オックスフォード・グループ
オックスフォード・グループ – Oxford Group

1921年にアメリカ人のルター派 牧師フランク・ブックマンが始めた宗教運動。2) 多くの分派を作り出したが、AAもその一つである。
1908年にイギリスのケズウィック で回心の体験を得たブックマンは、その経験をもとに第一世紀キリスト者共同体(A First Century Christian Fellowship)を始めた。まずイギリスのケンブリッジ大学 やオックスフォード大学 で回心を説いて成功した。
ブックマンは学生らを引き連れてキャンペーンを行ったが、1929年に南アフリカを学生たちが旅した時にはオックスフォードの学生が多く、列車の赤帽が彼らのコンパートメントの窓に「オックスフォード・グループ」とメモ書きしたことがきっかけで、そう呼ばれるようになった。3)
オックスフォード・グループは宗教ではなく、神の導きのもとに霊的な生活を送りたいと願う者たちの集まりだった。そのため、階級制度や礼拝所を持たず、寄付を求めず、有給のスタッフはおらず、「何の計画もなく、ただ神の計画だけがある」としていた。実際に、彼らは会員名簿や予算や特定の場所を持たなかった。ブックマンは創始者であったがリーダーではなく、メンバーは真のリーダーは神であると考えていた。4)
四つの絶対性(The Four Absolutes ― 絶対正直、絶対純潔、絶対無私、絶対愛)という道徳規準があり、その達成は不可能にしても、神の導きに従った行動かどうかを判別するためのガイドラインとなっていた。彼らにとって罪とは、「何であれ神や他者との関係を妨げるもの」であり、それは肉体的な病気のように伝染すると考えられていた。5)
四つの霊的な実践(spiritual practices)とは、
1. 自分の罪や誘惑を、もう一人と分かち合う ― Shareing (4,5)
2. 神の守りと導きに人生を明け渡す ― Surrender (3)
3. 自分が誤ったことをしたすべての相手に償いをする ― Restitution (8,9)
4. 神の導きを求め、それを実践する ― Guidance (11,12)
()の中は対応する12のステップ。
彼らは導きを得るために、早朝に静かな時間(quiet time)と呼ばれる黙想の時間を持ち、浮かんだことを紙に書き留め、それを四つの絶対性に照らし合わせて一日のプランを立てていた。チームを組んでの黙想も行われた。また分かち合いが重視され、信仰の告白だけでなく、自分の罪や、どうやって罪を克服したかを他のメンバーと分かち合うことが推奨されていた。
オックスフォード・グループは1930年代に欧米を中心に多くの人に広がった。1938年ブックマンは世界を変えるには個人の「道徳再武装(moral re-armament)」が必要だと説き、以後この運動はMRA(Moral Re-Armament)と呼ばれるようになった。活動の焦点が個人の霊的生活から世界の改革に移ったことで、多くのグループや個人が離反した。6) その後もキリスト教の用語を使い続けたものの、その他の宗教も受容するようになった。
MRAは第二次世界大戦後の1946年に、スイスのCauxにセンターを設立し、戦後のフランスとドイツの和解に大きな役割を果たした。7) またモロッコやチュニジアの非植民地化に貢献した。6) また、日本の国際社会への復帰やアジア諸国との関係改善にも寄与した。8)
戦後は反ファシズム・反共産主義を明確にし、1970年代に広がった反戦平和運動に対しては反対の立場を取った。
2001年、MRAは名称を Initiatives of Change(IofC — イニシアティブズ・オブ・チェンジ) に変更した。
アルコホーリクス・アノニマス(AA)との関係:
タイヤメーカーであるファイアストン は、オハイオ州アクロンに本社を置いていた。9) 創業者の息子はアルコホーリクだったが、オックスフォード・グループのメンバーの助けを得て酒をやめた。それに感謝した創業者は、1933年1月にブックマン他60人をアクロンに招き、10日間のキャンペーンを行った。これにより、アクロンではオックスフォード・グループの活動が活発になり、後にAAの共同創始者になるドクター・ボブも加わることになった。6)
一方、カール・ユングの治療を受けたローランド・Hはオックスフォード・グループに加わり、他のメンバーとともに、後にビル・Wのスポンサーとなるエビー・Tを助けた。ニューヨークに移ったエビーがビルを助け、ビルがドクター・ボブを助けることで、アルコホーリクの集団ができあがったが、彼らはオックスフォード・グループの一部として活動していた。やがてそこから分離してAAが成立した。
ビルは、「自己吟味、性格上の欠点の認知、傷つけた人々に対する償い、他の人々といっしょにやること等の考え方をオックスフォード・グループからそのまま持ってきた」と述べている。10) 12ステップの構成要素の多くはオックスフォード・グループ由来である。
また、小規模で親密なハウス・パーティ形式のミーティング、過ちや欠点の告白、階層組織や会員名簿を持たないこと、一対一のスポンサーシップなど、形を変えつつAAに受け継がれた要素がある。一方でキリスト教的信仰、四つの絶対性、道徳の強調、禁煙などはAAで採用されなかった。
カール・ユングとの関係:
カール・ユングはこう述べている(英訳):
For instance, when a member of the Oxford Group comes to me in order to get treatment, I say, “You are in the Oxford Group; so long as you are there, you settle your affair with the Oxford Group. I can’t do it better than Jesus.11)
例えば、治療を受けるためにオックスフォードグループのメンバーが私のところに来たなら、私はこう言います。「あなたはオックスフォード・グループにいます。そうであるならば、あたの問題はオックスフォード・グループで解決します。私はイエスよりうまくはできませんから」と。(拙訳)
アーネスト・カーツ(Ernest Kurtz, 1935-2015)は、AAの四つの「創始の瞬間」の一番目として、1931年にカール・ユングがローランド・Hに話したことを挙げている。12) 13)

日本におけるMRAの活動:
戦後の昭和期に日本でも活動が拡がり、1962年にアジアにおける活動の中心として小田原にアジアセンターを設立し、国際異文化交流と英語教育の拠点となった。2007年に閉館となった。
日本においてMRAとAAの間に交流があったことを示唆する情報はない。
外部リンク:
・道徳再武装
・一般財団法人 MRAハウス
・公益社団法人国際IC日本協会(旧国際MRA日本協会)
・Initiatives of Change
参照論文:
・葛西賢太「オックスフォードグループ運動における〈心なおし〉の実践とその意義」, 宗教研究 82(2), 日本宗教学会, 2009
Oxford Group meeting 1930’s from IofC Film Archives on Vimeo.
- 聖公会カルバリー教会でのサミュエル・シューメイカー師のミーティングの様子 ―― Sam Shoemaker January 31 – Through the Red Door, Recovery Ministries of the Episcopal Church――シューメイカーは1941年ににオックスフォード・グループと別れた。 [↩]
- 19世紀イギリスのオックスフォード運動―Oxford Movementとは別のもの。 [↩]
- Tom Driberg, The Mystery of Moral Re-armament: A Study of Frank Buchman and His Movement, Knopf, 1964, p.52 ―― Google Booksで確認 [↩]
- Garth Lean, Frank Buchman : a life, Constable, 1985 – Frank Buchman – A Life (frankbuchman.info) [↩]
- The Layman with a Notebook, What Is the Oxford Group?, 1933, p.11-16 — Kindle [↩]
- Lean, op. cit. [↩] [↩] [↩]
- Edward Luttwak, “Franco-German Reconciliation: The Overlooked Role of the Moral Re-Armament Movement,” in Religion, the Missing Dimension of Statecraft, Douglas Johnston and Cynthia Sampson, editors. Oxford University Press, 1994, p.52 ― Google Books で確認。 [↩]
- MRAハウス, アジアとの和解 – アジアセンターODAWARA 40周年記念 CD-ROM, 財団法人MRAハウス, 2013-11-22 [↩]
- 後に日本の株式会社ブリヂストンに吸収された。 [↩]
- AACA, p.59 [↩]
- これについての情報は以下にあるそうだが、書籍は入手できていない ― C.G. Jung, Collected Works of C.G. Jung, Volume 18: The Symbolic Life: Miscellaneous Writinngs, Princeton University Press. 1977, p.272 [↩]
- アーネスト・カーツ(葛西賢太他訳)『アルコホーリクス・アノニマスの歴史――酒を手ばなした人びとをむすぶ』, 明石書店, 2020, pp.74-75 [↩]
- ちなみに、残りの三つは、エビー・Tがビル・Wを訪問したこと、ビルの霊的体験とウィリアム・ジェームズの著書との接触、そしてビルとドクター・ボブとの交流、である。 [↩]
- フランク・ブックマン(相馬雪香訳)『世界を再造する』MRAハウス, 1958 ― 書影はJSO新井所長にご提供いただいた。 [↩]
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