ビッグブックのスタディ (19) 医師の意見 10

12&12でアレルギーと強迫観念がどう扱われているか

身体のアレルギーと精神の強迫観念という話題を、もう少し引っ張ります。

『12のステップと12の伝統』
12&12

このブログではビッグブックをテキストとして12ステップの話を進めていますが、AAには『12のステップと12の伝統』というテキスト(以下12&12があり、ステップミーティングでは12&12を使っているグループも多かろうと思います。

この12&12のなかで、身体のアレルギー精神の強迫観念が、どう扱われているか見てみましょう。何と言ってもこの二つがステップ1の重要な情報ですから。

実は、12&12の中で、この二つに言及しているのはです。p.30の10行目から:

スポンサーになってくれた人たちは、私たちが人間の意志の力ではどうしても打ち破ることができない、言いようのないほど強力な精神的とらわれの犠牲者になっていたのだと断言した。自分の意志の力だけで、この強迫観念と戦って勝つ方法はなかったとも言った。1)
Our sponsors declared that we were the victims of a mental obsession so subtly powerful that no amount of human willpower could break it. There was, they said, no such thing as the personal conquest of this compulsion by the unaided will.2)

ここでは精神の強迫観念(obsession)とらわれと訳されています。この文章には、とらわれ(強迫観念)が何であるかという説明はありません。3)

その続きです:

・・・その人たちは、アルコールに対する私たちの感覚がますます過敏になっていることを指摘し、それは一種のアレルギーだとも言った。1)
…our sponsors pointed out our increasing sensitivity to alcohol — an allergy, they called it.2)

こちらでは身体のアレルギーを取り上げていますが、それが過敏性の増大だという情報しかありません。

次のページでは、アレルギーと強迫観念を「双刃もろはつるぎ(double-edged sword)」と表現しています。さらにその続きです:

・・・まず私たちは、狂ったような衝動、飲み続けるようにと宣告されたような衝動にかられた。次いで、自分自身を破壊することになる身体のアレルギーに打ちのめされた。4)
…first we were smitten by an insane urge that condemned us to go on drinking, and then by an allergy of the body that insured we would ultimately destroy ourselves in the process.2)

この一文は、前半が強迫観念について、後半がアレルギーについてなんですが・・・分かりますかね。僕にはとても分かりにくく感じます。

ビッグブックではアレルギーと強迫観念の説明に数十ページ使っていますが、12&12ではわずか9行にすぎません。しかもそこには「アレルギーとは何か」「強迫観念(とらわれ)とは何か」という説明が抜けています。だから、12&12だけ読んでステップをやろうとしても、最初のステップ1でどのように無力を認めたら良いのか分からず、ぼんやりとした理解に留まってしまうのです。

12&12を読んでステップをやろうとしている人たちは、「12ステップは難しい」と言います。・・・難しいのじゃなくて、情報が全くなくて途方に暮れている、というのが正しい表現ではないでしょうか。

12&12にはなぜ12ステップについての情報がないのか

書名が『12のステップと12の伝統』ですから、12ステップを学ぼうとこの本をを読む人は大勢います。目次を見ると、ステップ1からステップ12まで章が並んでいて、いかにも12ステップの教科書っぽい作りになっています。しかし、12&12には、実際に12ステップに取り組むための情報があまりないので、12&12を読んで12ステップに取り組もうとするのは無理です。

ではなぜ、著者であるビル・Wは、12&12に12ステップに取り組むための情報を書かなかったのでしょうか。おそらく、同じことを書いた本が二冊は要らないと考えたのでしょう。すでに12ステップのテキストとしてビッグブックがあるのですから、もう一冊作ることは避けたわけです。

さらに、12&12が出版された当時は、ビル・Wが12の伝統をAAに浸透させようと努力している時期でした。12の伝統は、AAがアメリカで急速に拡大していた1940年代に、運営にトラブルのあったAAグループとオフィス(GSO)との手紙のやりとりを通じてオフィスに蓄積された経験をもとに作成されました。12の伝統は1946年に発表されたのですが、当時のAAメンバーには、とても受けが悪かったそうです。多くのAAメンバーが12の伝統を無用のものと決めつけ、それに対してビル・Wは各地を回って伝統について話をしましたが、メンバーたちは相当うんざりしていたようで、やがてビルのところにこんな手紙が来るようになったそうです:

「ビル、あなたがいらっしゃって、お話して下さるのはとても嬉しく思います。その時には酒瓶をどこにかくしたとか、あの胸踊るようなあなたのスピリチュアル(霊的)な体験についての話を聞かせて下さい。でもどうかあのくだらない伝統のことは話さないで下さい」5)

ですから、当時に12の伝統だけの本を出版しても、まったく売れないことは明らかでした。こうした事情については『AA成年に達する』に書かれています。ここから先はAAの文献に書かれている話ではないのですが、12ステップについてのビルの文章には人気があったので、12の伝統の本を売るために、ステップと伝統がセットになった本を作ったのだそうです。

いわば、12の伝統という不人気な商品を売り込むために、人気のあるビルの12ステップの文章と抱き合わせて売るという手法を採ったわけです。ただ前述のようにビルはステップの新しいテキストを作るつもりはなかったようなので、代わりに12ステップについてのエッセイを12個書いて掲載することにしました。(これがessayであることは12&12の「まえがき」に書かれています)。

このという部分は、AAの文献の記述による裏付けのある話ではなく、伝聞として伝わっているものです。だから、史実ではなく伝説である可能性もありますが、後半の伝統についての部分が切れ味の良い説明で成り立っているのに対し、前半のステップについての部分が観念的な話に終始していることをうまく説明してくれます。

ビッグブックと12&12の違い

日本のAAがなぜステップミーティングでビッグブックではなく、12&12を使うようになったのか、はっきりしたことは分かりません。ただごく初期の頃(日本のAAとマックが明示的に分離する前)から12&12を使ったステップミーティングが行われていました。

日本のAAで、「12ステップは難しい」と言われたり、ステップについての分かち合いの中身が観念的な話が多いのは、12&12がステップのテキストだと思っている人が多いからでしょう。一方で、ビッグブックは文章は難しいけれど、その内容はとても具体的でhowに富んでいます。棚卸し(ステップ4・5)の表の書き方や、埋め合わせ(ステップ8・9)のやり方、祈りと黙想(ステップ11)のやり方など、ビッグブックにはhowの情報が詰まっています。

一方、12&12はビッグブックの14年後に出版されたものです。ビッグブックと重複する情報はあまりない代わりに、ビッグブックが書かれた後の10年余りに蓄積された補足情報が得られます。例えば、上に載せた文章を読んだだけでも、アレルギーと強迫観念について教えるのはスポンサーの役目であることが分かります。だからステップ1では、スポンサーはこの二つを伝える腕を磨けばよいわけです。他にもいろんな情報がありますが、それについては、今後ビッグブックの話を進めていく中で随時取り上げていきたいと思います。

ある仲間の経験

20年近く前のことです。日本のあるAAメンバーが「日本のAAでは自分は回復できない」と見限って、いきなりアメリカに渡ってしまいました。その勇気は素晴らしいと思います。スポンサーの家にホームステイさせてもらいながら、ミーティングに通い、ステップワークをするという日々を送り、やがて帰国しました。僕はその土産話を聞くのが好きでした。12ステップはビッグブックに書かれていること、スポンサーシップはビッグブックを読み合わせながら進めることなど、その時に初めて知りました。

ところで、その人が彼の地で12&12を使ったステップミーティングをやっている会場があると知り、行ってみたのだそうです。ところが、会場でいろいろ聞かれた挙げ句、「ここはあなたの来るところではない。まずビッグブックでちゃんとステップワークをして、スポンサーがオーケーしてくれたら来なさい」と言われて帰されたのだそうです。

12&12には、ビッグブックでステップワークをしてからでないと真意の分からない文章がたくさん含まれています。その人が参加しようとした会場は、ステップワークの経験者が理解を深めるためのミーティングだったのでしょう。ビギナーが出席しても回復の妨げにしかならないだろうという配慮で、他のミーティングに行くよう勧められたというわけです。

その後数年して、12&12ではなくビッグブックを使ってステップミーティングをするグループが日本にいくつか現れました。21世紀の初めにアメリカに渡ったメンバーは何人かいたようで、その人たちが持ち帰った情報が、言語の壁によってガラパゴス化 していた日本のAAに変化をもたらしました。文久遣欧使節 の例を出すまでもなく、外国に行って帰ってきた人たちがもたらした情報が新しい時代を作っていくというのが、日本の常なのかもしれません。

今回のまとめ
  • AAには『12のステップと12の伝統』12&12というテキストもある。
  • 12&12には、身体のアレルギーと精神の強迫観念についての説明は9行しかない。
  • 12&12だけを読んで12ステップに取り組むのは無理。
  • だが12&12からはビッグブックにない補足情報が得られる。

  1. 12&12, AAWS, 2001, p.30.[][]
  2. AA, Twelve Steps and Twelve Traditions, AAWS, 1953, p.22.[][][]
  3. ここで compulsion という言葉が明らかに強迫観念を指して使われている。AA以外のグループ(NAなど)のテキストでは compulsion は主に渇望を指して使われている。[]
  4. 12&12, p.31.[]
  5. AACA, p.308.[]

2024-08-21

Posted by ragi