ビッグブックのスタディ (68) さらにアルコホリズムについて 3

ビッグブックの第三章の冒頭には、アルコホリズムの疾病概念について追加の情報があります。

    • アルコホーリクは、飲酒のコトンロールを取り戻すことはできない(BB, p.45)
    • アルコホリズムは、慢性に推移する進行性の病気であり、最終的には死や狂気に至る(pp.45-46)

これらについてすでに第23回で説明しました。

ミーティング用パンフレット
『ミーティングハンドブック』

第三章の最初の3ページほどは、日本のAAが使っている『ミーティング・ハンドブック』という名のパンフレットに転載され、しばしばAAミーティングの冒頭で読み上げられます。それは、上記のような、AAの使っている疾病概念を手短に説明してくれるので、そのお手軽さから使われているのでしょう。

日本のAAのある古老が、大事なのはこのパンフレットに転載された部分ではなく、その先なのだ、と強調していました。僕もそのとおりだと思います。

その先には、4人の事例を取り上げて「アルコホリズムの狂気」を説明しています。

    • 30歳の男(pp.48-49)
    • ジムという名の自動車セールスマン(pp.52-55)
    • 無謀横断の男(pp.56-57)
    • フレッドという名の会計士(pp.58-63)

そして、それぞれの事例の後には解説が加えられており、読者がアルコホリズムの狂気強迫観念について理解を深められるようになっています。

飲酒のコントールを失うことや進行性であることは、アルコホリズムの重要な性質です。しかし、12ステップはそれらを解決するためのもの。ステップに取り組んでも、アルコホリズムの進行を逆転させることはできませんし、コントロールした飲酒に戻ることもできません。12ステップのターゲットは、最初の一杯を飲ませる狂気なのです。

30歳の男

最初の例は、意思の力で長期間の断酒を成し遂げた男の話です。彼は酒を飲み始めると、まったくコントロールができず、連続飲酒を繰り返していました。彼は仕事で成功したいという野心を持っていましたが、少しでも酒を飲んだらその望みが叶わないことを理解しました。そこで、彼は30歳のときに断酒する決意をし、以後一滴も酒を飲まなくなりました。

ただし、この断酒は条件付きでした。一生酒を飲まないというのではなく、「仕事で一旗あげ、退職するまでは」という条件がついていました。そして実際この「例外的な男(an exceptional man)」は25年間完全断酒を続け、思い通りのビジネスキャリアを築き上げた上で、55歳で退職しました。

「例外的な・並外れた(exceptional)」という言葉は訳し落とされていますが、結構大事なポイントです。この男が例外的存在なのは、一つには、彼が思い通りのビジネスキャリアを得ることのできる並外れた人間だったからです。おそらく高い能力と強い意志を持ち、努力家だったからこそ、25年間も意思の力で酒をやめ続けられたのでしょう――逆に言えば、ほとんどのアルコホーリクは意思の力で25年もやめ続けることはできません。例外的という言葉の力点はむしろこちらに置かれている気がします。

しかし、そのような高い能力をもった彼も、アルコホリズムの狂気から逃れることはできませんでした。退職した彼は、ほとんどすべてのアルコホーリクが持つ信念の罠に落ちました。つまり、これだけ長い間断酒と自己規制ができていたのだから、自分も他の人と同じように飲めるようになった、と考えました。そして、その通りに飲み始めました。

ところが、彼の期待に反して、飲酒のコントロールは取り戻せておらず、すぐに飲んだくれに戻ってしまいました。飲酒を制限しようとする努力は無駄に終わり、何度も病院を出入りして、もう一度30才の時のようにきっぱりやめようとするものの、今度はそれができずに、退職後4年もしないうちに亡くなってしまいました。

このストーリーのなかで、アルコホリズムの狂気はどこに描かれているのでしょうか? それは、55才の時に自分も他の人と同じように飲めると考えて、飲んでも大丈夫だと自分を納得させてしまったことです。30才の時の彼は、他の人と同じように飲むことはできないことを理解していました。しかし、25年後には違うこと(虚偽)を信じたのです。

「長いこと断酒していれば、その後は人並みに飲めるようになる」(p.49)という考えは、アルコホーリクにとっては真実ではありません。アルコホリズムについてよく知らない人がそう考えてしまうのは、やむを得ないことなのかもしれません。真実は「断酒の期間をおいてまた飲み始めると、まもなく以前と同じようにひどくなる」(loc. cit.)というものです。

わきみち「30歳の男」のモデルは、リチャード・ピーボディRichard R. Peabody, 1892-1936)の著書 The Common Sense of Drinking (1930) の123ページに登場する男だと推定されています。食い違いはこの男の断酒期間の長さで、ビッグブックでは25年となっているのに対し、こちらでは5年となっています。1) 2) ピーボディは、第62回第63回で取り上げたコートニー・ベイラーと同じくボストンのエマニュエル運動出身の回復者セラピストでした。だが、ベイラーと異なり、プログラムからスピリチュアルな要素を取り除いて(世俗化)、心理学を基礎に置きました。彼の The Common Sense of Drinking は当時よく知られており、ビッグブックに類似の表現が見られることから、ビル・Wも参考にしたと考えられます。3) ピーボディは1936年に44歳の若さで亡くなっており、その時は酩酊状態だったという証言もあることから、AAでは彼の死はアルコホリズムの再発によるものだと考えられています。

一生やめ続けるしかない

彼の体験を聞いて、じゃあ自分も意志の力を働かせれば、自分でやめられるんだと勇気づけられた若い人がいるかもしれない。だがそれはどうだろうか。なぜなら心の底からやめたいと思う人はまずいないだろうし、ゆがんだ考えが身についているために、自分の力でやめられる人もほとんどいないだろう。4)

若い頃に数年間自力で断酒していた時期があった、というエピソードは、AAメンバーの間ではそれほど珍しいものではありません。そして、そのままやめ続けられる人たちは、AAには来ないでしょう。来るのは、この「30歳の男」と同じように、そろそろ飲んでも大丈夫だろうと考えて飲み始めた結果、今度は自分ではやめられなくなっていることに気づいた人たちです。前回はやめられたのかだから、今回も同じようにやめられるはずだと考えてがんばるのですが、またすぐに飲んでしまうわけです。

「酒をやめたいのなら、どんな条件も付けてはならない」(p.49)というのは、アルコホーリクは生涯にわたって酒をやめ続けるしかない、ということです。「70歳になるまで飲まない」とか「娘の結婚式が終わるまで飲まない」という条件付き断酒の話を聞くこともありますが、その期限を迎えて酒を飲み始めれば、この「30歳の男」のように飲んだくれの状態に戻ることになります。むしろ、「30歳の男」のように、自分で決めた期限まで断酒を続けられる人のほうがまれで、多くの場合にはその期限が到来する前に再飲酒という結末を迎えるものです。

進行の速さ

p.49からp.50にかけて、若者と女性ではこの病気の進行が速いことを指摘しています。AAのミーティングに参加してみれば、最も多いのが中年の人々であることに気がつくでしょう。アルコホリズムという病気は、おじさん・おばさんたちの病気なのです。

中年のアルコーリクは、酒を20年も30年も飲んできた人がほとんどで、若い頃は「ほどほどの酒飲み」(cf. 第52回だったのに、いつしか酒の飲み方がひどくなりアルコホーリクになっていたという人たちです。しかし、AAには少ないながらも若い人たちもいます。彼らは、わずか数年間しか酒を飲んでいないのに、おじさんアル中たちと同じほどに絶望的なのです。

僕は30才の時にアルコール依存症という診断をもらいました。そのアルコール専門病院には100人近くの入院者がいましたが、そのなかで僕が最も若かったのです。その時の医師に「なぜ僕はこんなにも早く病気になったのでしょう」と尋ねてみたところ、「若い人は進行が速い」と言われました。それでは何も説明になっていませんが・・・。とまれ、アルコホーリクになった人の多くはティーンエイジャーの頃に酒を飲み出したわけですが、そのように同じ時期に酒を飲み出したにもかかわらず、そのなかで一部の人たちが(中年まで待たずに)若くしてこの病気を発症します。その理由は明確になっていません。

日本のAAのメンバーシップ調査で、2001年と2019年のデータを比較してみると、40歳以下のメンバーが占める割合は2001年には22%でしたが、2019年には9%に減少しています。30歳以下も4%→1%と減少しています。5) 6) ただし、若いアルコホーリクが減っているのはAAに限ったことではなさそうです。AAは日本のアルコホーリクのサブセットですから、母集団が変化すればその影響を受けます。つまり、AAにおける若い世代の減少は、1990年代をピークに日本でのアルコール消費量が減ってきていることや、若者の消費行動が変化したことによって、若年層のアルコホーリクが減っていることを反映しているのでしょう(かわりにゲームなどの問題を抱えた人たちが増えつつある)。AAはますますおじさん・おばさん化していくものと思われます。(アメリカ・カナダのAAの直近の調査では、30歳以下が12%、40歳以下だと26%となっています)。7)

女性は進行が早いということは、ビッグブックだけでなく、多くの医学書に書かれています。ただし、その理由については定説と言えるものはなさそうです。

過去のAAのメンバーシップ調査では、男女別の年齢分布のピークは、女性のほうが常に若い側に存在していました(つまり女性のほうが若い方に偏っている)。しかし2019年の調査では、年齢分布の男女差は見られなくなりました。――ちなみに男女比は日本のAAは7:3、アメリカは6:4ぐらいです。

酒をやめてみる実験

「飲み始めの早いうちだったら、私たちのほとんどは酒をやめられたろう」(pp.47-48)と書いている一方で、「私たちは意志の力で飲むのをやめられた時期をとうに越えてしまったようだ」(p.50)とも書かれています。最初の頃には自分の意志でやめられた時期もあったのかもしれませんが、本物のアルコホーリクにとっては、それは遠い昔のことなのです。

では、自分が本物のアルコホーリクであるか否か、どうやって判定したら良いのでしょうか。その疑問に対するビッグブックの答えは、「意思の力で断酒ができるかどうかを判定するためには、意思の力でやめ続けられるかどうか試してみるしかない」という単純なものです。1年間やめ続けられるかどうかを一つの目安として示しています。

しかし、すぐに続いて、このテストでは不十分であることを認めています。たとえ1年間酒をやめ続けられたとしても、アルコホーリクではないことを保証することはできません(「30歳の男」は意思の力で25年もやめたのにアルコホーリクだった)。しかし少なくとも、1年もたずに再飲酒してしまうようなら、すでに意思の力でやめられた時期は過ぎてしまったと認める役に立つでしょう。

p.47に、飲酒がコントロールできないことに疑念を持っているなら、節酒を試してみるようにという提案がありました。同じように、意思の力で断酒は続かないということに疑念がある人には、自分でやめてみることを提案しているわけです。そして、その結果について「自分に正直に」(p.47)検討してみれば、おのずと結論が出るだろうというのです。

そのような実験をするかどうかはともかく、飲酒がコントロールできるかどうか、意思の力で断酒ができるかどうかは、自分で結論を出すしかないことなのです。

今回のまとめ
  • 「30歳の男」は、30歳以後25年間も酒をやめていたが、もう自分も人並みに飲めるようになったはずだと信じて、飲み出してしまった。
  • アルコホリズムの進行は不可逆的なものである。
  • アルコホーリクは生涯にわたって酒をやめ続けるしかない。


  1. Glenn Chesnut, Names & Events in the A.A. Big Book: From the members of the AA History LoversHindsfoot Foundation (hindsfoot.org), 2014, p.6 []
  2. Anonymous, A Big Book Trivia of Some Missing FactsBarefoot’s World (barefootsworld.org)  []
  3. Richard Dubiel, The Road to Fellowship: The Role of the Emmanuel Movement and the Jacoby Club in the Development of Alcoholics Anonymous, iUniverse, 2004, p.61 []
  4. BB, p.49 []
  5. AA出版局, AAメンバーシップサーヴェイ2001AA日本ゼネラルサービス (aajapan.org), p.2 []
  6. AA, AAメンバーシップサーベイ2019AA日本ゼネラルサービス (aajapan.org), p.1 []
  7. AA, P-48 – A.A. Membership SurveyAlcoholics Anonymous (aa.org), 2014, p.2 []