ビッグブックのスタディ(21) 医師の意見 12

ビッグブックのスタディ」は、およそ一ヶ月半ぶりです(途中コロナ関係の記事を二つ書きましたが)。4月から就いた新しい仕事の負荷が結構重く、なかなか雑記更新に手が回りません。

いまや関東のAAミーティング会場は9割以上が休止になっています。メンバーが集まる機会がなければ、グループに献金も集まらないので、オフィスに献金が届かずに経済的に苦境に陥っているという話が伝わってきました。

それでも、オンラインで行われているAAミーティングに新しい人たちがつながってきていますし、オフィスに個人で献金する人達も増えていて、コロナウイルスがどうであろうと、そこにアルコホーリクがいる限りAAの活動は続いていくものだと、あらためて感心してます。

今回のコロナ禍でAAが何のダメージも受けないということはあり得ません(すでにダメージはある)。しかし、AAの根本は揺らいではおらず、そこを心配する必要は無いと考えています。もちろん、メンバーのなかには生活に影響が及んでいる人も多くいるはずです。だがそれは、AAメンバーだけに起きていることではなく、世間の人全般に起きていることです。また、オンラインに移行することが難しい人たちがいる一方で、いままで地理的な不利によってAAミーティングに頻繁に出ることが難しかった地方のメンバーが、距離を越えて多くの仲間と交流することが可能になっています。いままで彼らが置かれていた不利な立場については、顧みられることがなかったわけですが。

AAミーティングの休止や臨時開催の情報・オンラインミーティングの案内などをメールやLINEでいただいております。掲載しても大丈夫なものを、掲示板にまとめておきました。情報をお探しの方はご覧ください。(この時期に掲示版に掲載したミーティング情報は古くなりましたので、すべて削除しました)。

AAにおける渇望の概念のおさらい

さて、前回は、アレルギー渇望強迫観念(最初の一杯の狂気)が、NAやGAのテキストではどう扱われているか、という話でした。

今回は、渇望cravingクレイビングについて、掘り下げてみます。

AAのテキストでは、cravingは酒を飲んだ後に起こる欲求を指しています。『プログラム フォー ユー』には分かりやすい説明があります:

身体的な渇望(physical craving)は、私たちのアルコールに対するアレルギー体質に由来するもので、アルコールを体に入れたときに起きる反応である。この反応は、飲む前にではなく、飲んだ後に起きることに注目して欲しい、アルコールが体に入ると、アルコールが欲しいと身体が反応するのだ。1)(傍点は筆者)

シルクワース医師の大きな功績の一つは、アルコホーリクの飲酒への欲求を、酒を飲む前飲んだ後の二つに分けたことです。そして、飲んだ後の欲求をcraving(渇望)と名付けました。彼は、アルコホーリクが酒を飲むと身体的な渇望現象が起こるために、それを意思の力では制御できない、と説明しています。

アルコホーリクは、しらふの時も「酒が飲みたい」という欲求を感じます。一般にこれは「飲酒欲求」と呼ばれ、特に断酒開始直後の一定期間は、これが強く感じられます。しかし、AAとしては、この飲酒欲求を渇望とは呼びません。なぜならば、それが飲む前の欲求だからです。

AA以外における渇望の概念

WHO世界保健機関 が1994年に出版した、Lexicon of alcohol and drug termsアルコール・ドラッグ用語集)では、cravingクレイビング(渇望)をこう説明しています:

craving
Very strong desire for a psychoactive substance or for the intoxicating effects of that substance. Craving is a term in popular use for the mechanism presumed to underlie impaired control
渇望
精神作用物質やその物質による酩酊の効果に対する強烈な欲求。craving(渇望)は、コントロールの減弱をもたらすと推定されているメカニズムを指して、広く一般に用いられている用語である。(拙訳) アルコール・ドラッグ用語集 渇望

「コントロールの減弱をもたらすメカニズム」とあるので、AAにおけるcravingクレイビングの概念を含んでいると見なして良いでしょう。

しかし、より一般的には craving(渇望)という言葉は、AAの渇望概念とは別のものを指して使われています(特に薬物の分野で)

ジョンズ・ホプキンズ大学 の医学部教授で神経科学者のデイヴィッド・J・リンデンDavid J. Linden, 1961-)は『快感回路』で渇望を次のように説明しています:

依存症が進むと、薬物への渇望感(craving)が強まる。とくに薬物に関連する刺激に接すると渇望感が引き出されることが多い。クラック・コカインの依存症者はふだんは比較的平静だが、パイプを目にすると激しい欲望に襲われる。クラブのトイレでアンフェタミンを使ってハイになることが多い依存症者は、ダンスミュージックや、ときにはトイレを流す音を聞くだけで薬が欲しく(craving)なる。ヘロイン注射の前にスプーンであぶるときのカビ臭いにおいなど、嗅覚はとくに欲望を喚起しやすい。作家ジム・キャロルが自身の青春時代のヘロイン依存について綴った感動的な自伝『バスケットボール・ダイアリー』〔訳注 邦訳『マンハッタン少年日記』梅沢葉子訳 河出文庫〕の中に、カトリック教会に霊的な慰めを求めることでヘロインをやめようとしていた友人の話がでてくる。その友人は、教会で焚かれる香に、ヘロインが沸くときの甘くカビくさいにおいを思い起こし、我慢しきれなくなってミサの途中で家に飛んで帰り、またヘロインを打ってしまう。2)
In the later stages of addiction, users feel strong cravings for the drug, which are often triggered by drug-associated stimuli. A crack cocaine addict may be feeling relatively stable but will have an intense desire for the drug at the sight of a pipe. The cravings of an amphetamine addict who often gets high in the bathroom of a club can be triggered by dance music or even the sound of a toilet flushing. Odors, like the musty smell of heroin cooking in a spoon prior to injection, are particularly evocative. In his moving autobiography of teenage heroin addict ion, The Basketball Diaries, Jim Carroll writes of a friend who tried to kick his heroin habit by seeking spiritual solace in the Catholic church of his youth. However, the smell of the church incense reminded him so much of the musty-sweet odor of bubbling heroin that he felt an overwhelming craving and rushed home from Mass to shoot up once again.3)

これはアルコール・薬物の依存症の人がしばしば体験するもので、薬物を使っていたときと似たような刺激(stimuli)にさらされると、使いたいという強い欲求が湧き上がってくる現象です。

マンハッタン少年日記
ジム・キャロル『マンハッタン少年日記』4)

例えば、ビールばかりを飲んでいたアルコホーリクがテレビコマーシャルでビールを注いだときの「シュワ」と泡が沸き立つ様子を見ただけで激しい飲酒欲求を感じたり、ウィスキーばかり飲んでいた人がコップに酒を注ぐときの「ドクッ、ドクッ」という音を聞いただけで飲みたくなってしまう、というのは、この現象によるものです。覚醒剤を溶くのにペットボトルのミネラルウォーターを使っていた人が、そのボトルを見ただけで目まいがするほど強い欲求を感じた、という話を聞いたこともあります。

そしてリンデンも書いているとおり、嗅覚は特にこの欲求を喚起しやすいことが知られていて、アルコホーリクの場合にはアルコールの臭いそのものが条件刺激になって、強い飲酒欲求を引き起こしがちなので、断酒初期の段階では酒そのものを遠ざけ、居酒屋にも近寄らないのが良いという考えには、根拠があるわけです。またノンアルコール・ビールを避けたほうが良い、というのも同じです。

このコロナウイルスの状況下においてもミーティングを続けているAA会場の中には、感染を防ぐために来場者の衣服や持ち物にアルコールを噴霧しているところもあると聞いています。除菌のためならアルコールではなく次亜塩素酸水 という代替手段もあるのに、あえてアルコールを使っている理由は分かりません。他のグループのやり方には口は出せませんが、ソーバーの短いメンバーに対してそうした会場に行くのは避けた方が良いという助言をしているスポンサーたちがいるのは当然です。

そして、一般的にはこちらの現象がcraving(渇望)と呼ばれているのです。こちらは、酒を飲む前・薬を使う前の欲求なので、AAで言うところの身体的渇望とは違います。区別するためにこちらを cueキュー craving(キュー渇望)と呼ぶこともあります。cueとは先ほど説明した刺激のことです。あえて分類するならば、キュー渇望は精神の強迫観念の一種とみなせます。

キュー渇望はアルコホーリク・アディクトの全員に起きるわけではなく、経験しない人もいます。しかし、経験する人にとっては、辛い体験であり、しばしばスリップの原因となってしまうものです。したがって回復のためには、このキュー渇望を乗り越えていくのが大きな課題になっています。

キュー渇望は、ストレスにさらされることで起こる強迫観念とは違って、視覚・聴覚・嗅覚などの刺激によって起きてしまうもの古典的条件づけ の一種)なので、できるだけ自分にキュー渇望を起こす刺激を避け、起きてしまったらその状況を切り抜ける何らかのスキルを身に付けるほかありません。時には拳を握りしめてひたすら我慢するしかない場合もあります。ただ経験的には、時間の経過とともに、頻度・強さとも減少していくことが分かっています。アルコール病棟で入院期間が2~3ヶ月というのが多いのも、それを踏まえたものでありましょう。

このキュー渇望を乗り越えるというのが、大きな課題であるがゆえに、逆にその時期を乗り越えてしまうと、危機は去ったかのような錯覚を持ってしまう人も多いのです。AAミーティングで「飲酒欲求がなくなったから、自分はもう大丈夫」という類の発言をしばしば聞くわけですが、経験の長い人たちはそれに対してニヤニヤするか、やれやれと肩をすくめるのであります(危機は去っていないことに、ご本人が気づいていないから)。

二つのcraving(渇望)

ここまで見てきたように、cravingクレイビング(渇望)には、AAで言うところの身体的渇望と、一般的に使われている渇望(キュー渇望)の二種類があります。AAのテキスト以外で渇望という言葉が使われているときは、後者を指して使っていると考えてほぼ間違いありません(例:DSM-5での渇望)。

AA以外で身体的渇望を表現するのに使われているのは、compulsive(強迫的)あるいはcompulsion(強迫的欲求)という言葉です。

前回述べたように、NAのテキストではcravingを使わず、もっぱら compulsive あるいは compulsion を使っています。これはおそらく、cravingという言葉がキュー渇望を指して使われることが多くなり、身体的渇望を指してcravingを使うことが混乱を招くことを考えて、compulsionという言葉を選択したのであろうと推測しています。

AAでの obsession-craving

AA以外では obsession-compulsion

AAとAA以外でcraving(渇望)という言葉の指すものが違っているのは、ビッグブックを使って12ステップを説明する上での留意点の一つです。僕はAAメンバーでもあり、ビッグブックを使っているので、今後も『心の家路』では、特に明記していない限り、craving(渇望)という言葉は身体的渇望を指して使っていきます。

当事者にとっては、二つの渇望の違いは大きい

例えば、刺激によって起きてしまったキュー渇望を、拳を握って必死に耐えているアディクトは、最初の一回を使う(最初の一杯を飲む)ことで起きてくる身体的渇望を避けようとがんばっているのです。つまり、当事者には、この二つの渇望は明確に区別して意識されているものです。

僕は、近年のアディクションの研究が、この二つの渇望を区別しないで扱う(少なくとも区別せずに扱っているように見受けられる)ことが増えてきたのではないか、と懸念しています。研究する上で、あえて区別する必要性がない場面も多いのかも知れません。だが区別をしなくなることは、アディクションの研究が当事者の主観的体験から離れて行ってしまうことを意味します。

とまれ、医学の世界がどう動こうとも、12ステップはこれからも、二つの渇望(欲求)を区別していくことは間違いないでしょう。

ギャンブルにおけるキュー渇望

Born to Lose
Bill Lee, Born to Lose: Memoirs of a Compulsive Gambler

ビル・リー(Bill Lee, 1954-)という強迫的ギャンブラーの自伝 Born to Lose: Memoirs of a Compulsive Gambler には、ギャンブルにおける強い(キュー)渇望が描かれています。サンフランシスコのチャイナタウンで育ったビルは、幼い頃から父親に賭場に連れて行かれる家庭環境で育ったのですが、学校の成績は良く、シリコンバレーのハイテク企業で高給を取るようになり、結婚して子どもも生まれました。しかし、やがてギャンブルにのめり込んでいき、賭ける額も増え、さらには株のオプション取引にも手を出すようになりました。

一日シリコンバレーで働いた後、4時間かけて車でネバダ州のカジノに向かい、数時間ブラックジャックをしては、また4時間かけてシリコンバレーに戻って翌日の仕事を始める、という生活の中で、結婚生活も仕事も破綻してしまいます。GAに通うものの、何度もドロップアウトを繰り返すのですが、ようやく90日賭けずに過ごすことができました。次のGAミーティングで90日のキーチェイン5)をもらえる喜びともに眠りにつくのですが、彼は明け方になって、異常な感覚に起こされました。

I went to bed around one, feeling a bit relieved that I had made it through another day without gambling. I was looking forward to receiving my ninety-day key chain at the next meeting.
At about three thirty, I woke up drenched in sweat and shaking. My urge to gamble left my entire body feeling like one gigantic mosquito bite, and no amount of willpower would have been able to stop me from scratching myself. For some strange reason, I felt abandoned. I became overwhelmed with sadness, and I started crying. I hated feeling this way and knew I had to do something, anything, to get a grip on myself. My body was experiencing something akin to drug withdrawal. I had technically reached ninety days of abstinence, but I felt like a rubber band that had simply been pulled back, waiting to snap. And snap I did.6)


また一日ギャンブルせずに過ごせたことに少し安心しながら、1時ごろに眠りについた。次のミーティングで90日のキーチェインをもらうのが楽しみだった。
ところが3時半頃になって、私は汗びっしょりで震えながら目を覚ました。ギャンブルをしたいという衝動が全身を突き抜け、一匹の大きな蚊に刺されたような感覚を受け、意思の力をすべて使っても自分の体を掻きむしるのをとめることができなかった。奇妙なことだが、私は見捨てられたという感じがして、悲しさに圧倒され、涙が出てきた。そういった感情は嫌いであり、自分を落ち着かせるためには、何かを、それが何であれ、しなくてはならないと分かっていた。体にはドラッグの離脱症状のようなもの起きていた。私は厳密に90日のアブスティネンスに到達してはいたが、自分がまるで後ろに強く引っ張られたゴム紐になって、解き放たれる瞬間を待っているように感じた。そして私は解き放った。(拙訳)

彼はカジノに向かい、途中の銀行でゴールドカードを使って小切手口座からおろした500ドルは、日が昇るまでに使い果たすことになります。そして次の1,000ドルも・・・。7)

日本のギャンブル問題は過大評価されており、例えばこの時期に営業している数少ないパチンコ屋に遠方からやって来る人達全員が強迫的ギャンブラーだとはとても思えません。とは言うものの、アディクトと呼ぶべきギャンブラーが一定数この世の中に存在しているのも確かだと思います。なぜなら、彼らの語る体験(例えば、身体を掻きむしらないと耐えられないほどの強い欲求)は、アルコールや薬物のアディクトの語る体験とよく重なるからです。

次回は、obsession-compulsionのモデルと、医学的な依存症の診断基準を比べてみます。

今回のまとめ
  • 今回のまとめAAのテキストで説明している渇望は、酒を飲んだ後に起こるもの(身体的渇望)。
  • AA以外では、刺激を受けることで、酒を飲む前(薬を使う前)に起こる欲求を渇望と呼ぶことが多い(キュー渇望)。
  • 当事者にとっては、この二つの渇望の違いは大きい。
  • ここではAAのビッグブックに沿って、渇望という言葉は身体的渇望に対して使うことにする。

  1. 無名(A Program for You翻訳チーム訳)『プログラム フォー ユー』, 萌文社(ジャパンマック), 2011, p.40 []
  2. D・J・リンデン(岩坂彰訳)『快感回路 なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか』, 河出文庫, 2012, p.73 []
  3. David J. Linden, The Compass of Pleasure: How Our Brains Make Fatty Foods, Orgasm, Exercise, Marijuana, Generosity, Vodka, Learning, and Gambling Feel So Good, Penguin Books, 2011 []
  4. ジム・キャロル(梅沢葉子訳)『マンハッタン少年日記』, 晶文社, 1982 []
  5. GAのミーティングで、ギャンブルをやらないでいた期間に応じて渡されるキーチェイン。30日、60日、90日、6ヶ月、9ヶ月などがある。 []
  6. Bill Lee, Born to Lose: Memoirs of a Compulsive Gambler, Hazelden Publishing, 2005, p.145 []
  7. Born to Loseについては、前掲のリンデン『快感回路』の第5章で紹介されているが、ここでは引用元から翻訳した。 []