ビル・Wに問う (5) なぜ回復に絶望が必要なのか

『ビル・Wに問う』の第5回です。


Q5:酒をやめたすぐ後は、アルコホーリクにどのように話をしていたのか、そしてそのアプローチを変えたのか?

A5:始めたとき、私は大量のアルコホーリクを一気に治そうとしていました。それは双発のジェットで推進したようなもので、どんな困難も私を妨げるはずがない。自分の計画がとんでもないうぬぼれだとは、まったく思いませんでした。私は6ヶ月間、アルコホーリクに向かって突進し、我が家はアルコホーリクで溢れかえりました。多くの人を相手に熱弁を振るってみたものの、何の成果も得られませんでした。誰も耳を貸してくれませんでした。がっかりしたことには、例のキッチンテーブルの友人(訳注:エビー・Tは、私より病が深刻だったにもかかわらず、他のアルコホーリクにはほとんど関心を持ちませんでした。その後の彼が際限なく再発を繰り返したのは、おそらくそれが原因だったのでしょう。他のアルコホーリクに働きかけることは、私自身のソブラエティと深い関係がある、と私は考えるようになっていました。だが、それにしても、なぜ私の候補者たちは誰も酒をやめなかったのか?

ゆっくりと難点が明らかになってきました。私は宗教狂いになったかのように、誰もが自分のような「霊的体験」をしなければならない、という考えに取り憑かれていました。そうした体験が実に多様であることを忘れていました。だから私の仲間であるアルコホーリクたちは、私の「ホットフラッシュ」(cf. BB, p.21)の話を聞くやいなや、あっけにとられるか、私をからかいだすのでした。それで私が彼らに対して感じていた同一感は、すっかり台無しになってしまいました。私は福音伝道者になってしまっており、明らかにもっと無駄のないやり方に変える必要がありました。私には6分で十分だったものが、他の人には6ヶ月かかるということもあり得ます。言葉も目標も、もっと慎重に選ばなくてはならない、という教訓を得ました。この(自我の)収縮という手法もうまくいっていませんでした。(アルコホーリクを)打ちのめす力を欠いていました。アルコホーリクにかけられた「呪い」あるいは強迫的衝動は奥深いレベルから出てきているに違いないのですから、エゴの収縮もまた深いレベルで起こらねばならず、そうでなければ根本的な解放は起こらないでしょう。アルコホーリクの内部で準備が整わない限り、宗教的な手法はアルコホーリクに効果をもたらさないのです。幸いなことに、必要なすべての道具は揃っていました。あながた医師がそれを提供してくれてあったのです。

強調するのを「罪(sin)」から、「病気(sickness)」へと――「死に至る病」であるアルコホリズムへと切り替えました。アルコホリズムは癌より致命的だという医師の言葉を引き合いに使いました。精神の強迫観念と、身体の過敏性の増大。この二つが狂気と死をもたらす双子の鬼なのです。私たちは、絶望的な状況が、どのようにしてその領域に至ったすべての飲んだくれに、衝撃的なひとさじを与えるのかというユング医師の意見を、夢中になって読み込みました。現代人にとって科学は全能であり、つまりそれが神だとも言えます。だからこそ、その科学がアルコホーリクに死の宣告をすれば、そして私たちがアルコホーリクにそれを伝えれば、その人の希望は完全に打ち砕かれるでしょう。するとおそらくその人は、今度は神学の神を頼るようになる。それ以外に道はないからです。このやり方の真実が何であれ、実用的なメリットがあったのは確かです。私たちの雰囲気はすぐに変わりました。状況は好転してゆきました。(アメリカ精神医学ジャーナル、106巻、1949年)。

出典について:

編者のJim B.は出典を American Journal of Psychiatry の1949年第106巻としている。

AAのパンフレット Three Talks to Medical Societies by Bill W., Co-Founder of Alcoholics Anonymous には、1958年4月に New York City Medical Society on Alcoholism にて行った講演としてほぼ同じ内容が掲載されている(ただし若干の相違がある)。そのパンフレットの後ろには American Journal of Psychiatry の1949年11月号に掲載された記事も掲載されているが、本講とは内容が異なっている。

ビルが同じ内容の講演を1949年と1958年の2回行った可能性も考えられるが、編者のJim B.が出典の表記を間違えた可能性も考えられる。