ジミー・B(ジム・B)
ジミー・B(ジム・B)— Jimmy B. (Jim B.)
ジム・バーウェル(Jim Burwell, 1898-1974)。ハンク・P(ヘンリー・P)とともにAAの非宗教化に貢献した初期メンバーの一人である。
ジミーの体験記「悪循環」(The Vicious Cycle)は、ビッグブックの第二版以降に掲載されている(日本語訳は『アルコホーリクス・アノニマス 回復の物語 Vol.1』に収録)。
彼はメリーランド州 ボルチモア の円満な家庭に生まれ育った。思春期をプロテスタント の全寮制の学校で過ごしたことで、彼はむしろ宗教嫌いの不可知論者になった。医者になるために進学した大学を酒で中退したが、優秀な営業マンになった。ハンクがスタンダード・オイル の販売副部長をしていたときに、アルコホリズムを理由にしてクビにした部下がジミーであった。ジミーは仕事で成功を成し遂げては、酒でそれを台無しにしてクビになるというパターンを繰り返し、40歳になった1938年にAAにつながった。
ジミーはAAの差し向けてくれたジャッキー(Jackie W.)というメンバーの話を聞き、すぐに酒をやめた。しかし、それから一週間もしないうちにスポンサーであるジャッキーが再飲酒してしまった。困ったジミーがニューヨークのAAメンバーに助けを求めたところ、「二人ともニューヨークに来たらどうか」と誘われ、ハンクのアパートに転がり込むことになった。(スポンサーのジャッキーは後に酒で死ぬ)。
ジミーはニューヨークのAAで酒をやめ続けただけでなく、ハンクの設立したオーナー・ディーラー社(Honor Dealers)にカーワックスの営業マンとして雇われた。
神への反発
ところが、彼は「神」というものにも「スピリチュアルなもの」にも徹底して反発した。最初のジャッキーとの話でも神についての話題は無視していたが、ビル・Wやヘンリーと会ってミーティングに参加するようになった後でも、「自分は酒を飲みすぎただけで、生き方や考え方を変える必要は無い」という主張を変えなかった。
そればかりではなく、彼はミーティングで公然と神や霊的なことがらを非難し、それらを取り除けばAAはもっと良くなると言って憚らなかった。古参のメンバーたちは傷つき、黙想の中で「ジミーを追放する方法が見つかりますように」と祈ってみたり、逆に自らに寛容さが与えられるように祈ったりする羽目になった。それでもジミーは酒をやめ続け、ワックスも売り続け、神を非難し続けた。
スピリチュアルなものを受け入れた
数ヶ月後、ジミーは出張先のニューイングランド で再飲酒した。途方に暮れた彼はニューヨークのメンバーに助けを求めたが、電報は突き返されてしまい、やっとつながったハンクへの電話では解雇を言い渡されてしまった。彼はその時の心境を体験記でこう綴っている:
私は、このときはじめて真剣に自分自身の本当の姿を直視することになった。かつてないほどひどい孤独を感じた。私と同じような仲間にすら背を向けられてしまったのだ。これには、いままで体験したどんな二日酔いよりもひどく傷ついた。私の確固たる不可知論は消えさり、本当に神を信じている人たちや、とにかく、まじめに自分を超えた力を見つけようとしている人たちが、私よりもはるかに落ち着きがあり満足しているのがわかった。そして、彼らは、私には見いだしえなかった幸福感に満たされているように思えた。1)
なんとかワックスの残りを売り払って旅費を作ったジミーはニューヨークに戻った。態度が改まったのを見て、メンバーたちは彼を受け入れ、彼はもう一度プログラムをやり直すことになった。それによって彼はハイヤー・パワーの概念をつかみ取った:
長いあいだ、私が理解する唯一のハイヤーパワーはグループの力だったが、今回は、かつて認め受け入れたものをはるかに超えるものだった。しかし、それは始まりに過ぎなかった。2)
ジミーはやがてフィラデルフィア に移り、そこでAAグループを始めた。さらに故郷のボルチモアでもAAを始めた。メッセージを伝えた相手であるローザ(Rosa)と結婚し、後に西海岸のサンディエゴ に移ってその地のAAの発展に寄与した。
あくまで非宗教的
ジミーはスピリチュアルなものを受け入れたが、彼のハイヤー・パワーの概念はあくまでも非宗教的なものであり、彼は生涯、非宗教的な神の概念をAAメンバーに売り込み続けた。
彼は『12のステップと12の伝統』の伝統3にエド(Ed)として登場している。ハンクとジミーには、元無神論者(あるいは元不可知論者)だったことや敏腕の営業マンだったことなどの共通点があるため、この二人は混同されがちだが、別の人物である。恨みによって自壊していったハンクとは対照的に、ジミーはAAの中で活動し続けた。
12ステップの「神」という言葉を「自分なりに理解した神」に変えた功績は(ジミーの主張にもかかわらず)実際にはハンクに帰されるべきであろう。しかしながら、ジミーのような不可知論者が、やがては神を信じるようになり、他のアルコホーリクに対してスピリチュアルなプログラムを説くようになったという点において、アルコホーリクにとっては「神」よりも「自分なりに理解した神」のほうが利点があることを彼の回復が証明したと言える。
参照:
・ビッグブックのスタディ (28) 医師の意見 19
外部リンク:
・Jim Burwell
・The Evolution of Alcoholics Anonymous by Jim Burwell (a-1associates.com)
・Jim B. “The Original Agnostic” speaking in 1952 Alcoholism Recovery (youtube.com)
・James M “Jim B” Burwell (findgrave.com)
- AA, 『アルコホーリクス・アノニマス 回復の物語 Vol.1』, AA日本ゼネラルサービス, 2010, p.43.[↩]
- ibid., p.44.[↩]
最近のコメント