ビッグブックのスタディ (16) 医師の意見 7
身体の問題(アレルギー)+精神の問題(強迫観念)
身体の問題(アレルギー)と精神の問題(強迫観念)の二つが揃ったところで、この二つを組み合わせて考えてみます。ビッグブックはp.xxxvi (36)の3行目の途中から:
これは、断酒中のアルコホーリクには、しばしば感情的な危機が訪れる、という前回の話です。アルコール以外の手段で対処したり、意志の力で我慢したりするものの、それで解消できる範囲を超えると、感情的危機が続くことになります。
・・・飲んでいっぺんにふっと楽になる感覚を再び体験せずにはいられない。1)
「飲んで気分を変える」のは危険だと分かっています。飲めばどうなるか――コントロールできなくなり、入院や失職という結末になる。一杯飲めば、人生が滅茶苦茶になる――これが真実です。けれど、再発の瞬間、アルコホーリクの精神は飲めばどうなるかが考えられなくなっています。つまり、真実が見えなくなります。それが強迫観念です。
同じページの5行目から:
そこで、多くのアルコホーリクは欲求に負けて飲み始める。1)
強迫観念がアルコホーリクに再飲酒をさせます。
アレルギー反応として渇望が起こってきます。渇望が次の酒をどんどん飲ませます。
そこでお決まりの段階が始まり、飲み過ぎては・・1)
they pass through the well-known stages of a spree …2)
苦労の偲ばれる訳文ですが、原文にあるspreeは大酒を飲むことです。ピーター神父によるビッグブックの旧訳では「深酒」となっていました。他では「連続飲酒」と訳されている文献もあります。3) 英語でgambling spreeというのはギャンブルにのめり込んでいる状態、spending spreeというのは買い物しまくっている状態を示す言葉です。
スプリーが続くと何らかのトラブルが起きてきます。
・・・後悔に襲われ、もう絶対に飲まないと固い決心をする・・1)
多くの場合、この決心は本気で行われます。家族や支援者のなかにはこの本気度を疑う人も多いのですが、最終的に飲んでしまうとしてもこの決心は本心からの決意であることが多いのです。しかし、前述のように、やがて強迫観念がアルコホーリクに酒を飲ませる日がやってきます。
アディクションのサイクル
・・・ということが、何度も何度も繰り返される。1)
このサイクルがひたすら繰り返されていきます。これを図にしてみました。
左半分には、酒を飲んでいる時期にアレルギー反応(渇望)に突き動かされている様子が描かれています。右半分の酒をやめている時期には酒によるトラブルは避けられているのですが、最終的には強迫観念によって再飲酒し、飲酒に戻っていく様子が描かれています。
アルコホーリクというのは、このサイクルに閉じ込められ、出口が見つけられずにいる人たちです。
僕はアルコールで精神病院に4回入院しましたが、4回目の入院の時に、自分が何らかの悪循環に閉じ込められいることに気がつきました。入院したのは県立の精神病院で、僕はその保護室でひと晩過ごしました。設備が古く、腕の太さほどの鉄格子がはまり、何かの精神障害を持った人が書いたと思われる意味不明の落書きが木張りの壁だけでなく天井まで覆い尽くしている、という実にオドロオドロしい部屋でした。
その部屋で考えました。4回目となると同じことを繰り返していることを認めるしかありません。自分は真剣に酒をやめたいと思っているし、たぶん入院中は飲まないだろう。退院後も飲むつもりはない。断酒を続けて生活を再建するつもりだ。でもいつかまた飲んでしまうに違いない。飲んだくれに戻って、すべてぶち壊しにして、また入院することになる・・・。
この先の人生をずっとそれを繰り返していくなんて耐えられない、と思いました。
しかもこのサイクルは、同じ所をグルグル回っているだけではなく、螺旋階段のように一周回るごとに徐々に下っていくのです。なんとかこの悪循環から抜け出す出口はないものか。
悪循環からの出口
ビッグブックの書名は『アルコホーリクス・アノニマス』ですが、この書名は100以上の案から選ばれたのだそうです。どれを選ぶか延々と話し合いが続けられ、いったん『出口』(The Way Out)に決まりかけたのですが、ワシントンの国会図書館で調べてみたところ『出口』という書名の本がすでに12冊あることが判明し、これを13冊目の『出口』にしたくはなかったので、次点の『アルコホーリクス・アノニマス』が採用されたという経緯があります。4)
書名は変われど、ビッグブックが、このサイクルから私たちを外に出してくれる出口であることには違いがありません。
最初にこの図が頭に思い浮かんだのがいつだったのかは思い出せませんが、僕がビックブックを真剣に読み出した2004年から、最初にスポンシーにこの図を提供した2007年までの間のどこかだったに違いありません。(そして、後にBig Book Comes Aliveやリカバリー・ダイナミクスで同じような図5) に接し、同じことを考えた仲間がいたことに驚きました――てゆーか、誰でも思いつく図なのかもしれませんが)。最初の作図では時計回りに描いてありました。当時はPowerPointが使えなかったので、Wordで拙い図を描いて配布したので、それをご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。その後ジョー・マキューの図に合わせて、反時計回りに修正しました。
この図を見ると、ついつい高校の生物の教科書に載っていたシダ植物の生活史の図を思い出してしまいます(例えばこのページの真ん中へんにあるやつ)。受精することで胞子体に、減数分裂することで配偶体になるってヤツですが、そんな受験勉強をしたことが、今ごろ役に立つとは・・・。
この図は仮に「アディクションのサイクル図」と名付けておきましたが、アルコホーリクの生活史とか生活環 と呼んだほうが相応しい気がしています。薬物やギャンブルなど、様々なアディクションにも、このサイクルが当てはまるのではないでしょうか。
アレルギー+強迫観念=絶望的な状態
ステップ1の無力(powerless)というのは、絶望(hopeless)のことだと繰り返し説明してきました。この図を見ると、私たちアルコホーリクが「絶望的な状態」(BB, p.xvii)に置かれていることが分かります。いま酒を飲んでいようが、ミーティングに通いながら酒をやめていようが、このサイクルの中にいる限り絶望的な状態であることに変わりありません。
この絶望的なサイクルから自分で脱出する力が無い――それが無力ということです。ステップ1はその現実を認めることです。
- 飲んでいる時期にはアレルギー反応による渇望で飲酒がコントロールできない(そのせいで飲酒が原因のトラブルが起きる)。
- トラブルを防ごうと断酒していても、やがて強迫観念が再飲酒をさせる。
- アルコホーリクはこの悪循環(アディクションのサイクル)の中に閉じ込められている。
- この絶望的なサイクルから自分で脱出する力が無い=無力。
次回に続きます。
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