ビッグブックのスタディ (70) さらにアルコホリズムについて 5

強迫観念が問題の核心である

ビッグブックは当事者が当事者に語りかける形式で書かれています(cf. 第10回。つまり、読者もアルコホーリクであることを想定しています。1) となると、読者は自分がこの本の著者たちと同じアルコホーリクであるかどうかが気になるはずです。

前々回は、その判定方法として、自分の意志の力で1年間酒をやめてみるという実験を勧めていました。それがスマートな方法でないことは彼らも認めています(1年やめ続けられたとしてもアルコホーリクである可能性を排除できないから)。

もっと良い判定方法を提供すべきだと彼らは考えました:

そこで、再発するときに現れる私たちの考えについて幾つかの例をあげてみたい。それこそが問題の本質だからだ。2)


So we shall describe some of the mental states that precede a relapse into drinking, for obviously this is the crux of the problem.3)

アルコホーリクが再飲酒をする前の精神状態(the mental states that precede a relapse into drinking)・・・それは強迫観念が生じてきている状態です。つまり、強迫観念がアルコホリズムという問題の本質(crux)と明言しています。ステップ1は問題を理解するステップです(cf. 第1回。そして、cruxクラックスは「核心」や「最も重要な部分」という意味です。ビッグブックを長々と読んできて、よっやく私たちは、問題の核心部の説明へとたどり着いたわけです。

ここから先の説明を読めば、読者は自分にも強迫観念による再飲酒が起こりえるかどうかを判断できるようになるはずです。自分も過去に同様の経験(強迫観念による再飲酒)を何度かしているのであれば、将来も同じことが繰り返される可能性は高いでしょう。つまり、その人は自分もアルコホーリクであると自分を納得させられるはずです。もちろん、そのためには読者が自分をごましてはならない――すなわち「自分に正直(honest with oneself)」であらねばならない――わけですが(BB, pp. 47, 84)

自動車セールスマンのジム

二番目の事例は、ジム(仮名)という中年男性です(pp.52-55)。前々回の「三十歳の男」の事例は、強迫観念よりも、長く断酒しても飲酒のコントロール能力は取り戻せないことを説明することに重きが置かれていましたが、ジムの話はまさに強迫観念に焦点を当てています。

ジムには素敵な奥さんと家族がいて、神経質なところを除けば、どこからみても正常な人間でした。仕事は相続で得た自動車販売店の経営者で、彼はセールスマンとしても優秀だったので店は繁盛していました。彼が初めて酒を飲んだのは35才の時でした。4) ところが、それから数年で、酔っ払うとひどく暴力的になるようになり、そのせいで精神病院に入院させなければならなくなりました。

退院した彼は、AAメンバーと接触しました。そこでAAメンバーたちは、彼に話をしました。彼らは何を伝えたのでしょうか?

私たちはジムに、私たちがアルコホリズムについて知っているかぎり、また私たちが見つけた解決法について話した。彼はやってみることにした5)


We told him what we knew of alcoholism and the answer we had found. He made a beginning.6)

ビッグブックで「アルコホリズムについて(of alcoholism)」という表現はステップ1の情報を指します。「解決法(answer)」はステップ2の情報です。「やってみることにする」と訳されていますが、彼はプログラムに取り掛かったわけですから、これはステップ3を示しています。つまりジムはステップ1と2と3に取り組みました。しかし、彼はステップ4以降には取り組みませんでした。(「彼は霊的な生き方を発展させることができなかった」とあるのがそれを示している)

このように、ステップ1・2・3だけに取り組むことを「AAワルツ」と言うのだそうです。7) これとは別に、ステップ1と12(のなかのメッセージを運ぶ部分)だけに取り組むことを「ツー・ステップ」と呼びます。8) ツー・ステップ・ダンスもAAワルツも、自分には12のステップのすべては必要ないのだ、という自己満足に陥っている状態を示しています。ジムの場合も、ステップ1・2・3に取り組んだだけで彼の人生は好転し、家族や仕事を取り戻せたのでそれで十分だと思ってしまったのでしょう。では、ワルツを踊っていた彼はどうなったのでしょうか。

ジム自身も驚くばかりだったが、彼は立て続けに六回も飲んで酔っぱらった。9)

霊的な生活を発展させるためには、12のステップ全部が必要です。ステップ1と12だけでも、1と2と3だけでも不十分です――少なくともビッグブック(AA)はそう言っています。

彼は自分が本物のアルコホーリクであり、ずいぶんひどい状態であることを認めていた。もしこのままいけば、また精神病院に逆戻りになることも承知していた。そうしてかけがえのない家族まで失うことになることもわかっていた。
それでもジムは、また酔っぱらった。9)

自分がアルコホーリクであることを十分自覚できていれば、もう飲むことはないはずだ、と考える人たちもいます。ビル・WBB, p.11)ローランド・ハザード(p.39)そう考えましたが、飲んでしまいました。自分を知ること(self-knowledge=自覚)は解決にはなりません。アルコホークは、落し穴が見えていないからその穴に落ちてしまうのではなく、見えていてもその穴に自ら飛び込んでしまうのです。

ジムの7回目の再飲酒のとき、彼の頭の中で何が起きていたのでしょうか?

妄想とは

第三章の先頭では、アルコホーリクの精神に巣くっている狂気を「妄想」と表現しています(cf. 第67回。では、妄想とまともな考えをどう区別したら良いのでしょうか?

Karl Jaspers 1946
Karl Jaspers 1946, from Wikimedia Commons, PD

カール・ヤスパース (Karl Theodor Jaspers, 1883-1969)は実存主義の哲学者として有名ですが、大学では医学を学び、若い頃は精神科医をしていました。だが生まれつき心臓が悪かったために医師としての仕事を続けられず、哲学に転向してハイデルベルク大学 の哲学教授となりました。彼のわずか数年間という短い精神科医時代に書いた『精神病理学総論』Allgemeine Psychopathologie(1913)10)は、精神病理学 の基礎を作った名著とされています。精神病理学とは、精神疾患の心理的側面を解明しようとする学問です。

ヤスパースは『原論』で、了解という概念を提唱しました。了解Verstehenとは、患者の言葉や表情を手がかりにして、内面でどのような現実を体験しているか外から理解しようとすることです。了解可能とは、自分もその立場に置かれたらそう思うだろう、と理解や共感ができることです。それに対して、了解不能とはどうにも理解や共感が難しいことです。たとえば、毎日職場で上司にパワハラを受けて生きるのが嫌になり死にたくなった、という話は了解可能でありましょう。一方で、何者かに監視されていて、電話は盗聴され水道水には眠れなくなる薬を混ぜられている、という話は了解不能だと言えます。11)

では、ジムの話を読み進めて、彼の考えのどこまでが了解可能で、どこから了解不能(すなわち妄想)になったのか、チェックしていきましょう。

ジムの再発

その日の朝、出勤したとき、ジムはイライラしていました。彼はその理由について、かつては自分が経営していた会社でセールスマンとして働かなければならなかったからだ、と説明しています。ジムはスリップを繰り返している間に、家族と仕事を失っていました。販売店も手放さざるを得ませんでした。そしてやむなくその店でセールスマンとして雇われて働いていました。彼がその転落を惨めに感じ、苛立ちの気持ちを持つことは理解できるでしょう(つまりこのイライラは了解可能です)。

ジムは上司と少し言葉を交わしたものの、それは「大したことではなかった」と言っています。おそらく前日の営業成績を聞かれたのでしょう。セールスマンにとって、上司から商談の進み具合を聞かれるのはいつものことです。でも、その質問が、彼を少し落ち着かない気分にさせたのかもしれません。イライラが強まり、不機嫌になったのかもしれません(p.xxxvi (36))。だとしても、その心の動きそのものは理解可能です。

それから、彼は車で郊外へ向かい、車を買ってくれそうな見込み客のもとへ向かいました。セールスマンが商談に向かうのは自然な行動ですし、上司の顔を見るのが嫌になったときに、口実を作って職場から外に出たくなるのは共感できるでしょう。

客のところに向かう途中で彼はお腹が空いてきました。そこで、ロードサイドのお店に車を止めました。酒をやめていた数ヶ月間の間に、そこでは何度も食事をしていました。その店にはバーも併設されていましたが、彼は飲むつもりはこれっぽっちもなく、ただサンドイッチを食べようと思っただけでした。・・・お腹が空いたからサンドイッチを食べるという考えは、十分に了解可能です。

それに、それは何年も行きつけにしている店だったので、そこで誰か顧客を見つけられるかもしれない、とジムは考えました。この考えも了解可能です。

僕はテーブルに着いて、サンドイッチとグラス一杯の牛乳を注文しました。まだその時は、飲むつもりなんてありません。12)

テーブルに着いて、サンドイッチとミルクを注文して食べる・・・どこにもおかしなところはありません。

そしてもう一つサンドイッチを注文して、牛乳ももう一杯お代わりしようと思ったんです。12)

僕はアメリカでサンドイッチを注文したとき、あまりに量が多くて後悔したことがあります。なぜアメリカ人たちの食事はこうも大きいのでしょうか? ですが、とてもお腹が空いていたとすれば、サンドイッチとミルクをおかわりしたとしても、正常の範囲内でしょう。ここまでの彼の考えにも行動にも、おかしなところはありません。

突然のことだった。牛乳にほんの少しウイスキーをたらしても、おなかは一杯なことだし、害はあるまい、という考えが頭を横切った。12)

Whiskey and milkここは太字で書いてあります(原文はイタリック)。酒を飲んだらコントロールできなくなることは十分に知識として知っていたはずです。しかし彼は、ウィスキーを飲んでもかわないと信じました。お腹はいっぱいなので、ミルクに混ぜて飲めば大丈夫だという虚偽を信じたのです。これは真実ではありません。混ぜて飲んでもウィスキーはウィスキーです。ミルクと混ぜて飲めば大丈夫だという理屈は、私たちには理解できません。この考えは妄想であり、彼はこの狂気(強迫観念)にもとづいて行動しました。

ウイスキーを注文して牛乳にたらしました。あまり賢いことではないと少しは思ったけれど、空きっ腹ではないから大丈夫と考えたんです。12)

三回目の注文で、彼はウィスキーを頼み、それを牛乳に混ぜて飲みました。すると身体のアレルギー反応によって渇望が引き起こされ、アルコホーリクは酒をやめられなくなっていきます。

その実験は実にうまくいったんで、ウイスキーをもう一杯注文して、もう一杯の牛乳に注ぎました。ところがそれでも大したことにはならなかったので、もう一杯追加注文したんです。12)

そうやって彼は、ウィスキーのミルク割りを次々と飲んでいきました。

 こうしてジムは、もう一度精神病院送りになる道を歩き出したのだった。強制入院の不安、家族や職を失う恐れ、飲めば必ずやってくる身体と精神のひどい苦しみ……。彼はアルコホーリクとしての自分を知識としては知っていたが、飲まないための理由の全部は、牛乳と混ぜればウイスキーを飲めるというばかげた考えの前にあっさりとわきへ押しやられてしまったのだ!
その言葉の詳しい意味はともかく、私たちはこれを簡単に「狂気」と呼ぶ。まともに考える能力がここまでなくなってしまっている状態に、果たしてそれ以外の呼び方ができるだろうか。13)

このように、強迫観念は突然生じてきて、その人に真実ではないこと(虚偽)を信じさせてしまいます。その狂った考えが再飲酒を引き起こします。自覚はアルコホーリクを救ってはくれません。アルコホーリクたちは、あんなひどい目に遭うのなら、もう二度と飲みたくないと本気で願っているのですが、強迫観念はその人に酒を飲ませてしまうのです。

 読者は、これは極端な例だと思われるかもしれない。だがこうした考え方(this kind of thinking)は私たちアルコホーリクの誰もがもっている。誇張された特別な例ではないのだ。14)

狂気は、すべてのアルコホーリクの精神の中に潜んでいます。ジムだけが特別なわけではありません。アルコホーリクたちは、飲まない理由をたくさん持っていますが、それは「最初の一杯を飲むための、気違いじみた、ばかげた理由づけ」によって覆されてしまいます。

明くる日、私たちは心の底から、真剣に、いったいどうしてこんなことになってしまったのかと自分に問いかける……。14)

再飲酒した後で、アルコホーリクたちは「飲んではいけなかった」という真実が再び見えるようになります。アルコールがその人を正気に戻してくれるのです。だがそれはすでに手遅れで、体内に入ったアルコールが渇望を引き起こし、その人はコントロールできない飲酒を続けざるを得なくなっています。

では、ジムの抱えている本当の問題は何でしょうか。アルコールに対するアレルギーでしょうか、それとも牛乳と混ぜればウィスキーを飲んでもオーケーだと彼に信じさせてしまう強迫観念でしょうか?

わきみちかつてAA歴史家のあいだでは、ジムはラルフ・F(Ralph Furlong)であると見なされていました。15) ラルフの体験記 Another Prodigal Story(ある浪費家の話)はビッグブック初版に収録されており、そのなかにお昼に酒を一杯飲んだことをごまかすために牛乳を飲んだエピソードが含まれています。しかし、ウィスキーと混ぜて飲んでいないことやその他の部分がジムと一致しません。最新の調査では、ジムはハーラン・S(Harlan Spencer)であると見なされています。ドクター・ボブが作った初期のAAメンバーリストにハーランの名があり、自動車のセールスマンであると説明がついています。16)
今回のまとめ
  • 再飲酒する前の精神状態、すなわち強迫観念がアルコホリズムという問題の核心である。
  • ジムはまったく酒を飲むつもりはなかったのに、牛乳と混ぜればウィスキーを飲んでも良いと突然思いついて、その通りにしてしまった。
  • 強迫観念は突然生じてきて、その人に真実ではないこと(虚偽)を信じさせてしまう。
  • ジムの例は特別に誇張された例ではない。狂気はすべてのアルコホーリクの精神のなかに潜んでいる。

  1. 第八章・第九章・第十章はそれぞれアルコホーリクの妻・家族・雇用者が、同じ立場の人たちに語りかける形式となっている。 []
  2. BB, pp.51-52 []
  3. AA, Alcoholics Anonymous: The Story of How Many Thousands of Men and Women Have Recovered from Alcoholism, AAWS, 2001, p.35 []
  4. 初飲が遅いのは禁酒法の時代だからかも。 []
  5. BB, p.52 []
  6. AA, p.35 []
  7. Joe McQ. and Charlie P., Joe & Charlie: The Big Book Comes Alive, 2014, p.65 []
  8. 12&12, p.149 []
  9. BB, p.53 [] []
  10. カール・ヤスパース(西丸四方訳)『精神病理学原論』, みすず書房, 1971 ―― これは1913年の初版の翻訳。ヤスパースは生涯にわたって『原論』への加筆を続け改版を重ねた。第5版が『精神病理学総論』という書名で訳出されている。 []
  11. 電話に奇妙なノイズが乗ったことで盗聴を、不眠から薬物混入を疑ったところは了解可能だが、それらの根本にある「監視されている」は了解不能である。 []
  12. BB, p.54 [] [] [] [] []
  13. BB, pp.54-55 []
  14. BB, p.55 [] []
  15. Anonymous, A Big Book Trivia of Some Missing FactsBarefoot’s World (barefootsworld.org)  []
  16. Glenn Chesnut, Names & Events in the A.A. Big Book: From the members of the AA History LoversHindsfoot Foundation (hindsfoot.org), 2014, p.6 []

2021-10-24ビッグブックのスタディ,日々雑記

Posted by ragi