ビッグブックのスタディ(20) 医師の意見 11

NAのテキストにおけるアレルギーと強迫観念

今回は、身体のアレルギーと精神の強迫観念について、ナルコティクス・アノニマス(NA)の文献でどう表現されているか見てみましょう。1) NAのテキストで12ステップに詳しく触れているのは『ナルコティクス アノニマス』(通称ベーシックテキスト)と『なぜ どのように 効果があるのか ナルコティクス アノニマスの12のステップと12の伝統』です。 AAとNAのテキストの用語は、このような対応になっています:

AA NA
飲酒時
使用時
機序
アレルギー
allergy
アレルギー
allergy
症候 渇望
craving
強迫的な欲求強迫観念
compulsion
断酒
断薬時
機序 強迫観念(とらわれ)
obsession
とらわれ
obsession
症候 狂気
insanity
狂気
insanity

AAの「アレルギー」「渇望」 → NAでは「強迫的な欲求(強迫観念)」

アレルギーという言葉はNAの2冊の文献には一回しか使われていません。そして、渇望 cravingクレイビング)という言葉はまったく登場しません。2) その代わりにcompulsionコンパルションあるいはcompulsiveコンパルシブという言葉が、アレルギーや渇望を示す言葉として頻繁に使われています。

compulsionをベーシックテキストでは強迫的な欲求と訳し、『なぜ どのように』では強迫観念と訳しています。これまでAAの文献の訳語の揺らぎについてたびたび述べてきました3)が、NAの文献にも訳語の揺らぎは起きています。

それはともかくとして、薬物を使い出すと、その量をコントロールすることができなくなるのは、薬物使用によって強迫的欲求/強迫観念が起きるからだ、とNAのテキストは説明しているわけです。これはAAのアレルギー反応が渇望を引き起こすという説明と同じ意味です。

わきみち アルコホーリクになるのは、酒を飲む人のごく一部です。多くの人は酒の飲み方に問題はありません。同じように、様々な薬物(ドラッグ)についても薬物依存症になるのは一部の人たちにすぎません。ドラッグを使っても薬物依存症にならない人はたくさんいます。
 僕は以前に援助職に就いていたとき多くの人の話を聞きましたが、若い頃に覚醒剤や大麻を使っていた経験のある人は意外とたくさんいました。もちろんその人たちの多くは薬物依存症にはならず、適度に覚醒剤などを使い、ある時点で自らの意思で使用を止めたわけです。世の中に適度な酒飲みが多いように、適度な覚醒剤ユーザーもそれなりの人数存在するのです。
 政府の行っている違法薬物乱用防止キャンペーンは、薬物を非常に恐ろしい存在に描いています。それによって、国民の多くを薬物使用から遠ざけることには成功していますが、違法薬物を使った人すべてが薬物依存症になるかのような誤解を与えています。
 このブログではアルコールと薬物を分けて記述していますが、その区別はあくまで便宜的なものにすぎず、アルコールも薬物(ドラッグ)の一種です。

アルコホーリクと同じように、薬物依存症の人も特定の薬物にアレルギーを起こす体質だと考えれば良いわけです。

AAの「強迫観念」「狂気」 → NAでは「とらわれ」「狂気」

AAの強迫観念obsessionオブセッション)という言葉は、NAでもまったく同じ意味に使われていますが、NAではとらわれと訳されている場合が多いです。一部に妄想や強迫観念という訳になっているところもあります。

そして狂気insanityインサニティ)という言葉はNAでも安定して狂気と訳されています。

ベーシックテキストから

NAのベーシックテキストも、アディクションは二つのことから成り立っていると説明しています:

まぎれもないアディクションであれば、そこには二つの問題がからんでくる。それはとらわれ強迫的な欲求だ。4)


We know well the two things that make up true addiction: obsession and compulsion.5)

ビッグブックと同じように、NAでも問題を(精神と身体の)二つに分けています。

その続きです:

とらわれとは固定観念にしばられることで、ある薬物あるいはその代用品から得た安らぎや快感をもう一度得ようと、何度でも手を伸ばさずにはいられなくなることだ。4)


Obsession—that fixed idea that takes us back time and time again to our particular drug, or some substitute, to recapture the ease and comfort we once knew.5)

こちらは精神の強迫観念を説明しています。せっかくドラッグをやめ続けていたのに、また手を出してしまうときに起きている精神症状をとらわれと表現しています。6)

さらに続きです:

強迫的な欲求とは、一回の注射、一錠のクスリ、一杯の飲酒に始まる進行過程にはまり込んだら、自分の意志の力ではやめられなくなることだ。私たちの場合、薬物に対し身体的に敏感であるため、私たちよりはるかに強力な破壊力に完全に取りつかれてしまうのだ。 の代用品から得た安らぎや快感をもう一度得ようと、何度でも手を伸ばさずにはいられなくなることだ。4)


Compulsion—once having started the process with one fix, one pill, or one drink we cannot stop through our own power of will. Because of our physical sensitivity to drugs, we are completely in the grip of a destructive power greater than ourselves.again to our particular drug, or some substitute, to recapture the ease and comfort we once knew.5)

こちらは身体のアレルギーを説明しています。アルコールと同じで、様々な薬物も、その薬物に過敏に反応する体質を持った人に強迫的な欲求をもたらし、コントロールできなくさせ、使い続けさせます。

このように、AAとNAはアディクション(のサイクル)の概念を完全に共有しています。これは、同じステップ1を共有している、とも言えます。

用語・訳語について

NAはアレルギーという用語をあまり使わずに、コンパルションという言葉を使うようにしたのは、おそらくアレルギーという用語には回りくどい説明が必要になるからでしょう。

一番ややこしいは、強迫という言葉が、AAでは精神の問題を、NAでは身体の問題を指すのに使われていることです。

なるべくすっきり説明するために、日本語訳せずにカタカナ語で表現してみます。強迫観念(obsession)はオブセッション、強迫的な欲求(compulsion)はコンパルションとすれば、

AAでは無力を「アレルギーとオブセッション」で説明し、NAでは無力を「コンパルションとオブセッション」で説明している。

と表現できるので、AAでのアレルギーという言葉が、NAではコンパルションに変わったという説明ですみます。

現代の日本にはカタカナ語が溢れかえっていることを踏まえれば、AAやNAのテキストも、日本語に訳しづらい単語はカタカナ語にすれば良かったんじゃないか、と思います。

とはいえ、「私たちはアルコールに対してパワーレスであり、ライフがアンマネージャブルになったことを認めた」とか書かれていたら、意味不明すぎますね。

GAの文献では?

7年ほど前に、当時ギャンブラーズ・アノニマス(GA)で日本語に訳されていた文献をすべて取り寄せて、ひととおり目を通しました。7) その時に、AAやNAと同じようなアディクションの概念を『ブルーブック』という文献の第1章に見つけることができました。

いったんギャンブラーが賭け事をしたいという衝動に屈したなら、やり続けようという強迫観念は、止めたいというどんな願望より強くなる。8)


Once the gambler has yielded to the urge to wager, the compulsion to continue becomes stronger than any desire to stop.9)

 

しばしば強迫的ギャンブラーは止めたいという真剣な願望を表明し、ある一定の期間実際にそうするかもしれない。しかしながらアブスティネンスの期間の後に来るのは必然的に、壮大なギャンブルのどんちゃん騒ぎだ。失われた時間を埋め合わせようとしてこのサイクルはもっと激しく、もっと間隔の短いものになる。10)


Often the compulsive gambler expresses the sincere desire to quit, and may in fact to do so for a period of time. Inevitably, however, periods of abstinence are followed by spectacular gambling binges. With a sense of making up for lost time the cycle becomes more intense and frequent.11)

 

AAやNAの文献ほど明確な表現にはなっていませんが、ギャンブルをやっている時期にはコントロールができず、せっかく止めていても衝動に屈してスリップしてしまう、というサイクルが描かれています。原著は入手できていませんので、衝動や強迫観念という用語がどんな英語だったのかは分かりません。

その後GAでは『レッドブック』という文献も訳出されたそうですが、ひょっとするとそこにはもっと情報があるかもしれません。僕はそこまで調べられずにいます。GAメンバーの方から情報がいただければありがたいです。

GAの方からブルーブックの原著をいただきましたので、追記しました。ご協力に感謝します。衝動はurge、強迫観念はcompulsionです。

共通したアディクション概念

ここまで見てきたように、AA・NA・GAでは、用語に違いはあるものの、ステップ1の無力を二つの問題(アレルギーと強迫観念)の組み合わせとして説明し、それらによってサイクルが形成される、という概念は共通しています。つまり、この概念こそが、これらのグループにおけるアディクションの概念であるということです。

『心の家路』をリニューアルして、最初の雑記に、僕は「12ステップは80年以上変わっていません。ですから、12ステップの中に含まれる疾病の概念も変わっていません。そのシンプルな概念を学ぶことは、アディクションとは何かを考える上で助けになるはずです」と書きました。

アディクションのサイクルそのシンプルな概念を表現したのが、右の図です。身体と精神、アレルギーと強迫観念、強迫的な欲求ととらわれ、コンパルションとオブセッション、言葉はいろいろありますが、概念そのものは極めてシンプルです。

セックス・買い物・感情などの12ステップグループもあります。こうしたグループでも、同じアディクションの概念が使われているのかどうか、僕には分かりません。そこまで手を広げて調べている余裕がありません。ではあるものの、セックス・買い物・感情などの問題を抱えた人のなかに、このアディクション概念を自らに当てはめてステップ1に取り組み、さらに先のステップに取り組んで回復していった人たちがいることは、真実としてお伝えできます。

今回のまとめ

 

  • アレルギーと渇望は、NAの文献では強迫的な欲求(強迫観念)に。
  • 強迫観念と狂気は、NAの文献ではとらわれ狂気に。
  • AAとNAはアディクション(のサイクル)の概念を共有している。
  • つまり同じステップ1を共有している。
  • GAの『ブルーブック』にも、同じ概念を示唆する表現がある。
  • AA・NA・GAでは、用語に違いはあるもののアディクションの概念に共通性がある。
  • このシンプルな概念がステップ1の無力を説明してくれる。


  1. NAはアディクト(薬物依存症者)の集まりで、AAと同じように12のステップと12の伝統を備え、ミーティングやスポンサーシップという活動を行っています。 []
  2. ベーシックテキストに収録された個人の体験記には登場します。 []
  3. 訳語の揺らぎについては第14回第18回第19回で触れています。 []
  4. NA, 『ナルコティクス アノニマス』第5版日本語翻訳版, Narcotics Anonymous World Services, 2011, p.139 [] [] []
  5. NA, Narcotics Anonymous 6th edition, Narcotics Anonymous World Services, 2008, p.87 [] [] []
  6. この文中の the ease and comfort は、ビッグブックのp.xxxvi (36)「ふっと楽になる感覚(the sense of ease and comfort)」に対応しています。 []
  7. GAは強迫的ギャンブラーの集まりで、AAと同じように12のステップと12の伝統を備え、ミーティングやスポンサーシップという活動を行っています。 []
  8. GA『ブルーブック』, GA日本インフォメーションセンター, p.5 []
  9. GA, Sharing Recovery Through Gamblers Anonymous, Gamblers Anoymous, 2005, p.2 []
  10. GA『ブルーブック』, p.13 []
  11. GA, Sharing Recovery Through Gamblers Anonymous p.10 []