狂気
狂気 — insanity
最初の一杯の酒を飲まないという思慮分別のある判断ができない状態 ↔ 正気・健康な心(sanity)。アルコホーリクが「再飲酒する前の精神状態」(BB, p.52.1))を指す。
アルコホリズムの症状である強迫観念が生じてくると、アルコホーリクは酒に手を出さないという正常な判断ができなくなり、その結果再飲酒することになる。この最初の一杯を飲む判断をする状態を「最初の一杯の狂気(insanity of the first drink)」と呼ぶ。
ビッグブックの第三章では、事例を交えつつこの狂気を詳述している。自動車セールスマンのジムは、牛乳と混ぜればウィスキーを飲んでも大丈夫だと判断して飲み始めた(p.54)。会計士のフレッドは、仕事を成功裏に終わらせた夕方、ディナーの時にカクテルを飲むのは良いアイデアだと考えて飲み始めた(p.60)。どちらも酒を飲んではいけないことを「十分すぎるほど承知しており、まったく飲む理由もなく」(p.59)、再飲酒を防ぐために彼ら自身十分気をつけ、防御していたにも関わらず、その瞬間、まったく抵抗なく飲んでしまった。
アルコホーリクは、この狂気に襲われていない時は、酒を退けるという本人の希望通りの判断をすることができ、それによってある程度の期間、意志の力による断酒を続けることが可能である。ところが、いったんこの強迫観念による狂気に陥ると「自分自身であれ、ほかの人であれ、その一杯をやめさせられる人間はいなく」(p.64)なってしまう。つまり、アルコホーリクは再飲酒を防ぐことができない。そして再飲酒すると、アレルギー反応による渇望が生じてコントロールを失った飲酒へと戻っていく。
この狂気は最初の一杯を飲む前のしらふの状態で起きてくることに注意が必要である。アルコールの影響下にある状態での非常識な言動もしばしば狂気と表現されるが、酩酊によって自己抑制が低下し非常識な行動をするのはアルコホーリクだけに限らない。したがって、このアルコホーリクに特有の「狂気」は、再飲酒前の精神状態のみを指していると考えられる。
アルコホーリクの精神のなかに潜んでいるこの狂気のために、アルコホーリクは再飲酒に対して無防備となる。アルコホリズムを解決するためにはこの狂気が防がれなければならない。その解決が「自分を超えた偉大な力」によってもたらされる(正気・健康な心に戻してもらえる)と信じるのがステップ2である。
ただし、ビッグブックの文中でも、アルコホリズムの末期的症状としてのアルコール性痴呆や、酩酊下での非常識な言動も「狂気(insanity)」と表現されている箇所があり、注意して区別する必要がある。
参照:
・ビッグブックのスタディ (15) 医師の意見 6
・ビッグブックのスタディ (35) ビルの物語 6
・ビッグブックのスタディ (54) 解決はある 7
・ビッグブックのスタディ (67) さらにアルコホリズムについて 2
・ビッグブックのスタディ (70) さらにアルコホリズムについて 5
・ビッグブックのスタディ (72) さらにアルコホリズムについて 7
- the mental states that precede a relapse into drinking.[↩]
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