ビッグブックのスタディ (92) どうやればうまくいくのか 4

行動が必要な最初のステップ

この考えを踏まえて、私たちは第三ステップのところに立った1)


Being convinced, we were at Step Three,2)

「この考えを踏まえて」と訳されていますが、convince は真実であると納得することです。つまり、前回の「三つの考え」に納得できたなら、私たちはステップ3に進む準備ができたのです。

ステップ1とステップ2は私たちに行動を要求しませんでした。ステップ1で、私たちは自分に身体のアレルギーと精神の強迫観念があるという事実ファクトを知りました。そして、それらは自分の力では解決できない(=無力である)ことも知りました。ステップ2では、アルコールの問題を何らかの偉大な力(神)に解決してもらった人たちがいるという事実ファクトを知りました。そして、自分の問題もその力に解決してもらえる(少なくともその可能性はある)ということを知りました。つまり、ステップ1と2は知るステップであって、行動するステップではなかったのです。

ジョー・マキューはこう書いています:

ビッグブックには、ステップ1とステップ2をどのように行うかという方法はどこにも書かれていない。ステップ1、2をいま実行しているところだと話す人がいるが、ステップ1と2は行動に取り組むステップではない(私たちは、酒場でステップ1を実行していたのだ!)。ステップ1と2では、私たちば情報を収集するのである。行動の取り組みはステップ3から始まる。3)

ビル・Wも、ステップ1と2は行動を要求しないと明言しています。4)

ステップ1と2でもそれぞれの情報を手に入れるためには何らかの行動が必要でした。例えばビッグブックを読む、AAミーティングで他の人の話を聞く、スポンサーと話し合う、自分の過去の飲酒パターンや自分の信仰への態度を振り返ってみる・・・などなどです。12ステップを回復プログラムとして提供する施設では、ステップ1と2に取り組む人に何らかのワーク(作業)を課しています。しかし、そうした行動のすべては、事実ファクトについての知識や情報を得るためのものにすぎず、得た情報があなたに何かの行動を要求することはありません。

ステップ1では「認める」、ステップ2では「信じる」と表現されていますが、これはどちらも、自分で得た情報に納得した(事実として受け入れた)という意味です。しかし、納得したという表現は正確ではありません。実際には私たちは得た情報によって「納得させられた(being convinced)」にすぎないのです。

ですから、ステップ3が「12のステップの中の行動を要する最初のステップ」5)となります。それがこれまでの二つのステップとの大きな違いです。ステップ3でも――ステップ1と2と同じように――まず情報が提供されます。しかし、その情報に納得するだけではステップ3は終わりません。あなたはその情報に従って、一つの自発的な行動を取る必要があるのです。

意志と生き方

私たちが理解している神に、私たちの意志と生き方をゆだねる決心をしたのである。それはどういうことか。何をすればいいのか。1)


which is that we decided to turn our will and our life over to God as we understood Him. Just what do we mean by that, and just what do we do?2)

ステップ3は、自分なりに理解した神に意志と生き方をゆだねる決心をするステップです。それがどういう意味を持っているのか、そして具体的にどんな行動を取れば良いのか、の説明が次の段落から始まります。

ところで、12ステップもビッグブックも元は英語で書かれたものです。そのため、ステップ3の説明も、英語の単語の順番に沿って行なわれることが多いのです。つまり「決心をする(decide)」→「意志と生き方(our will and our life)」→「ゆだねる(turn over)」→「自分なりに理解した神」という順番です。しかし日本語では動詞の説明から始めるのは分かりにくいので、目的語 →動詞の順で説明していくことにします。つまり、「意志と生き方」→「ゆだねる」→「決心をする」の順で取り上げていきます(もう一つの目的語「自分なりに理解した神」については第四章で十分な説明があったので省きます)。

では、私たちの意志(our will)と私たちの生き方(our life)とは何でしょうか? ジョー・マキューらの説明が最も簡潔で分かりやすいのでそれを使わせていただきます。彼らは私たちの意志についてこう述べています:

では、私たちの意志とは何であろうか。意志とは、私たちの精神(mind=心)考え以外の何ものでもない。それは、私たちの頭の中で、あれをしろ、これをしろと言ってくる。6)


But what exactly is your will? If you think about it, you’ll realize that it’s nothing more than your mind and your thinking. Your will is this thing up in your head that tells you what to do.7)

さらに続いて、私たちの生き方とは何かを説明しています:

それでは私たちの生き方とは何か。生き方とは、これまでの人生でとってきた行動の総体である。これまでのすべての行動の結果として、現在の自分があり、そして自分の置かれている状況がある。8)


What about life? Your life is your actions—the sum total of all the actions you’ve taken throughout your lifetime. It is all the actions that have made you who you are and have put you where you are at this moment.9)

もう少し細かく説明しましょう。意志(will)とは、私たちが心の中で感じたり考えたりすることであり、そのなかでも特に願望(wish)や欲求(desire)を指します。10) そして、私たちはその願望を実現したり、欲求を満たすために、何らかの行動を取ります。

意志と生き方

例えば、あなたがお腹が空いて「食事をしたい」という気持ちになったとします。するとあなたは食事をするために、何かの行動を起こすはずです。カップラーメンを作るためにお湯を沸かす、料理をするために冷蔵を開ける、コンビニに弁当を買いに行く、家族に食事を作ってくれと頼む・・・やり方は様々ですが、どれも行動です。つまり、頭の中の「考え」が「行動」を引き起こすのです。

何も考えずに行動を起こしている(ように見える)場合もあります。例えば、多くの人は食事の後に歯磨きをするでしょうが、その時に毎回「食事が済んだから、さあ歯を磨くぞ」と意志決定をするのではなく、ほぼ無意識的に歯ブラシに手を伸ばすでしょう。しかし、そのような習慣ができあがるまでには、意識的な努力があったはずです。

僕は酒を飲んでいた頃、歯を磨く習慣を完全に失いました。だから酒をやめた後、歯を磨く習慣をもう一度身に付けなくてはなりませんでした。そのためには、食事の後で「歯を磨く」という意志決定が毎回必要でした。今はもうそんな必要はなく、食事の片付けが済んだ後、特に考えることもなく歯磨きを始めています。しかしそれでも、僕の意志が歯磨きという行動を引き起こしていることは間違いありません――意識せずに行動しているようでも、その行動は自分の意志の表われなのです。

意志と生き方

私たちは、朝起きてから夜寝るまで、数多くの行動をします。つまり、私たちの生活(life)は、行動の積み重ねでできているのです。そして、私たちの人生(life)は毎日の生活の積み重ねです――lifeは「生き方」と訳されていますが、生活や人生と訳した方が分かりやすかったでしょう。

    • 私たちの意志――精神、考え、欲求、願望
    • 私たちの生き方――行動、生活、人生

私たちの意志(will)が私たちに行動を起こさせ、その行動の積み重ねが一日の生活(life)になり、毎日の生活の積み重ねが人生(life)になる、という関係です。ステップ3を理解するためには、このことをきちんと覚えておく必要があります。

我意を押し通す生き方

初めに必要なのは、自分の意志で突っ走ろうとする人生は、うまくいくものではないと受け入れることだ。1)


The first requirement is that we be convinced that any life run on self-will can hardly be a success.2)

self-will を「自分の意志」と訳していますが、「我意がい」と訳す方が一般的ではないでしょうか。我意とは、自分の考えを押し通そうとすること、自分の思ったとおりにやろうとすることです。

自分の考えを押し通そうとする生き方はうまいかない・・・なぜでしょうか?

そういう人生は、どんなに良いことを目指していても、まず年がら年中、人との間に、あるいは何かのことで、ごたごた(collision=不和)が絶えない。1)


On that basis we are almost always in collision with something or somebody, even though our motives are good.2)

我意を基礎にして生きている限り、私たちは常にトラブルや悩みを抱えることになります。トラブルが大好きなのでもありませんし、悩みごとを増やそうと思っているわけではありません。私たちの動機は良いものであるのに、なぜか人間関係や金銭のことで悩む羽目になるのです。

もし、トラブルを起こそうと思って起こしているのであれば、それをやめれば良いだけです。しかし、そうではなく、私たちはなるべくトラブルのない、成功した人生を望んでいるものです。なのに、トラブルや悩みが勝手に押し寄せてきて、私たちは苦悩に満ちた人生を送らねばならなくなっている――それが私たちの人生の捉え方です。

ビッグブックはこう言っているのです:

あなたが苦悩の多い人生を送っているならば、
それはあなたがいつも自分の考えを押し通そうとしているからである

ビッグブックはこのように、最初から剛速球をど真ん中に投げ込んでくる場合が多いのです第8回。ほとんどの人は唖然としてそれを見送るしかありません。バットを強振してその球をホームランにできるはほとんどいません。つまり、最初から「ああそうか、自分はわがままで自己中心的な人間だから人生がうまくいかないんだな」と納得できる人は滅多にいないのです。しかし、それがステップ3の第一の必要要件である以上、避けて通るわけにはいきません。

次に進みましょう。

ほとんどの人は我意で生きている

ほとんどの人は自分の力でなんでも進めて生きていこうとする。1)


Most people try to live by self-propulsion.1)

ここで「ほとんどの人」と言っていることに注目しましょう。「ほとんどのアルコホーリク」でもなければ、「ほとんどのアディクト」でもありません。地球上に生きる人類のほぼ全員が我意で生きているというのです。

アルコホーリク(アディクト)だけが自己中心的だというわけではなく、事実上すべての人間が自己中心的なのです。人間とは基本的にジコチューでわがままな存在なのです。

12ステップのステップ3以降の部分は、オックスフォード・グループから受け継いだものです。オックスフォード・グループは社会改革運動であり、一人ひとりが変われば世界が変わると主張していました。そして個人が変わるためのプログラムを用意していました。そのプログラムをアルコホーリクが自分たちが回復するために使い始めたのがAAの始まりです第4回付録B2。ですから、ステップ3以降は、アルコホーリクだけではなくすべての人を対象に作られたものなのです。

self-propulsion は、自己推進という意味です。馬車は馬に引っ張ってもらわなければ動けませんが、自動車はエンジンを積んでいるので自力で動けます。自分の意志で自由自在に好きな方向へと進んでいきたい――誰もがそのように、自分の思ったとおりに生きていこうとしている、という意味です。

もちろんこの表現には、そんなことは誰にもできないという含意があります。人間というのは、自分自身ですらコントロールできない不完全な存在なのだ、という考えは12ステップ全体を貫き通しています。

次回はステップ3のハイライトの一つ「何もかも取り仕切りたがる役者」を取り上げます。

今回のまとめ
  • ステップ3は「12のステップの中の行動を要する最初のステップ」である。
  • 「私たちの意志」とは、私たちの精神そのもの、私たちの考えである。
  • 「私たちの生き方」とは、私たちの行動であり、その積み重ねによる生活や人生のことである。
  • 我意を押し通すやり方では、人生はうまくいかない。
  • あなたが苦悩の多い人生を送っているならば、それはあなたがいつも自分の考えを押し通そうとしているからである。
  • アルコホーリクだけでなく、ほぼすべての人が我意で生きている。


  1. BB, p.87[][][][][][]
  2. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.60[][][][]
  3. ジョー・マキュー(依存症からの回復研究会訳)『ビッグブックのスポンサーシップ』, 依存症からの回復研究会, 2007, p.51[]
  4. 12&12, p.48[]
  5. ジョー・マキュー, p.52[]
  6. 無名(A Program for You翻訳チーム訳)『プログラム フォー ユー』, 萌文社(ジャパンマック), 2011, p.85[]
  7. Anonymous, A Program for You: Guide for Big Book’s Design for Living, Hazelden Publishing, 1991, p.75[]
  8. 無名, loc. cit.[]
  9. Anonymous, loc. cit.[]
  10. Merriam-Webster, Merriam-Webster Dictionary (m-w.com), 2020 — nounを参照[]

2024-04-05

Posted by ragi