ビッグブックのスタディ(10) 医師の意見 1

まず事務連絡から。掲示板に不具合があったので修正しておきました。メールアドレスを入力しなくても書き込みが出来るようになったはずです。コメントもメールアドレス不要です。

ここからステップ1と2が始まる

今回から「医師の意見」を扱います。ビッグブックのなかで、このp.xxxi (31)から第5章のp.87の(a)(b)(c)の行まで、約100ページがステップ1と2の説明に割かれています。

問題・解決・行動」の三要素のうち、問題(ステップ1)解決(ステップ2)の二つの情報が提示されます。どうやったら解決が手に入るかという行動(ステップ3~12)についての情報はここからの約100ページにはほとんど出てきません。だから、早く解決を手にしたい、と気持ちが焦る人のなかには、その長さにうんざりして読み飛ばしてしまう人もいます。

だが、そうやってステップ1と2をおろそかにすると、先に進んでもステップ12まで届かず、途中で先に進めなくなりがちです。現在地と目的地をよく確かめずに旅をすれば、道に迷うのは当然のことです。100ページという長さはステップ1と2の重要性を示しています。

「医師の意見」を掲載した理由

さて、「医師の意見」には、ビル・Wの主治医だったシルクワース医師の手紙が2通収録されています。ビッグブックという本は、著者がアルコホーリクであり、読者もアルコホーリクを想定しています。その内容は、当事者が当事者に語りかける形式になっています。現在ではありふれた形式ですが、当時としては斬新なものでした。1)

しかし、当事者がアマチュアの立場で書いた本の内容を、読者が信用してくれるのか? 信頼性に疑いを持たれると予想して、ビルは策を講じています。

 読者の方々は、本書に書かれている回復の方法が医学的にどう評価されているか、関心をお持ちのことと思う。説得力のある証言は、私たちの苦しみをともに経験し、その回復を目の当たりにしてきた医師からこそ得られるだろう。2)

「本書に書かれている回復の方法」とは12ステップのことです。だから「医師の意見」には、

 1) 12ステップという回復手段に対する医学的評価

が書かれています。そして、その評価は絶賛です。これは当然のことで、たいていの本で、巻頭に著者以外の文章が載っていれば、それは権威ある人物が、著者を持ち上げ、本の中身を褒めちぎる推薦の言葉が並んでいるものです。だから、そんな美辞麗句は読み飛ばして第1章にとりかかりたくなります。

しかし、「医師の意見」には、医師の立場から見て

 2) AAがどのように始まったか

も書かれています。それは「再版にあたって」に書かれていたAA創始のストーリーとはまた違った面があります。そして、もっと重要なことは、2通目の手紙には、シルクワース医師による

 3) アルコホリズムの疾病概念の説明

があります。これはステップ1のための重要な情報です。だから、「医師の意見」は読み飛ばすわけにはいかない文章です。

AAはビル・Wと同じことをやる団体

ではまず2)について、p.xxxi (31)の7行目から:

 一九三四年の後半のこと、私はある患者を担当しました。彼はかつては収入のよい、非常に有能な実業家でしたが、どうにも見込みなしと見放すほかないようなアルコホーリクでした。2)
In late 1934 I attended a patient who, though he had been a competent businessman of good earning capacity, was an alcoholic of a type I had come to regard as hopeless.3)

「ある患者」とはビル・Wのことです。彼は能力(capacity)のある人間だったので、最初の入院の時には良くなる可能性は十分ある、とシルクワース先生も期待していました。だが、二度、三度と入院を繰り返すうちに、先生もビルには回復の見込みがない(hopeless)と見なすようになりました。

ここでもhopelessホープレス=絶望という言葉がでてきました。ビルはもう回復できないだろう、と先生が腹の内で思っていただけではなく、そのことはビルの耳にも入っていますBB, p.11)。結果としては、それが幸いしました。

 三度目の治療中でした。彼は回復の可能性に向けた手段としてある方法を思いついたのです。2)
In the course of his third treatment he acquired certain ideas concerning a possible means of recovery.3)

この「ある方法」というのが、12ステップ(の原型)です。まるでビルが自分で思いついたように訳されていますが、原文は acquired ideas――アイデアを手に入れた、です。エビーから教えてもらったものです。続きです:

彼は自分のリハビリテーションの一環として、自分が得た考えを他のアルコホーリクに説明し始め、彼らも自分と同じようにすれば何とかなることを強調したのです。これがいま急速に広まっているアルコホーリクとその家族たちの共同体の土台になりました。2)

シルクワース医師の予想に反して、その後ビルが回復したことを、僕らは知っています。彼はそのやり方を12ステップにまとめました。そして、僕らに「回復するために自分と同じことをしろ」と勧めているのです。

つまりAAは、ビル・Wと同じようなことをやって、同じような回復を手に入れようという集団なわけです。

後にAAとアラノンに分かれた

「アルコホーリクとその家族たちの共同体」とはAAのことです。AAが始まった頃は、アルコホーリク本人とその家族は同じミーティングに参加していました。しかし、やがてAAの家族のグループがいくつも出来てきました。ビルの妻ロイスの体験記の中に、夫からミーティングに一緒に行く準備が出来ているかと聞かれたロイスが、

“Damn your old meetings!”

と言って彼に靴を投げつけたエピソードがあります。英語の罵り言葉を訳すのは難しいのですが、「誰があんたの忌々いまいましいミーティングに行くもんですか!」といった感じでしょうか。アルコホーリク本人たちは本人同士で心情的に固い結びつきを作ることが多く、家族がそこに加わっても疎外感を味わうことがあります。この話は、アルコホーリクの家族には本人とは違うニーズがあることを明らかにしてくれます。

1951年4月にAAの第1回評議会が開かれたとき、ロイスは全国から集まったAAの評議員の妻たちを自宅に招待しました。その時彼女は――AAのオフィスとは別に――家族のニーズに応えるオフィスを作ることを決め、友人のアン・B(Anne B.)にセクレタリーを頼みました。ちなみに、このアンはドクター・ボブの妻のアンとは別人です(アン・Sは1949年に亡くなっています)。そしてAAの中の家族グループがそちらに移行して「アラノン」ができあがりました。4)

つまり、AAという団体が、1950年代前半に本人の団体と家族の団体の二つに分かれたわけです。

僕は、家族には家族のニーズがあることを重視しています。家族の人のニーズのなかには、本人の立場である僕には理解しづらいものもあります。僕は頼まれてACの人のスポンサーをやったこともあるし、家族の人の棚卸しを聞いたことも何度もあるので、本人でもそこそこのことは可能だと思いますが、「家族のことは家族の立場の人に任せるのがベスト」です。少なくとも、家族の相手は僕より妻の方が上手です。たまに、本人の立場なのに、家族支援をやりたがる人と会うことがあります。他にやってくれる人がいないので仕方なくではなく、「私は家族の立場でもあるから」という理由を付けて家族支援をやりたがる本人さんは、大きなことを見落としているのではないかと危惧します。(自分の限界を知り、それを受け入れることも支援者として必要なことですよ)。

なぜかノン・アルコホーリクも無名だった

BB p.2
— from Alcoholics Anonymous Facsimile First Printing of the First Edition 5)

ところで、p.xxxii (32)ページには、「医学博士ウィリアム・シルクワース(William D. Silkworth, M.D.)」とシルクワース医師の名前が明記されていますが、1939年に出版された初版には彼の名前は記載されていませんでした(右図参照)。そもそも、彼に限らず、初版には誰の実名も書かれていません。

無名性(アノニミティ)ということを考えれば、アルコホーリクの実名が載らなかったのは理解できます。だが、ノン・アルコホーリクの人たちまで名前を載せなかった理由は分かりません。「ビッグブック七不思議」の一つに数えて良いと思います(笑)。6)

小ネタを披露していたら長くなってしまったので、ステップ1の話は次回からになります。シルクワース医師がどんな人物だったかは、小辞典にエントリを加える予定です。→加えました

今回のまとめ
  • AAはビル・Wと同じことをやって同じ結果を得ることを目的とした団体。
  • 最初は家族も一緒に活動していたが、後にAAとアラノンに分かれた。

  1. ウィリアム・L・ホワイト(鈴木美保子他訳)『米国アディクション列伝 アメリカにおけるアディクション治療と回復の歴史』, ジャパンマック, 2007, p.132 []
  2. BB, p.xxxi (31)  [] [] [] []
  3. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.xxv [] []
  4. Al-Anon, Al-Anon HistoryAl-Anon Family Groups (al-anon.org), Al-Anon Family Group Headquarters []
  5. AA, Alcoholics Anonymous Facsimile First Printing of the First Edition, AAWS, 2014, p.2 []
  6. もちろんAAでは、ノン・アルコホーリクの人はフルネームを伏せる必要はありません。 []