ビッグブックのスタディ (30) ビルの物語 1

「医師の意見」における問題・解決・行動

前回まで「医師の意見」を扱ってきました。そこで私たちは何を学んだでしょうか。振り返ってみましょう:


  • 問題:私たちアルコホーリクは、身体のアレルギーによって飲酒のコントロールができず、そのおかげで様々なトラブルが生じてきます。酒を止めていても、精神の強迫観念によって再飲酒を強いられ、元の飲んだくれに戻ってしまいます。この二つアレルギー強迫観念の組み合わせによって、私たちはまさに絶望と言える状況に置かれています。これがステップに取り組む前の人が立っている現在地です。

  • 解決:シルクワース医師の言葉によると霊的変化(psychic change)が起これば、私たちは強迫観念による再飲酒を防げるようになります。ところがこの霊的変化は人間の力で起こすことはできず、人間を越えた何かに起こしてもらわなければなりません。そこで「ハイヤー・パワー(神)に霊的変化を起こしてもらう」というのが私たちが目指すべき目的地になります。


  • 行動:では、実際になにすればいいのかというと、シルクワース医師らが「道徳心理学」と呼んだもの(私たちの12ステップに取り組むことが、現在地から目的地に達する道程になります。


現在地・目的地・道程

「ビルの物語」における問題・解決・行動

第1章「ビルの物語」には、ビルが上の三つに順番に取り組む様子が描写されています。


ページ範囲
問題(ステップ1) p.1 ~ p.12 12行
解決(ステップ2) p.12 13行 ~ p.19 8行
行動(ステップ3~12) p.19 9行 ~ p.25

最初の問題のパートは、1917年にビル・W第一次世界大戦 のために陸軍に召集され、生まれて初めて酒を飲むところから始まります。やがて彼は習慣的に酒を飲むようになりますが、次第に酒のコントロールを失っていき(身体のアレルギー)、生活への悪影響が出てきます(思い通りに生きていけない)。彼の破産と失業は大恐慌 が原因ですが、飲酒が彼の再起の妨げになります。そこで彼は断酒を決意するのですが、あっさり再飲酒してしまいます(精神の強迫観念)。何度も再飲酒を繰り返した挙げ句に、タウンズ病院に入院し、そこでシルクワース医師から身体のアレルギーと精神の強迫観念について教えられます。しかし問題を把握しただけでは、酒を止め続けることはできず、二度目の入院も役に立たずに、彼は絶望のうちに酒を飲み続けています

二番目の解決のパートは、1934年11月の終わりに、酒を飲み続けているビル・Wのところへ、高校時代の友人エビー・Tが訪れてくるシーンから始まります。エビーはビル以上に絶望的なアルコホーリクでしたが、オックスフォード・グループという宗教活動に加わることで酒を止めていました。エビーはビルが酒で落ちぶれているのを知り、ビルの助けになるために訪れたのです。しかしビルは宗教や神についてのエビーの話に強く反発します。それでもビルは、自分がどうやっても酒をやめられずにいるのに、自分と同じように絶望的なエビーが酒をやめているのは、エビー自身の力、何か別の力(神)の働きに違いないと気づきます。エビーのようになりたいと思うことで、ビルは自分が到達すべき目的地(解決)を受け入れます。

三番目の行動のパートは、12月11日に、ビルが酒を切るためにタウンズ病院に入院するところから始まります。離脱が少し治まってきた頃にエビーが見舞いに訪れ、オックスフォード・グループのやり方をビルに伝えています。入院中のビルが実際にどこまでそれを実践したのかは疑問が残りますが、そのあたりは当該ページまで進んだところで説明することにして、そのことがビルに大きな変化をもたらします。p.21にはビルの「ホットフラッシュ」と呼ばれる霊的体験(シルクワース医師の言う霊的変化)が描写されています。ビルは自分がエビーと同じところ(目的地)に到達したことを知ります。

ビルは自分が得たものを「同じように手にしたいと願っているアルコホーリクは、何万人もいるにちがいない」BB, p.22)と考えて、エビーが自分にしてくれたのと同じように、他のアルコホーリクに問題・解決・行動の三点セットを伝える活動を始めます。それによってできあがったアルコホーリクの集団がやがてAAになります。最初はオックスフォード・グループの一部として活動していましたが、やがてそこから分離し、宗教性も取り除かれていきました。

第1章は1938年の春に書かれたものですから、ビルが酒を止めてから3年あまりのことが書かれています。その後、ビルは1971年に亡くなるまで酒を止め続けたため、ビッグブックの第3版以降には彼の亡くなった日付が第1章の末尾に加えられました。

道具としての物語

こう見ると、「ビルの物語」には12ステップを伝えるという目的があり、彼が自分の過去を語ったのはそのための手段であることが分かります。自分の話をすることは目的ではなく、それをあくまで道具として使っています。このことは、私たちAAメンバーがどのように体験を分かち合うべきかを考えるときの一つのモデルになるでしょう。

彼は12ステップを伝えるために、それ以外の部分を「物語」からそぎ落としています。彼が最初の飲酒をしたのは成人してからですが、それ以前の不幸なことが多かった子供時代についてはほとんど触れていません(祖父との会話があるのみ)。また、AAはビル・Wとドクター・ボブの二人を共同創始者としていますが、ドクター・ボブとの出会いについても完全に省かれています。そのことからも、ビルがこの物語から私たちに何を伝えたかったかが分かります。それは、問題・解決・行動の三つと、それが私たちアルコホーリクにもたらす奇跡についてです。

AAはナラティブなのかの回でナラティブ・セラピー を取り上げましたが、こうしてみると「ビルの物語」とナラティブの手法との間には違いがあることが分かります。ビッグブックは教科書であり1)、「ビルの物語」も私たちに情報を伝えるため、つまり私たちが学ぶための対象として提供されています。

私たちとビル・Wの共通点

さて、私たちは21世紀の日本に生きています。私たちとビル・Wとの間には様々な違いがあります。彼は20世紀半ばに生きた白人男性で、インテリ志向で、株式のブローカーで、社会的成功と社会的認知への強い野心を持っていました。そんな彼と自分との共通点を見つけて共感できる人ばかりではないでしょう。

しかし、彼が伝えたかったこと(問題・解決・行動)を踏まえれば、自分と彼の間に共通点を探すことは難しくありません。問題のパートでは、身体のアレルギーと精神の強迫観念が描写されていますから、あなたがアルコホーリクならば同じことが自分の身にも起きていることが分かるでしょう。また、解決のパートでは、彼は宗教や神をとても強く拒絶していますから、神が苦手な人はその点でビルに共感できるでしょう。また、彼がどうやってその苦手を克服していったのかに興味が持てるでしょう。そして、ビルが「この友人(エビー)のようになりたい」と思ったように(pp.18-19)、あなたもビル・Wのようになりたいと思えたのであれば、この物語の目標は達成されたことになるわけですが・・・。なかなか、そんなにすんなりとはいきません。だから、彼の物語に続いて、第2章・第3章・第4章と延々とステップ1と2の話が続くことになるのですが、まずは、第1章を読むことから始めましょう。

今回のまとめ
  • 「ビルの物語」は、問題解決行動の三つを私たちに伝える、という目的を持って書かれている。

  1. p.xv (15)では、ビッグブックを「基本テキスト(basic text)」と呼んでいる。 []