ
  • 「何が起きて」とは、霊的体験(あるいは霊的目覚め)のこと。
  • 「徹底する」とは、完璧にやることではなく、手抜きをしないこと(ステップは完璧にできるものではない)
  • 「古い考え」とは、自分の問題は自分で解決できるという考え。
  • ビッグブックの筆者たちは、私たち読者も神を見つけられるように応援してくれている。
  • 問題のなかで生きるのをやめ、解決のなかで生きることを選ぶ必要がある。

  1. BB, p.84 []
  2. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.58 []
  3. 無名(A Program for You翻訳チーム訳)『プログラム フォー ユー』, 萌文社(ジャパンマック), 2011, pp.28-29. []
  4. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『ビッグブックのスポンサーシップ』, 依存症からの回復研究会, 2007, p.32 []
  5. この惨めな気分は、実際よりも自分を過大に評価した偽りの自己像が壊れるときの痛みであり、最初はそれが辛く感じられても、結局はありのままの自分でいることが心の平安を生む、ということは多くの経験によって示されているのである。 []
  6. BB, p.85 [] [] []
  7. AACA, p.251 []
  8. アーネスト・カーツ(葛西賢太他訳)『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』, 明石書店, 2020, p.134 []
  9. The Original Manuscript Of AA.Silkworth.net (silkworth.net).  []
  10. The Original Manuscript of ALCOHOLICS ANONYMOUSTHE ANONYMOUS PRESS (anonpress.org), 2018. []
  11. Dr. Howard, a well-known psychiatrist of Montclair, New Jersey – AA, Alcoholics Anonymous Comes of Age – a brief history of A.A., AAWS, 1957, p.167 []
  12. AACA, p.255 []
  13. AACA, pp.258-260 []
  14. Gillian Brockell, Alcoholics Anonymous original manuscript sells for $2.4 million to NFL team ownerThe Washington Post (washingtonpost.com), 2018. []
  15. Anonymous, The Book That Started It All — The Original Working Manuscript of Alcoholics Anonymous, Hazelden Publishing, 2010 []
  16. AA, p.59 []